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超アイドル☆ルリコちゃん

作者: 夜川総

――君、芸能界に興味ない?


ショッピングの帰り道、そんな言葉を投げかけられた私――明星(あけほし)ルリコは、自分でも驚くくらいの元気な声で、


「私、アイドルになりたいです!」


と言った。


それからどんどん話は進み、私はあの日声をかけてきた人――橘社長の事務所で、アイドルとして活動することになった。

私が所属するタチバナ芸能事務所は、あまり大きな事務所ではない。俳優、声優、ミュージシャン、お笑い芸人……さまざまな分野のタレントが集まっているけれど、アイドル部門は私だけ。

テレビには色んなグループアイドルが出ている中で、私は、ひとりぼっちのアイドルだ。

おそろいの衣装を着て踊ったり、一緒に同じ夢を見れる仲間がいるグループには憧れがあったけど……それでも、アイドルになるという夢を叶えてくれた、あの日声をかけてくれた社長には感謝している。だから、私はソロでも精一杯頑張って、たくさんファンをつくるんだ。


それから、私は頑張った。


ダンスレッスン。ボイストレーニング。姿勢の矯正。柔軟。体づくり。笑顔の練習。自分が一番かわいい角度の研究。写真うつりの研究。メイクの練習。ファッションの研究。仕草の研究。体のケア。読書。ニュースを見る。人脈づくり。好感を得やすい喋り方の研究。


そんなのはみんなやってるから、努力のうちには入らない。私がアイドルとしてやっていくうえで必須の、ただの下地。

プラスで、何かが必要だ。

私がトップアイドルになるために必要な、私にしかないもの。私だけの持ち味。


そして私は修行の末、超能力に目覚めた。


日本のアイドル界で超能力に目覚めたのはおそらく、私だけである。


私は超能力をどう活用するかを考えた。

フリルスカートの衣装を思い通りに揺らし、可憐な動きを再現した。衣装まで踊っていると評判である。

ヘアセットも完璧だ。長い時間をかけて決めた前髪は激しいダンスを踊ってもスプレーなしで崩れない。

歌は、歌に込めた想いはどんなに遠く離れていてもファンに届いているだろう。

握手会も、まるで心を読み取られていると思うくらいこちらの気持ちを汲んでくれるとファンは喜んでくれている。

バラエティ番組でも完璧に流れを掴むことができるようになったし、私とドラマで共演すると全体の演技レベルも上がると評判になった。

順風満帆である。


「最近、調子いいみたいですね」


声をかけて来たのはライバル事務所の四人組アイドル、「.PINK(ドットピンク)」だ。


「でも、勝つのは私たちです」


そう、今日は勝負の場。

アルティメットアイドル・スターフェスティバル。一昨年から始まった音楽番組で、日本のアイドル数組がそれそれパフォーマンスし、投票によって優勝が決まる。優勝したアイドルには、そのアイドルの“すべての要望を取り入れたコンサートの権利”が贈られるのである。

もちろん、優勝は狙う。

だけど、私にとっての“勝ち”は、優勝じゃない。


「ルリコさん、スタンバイお願いします!」


スタッフの声がかかる。

私は衣装をふわりと翻して、.PINK(ドットピンク)のみんなを振り返った。


「みんなも見ててね、私のパフォーマンス!」


この会場に集まったみんな。他のアイドルのファンのみんな。私と同じように芸能界で戦っている、他のアイドルのみんなも!

みんなみんな、ルリコのファンにしてあげる!


「みんなー! 会えてうれしいよ! 今日もいっぱい、ルリコと楽しもうね!」


歓声。ルリコのファンのみんなの笑顔。

ルリコに興味ない、見定めてやろうって人の顔。

他アイドルのファンの、つまんないって顔。

私はひとりひとりの顔を見る。みんなに、とびきりの笑顔を向ける。みんながいるから、ルリコは今日も元気だよって、笑いかける。


「それでは、ルリコの歌を聞いてください。デビュー曲で、『ルリ色レモン味』」


・・・


出番を終えて戻ると、.PINK(ドットピンク)のみんなが私に拍手をくれていた。

ちょっとだけ、瞳が潤んでいる。目元が少し赤くなっていて、でも、それでも、笑っていた。

笑っていたから、私の勝ちだ。


そうしてU(アルティメット)I(アイドル)S(スター)F(フェスティバル)で優勝した私には、優勝賞品である“すべての要望を取り入れたコンサートの権利”が贈られた。

その後、普段通りの活動をしつつコンサートの打ち合わせを重ねていたが、その日は突然やってきた。


巨大隕石接近のニュースである。


このまま隕石が地球にぶつかればこの国は――否、この星の文明は終わりを迎えるだろう。

それは紛れもなく、地球の危機であった。


人々は祈った。

諦めた。泣いた。泣き疲れた。怒った。笑った。笑った。笑うしかなかった。諦めた。疲れた。諦めない人もいた。諦められなくてあがいて諦めなければいけないとわかって涙を流した人がいた。最後まで戦いたくて調べて研究して折れる人折れそうな人がいた。


私は、アイドルに憧れた。

小さい頃、ささいなことで友達とケンカをして落ち込んでいたとき。母親が病気でしばらく入院していたとき。こわいおばけの話を聞いたとき。慰めて、元気づけてくれたのはテレビの中のアイドルの姿だった。

彼女たちは笑って、華やかな衣装を着て、かわいくて、キラキラしていた。

そうなりたいと思った。

笑って、華やかな衣装を着て、かわいく、キラキラしたい。

それで――ファンのみんなを、笑顔にしたい。


「開催しましょう。コンサート。それが、私の“要望”です」

「ルリコ、それは……」


マネージャーが私を咎めるように言う。こんなときにコンサートなんて開催してる場合じゃない、そう言いたいのだろう。


「こんな時だからこそ、私はコンサートがしたい」


マネージャーも、橘社長も、U(アルティメット)I(アイドル)S(スター)F(フェスティバル)の担当さんも、私の話を真摯に聞いてくれている。

みんなみんな、大事な人がいて、今日だって、今すぐにだって、その人を抱きしめに行きたいと思っているはずなのに、私の話を聞いてくれている。


「だって、ファンを笑顔にするのが、アイドルだから」


やりましょう、と担当さんが言った。みんな、頷いた。


そして、その日が来た。

巨大隕石が地球にぶつかる前にコンサートを開催しなくちゃいけないから、当たり前だけど準備期間はそう長くはとれなかった。

舞台セットは最低限。衣装は使い回し。マスコミのカメラも入ってて、きっと向こう側では不謹慎だとか言われてるだろうけど、暗いニュースなんかよりルリコの歌を届けた方がいいんだから、絶対!


「みんなー! 会えてうれしいよ!」


いつもと同じ挨拶。いつもより少ない、歓声。


「今日もみんなと一緒に楽しみたいんだけど、きっと、そんな気分になれないって人も、いっぱいいると思う……だからね」


会場にいるみんなの顔を見る。テレビの前にいるみんなの顔を思い浮かべる。


「今日はみんな、ルリコの応援をしてほしいんだ!」


会場がすこし、どよめく。

今までしたことのないお願いだ。

ざわめきの切れ目に、がんばれー、と声がした。どんな小さな、地方の会場でも見に来てくれたファンの子だ。


「ありがとう! 今日も来てくれたんだ、ルリコ、うれしいよ!」


次々に、ばらばらに、声が聞こえる。


「ルリコ、がんばれー!」

「がんばれー!」

「好きだー!!」

「結婚してくれーー!!」

「がんばれー!」

「愛してるぞー!!」

「ルリちゃーん!」


ああ、満たされていく。満ちていく。

ファンの声に、力がもらえる。


「みんな……ありがとう。ルリコね、みんなのことが大好きだよ。みんなの笑顔を守りたい。ルリコの歌できっとみんなを笑顔にしてみせるから……応援してね」


ワァ、と歓声が上がった。いつもの、みんなの声だ。

怖くて仕方がない人もいるだろう。現実を忘れたくて、ここに足を運んだ人もいるだろう。それでもみんな、今は、私に目線を、声を、届けてくれている。


「それじゃ、ルリコがせーのって言ったら、みんなでがんばれーって言ってくれる? せーの、がんばれー、ね。準備はいい? それじゃ、いくよ……せーのっ!」


がんばれー!

おおきなおおきな声が、地響きが起きるほどの歓声が、すべてすべて私の力になる。


「オッケーありがとー! このまま行くよー! ルリコが作詞した新曲! 聞いてください、『星屑☆グッドナイト』!」


♪冷たい雨にうたれたら 私は傘になるよ

 カエルになってケロケロ歌うのもいいかも

 暑い日にはそうだ 大きな樹になるの

 日焼けは気にしなきゃだけど

 あなたはわたしの影に入って わたしは日光浴


 あなたの笑顔が力になるの

 あたたかい布団につつまれて

 眠る日にはキラキラ、星屑のシャワー

 あなたに笑っていてほしい

 わたしの夢を見てね

 わたしの夢には あなたがいるから


どこまでも力が湧いて来る。ファンの、喜びを感じる。

笑ってくれている。楽しんでくれている。涙を流しても、まっすぐに前を向いて、笑ってくれている。

私の歌で、人を幸せにできる。こんなに嬉しいことはない。


私は、手を空にかざした。

ああ、忌々しい隕石め。


ファンに力を貰った超アイドルを舐めるなよ。


光を放った。




「まさに“伝説のコンサート”だな」

「“伝説のアイドル”はやることが違う」


昔の新聞を読みながら、社長たちは言う。

あのコンサートの後、というか最中、流れて来たのは“巨大隕石消滅”のニュースだった。

地球は危機を回避した。そのことに人々は最初は半信半疑だったものの、しばらくすると安堵し、喜び、抱きしめ合い、生きていることを実感し合った。

コンサート会場にいた人間は、あの日、あの歌を披露したルリコが――突如として輝きだし、その身に纏う光を天に向けて放ったことを知っている。テレビ局のカメラにもそのような映像が残されていて、スーパーアイドル・ルリコが地球を救ったと大騒ぎ。ルリコは、“伝説”と語られるようになった。


「……その、伝説っての、やめません……?」


本人としては、やめてほしいところである。

伝説ってなんか古くから伝わる……みたいな感じで、現役アイドルとしてはビミョー。


「それに、ルリコはこれからもいーっぱい、最高を更新していくんですからね!」


あのときはすごかった、みたいに言われてはたまらない。

むしろ、これからだ。みんなが毎日楽しく暮らせるように、ルリコのことで頭いっぱいにしてあげるんだから!


「ルリコは(エスパー)アイドルですから! これから先も、私はファンを笑顔にするだけです!」


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