07:2度目の初ライブ②
璃桜様が歌い出すと共に、会場から一斉に手が上がった。
リズムに合わせて沢山の手が動く……そんな光景を見ているだけで、優花のテンションはぐんぐんと上がっていく。
──懐かしい。やっぱり、こっちの手扇子の方が落ち着く。
優花も右手を挙げて、リズムに乗って手の平を動かしている。
その顔には満面の笑みが浮かび、心からライブを楽しんでいるのは一目瞭然だ。
ライブ定番のノリの一つである手扇子とは、その名の通り、音楽に合わせて手を扇子のようにヒラヒラと動かすことである。
この手扇子だが、時代時代で変貌を遂げている。
この時代の手扇子は、腕を上げた状態でリズムに合わせてステージに向かって円を描くように手を動かすものだ。
「90年代の手扇子」とか「古の手扇子」とか、言われているやつである。
令和のライブハウスではめっきり見られなくなったが、90年代を生きた古のバンギャである優花は、この手扇子が一番好きだったりする。
古。
バンギャがよく使う言葉の一つである。
「古い」とか「昔の」とは言わず、「古」という。
意味は同じでも、「古」という言葉には趣が感じられるせいか、不思議とネガティブな印象を感じない。
令和のライブも見てきた優花にとって、目の前には古の懐かしいノリが広がっている。
90年代の手扇子の海。
記憶よりも若いメンバーの姿。
大好きなライブの一体感。
その全てに、優花は心を震わせた。
少しだけ涙目になっている彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
一気に三曲を演奏して、青薔薇は一度目のMCに入った。
「こんばんわ。Blue Roseです」
……ジャーン
……ドンドンドン
……ベンベンベン
楽器隊の四人は、汗を拭ったり、水を飲んだりしている。
その合間に、璃桜様の言葉に相づちを打つかのように、楽器を鳴らす。
「今日は『Blue Beginning』ツアーの初日、赤坂DLITZです。みんな、来てくれてありがとう!」
……ジャーン
……ドンドンドン
……ベンベンベン
「知っている人も多いと思うけど、俺たち、Blue Roseは8月5日、メジャーデビューします」
……ジャーン
……ドンドンドン
……ベンベンベン
すぐに会場からは大きな拍手と「おめでとう」という多くの声があちらこちらから聞こえてくる。
そんな会場の反応に嬉しそうに笑った璃桜様は、デビューに向けての思いを熱く語りだす。
記憶よりも拙い彼のMCに、優花の中の愛しさゲージが天元突破する。
──愛い。
──尊い。
そんな言葉しか浮かばないほどの、身悶えする愛しさに包まれた優花。
彼女が、もし漫画やアニメの登場人物ならば……
瞳にはキラキラのハートが輝き。
背後にはハートや花が踊り狂い。
光があちらこちらで輝く。
そんな、大変ウルサい絵になるだろう。
──はぁ……好き。
溜め息を漏らしながら、うっとりした瞳で優花はステージを見つめる。
その視線の先で璃桜様は、会場中を見渡しながら……この曲に込めた想い、これまでの感謝、これからの想いをじっくりと語った。
そうして、優花を何度も殺しにかかったMCは終わりを迎える。
「大切なみんなを想って作った曲です。聞いてください。俺たちのデビュー曲……『青い糸』」
大興奮の会場から大きな歓声が上がるなか、演奏されたその曲。
デビューしてから解散ライブを迎えるまで、多くのライブのセットリストに入った、メンバーにとってもファンにとっても大切な一曲だ。
一人の女性への純粋な愛の詩にも聞こえるが、ファンに向けられた想いとも受け取れる。
その歌詞のなんと甘美なことか……。
デビュー曲の『青い糸』を聞くたびに、何度も璃桜様や青薔薇のライブを思い出して辛い現実を乗り越えてきた。
優花にとっても、かけがえのない大切な一曲である。
過去に戻って初めてライブハウスで聞くその曲に、優花の瞳からは涙がこぼれた。
会場では優花と同じように、多くのファンが涙を浮かべていた。
インディーズから青薔薇を支えてきて、メジャーデビューを喜ぶ人。
MCで曲に込められたメンバーの想いを聞いて、心を動かされた人。
あとは……きっとこのライブで、バンギャを卒業する人もいるだろう。
多くのファンの友達と出会い、多くの別れも経験してきた優花。
一回、一回。
同じセットリスト、同じ会場でも、一度として同じライブは存在しない。
ライブは生もの……とはよく言ったもので、毎回違うライブ。
その一瞬、一瞬に感じる感動。
メンバーやファンと過ごす時間。
儚くて、美しい。
そんなライブが大好きだ。
そうして、曲の合間にメンバー紹介や短いMCをいくつか挟みながら、十六曲の本編は終了する。
璃桜様、太陽、紫苑、一檎、牡丹の順番でステージから人がいなくなると、数名が急いで会場を出ていくのが見えた。
おそらく、トイレを我慢していたのだろう。
優花も膀胱があげる悲鳴をなんとか無視し、メンバーがはけるなり、ダッシュでトイレに駆け込むのをよくやった。
それと同時に、あちこちで手拍子が鳴る。
「アンコール……アンコール…………」
「……アンコール……アンコール…………」
「アンコール……アンコール…………」
「…………アンコール……アンコール…………」
あちこちから聞こえてくる、アンコールの声。
最初はバラバラだったその声も、少しずつまとまっていき……
「「「「「……アンコール……アンコール…………」」」」」
やがて、揃った大きなひとつの声に変わる。
この声が少しずつ揃っていく時。
会場にいる名前も顔も知らない人ばかりのファンのみんなと、心がひとつになるような感じがして好きだった。
優花も手を叩きながらアンコールの声を上げていると……炊き直したスモークでいっぱいになったステージが、ライトで照らされる。
その瞬間。
大きな歓声がそこら中から上がった。
その声に応えるかのように、軽く手を挙げたり、会場を指さしたりしながら、メンバーがステージに戻ってきた。
牡丹、紫苑、一檎、太陽の順番で戻ってきた彼らは全員、衣装からグッズの黒いTシャツに着替えている。
四人は配置に着いて、楽器を軽く鳴らして準備を整えている。
そこに、Tシャツ姿の璃桜様が登場した。
そこから、短いグッズ紹介。
メンバーとの雑談を挟み二曲のアンコール。
ラストはインディーズ時代に出したシングル。
『永遠〜eternal〜』
そうして幕を閉じた、二度目の人生の初ライブ。
照明の落ちたステージの上で、片付けを始めるローディーたち。
会場から出ていく、ファンの人の笑顔や話し声。
しゃがみ込んで、アンケートを熱心に記入する人たち。
それらを瞳に映しながら、優花は思った。
──やっぱり、青薔薇を愛してる。