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05:2度目の出会い

 四月の最初の火曜日は、優花が璃桜(リオ)様に出会った記念日だ。


 前回の人生の、その日。

 深夜に適当にTVを見ながらチャンネルを回していると、激しいライブ映像が流れた。

 音楽が結構好きだった優花は、少しだけ興味を向けて画面に目を向けた。


 小さなステージにギュウギュウの客席。

 ステージから上半身を乗り出して、激しく歌う人。

 頭を振りながら、ギターを弾く人。

 客席に何かを投げる、ベースの人。

 壊れそうなほど、激しくドラムを叩く人。


 そんな映像を「すごっ」などと思いながら見ていた。


 何組ものバンドの短いライブ映像が流れたあと。

 優花も顔を知っている、有名女性リポーターが映し出された。

 彼女は昼間のワイドショーと同じように、マイクを握りライブのレポートをしている。


 あとで知った話だが……彼女はV系ファンの間では、かなりの有名人だった。

 V系バンドをこよなく愛し、熱狂的なファンであることを公言している彼女は、バンギャやバンドマンから「ロッキンママ」「ママ」などと呼ばれていた。


 その名の通り、V系界の母のような存在である。



 そんなママが、ライブ終わりの楽屋に突撃し、バンドマンへのインタビューを始めた。

 

 画面に映っている彼らは、優花のまわりにはいないタイプの人たちだ。

 化粧、髪の色、髪型、服、アクセサリー。

 そのどれもが派手で、奇抜なものばかり。


 ヴィジュアル系と呼ばれるバンドの音楽が流行っていることは、もちろん知っていた。

 しかし、優花はバンドというもの自体にあまり興味がなかったので、特に気にも留めていなかった。そんな彼女にとって、TVの中の彼らはとにかく新鮮に見えた。



 街で会ったら避けてしまいそうな見た目の彼らだが、意外にもママからの質問に答える口調は敬語だ。態度もとても丁寧である。

 お笑い担当らしき陽気なメンバーもいて、見た目は怖いお兄さんたちは普通に笑ったりもする。

 その笑顔はシャイな男の子の笑顔で、見た目とのギャップが面白かった。


「こんなTVあるんだー」


 意外と面白いな、などと思いながら番組を見続けていると、CM明けにテロップが流れた。


『B……l……u……e……R……o……s……e』

『8月……5日………………メジャーデビュー決定』

『デビューシングル……青い糸……TV初公開』


 黒い画面に、青い文字で効果音とともに流れたテロップ。

 その直後、とあるバンドのMVが流れた。


 一輪の青い薔薇が画面いっぱいに映り……その花びらが一枚ずつ散っていく。

 全ての花びらが散ると同時に大きな音が鳴り、五人の男たちの姿が映る。


 ギターを弾きながら身を反らす、赤い髪の男。

 ドラムを叩きながらスティックを回す、金髪の男。

 ベースを弾いて首を傾げた、女性みたいな姿の紫色の髪の男。

 ギターを弾いて軽く跳ねる、オレンジ色の髪の男。


 最後に映ったのは……マイクを持つ、青い髪の男。

 左目の目元にある、ハートの形のホクロがなんとも色っぽい。

 その男はカメラをじっと見つめると……歌い出した。


 カメラ越しにその男と目があった、その瞬間。

 優花の心臓は、ズドーンと撃ち抜かれた。


 画面にその男が映るたび、心臓が大きく跳ねる。


 息をするのも忘れるほど、夢中で見ていたサビまでの時間。

 たぶん一分くらいのその時間は、永遠のように長くも、数秒のように短くも感じる特別な時間だった。


 これが優花とBlue Roseとの出会い、そして璃桜様との出会いだった。


 MVが終わると、さっきの五人がデビューへの思いを真剣に語り、最後に夏に行われるツアーの告知をした。


 ツアーの初日は7月20日、当時の海の日。

 場所は赤坂DLITZ。


 近くにあった紙を手にとり、日程と場所、そして『Blue Rose』と急いで書き込んだ。


 その翌日、お昼休みの短い時間を使って、優花は本屋に訪れた。

 本屋でチケット情報誌『ぺあ』を手に取り、Blue Roseの文字を必死に探す。

 ドキドキしながらページをめくり、Blue Roseのチケットの情報が書かれていることを確認すると、すぐにレジへ直行した。


 インターネットが普及していなかった時代。

 ライブやコンサート、何かのイベントなど、チケットが必要な場所に行くのには『ぺあ』を読むのが普通だった。

 本屋でよく見かけていた『ぺあ』だが、買うのはこの日が初めてだ。


 家に帰ってから、ドキドキしながら『ぺあ』を開く。


 チケットの発売日に予約の電話をすること。

 予約したチケットを期限内に引き換えること


 ライブに行くこと自体が初めての優花は、隅々まで『ぺあ』を読んでチケットの入手方法を学んだ。



 そうして迎えた、発売日。

 時計の時刻は、9時50分。

 優花はメモを手元に置き、黒電話の前で待機していた。


 時計ばかり見ているせいか、時間が経つのがやけに遅く感じる。

 秒針が回る様子をじっと見つめていると、時計の針が10時を指した。

 それと同時に、ダイヤルを回す。


「トゥルルルル……トゥルルルル……」


 右耳から聞こえる呼び出し音に、優花の胸は高鳴った。

 受話器からプツリと繋がる音が聞こえて、ペンを握りしめた瞬間……


「ツーツーツー……」


 なぜか電話が切れてしまった。


「えっ⁉︎ 何これ? 切れたの?」


 慌てて、もう一度ダイヤルを回す……


「ツーツーツー……」


 今度は電話を鳴らす音さえ聞こえずに、切れてしまう。

 それから何度もダイヤルを回すが、この「ツーツーツー……」という音が続くだけである。

 何が起きているのかわからぬまま、優花は必死にダイヤルを回し続けた。


 すると……


「おかけになった電話は、大変混み合っており、かかりにくくなっております。恐れ入りますが、しばらく経ってからおかけ直しください」


 女性の声で流れるアナウンス。

 それを聞いてこれまでの不思議な現象の数々は、電話が混み合っていたことによるものだということを知る。


「えーっ! チケット取るのってこんなに大変なの?」


 それから何回も、何回も、電話を掛け続ける優花。

 ダイヤルを回す指、受話器を押しあてた右耳が痛くなるほどだ。


 時間は10分、20分、と過ぎていく……。


「こんなに人気なら、もしかしてライブに行けないのでは?」という不安が募った頃、久しぶりに「トゥルルルル……」という電話をかける音が聞こえた。


 やっと、という思いでまたペンを持った優花。

 しかし、電話から聞こえてきたのは無情にも「ツーツーツー……」という音だった。


 その音を聞いた瞬間、ガクリと項垂れたものの、胸になんだかよくわからないスイッチが入った。

 やや血走った目をした彼女はダイヤルに指を伸ばすと、勢いよく回した。


 そこからは、何度かに一回電話を鳴らす音が聞こえたり、「ツーツーツー……」だけだったりを繰り返す。

 そして、10時40分を過ぎた頃、遂にその時が訪れた。


「こちらはチケットぺあです…………」


 こうして、優花にとっての初めてのチケット争奪戦は、無事に勝利で幕を下ろした。


 なんだかとっても疲れたような気分になっていた優花だが、彼女はこれから始まるバンギャ人生で、もっと過酷なチケット争奪戦を何度も繰り広げることになるのだ。


 真夏、真冬、雨の中……早朝から『ぺあ』の店舗前に並んだり……。

 地方のイベントや公開収録などでは、当日の朝から配布されるチケットのために前乗りすることさえあった。


 自宅で座っての電話。

 そんなチケット争奪戦は、一番イージーで優しいものなのだ。



 ♪ ♪ ♪



 そんな、前回の自分を思い出していた優花は、二度目の出会いの日を迎えていた。


 前回と違うところは、新品のビデオテープをデッキにセットし、予約の準備が万端なことくらいだろうか。

 この時代、まだDVDは普及しておらず、VHS……俗にいうビデオが一般的だった。

 VHSとDVD。その画質に雲泥の差があることを理解している今回の優花は、家電量販店にDVDレコーダーを見にいってみた。

 しかし、とてもじゃないが庶民に手が出せる値段ではない。


 それならば、せめて新品のテープを買って、一番良い画質で録画することにしたのだ。

 ビデオテープは何回も重ねて撮ったり、再生したりすると劣化してしまい、最悪の場合テープがデッキの中で巻きついてしまったり切れてしまうこともある。


 そんな悲劇を起こさないために、優花は万全の準備でその日に挑んだ。

 



 深夜になり、番組が始まった。


『BreakOct』


 その番組は、当時のバンギャにはバイブルのような存在だった。


 全国のライブハウスで活動する、多くのインディーズバンドが紹介される。

 その中で全国に羽ばたき、メジャーに進出したバンドも多かった。


 見かけは近寄りがたい彼らだが、たいていは普通のお兄ちゃんばかりだ。

 インタビューしているママに対して冗談を言ったりおちゃらけたりすることもあったが、彼らの対応はだいたい紳士的だった。

 そして、画面越しにも伝わってくるような信頼関係や愛情が、ママと彼らの間にはあった。

 V系を愛しているママだからこそ、引き出せた言葉や表情があったのだろう。


 見た目やライブ映像だけではわからない、彼らの素の魅力。

 それをお茶の間に届けてくれる、素晴らしい番組だった。


 かく言う優花も、この番組はかかさずにチェックしていた。

 青薔薇で遠征するのが当たり前になる前は、この番組で知ったバンドの東京のライブにも行ってみたものだ。

 あの時代。『BreakOct』を見て、出会ったバンドにハマった人や、バンドを始めた人は多いだろう。



 そうして、当時を懐かしみながら夢中で番組を見ていると、遂にその時は訪れた。


 CM明け、記憶と同じテロップ。

 飽きるほど見たはずのMVは、なぜか新鮮に見える。

 歌い出しの璃桜様のカメラ目線が懐かしすぎて、泣いたのは言うまでもない。


 MVが終わると、ソファーに座ったメンバーが画面に映った。

 それを見ただけで、優花の顔は幸せそうにほころぶ。


「こんばんは……「「「「Blue Roseです」」」」」


 バンド名を言う時にお互いを見合わせてから、声を合わせて言う五人。

 うん、実に尊い。


 一度目とは全く違うポイントで、身悶(みもだ)えする優花。

 真ん中の璃桜様が一生懸命話しているが……まあ、あれだ。


「下手くそかよ!」


 そんな言葉が口から自然と出るくらい、たどたどしい。


 画面を見ている優花の顔には、柔らかい笑みが浮かんでいる。

 初々しい璃桜様や、少し空回りしているメンバーが愛しすぎてたまらない。

 いうならば、我が子の初めてのおつかいとか、お遊戯会とか、運動会とかを見守る親の心境である。


 当時は年上で大人に見えていた彼らだが、最近まで40代だった優花から見れば我が子のような歳だ。

 そんな若い彼らを見ながら、胸の中に広がっていく想い。


 それは……愛しい、だ。


 優花の胸には、彼らへの「100%の愛」……それしか無かった。

 とにかく、バカみたいに愛しているのだ。


 そうして二度目の出会いによって彼らへの愛を深めた優花は、初ライブへと進んでいった。



 ちなみに、前回の人生で、あれほど苦労したチケット争奪戦の日。

 優花はお昼過ぎに目覚めると、ゆっくり朝食兼昼食を食べてから、チケットぺあが入っているビルへ行った。


 実は優花にとっての人生初ライブだった、青薔薇の赤坂DLITZのライブ。

 当日券でも余裕で入れるくらい、ガラガラだったのだ。


 インディーズからメジャーに上がったばかりの青薔薇。

 まだ知名度もない彼らに、2000人のキャパの箱は大き過ぎたのだった。

MV= ミュージックビデオ

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