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09:初遠征①

 青薔薇のデビューから三日後。

 優花は羽田空港にいた。


 二回目の人生、初の遠征である。


 7月20日の赤坂DLITZからスタートした、メジャーデビューを記念したワンマンツアー。

 赤坂DLITZ以降も、青薔薇はいくつものライブを行っている。


 ──全通(ぜんつう)しちゃう?


 そんな考えも一瞬だけ頭をよぎったが、やめておいた。

 今回の人生でも、初めての遠征は神戸チキンビョージにしたかったからだ。


 前回の人生で、優花は初ライブを終えると、すぐに思ったことがある。


 ──もっと璃桜(リオ)様に会いたい。

 ──青薔薇のデビュー後、初めてのライブに行きたい。


 そう思った優花は当時勤めていたケーキ屋のお盆休みを利用して、神戸のライブに行くことにした。

 これが、優花の記念すべき初遠征である。


 一人で東京を出たことすらなかったので親友に頼みこみ、旅行を兼ねて神戸までついてきてもらったのだ。

 ちなみにその親友は、前回の人生では初ライブの赤坂DLITZにも付き合ってくれていたりする。


 しかし、今回の優花は違う。

 前回、あれだけ日本各地を飛び回ってきたのだ。

 ソロでのライブ参戦、旅行の手配、飛行機、新幹線、バス、ホテルなどなど……なんでもござるである。


 そんなわけで、おひとり様の遠征だ。

 何件もの旅行屋を巡り、店頭のパンフレットを根こそぎ持って帰った優花。

 その全てを熟読し、一番良いプランで予約した。


 なんとなく、前回と同じホテルを選んでみたのは、会場に近いからだ。



 ♪ ♪ ♪



 伊丹空港から乗ったリムジンバスが、三宮駅に到着した。


「ありがとうございます!」


 優花は運転手さんから預けていた荷物を受け取ると、カラカラとカートを引いて歩き出した。


 初めて神戸に来た時は、ガイドブックの地図を見ながらホテルを必死に探したことを覚えている。

 地図を上手に読めなくて、迷いに迷ってホテルに到着したのは、今ではいい思い出だ。


 そんな優花だが、神戸には何度も来ているのですっかり慣れたものだ。

 当たり前のように、何も見ずにホテル方面へ足を進める。


 駅付近の店をのんびり見ながら歩き、15分くらいかけて生田神社の前に着いた。


 生田神社を横目に見ながら進むと、すぐに神戸チキンビョージだ。

 真っ青な壁にド派手なアートが目を惹く、その箱。


「懐かしい……」


 そんな言葉をポロリと溢した優花は、カリカリと使い捨てカメラを巻きながら何枚かライブハウスを撮影する。


「よかったら、撮りましょうか?」


 背後から自分に向けられた声に驚いて振り返ると、入り待ちをしていたお姉さんが親切に声をかけてくれたようだ。


「ありがとうございます! お願いします!」


 壁の前で写真を撮ってもらって、お姉さんにお礼を言っていると、スタッフが慌ただしく動き始めた。


「写真は撮らないでくださーい」

「ここを越えないでくださーい」


 何回もそんな声が飛び交い、入り口付近からの移動を促される。

 それから数分後、黒いバンに乗ってメンバーがやってきた。


 車から降りて会場に入る前に、軽くファンに手を振ってくれるメンバー。

 まだメイク前のスッピンで、全員、サングラスをしている。


 ──わー、この頃は、こんなにファンサしてたんだー。


 一瞬だけ花が舞ったかのように華やいだ入り待ちのバンギャさんたちは、メンバーが会場に入るなり静かに散っていく。

 思いがけず入り待ちに加わってしまったが、一つだけ思ってしまったことがある。


 ──私服…………やばっ。


 優花は、常連のお姉さんから聞いた話を思い出していた。


「いやー、今はみんなブランド物とか着てカッコつけてるけど、インディー時代の私服はヤバかったよー」

「あの伝説の網とかね」


 全国を回り始めるようになった優花が私服を見た時には、すでにメンバーは高そうな服を着ていたし、お洒落だった。

 友達から昔のメンバーの写真を見せてもらったこともあったが、そこまで気になる服はなかったが……。

 実物は、想像以上にアレだった。


 ──あれが噂の網か……あの服は、どこで買ったのだろうか?


 一檎(イチゴ)の体を包んでいた、白い網のような物体。

 今日はタンクトップを着ていたが、ひどい時は素肌の上に網だけの時もあったという。

 乳首丸見えだ。エッチすぎる。通報案件だ。


 それに、璃桜様が着ていたあのシマシマの服。

 夏なのにやけにフワフワなあの服は、なんなのだろうか……。

 めちゃくちゃ、暑そうだ。


 などど、イケナイ考えが頭の中を駆け巡る。

 でも、まぁ、あれだ……


 ──そんな所も愛してる。




 ライブハウスの近くのホテルにチェックインした優花は、荷物を部屋に置いてベッドに座りながら考える。


「まだ14時過ぎたくらいだし……せっかくだから生田神社に参拝してから、軽くご飯でも食べるか……」


 彼女はベッドから立ち上がると、勢いよく部屋を飛び出した。


 ライブハウスのすぐ近くにある、生田神社。

 神戸に来た時には、いつもこの神社に参拝している。

 優花は手を合わせながら、心のなかで呟いた。


 ──この夢のような奇跡を与えてくださった、全ての神に感謝します。



 神社を出たあとは、駅前に戻りながらいくつものお店を覗き、まだランチをやっていた洋食店で、神戸牛のハンバーグを食べる。


 熱々の鉄板に乗せて、提供されたハンバーグ。

 肉汁が跳ねないようにと、渡された紙エプロンを首にかけてフォークとナイフを手に取る。

 ナイフをそっと差し込むと、ジュワーと溢れ出す透明な肉汁。それがこぼれ落ちて鉄板にぶつかるとパチパチと音を立てて肉汁が踊り、煙とともに食欲をそそる香りが立ち上る。


 まずは何もつけずに、ハンバーグをひと口。

 口に入れた瞬間、口の中に上品な肉の甘みが広がりご飯が食べたくなる。すぐさまフォークでご飯を口に運び込むと、米の甘みと肉の甘みが口の中で混じり合い、思わず頬を緩めてしまう。


 別添えで提供された、大根おろしの入った和風ソース。

 そのソースをかければ、よりご飯が進む味わいでフォークを動かす手が止まらない。


 あっという間に完食し、ひと息つくと……目の前にそっと置かれたコーヒー。


 ふわりと感じの良い笑顔を浮かべた店員さんが、テキパキと空いた皿を下げてくれた。

 全てにおいて、完璧な店である。


 ちょっと濃いめのコーヒーを飲み終えて店を出た優花は、少しだけあたりを散歩しながらホテルに戻った。




 19時になり、優花はチキンビョージに向かった。

 ホテルが近いおかげで、財布とペットボトルの入った小さなバッグだけで動けるのが遠征のいい所だ。


 すでに開演時間を過ぎていることもあり、会場前には数名のスタッフの姿しか見えない。

 ドリンク代を払って入場し、空いている後方のセンターに立ち止まった優花。


 会場は六割程度、埋まっているくらいだろうか……。

 適度な隙間があり、見やすそうだ。


 フライヤーを読んだりしながら待っていると、30分押しでライブが始まった。

 一曲目は、初日の赤坂DLITZと同じく『IceDoll』だ。


 一気に三曲を演奏した青薔薇は、一度目のMCに入る。


「こんばんわ。Blue Roseです」


 ……ジャーン

 ……ドンドンドン

 ……ベンベンベン


「知っている人も多いと思うけど、俺たちBlue Roseは、8月5日にメジャーデビューしました!」


 一斉に上がる「おめでとう」の声と拍手。

 ステージ上のメンバーも、感慨深げな表情をしている。


「今日はメジャーデビュー後、初めてのライブです。みんな、楽しんでいってね!」


 そうして始まった『青い糸』。

 デビュー後、初めて演奏するこの曲を、今回も聞けて胸が熱くなる。


 優花は必死に右手を挙げて、手扇子をやり続けた。


 そんな風に二度目のライブを楽しんでいた優花だが、すっかり忘れていたことがあった……「ダンプさん」の存在だ。


 本編の中盤に演奏された曲……『道化師のロンド』のサビでそれは起こった。


 後ろで見る派の優花の前には程よいスペースが空いていたのだが、そこをドタドタと横切る大きな黒い物体が目に入った。


 横にも縦にも大きめな女性。

 彼女は、優花の仲間内ではダンプさんと呼ばれている、有名なファンの一人。


 あだ名の由来は、ライブハウスの中を「ダンプカー」のようにすごい勢いで走り回るからだ。


 上手ギターの一檎ファンのダンプさん。

 彼女は青薔薇の初期の頃からのファンらしく、色んな意味でとても目立つ存在だった。


 アップテンポな『道化師のロンド』。

 この曲のサビでは、ドラム以外のメンバーが何度もステージを移動して、客席をガンガンに煽ってくる。大盛り上がりの曲だ。


 通常、上手にいる一檎。

 彼が下手に移動すれば、ダンプさんも下手に移動する。

 一檎の動きに合わせて、ダンプさんが客席を走りまわるのだ。


 そんなわけで、一檎が立ち位置を変える度に、ダンプさんは何回も優花の前を往復していた。


 正直、客席に余裕もあるので、問題ないといえば問題ない。

 さすがのダンプさんも人にぶつかることはないし、きちんと人は避けている。


 しかし、優花の隣にいる若いファンの人は、すっかり怯えている。


 ──わかるー。初めて見るとビックリするよね?


 前回の人生。ライブ二回目でアレなファンに免疫の無かった優花は、目の前で走りまわるダンプさんの迫力に「ライブ怖い」と思ったものだ。

 ライブに付き合ってくれた親友も、ライブ後に「あの人やばかったね」と、言っていた。


 今回の優花はダンプさんにも免疫があったので、すぐにステージに目を戻した。

 そして、気がついてしまう。


 ──あれ? 一檎、怯えてない?


 あまり客席の後方に目を向けずに、ひたすらギターと客席の前方付近を見つめている一檎。

 曲が始まった頃は満面の笑みを浮かべていた彼の顔から、すっかり笑顔が消えている。


 ──そりゃ……あの勢いで追いかけ回されれば、普通は怖いよなー。


 そんなことを思いながら、内心で一檎に同情していると……満面の笑みを浮かべたダンプさんが目の前を通過する。


 二人の表情のギャップを見て、なんとも居た堪れない気持ちになった優花であった。



 そんな事件もありつつ、ライブを終えた会場。

 ファンが満足顔ではける中、会場前方に古参(こさん)ファンの集団が集まっているのが見えた。

 古参とは、昔からのファンのこと。青薔薇の場合、インディーズ時代からのファンのことをいう。


 ライブの後で興奮している彼女たちは、周りを気にせずに大声で喋っている。


 そんな彼女たちの話は、嫌でも耳に入る。

 楽しかったライブの後に、仲間と盛り上がって声が大きくなってしまう。

 それはバンギャあるあるだ。箱の中だし、別に問題ない。


 そんなことを思いながら、楽しげな彼女たちを微笑ましく見ていたら、とんでもない言葉が聞こえてきた。


「もう、一檎ったら照れちゃって、こっち見れないなんて、可愛い」


 そう言ってキャッキャと、乙女の顔ではしゃぐダンプさん。

 優花はそんな彼女を見て目を丸くしながら、心の中で思うのであった。


 ……………………一檎、ドンマイ。

全通(ぜんつう)=ツアーの全ての公演に行くこと

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