世紀の大泥棒、転田ころん
https://ncode.syosetu.com/n9851kv/←コイツらの10年後を描きました
トイレで用を足していると、なんか焦げくさいなと感じた。
「火事だー!」
「早く逃げるんだ!」
店員さんや他のお客さんの騒ぐ声で緊急事態だとわかった。でも待って! 私ウンコ中!
ようやく大腸の豪雨が去って、ショワワ〜とウォシュレットに綺麗にしてもらってトイレを出ると、デパートはもう炎に包まれていた。
私、バカだ……。
動けなくても動かないといけなかったんだ……。
あんなに丁寧に流さなくてもよかった。どうせすべてのものは跡形もなく燃え尽きてしまうのに。
炎と黒い煙に包まれながら絶望していると、こんな状況でいるはずのないひとの声が聞こえた。
「おいおい、オマエ何しとんじゃ? 石ぶつけたろか?(⁎⁍̴̆皿⁍̴̆⁎)イヒヒ」
意地悪を気取った正義のヒロインみたいな声だった。
その方向に振り向くと、そこに紫色のレオタード姿の女性が『命』みたいなポーズを決めて立っていた。ちょっと猫っぽい。年齢は……私と同じぐらい? 19歳ぐらい?
私は聞いた。
「へ……、変態?」
「変態じゃねーよ(⁎⁍̴̆皿⁍̴̆⁎)」
「じゃ、じゃあ……これが走馬灯ってやつ?」
こんな状況で、こんなところにレオタード姿の女のひとがいるわけがない。きっとこれが死ぬ前に見る走馬灯ってやつだ。確かになんだか彼女には見覚えがあった。
観念して、その場で床に横向きに寝転がった私に、レオタードのひとが言った。
「オマエのこと……見殺しにしてやりたいけどまぁ、助けてやっか(⁎⁍̴̆皿⁍̴̆⁎)」
そう言うと、私をお姫様抱っこし、そのひとは飛び上がった。人間とは思えない跳躍力に、私は「うぎゃー!」と声が出た。高いところにある窓に飛びつき、外の階下を見下ろすと、彼女が言う。
「ハハハ! ここ7階かよ。死んだな。焼け死ぬのとベチャッてなって死ぬのと、どっちがいい?(⁎⁍̴̆皿⁍̴̆⁎)」
「どっちも嫌ぁ!」
「じゃあ、生きろ(⁎⁍̴̆▽⁍̴̆⁎)」
そのひとは私を抱え、7階から飛び降りた。
なるほど彼女が私の代わりにベチャッと死んでくれて、私は助かるんだな──そう期待したけど、違った。
彼女は腕からスパイダーネットみたいなのを出して、まるでスパイダーマンみたいに空を飛んだのだった。
着地に失敗して彼女が少しベチャッとなったけど、命に別状はなかった。
顔を上げて私に向かってサムズアップすると、彼女が言った。
「助かってよかったな、椎名」
そしてすぐに逃げるようにスタターッ! っと走り去っていった。
「待って! どうして私の名前を……!?」
「椎名さん?」
背後からイケボで名を呼ばれ、振り向くと、トレンチコート姿のイケメンが私を見ていた。このひともなぜ私の名前を知っているの? と、思っていたら──
「俺だよ、小学校の時同級生だった──」
「あ! もしかして、諫山陽斗くん!?」
面影があった。
いつも私に優しくしてくれたわりに、結局他の女の子を追いかけていったクラス1のイケメン……
刑事さんの息子で、自分も将来は刑事になると言っていた──
そしてこの銭形なんとかみたいな出で立ちは……もしや──
「諫山くん! 警部になったの!?」
「まさか……。まだ下っ端の刑事だよ」
そしてレオタード姿の女のひとがスタコラサーと逃げていった方向を見ると、悔しそうに言った。
「くそっ……! また転田ころんを捕まえそこねたか」
「転田ころん?」
「あぁ……。世紀の大泥棒さ。あいつ、このデパートに出店されてたたこやきショップの紅しょうがを盗もうとしていたようだが……この火災で諦めたようだ」
「転田ころんって……偽名だよね、もちろん?」
「いや、本名さ」
思い出した。
小学校の頃、いつも私に意地悪をするクラスメイトがいた。
お団子頭の転田ころん──
諫山くんが私をポイして追いかけて行った、元気すぎる女の子──
「しかしあいつめ……、代わりにとんでもないものを盗んで行きやがった」
そんなことを諫山くんが言い出したので、一応私は彼女を弁護した。
「待って! 彼女は何も盗んでないわ」
「いや、あいつは盗んで行きました」
「えっ? 何を?」
諫山くんは私に向き直ると、言った。
「あなたの心です」
「……あっ!」
確かに盗まれていた。
私の名前は『椎名心美』、その名前から『心』が抜き取られていた。
じゃあもしかして私、心だけが美しかった『椎名心美』から、純然たる美の化身みたいな『椎名美』になったの? と思いきや、違った。
『椎名琴美』になっていた。
私は思わず彼女が去って行った方向へ叫んだ。
「椎名琴美って、誰よ!?」
作中のイラストはコロンさまよりいただきました