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空白の記憶と度々旅する創造世界  作者: 小夜 新成
ファストボーン編
5/5

第5話 『逞しい背中』

 ———能獣撃破。


 長いようで短い時間。そして喧騒からの静寂は、自然の些細な音をより感じさせてくれた。

 この時の枝葉のざわめきは、まるで俺達に送られた拍手喝采のようだった。

 けれど、初勝利が俺に与えたのは喜びや達成感ではない。簡単に消えないようにと、脳裏に深く刻み込まれた”明確な死の恐怖”だ。

 

 剣を通じて能獣の重みがずっしりと伝わり、腕が小刻みに震える。俺は理由もなく、ただそれを必死に全身で堪えていた。

 すると、すぐ脇で聞き馴染みのある声が。


 「危なかった……。本当に」


 ルリアのものだった。穏やかなその声を聞き、全身を縛り付ける緊張が解けていくのがわかった。やはりどこか安心できる。

 体の無駄な力が抜けて、握り締めていた剣をそっと離した。

 能獣は崩れ落ち、静かに横たわる。


 「ルリア。助かったよ……」


 ルリアは沈黙のまま能獣に突き刺さる剣を引き抜いた。傷口からはじわりと血液が溢れ出す。そして、すっかり色を変えた剣の先からは赤い雫が滴り落ちた。


 「よく動いてくれたね」


 ルリアは優しい笑みと共に剣を渡してくれた。だが混乱状態で言葉が浮かばなかった俺は黙ってそれを受け取った。

 ルリアは表情を曇らせる俺の肉体の無事を確認するように足元から順に見上げ、一安心のため息を吐いた。


 「まぁ、無理もないか」


 沈黙する俺にそう呟いたルリアは、投剣で遠くに飛んだ右の刃を拾いに向かった。

 俺は背を向けて遠ざかる姿を少し眺めた後、それを引き留めるように尋ねた。


 「なんで……命懸けで助けてくれたんだ?」


 するとルリアは足を止めて振り返り、赤い眼差しを俺に向けたまま沈黙。

 柔らかな風が彼女のローブを揺らす。


 「……そんなの、なんだっていいでしょ!」


 表情は見えないが、優しい声色。

 その姿はどこか懐かしくて、何故か寂しそうに思えた。


 ルリアは何か知っているのだろうか———俺の知らない俺達の何かを。


 不思議とそんな気がした。


 静かに歩き出したルリア。しかし、何かを思い出したのか、再び足を止めて振り返る。


 「ちなみに、貸し一だからね!」


 「……ぇっ⁉︎」


 複雑な感情の最中、普段通りに戻ったルリアからの想定外の発言。そして、余りにも大きすぎる貸しに言葉が詰まった。

 それは冗談なのか。それとも、本気なのか。俺は瞬時に判断できずに戸惑っていると、ルリアはもう歩き始めていた。


 遠ざかって行く小さな背中。だが俺の瞳には逞しいほど大きく映った。

 そんな彼女の背を、俺はただ静かに眺めた。






ーーー






 短剣を回収し、再び倒れる能獣の元へと帰ってきたルリア。早々に亡骸の頭部へと回り込み、足を畳んで座った。

 

 (———何するんだ?)


 すると、腰に差した短剣の片方を淡々と引き抜き、右で逆手に握った。

 そして、それを顔の前まで運んだ次の瞬間。刃は勢いよく振り下ろされ、亡骸の額を突き刺した。


 飛散した僅かな返り血は、俺の頬を掠めた。


 「おい!何やってんだ⁈」


 予想外の奇行で咄嗟に尋ねた。すると、ルリアがその声に驚いたように振り向く。


 「ごめん、飛んじゃった?」


 「そこじゃねぇよ……」


 俺は頬についた血を裾で拭い、ルリアの手元を指差した。


 「あぁ、何をしてるのかってことね!この石、結構高く売れるから回収しておきたくて!」


 どうやら、額に埋め込まれた緑石が目当てだったようだ。

 無我夢中で額を抉るルリア。俺はその生々しい光景を引き目に眺める。

 間も無くして終わりが見えてきた。その途端、ルリアは躊躇うことなく素手で石を鷲掴みした。


 (———いきやがった……)


 そして、捻りながら強く引っ張る。

 石に張り付いた額の肉が細く伸び、ブチッと鈍い音を立てて千切れた。


 「よぉしっ!取れた」


 ルリアはご満悦のようだ。

 その表情も込みの異質な光景が見慣れない俺は表情を歪ませる。それからしばらく表情を取り戻すことが出来なかった。


 「それじゃ、さっさと街に向かいましょう!」


 そんな俺を構いなしのルリアは腰につけた巾着袋に緑石をしまい、すぐに街へと歩き始める。


 「え、もう行くのかよ?休憩して行かないのか?」


 俺は慌ててその足を声で引き止めた。

 理由は簡単だ。本来、休憩を目的として大樹へやってきたはずなのに、予想外の事態で逆に心身共に疲労が蓄積されてしまったからだ。

 だが、それすらも踏まえた上で判断していたルリアは食い気味に言った。


 「懲りないのね。また能獣に襲われたいのかなぁ?」


 ルリアの言う通りだ。いつ襲われてもおかしくない状況で、万全な備えも無しに呑気に休憩を挟むなどもってのほか。

 それに、次も勝てる保証はどこにもない。

 一刻も早く街へと向かうのが最善。的確な判断だ。

 そして、深く刻まれた死への恐怖。それが、疲れ切った俺自身を最も納得させた。


 ルリアは既に歩き始めている。

 俺は深いため息をこの場に残し、足早にルリアの背を追った。


 「なぁ、何でそんなに強いんだよ?」


 追いついた俺は、ルリアの脇に並んだ。


 「何でだろ? んん……。そうね、きっと記憶を無くす前の私が頑張ってくれてたのよ!」


 「何だそれ……?まあいいや。今度、俺に戦い方を教えてくれ!」


 「いいけど、まずは体力を付ける所から初めなさい!」


 「ゔぅっ……」


 またも的確な意見だ。

 こうして俺達は再び街を目指して歩き始めた。

 そして、確実に近づいた街を見て思った。


 (あそこに行けば、何か思い出せるかな……)






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