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「オペレーショントモダチ」(その1)

登場人物

海兵隊員(女性黒人・アン・フジムラ中尉)

海兵隊員(白人男性・エリック・モーザー軍曹)

高校体育教師(30代後半・東京出身・橋本公生)

奴・吉村君子(28・気仙沼出身・スポーツジムインストラクターのバイト)

高校英語科三年生担当教務主任教師(女性三十代・沖縄出身・浦添泰子)

海兵隊将校(白人・フィル・シューバッハ中佐)

JSG・Japanese security guard(仲宗根(日本人警備隊長・男性・四十代後半・沖縄出身・)

弓削田・地元テレビ局ディレクター

橘・同カメラクルー

河村校長。

岩本警部


(プロローグ)…その1

(なれそめ)

(東北行)

(アフガニスタン2010)…その1

(沖縄)

(岩国)

(岩国警察署)

(浦添泰子)

(アン・フジムラ)

(震災三日目)

(奴・吉村君子)

(ジョン・シューバッハ)

(イングリッシュ)

(岩国基地)

(県立岩国高校)

(基地内の高校)

(首相)

(岩国2)

(地元放送局の動き)

(新展開)

(霞が関・中央の思惑)

(岩国基地にて2・愛宕ヒルズ)

(政治)

(ステディー)

(なし崩し)

(政治2)

(気づき)

(霞が関2)

(気づき2・続き)

(岩国3)

(気づき3・続き)

(地元放送局3)

(思惑)

(枷)

(展開)

(親しく。「テッパンヤキ」)

(イコール)

(三沢へ)

(両親)

(プラクティス)

(プロム)

(反響)

(Differences)

(プラグマティスト達)

(エフェクト)

(良い結果)

(逡巡)

(フィクサー)

(政権)

(エピローグ)


(プロローグ)

大学卒業以来の久々のロングでソロのツーリングだが、もう十五年以上の付き合いになる。

この銘車に再び跨ったのは、まだ、瀬戸内とは言っても、かなり寒い二月最後の土曜日だったが、三月十二日の朝も寒かった。

本来、フェリーを使って四国経由で遠回りをしながら帰ろうと思っていたが、まさか逆の方向に向かう事は、昨日の朝は、考えも付かなかった。

十日にすべて揃えておいてよかった。今日は昨日からの混乱が、より酷くなっている。ガソリンスタンドには長蛇の列。日曜大工店や、コンビにも品切れ・品薄の張り紙が目立ち始めた。ただ、まだ、停電や水道ガスの被害は世田谷にはなかった。

終業式前日の職員会議で次年度から始めるダンス授業のカリキュラムのプレゼンをせねばならず、その為には十五日には戻ろうという計算。実質、その後の春休みは授業準備のために「ない」事は判りきっていたから、この東京行きに使った二日と帰宅までの二~三日間が自分のためだけに使える日である。その帰りのための準備がまさかこのような形で役に立つとは思わなかった。


すべては昨日を境に混乱していた、県教育委員会も県も、全ての予定を保留にし、この未曾有の大被害に協力することで、珍しく、あっという間に意見が一致し通達が即日になされた。この連絡は、公務出張扱いの自分に、もっとも原始的だが、もっとも影響を受けない固定電話網を使用した学校長経由のFAXという手段で、当日夜には手元に届いていた。

曰く「東京及び域外で研修中の職員各位の帰郷、及び3月中の予定に関して」全ての予定は、全て白紙に戻し、ケースバイケースで各個の判断に任せる。十六年間の公務員(教員)生活の中で、これ程、文面が短く自由度の高い指示を受けた事は無かった。

それ程、情報は錯綜し二十四時間以上経た今も正確な情報が国内のそれも公の機関にすら、行き渡っていなかった。

大学時代からの付き合いになる愛馬が標準装備の二十一リットル入りのガソリンタンクは満タン、このバイクなら東北まで無給油で通常なら行けるはずだが、四国の林道を楽しむ為に用意しておいた十リットルの補助タンクも、この決意を固めるファクターだった。念のため、もう十リットル携行できる予備の金属タンクも購入し満タンにしてある。今ではクラシックバイクの仲間入りをしている愛馬をオーバーホールや細部の改造に預けられる店は、残念ながら東京でも数が限られている。二週間の東京行き、愛馬で帰る目的は、この店に愛馬を預ける事。実家を宿泊場所に活用するのも、冬のボーナスが、この整備代金に殆ど消費されたからに過ぎないのだ。しかしその判断がなければ、いや奴に会いに行く事を決めたのは、それだけが理由では無いと思う。とにかく、これなら普通に走れば、軽く往復は出来る。

寝袋・簡易食料・燃料は三日分の用意が出来ている。水だけは途中で調達することを前提に用意していないのが唯一の気がかりであった。

ツイッターは、深夜一瞬生き返った、奴は生きている、が、相当酷いらしい。何かを持っていくのではなく顔を見せてあげたい、その一念しかなかった。ただ、奴の性格・・・言い訳として=ガサばらない援助物資として=サプリメントと医薬品特に外傷性用緊急医薬品と、カイロや耐寒用サバイバルグッズを結構な量でドラッグストアーから調達できたのは幸いであった。


(なれそめ)

たった、一夜の契りではあったが、体育教師とは言っても、剣道が専門の自分に、ダンスも引き受けさせられた時には、このような出会いを想像する事は出来なかった。

地元で練習することは、憚られた、教務主任に相談し、東京で練習機会を持つことを許された。

実家が世田谷にあり、宿泊の出費がない事も東京行きが、すんなり許可された理由ではあった。こちらで結婚をしている、または結婚を考えられる友人に比べ、職業柄自然な出会いもなく、独身をまだまだ謳歌できる立場にはいたが、帰宅後は、一人で食事をとるか、バリエーションの極端に限られた外食と言うオプションしかない事、何をするかといえば、もっぱら、近所にある警察の道場とジム。タマに飲み屋かレンタルビデオ屋の往復のみで、アラフォーの独身を謳歌している筋肉質の男が、事もあろうにタイツをはいてダンスの練習を隠れてする場所は、ここ(東京の実家)しか思いつかなかった。親には言えても、生徒や父兄、できれば同僚にも、理由が、来年度以降の授業(教科)の為の講習であり、体の線をさらして行きつけのジムでダンスの練習をする。などという事は言いたくもないし、目撃もされたくは無い。新幹線を使い、数時間で家に帰るよりも二日掛りくらいの道程で帰れば、ゆっくり頭を整理し、親に対する言い訳は周到に準備できるだろう。と言うのが東京での研修の算段で有った。


県教委、文科省推薦の渋谷の教師専門のダンススクール(普段はスポーツジムだろう)。そこに奴はいた。

数年前、就職超氷河期と言われた時に私と同じ学校を卒業し、就職ではなく臨時採用(本人曰く“派遣”)されている「奴」は、我々、失業の恐れも無く定時に終わり、退職金や年金でも恵まれている(と思われている)公務員という職種には、無意識に、生理的に厳しい姿勢をとっている事が、後から判った。

その上、担当する公務員(私)は一見して運動神経は良いはず、の体育教師。それも売り手市場と呼ばれた恵まれた就職期間に「定職」を得ていた同窓の先輩が、単純な動作ですら戸惑うこと、一度に「動き」を覚えられないことに。

指導開始三日目。その楽しくない気持ちが、臨界点に到達しつつあった。

気持ちを抑えることに、かなりのパワーを割いている自分が自覚できていた。あと十日もこのような日々が毎日続く事に自信は「全く」持てなくなっていた。


しかし、指導開始数日間は、私は、奴の皮肉さえも“皮肉”とは捕らえられない・・・覚えるべき事の組み合わせの多さに戸惑い、必死であった。ダンスのステップや動きは、武道のそれとは本質的に違うことは、頭では判っていたが、力の入れ方、抜き方が判らず、二日目までは、普段使わない筋肉が悲鳴を上げており、はいずる様にして帰宅をしていた。十四日間の集中講義で現代リズムのダンスを一通り理解し体裁をつけねばならない。基本ステップから応用を利かせるステップなど踏めるようになるまでに、この筋肉痛から開放されるだろうか?やっと、そのようなフィジカルな苦痛から開放されつつある三日目、基礎から応用への第一歩に差し掛かった時、初めて奴の一言を冷静に聞き取る事ができた。


「センセェ、楽しい?」

「つらい?」。

「悪いけど楽しそうには見えないよ、でも先生がつまらなそうにしていたら。生徒もつまらないんでしょう?」 

やっと筋肉痛から開放されつつあった、私の日ごろの鬱積を解放させる、トリッガーを此の会話がひいた。

そう今までは、卒業させた教え子とさして変わらない「年かさ」の女性だから自制が効いていたのかもしれない。

「教えている君こそ、楽しそうじゃないし」

「何か敵意を感じるよ!」

スタジオの音楽が止まった。

「そう、あたし、今、二つのチョイスがあるんだよね」

「ひとつはオ・オ・セの通りあたし、詰まんないけど、仮面をかぶって課題を消化すること」

「もうひとつは、もう教えたくないって気持ちに素直になること」

「でもね。二つ目は今の厳しい世の中、選べないっしょ!」

(それにこのレッスンは、通常のインストラクターより遥かに割りのよい仕事だった)

「だったら、どう楽しめるか、先生なんだから一緒に考えようよ」

見かけによらず建設的なことを言う子だ。皮肉では無いのかな?

再び自制と言うブレーキが効き始めた。

しかしそれは奴にとっては、必死のリカバリーショットでもあった。と言う事が後でわかった。


「判った、こんな時は、どうすればよい」

色々あって・・・オヤジの定番「飯でも」ってのが、「ありがとう」…「でもあたし酒は飲めないよ」これがきっかけだった。



(東北行)

行程を決めることは出来なかった、陸路を使い無駄に燃料を消費するより、船便が使えれば小樽から、南下する方が比較的混乱は少ないと考えた。すでに福島・宮城・岩手の沿岸部は大混乱に陥っている事は速報で知っていた。

この相棒さえいれば、無茶だ。と言う考えがよぎった事は無い、しかし、雪深い、新潟・秋田を回って山越えする事はバイクでは危険である。電話やネットが比較的落ち着いた今朝(十二日朝)にかけて、今。当日の予約が取れた!大洗から小樽か、苫小牧までのフェリー。そこからは、青森までのフェリー便が生きていて利用できる。これがベストな選択とも思えたが、太平洋側の全ての海岸線は津波の影響を相当受けている。でも、盛岡や女川原発には被害がない。福島も会津方面には混乱はあっても実害は無く自衛隊や緊急車両による救援活動がすでに始まっている事は速報で知った。とは言え千葉県もコンビナートの火災の影響で湾岸(高速)は使えない。環七の内側も一般車両は通行規制を受けている。新たに取り付けた=旧車には似つかわしくない=GPSが生きている事も確認が取れた。十八時の出港を考えるとまったく躊躇は出来ない。今、意を決して出るしかなかった。「海路か陸路か、出たとこ勝負だ!」


「何で、気仙沼に帰るの?俺も、もう二日東京にいるから」奴の広背筋から腹斜筋にかけての線は確かに私のそれとは全く別の柔らかい曲線を描いていた。タオルから見え隠れする大殿筋下部から大腿二頭筋の線が、あの柔らかくしなやかな動きを生む事が解る。身体をトレーニングで改造すべきと考え、その方法を尋ねた時に、奴から返ってきた言葉は、質問の意図とは、全くかけ離れたものであった。

「で?」「だって教えろ!って内容を教える契約期間は過ぎたし、しっかり教えたつもりだし。まさか、このままずるずる援公みたいに“たかる”訳にもいかないっしょ・・・まさか、こんな事だけで、結婚デモしてって言うの?冗談でしょ!それに田舎に行くなら西より北の方が慣れているし」

「俺が質問した事の答えになっていないし、聞いていないし」

「そんないい加減な気持ちじゃないぞ!俺は」あの日以来、毎晩復習という名目から始めた夕食。いつしかお酒も入る様な会話も、それを共にし、お互いの気持ちが通じる様になってきての今晩があった。

「わぁかったよ!じゃぁ結婚を前提に付き合おう!」などと言う、想像もしていなかった、言葉も思わず出る、言い合いが続き、それこそ、援公のように、そそくさとホテルを後にしても、奴の言い分は、変化がなく、

「スカイプもあるじゃん」とか、「飛行機で一時間くらいだよ!」

「先生のおかげでまとまったお金も出来たし!」

「嫌いじゃないよ、先生の事は」と、事の本質をはぐらかした言葉も出たが、仕舞いには、

「そんな、はすっ葉な口をわざときくなよ!」道玄坂の交番前だぞ!と私が切れてしまった。

「声がでかいよ!」とトドメの言葉を聞いた時。風呂上りの体が急に北風で冷えていく気がした。

「とりあえず疲れたの、判ったのト・ウ・キョ・ウ・・・とりあえず帰りたい!決めていたのもうかなり前から・・・今日が最後だって」

そのようなやり取りの末、別れた奴。実際、気仙沼の大島って事以外、正確な住所も自宅電話番号も聞かなかった。

勿論、東京の大島は知っていて、周防大島。多少判るが、宮城の大島など何の知識も無い。電話番号は聞いていても実際のところ東北エリアはすべて伝言チャンネルになっているので意味は成さなかったが、お互いのメッセージアカウントを交換できていたことが唯一の繋がりだった。しかし私のツイートに奴からのフォローは無い。



(アフガニスタン2010)

二千十年三月アフガニスタン・カンダハル。

陸軍少尉ジャニス「お前は良いよなぁ」

海兵隊二等軍曹エリック「メーリークリスマス!」エリックは“悪いな”と言う気持ちを堪えるのに必死であった「ああ。夏の沖縄は最高だぜ!」

「お前はクリスマスまでは(寒―い)ソウルか(含み笑い)」

「うるせい!」

「でも病院だろ!俺なんかこの夏からはJWTC(ジャングルトレーニング)だぜ!」(でも昇進して教官側だけどな)

「代わるか?」

「馬鹿野郎。代われるもんかよ!」

大統領が代わり、中間選挙の結果を経て、わが軍は、この国から徐々に兵力を削減することが決まった。

どこかの助平のおかげで、世界中にばら撒かれた、友軍たち(Mate)の悪行を世界に知らしめた動画のおかげで、海兵隊は最初に、おさらば出来る栄誉を得た軍隊だ。

イラクからの古参。とは言ってもまだ二七歳の自分は、その中でも真っ先に、しかもクリスマスを直前の此の時期に、この糞みたいな国から離れることが出来た。

エリックはジャニスを赤十字マークのついたアンビ(MRAP)に乗せ、軽口をたたいた。

それがこいつとの最後の会話だった。

「ハンビーでサンドイッチかぁ!」

「伍長、判っていると思うが、此の怪我人様を丁重にお運びするために。周囲に注意して道を選んでゆっくり先導!帰りは、お前が仕切るんだぞ!」

「了解・軍曹」「うらやましいなぁ」

ジャニスはやれやれという顔でMRAPの扉を閉めさせた。それが最後に見た彼の顔だった。

「P(一等兵)ターレットで周囲を索敵ポジション」

エリックのハンビーを先頭に赤十字旗を掲げたMRAP、地元で借りた(徴用した)赤い三日月、赤新月社マーク付きのアンビ(一般の救急車)を併せた四台の車列は慎重にカンダハル国際空港を目指した。

何でイスラム教徒の女なのに顔をだすのだ?と思った瞬間、彼女は褐色の美しい素顔を覗かせながら携帯電話をかけた。

「こんな所にまで携帯は通じるのか?」と思った瞬間、MRAPが走っているはずの後方から、地響きがハンビーにも伝わった。ハンビーなら助からないが、「MRAPなら」と一縷の望みをかけ、エリックはM4をフルオートにセットして車外に飛び出した、が、アメリカ軍が満を辞して投入したMRAPもIED(簡易地雷)のせいで立ち往生していた。「RPG!」ハンビーのターレットに座りM2を構えていた一等兵の大声とともに、MRAPは轟音を上げて爆破炎上した。幸いにも三日月を掲げたアンビはフロントガラスにひびが入った以外、乗っていた怪我人のプレスには何も影響は出なかった。しかし、ジャニスは既に肉片と化しているのだろう、周囲は、燃料が燃えたため黒煙に包まれていて視界が効かなくなっていた。たぶん、親友の肉が焼ける匂いと、ガソリンの匂いが周囲に立ち込めている事だけは分かった。目視できるのは、最後尾にいたハンビーのターレットに装着されていたMk19で撃ち抜かれた、褐色の女が、上半身と下半身が分かれた状態で横たわっている事。そして、彼はその場に呆然と無意識のまま、訓練と実戦経験で培われた本能に従う事しかできなかった。

遮蔽物がわりにハンビーのホイールの背後に陰に身を隠し、周囲を索敵する。大声で指示を残存する(多分)自分より皆、階級が下の兵士に出し、自身も周囲に注意を払っている。直上の一等兵は、ミニミを散発的に発射している。と言う事はこの車に被害は少ない事は理解できた。しかし、爆音で聴覚があまり効かない状態、周囲の黒煙と、誰か?の発射した発煙弾で視覚もほぼ効かない。口の中は乾ききっていた、唯一まともな彼の五感のうちの臭覚が、彼の体に、正確に彼自身の感情を維持させていた。怪我がないことを理解させてくれている触覚は涙が目から溢れていることを感じていた。後詰のストライカーと上空直掩のUHが彼らを、護衛、ピックアップするのに、さほど時間はかからなかった。唯、彼には、その時間は、とても長く感じられた。



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