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そのバンギャ、2度目の推し活を満喫する  作者: 碧井ウタ


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26/27

26:2回目①

 2001年7月7日。

 優花にとっては二度目となる、青薔薇の解散ライブの日がやってきた。


 前回の人生と同じように、会場近くのホテルのベッドで目覚めた優花。

 布団にくるまったままで、隣のベッドに目を向ける。


 視線の先では、楓の呼吸に合わせて布団が上下している。


 ――そういえば、前回も私の方が先に起きて、こうして寝ている楓を見てたな。


 優花は小さな笑い声をあげた。

 その声に反応するかのように、楓が寝返りをうって布団から眠たげな顔を出した。


「……ゔーん…………、優花、おはよう」

「おはよう。ごめん、起こしちゃったね」

「……うん?」


 二人はぎこちなく笑いながら、その日をスタートした。



 ♪ ♪ ♪



「やっぱり日武(にちぶ)、でかいね」

「本当。青薔薇のワンマンの最大のキャパだもんね」


 会場の前で、いつものメンバーと写真を撮ったりしてから入場。

 みんなと別れた二人は、自分の席に向かって歩いている。


「スタンドはガラガラだったらどうしようかと思ってたけど、結構埋まってるね」

「立ち見も出てるらしいよ。こんだけの箱でできるのにね……」


 階段を降りてアリーナに足を踏み入れた二人は、会場を見渡しながら歩いていく。

 そこら中に知っている顔がいる。


「あっ! 優花、ダンプさんたちがいる!」

「本当だ! 今日はダンプさん、コスしてんだ」


「あれって、インディーの初期の頃の衣装だよね」

「うん。そういえば、ダンプさんも昔はコスしてたって聞いたことあったかも?」


 真っ黒な衣装に、ダークなメイクのダンプさんたちを見つめていると、楓が優花の服を引っ張った。


「ねえ、ねえ、あの人たち。見るの久しぶりじゃない?」

「あ! 本当だ! あれって最新のアルバムのコスじゃん。あの人たち上がってしばらく来てなかったけど、今日のために作ったのかな?」


 二人の視線の先には、有名な古参のファンの人たちが談笑している。みんな、青薔薇の最後のアルバムの衣装を着ている。

 彼女たちは、二年くらい前に上がってしまったので、会場で会うのは久しぶりだ。


「作ったっぽいね。てか、相変わらず、衣装の完成度えぐいね」

「私さ。あの人たちのコスが一番好きだったんだー」


「わかる。気合い入ってたよね。いつも」

「上がっちゃった時、寂しかったけど、最後にまた会えて嬉しいなー」


「なんか、この辺、上がっちゃった人が多いね」

「本当だ! ちょっと、同窓会みたいだね」

「はは……確かに」


 懐かしい人たちの横を通り過ぎながら、自分たちの席を目指して歩く。

 前に向かうにつれて、見知った顔が多くなる。


 ──やっぱり、最後は通っていた人を前にしたんだな。


 ファンクラブの(いき)(はか)らいに、優花の胸に感謝の思いが広がる。


 そんな彼女の横を、ダンプさんが走り抜けていった。

 久しぶりに会った仲間との挨拶を終えて、自分の席に戻るようだ。


 久しぶりに見た彼女の走りすら、最後だと思うと愛おしい。

 実のところ、優花はダンプさんが苦手である。

 彼女は、いつも古参風をまき散らして偉そうだし。

 ライブハウスでのマナーも、すこぶる悪い。


 しかし、インディーズ時代から一緒だった仲間が全員上がっても、最後まで通ったダンプさんのことは尊敬している。

 ダンプさんが二列目の上手の一檎の前の席に座るのを、優花は感傷的な瞳で見つめていた。



「優花! ここだ」

「最前、やっぱり近いねー」


 最前列、センターの少し下手寄り。

 前回の人生の時と同じ場所が、優花たちの席だ。


「璃桜と紫苑のちょうど真ん中。ラッキーだね」

「本当。最後に楓と隣で見れて嬉しい」

「なんだよ、優花―。始まる前に泣かせるなよ」


 楓はそう言っておどけたように笑いながら、瞳を赤くした。

 それを見て笑っている優花の瞳にも、涙が溜まっていく。



 ♪ ♪ ♪



 開演時間から30分後。

 流れていたBGMが止まり、客電が落ちた。


 一斉に上がった、悲鳴に近いほどの歓声の中。

 青い光に照らされたステージに、壮大なSEが流れ出した。

 会場中から、メンバーの名前を呼ぶ声が上がる。


 一人ずつ、ステージに登場したメンバーのシルエットが浮かび上がる。

 優花も楓も大きな声で、メンバーの名前を呼んだ。


 楽器隊の全員が配置についたところでSEが変わり、璃桜様が両手を広げながらステージに出てきた。


「璃桜様―! 璃桜様―!」


 優花は精一杯の声を上げて、彼の名前を呼ぶ。


 璃桜様がステージの中央に立ち、マイクスタンドからマイクを手に取った。

 それを合図に、牡丹のカウントが始まり、一曲目が始まった。


 一曲目はインディーズ時代の名曲で、久しぶりにやる『Ice Doll』だ。


 右隣の璃桜様ファンの女の子は、曲が始まるなりタオルを目に当てて、泣き出した。

 彼女につられて潤んだ瞳を右手で軽く拭って、優花はステージに目を向ける。



 今日のステージの上には、最後が溢れていた。


 演奏する、全ての曲が。

 この曲で、璃桜様がCDと歌詞を変えて歌うのが。

 この曲で、一檎がキュイーンって音を鳴らすのが。

 この曲で、牡丹がスティックを回すのが。

 この曲で、紫苑が飛び跳ねて回るのが。

 この曲で、太陽が座ってアコギを弾くのが。


 メンバーが、この曲で視線を交わすのが。

 メンバーが、この曲で笑い合うのが。


 客席の「オイ」に合わせて、メンバーが拳を振り上げるのが。

 客席のジャンプに合わせて、メンバーが飛ぶのが。

 客席のワイパーに合わせて、メンバーが首や手を揺らすのが。


 全部、全部。最後だ。

 それを優花は瞳に焼き付けるかのように見つめた。




 あっという間に本編が終わり、アンコールのステージが始まった。


「みんなの声が聞きたいよね」


 そう璃桜様に振られて、最初に話したのは下手ギターの太陽。


「みんなー。楽しい?」

「楽しい!」


「聞こえないな、楽しい?」

「「「「「楽しい!」」」」」


「よし。俺も楽しい。ははは……最後にみんなと笑って、大好きなライブで終われて幸せです。みんな、色んな気持ちがあると思うけどね。できたら、最後まで笑っていてください。今までありがとうね」


 会場からあがる「太陽」「ヒマ」などという、彼の名前を聞きながら、太陽はいつものようにニッカリと笑った。

 いつも笑ってバンドのムードメーカ―だった、彼らしい明るいMCだ。


 次は、ベースの紫苑。


「こんばんは」

「「「「「こんばんは!」」」」」


「みんな、ちゃんと見えてるよ。うーん。何言おうかなって、昨日の夜に考えたんだけど、ステージに立ってみんなの顔見たら、全部吹っ飛びました。俺からみんなに伝えたいことは、これだけです。こんな俺たちに、最後までついてきてくれてありがとう」


 泣きながら、紫苑の声をこぼさないように聞いている楓。

 隣から伝わってくる小さな空気の震えが、優花の胸を揺らす。


 自分のファン以外には塩対応で、ライブ中は自分のファン以外はほとんど見ない紫苑。

 そんな彼が、会場全体をゆっくり見つめながら話している。

 ステージで振られてもほとんど喋らない彼が、初めてこんなに話したMCだった。


 次は、ドラムの牡丹。

 ドラムソロばりに、派手に一回ドラムを叩いてから、スティックを掲げて立ち上がった。


 歓声とともに、客席から拍手が巻き起こる。


 立ったままで、ジャーン、とシンバルを力いっぱい叩き、スティックを掲げる。

 そのたびに、会場から「いえーい!」とか「オイ!」などの歓声と大きな拍手が上がる。

 そんな掛け合いを何回か繰り返してから、牡丹はマイクを手に取った。


「みんな。家に帰るまでがライブです。あと残り数曲ですが、思いっきり楽しんで、そして元気に家に帰って……それで明日からも、それぞれの場所で元気に生きてください。僕たちもみんなからもらった想いを大切に、これからの人生を生きていきます。八年間、本当にありがとう」


 叩くドラムの音の力強さから、牡丹の想いが伝わってくる。

 生真面目でみんなのお兄ちゃんみたいな存在だった、牡丹。

 そんな彼らしいMCだ。


 次は、上手ギターの一檎だ。

 いつもはクールで、俺様キャラで。

 ファンにはオラオラした態度だった一檎が、マイクを持つなり言葉に詰まった。

 一回。後ろを向いて、呼吸を整えてから、前を向く。


 そんな一檎を見て、優花の瞳にも涙が浮かんだ。


「ごめん。最後までカッコつけたかったけど、無理だったわ。絶対に泣かないって決めてたのに、マジでカッコ悪りぃ。CDを出すとか、曲を作るとか、ギターを弾くとか。バンドをやってきて楽しいことはいっぱいあったけど、俺にはライブが一番楽しくて、ここが最高の遊び場でした。みんな、遊んでくれてありがと」


 普段は見せない一檎の素が見えるMCに一檎ファンだけではなく、会場から悲鳴のような歓声と大きな拍手があがった。


 そして、最後はボーカルの璃桜様だ。


「日本武道館―! みんな、今日は来てくれてありがとう」


 そんな挨拶から始まった、璃桜様のMC。


「ついに来ちゃったね? 今日が、Blue Rose最後のライブです。……高校三年生の時にこのバンドを組んで、八年経ちました。知っている人もいるかもしれないけど、初ライブの動員はたったの二人。その二人も友達です。それが、今日は……」


 一度、マイクを口から離して、呼吸を整える璃桜様。

 会場は息をのんで、彼の言葉を待つ。


「ごめん。それが、今日は一万人、一万人もの人がBlue Roseのライブを見にきてくれています。……三年前。先輩の武道館ライブを見た日から、みんなをこの会場に連れてくるのが、夢でした。その夢を最後に叶えられて…………みんなをここに連れてこれたことを誇りに思います」


 涙声になった璃桜様は、少しだけ時間をかけて気持ちを整えてから、静かに口を開く。


「Blue Roseは…………今日で、解散します。それでも、俺たち五人が残した音楽が、これからのみんなの明日にあったら……それだけで、Blue Roseが存在した意味がある気がします。……本当に、みんな、ありがとう。心から愛しています」


 所々、詰まりながらの璃桜様のMC。

 会場からは何度も、彼の名前を呼ぶ声が響いた。


 優花は、目を凝らして。耳を凝らして。

 璃桜様の心の声を逃さないように、必死でステージに全身を傾けた。


 メンバーを呼ぶ声が響く中。

 璃桜様は気持ちを整えるかのように、マイクスタンドに手を乗せてうつむく。


 ……数秒後。

 顔をあげた彼は、いつものボーカル璃桜の表情をしている。

 マイクをスタンドから取ると、挑戦的な目を客席に向けた。


「それじゃ、いくぞ! お前ら。いけるかー!」

「「「「「オー!」」」」」


「そんなんじゃ、足りねーぞ。いけるかー!」

「「「「「「「オー!」」」」」」」


 何度かそんなやり取りをして、会場を温めたあと。

 青薔薇のアンコールのライブが始まった。

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