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20/27

20:冬

 仙台以降は大きなトラブルもなく、夏ツアーは大盛況のうちに最終日を迎えた。

 秋になると、青薔薇は初めて学園祭のライブに出演。

 あっという間に季節が流れていき、冬がやってきた。



 ♪ ♪ ♪



 年が明けて、2000年1月。


 青薔薇は、元旦にセカンドアルバムをリリース。

 売り上げランキングでは、初登場5位を記録した。


 1月の中旬からは、アルバムをひっさげての東名阪ツアーが始まる。

 チケットは全公演、即日ソールドアウト。

 もちろん、優花は全通だ。



 ツアーの初日は大阪。

 梅田HEAT DEATだ。


 ブーブーブー……


 会場に向かって地下道を歩いていると、携帯が震えた。

 画面には、『(かえで)』という文字が表示されている。

 優花はすぐに応答ボタンを押した。


「もしもし、優花? 今、どこ?」

「今、会場に向かってて……あっ! 見えた!」


 電話を耳に当てたまま、お互いの姿を見つけて手を振り合う優花と楓。

 電話を切って駆け寄ると、抱きしめ合って飛び跳ねる。


「楓、久しぶりー! あけおめー」

「わー……優花、あけおめ!」


 優花は、今回の人生でも楓と仲良くなった。

 そして、この冬ツアーから、一緒に回ることになったのだ。


 東京在住の優花。

 名古屋在住の楓。


 住んでいる場所が違うので、現地集合の現地解散。

 ホテルも場所だけ合わせて、部屋は別々。

 こんな風にゆるい感じで一緒に回り始めたこのスタイルは、二人に合っていた。

 結局、最後までこのスタイルで、二人は一緒に全国を駆け巡ることになる。



「楓、今日は前行く感じ?」

「うん。新年一発目だし、近くで紫苑、見たい」


「じゃ、私は後ろだから、入場の時に荷物を預かって一緒にロッカー入れとくよ」

「ありがとう! 助かる!」


 会場に向かって地下道を歩いていると、スタッフの指示で整列している人たちが見えてきた。


「今日、アルバム以外の曲、何やるかな?」

「インディーの曲とか久しぶりに聞きたいけど、青薔薇、曲増えたもんねー」


「楓は、アルバムの中でどれが一番好き?」

「そりゃ、『ENVY』でしょ。紫苑が作った曲だし。優花は?」


「『星降る夜に』かなー。サビが好きなんだよね」

「確かに、良い曲だよね。サビでワイパーやりたい」


「わかる! 私、CD聞きながら家で一人でやっちゃった」

「ははは……優花もやったんだ! 私も、一人ワイパーやった」


 ワイパーとは手を上げて、車のワイパーのように左右に動かすやつのことだ。

 青薔薇は、ワイパーをやりたくなる曲が多い。


 二人で列に並びながらくだらないことを話していると、あっという間に自分たちの番号が呼ばれた。


「ファンクラブチケット、Aの520番から540番までの方―」


 すでにコートを脱いで優花に預けている楓は、真冬なのにタンクトップ一枚だ。寒そうに腕をこすっている。


「じゃ、優花、よろしく! ありがとね」

「うん! 前、頑張ってね」


 入場してドリンク代を払うと、二人は手を振って別れた。


 璃桜様前のドセン、後方が定位置の優花。

 紫苑前の下手、なるべく前に行きたい楓。


 ライブの時は、お互い自分の推しの前の好きな場所で見たい。

 そんな二人は、会場に入るとすぐに別行動だ。


 友達から「一緒に見ないの?」「部屋別々って寂しくない?」と不思議がられる楓との関係や距離感は、前回の人生の時と一緒だったりする。


 優花は前回の人生の時、里美と色々あったので、ライブは一人で見た方が楽だ。

 楓も、前の相方と色々あったらしい。

 そんな二人には、このくらいの距離感が心地よいのだ。



 楓が好きだと言っていた『ENVY』から始まった、この日のライブ。

 リリースしたばかりの曲をライブで聴けるのは、嬉しい。

 セットリストはアルバムの曲が中心だが、インディーズ時代の曲も一曲だけ入れてくれている。

 バンドの曲数が増えると、ライブでなかなかやらない曲がどうしても出てきてしまう。

 それでも、こうしてたまにやってくれるのは、ファンにとっては嬉しいものだ。



「お疲れー!」

「お疲れ様! 前行けた?」


「うん。10列目くらいかな? あっ! 見て見て!」

「あっ! 紫苑のピック取れたんだ?」


「うん。新しいデザインのやつ。初めてゲットした!」

「おめでとう!」



 ライブが終わり、客席で楓と合流する。

 彼女は黒いピックを握りしめて、嬉しそうに微笑んでいる。


 そんな二人に駆け寄る影があった。


「あっ! 優花と楓だー。久しぶりー!」

一華(いちか)! 久しぶり! みんな、来てる?」

「うん。今、トイレ行ってる」


 この頃には、全国に友達も増えて、ライブに行けば誰かとこんな風に話すようになっていた。

 後に、璃桜様がやらかした時に優花と語らった、LIMEグループのメンバーである。

 会場で会って、写真を撮ったり、喋ったり。

 たまに、お土産のお菓子を渡しあったり。


 みんなと過ごす、他愛のない時間が楽しい。

 ライブも大事だが、ファンの友達と過ごす時間も優花にとっては大切な時間であった。




 みんなと別れてから、優花と楓はコンビニに寄ってお弁当やお菓子を買った。

 ホテルに戻ったら、どちらかの部屋に集まってそれを食べながら打ち上げをする。


 それが、ライブ後の二人のルーティンだ。



「今日の璃桜様、歌詞間違えた後、めっちゃ可愛いかったー」

「歌詞間違ってたんだ? なんの曲?」

 

「『ENVY』の紫苑のスラップ、ツボだったー」

「スラップって、間奏でソロで弾いてたやつだっけ?」


 お互い、自分の推ししかほとんど見ていないので、相手の推しの話を聞いても「へぇー」状態だ。

 ライブ後の二人の会話は、いつもこんな感じである。


 バンギャには、特殊スキルを持っている者がいる。

 爆音のライブハウスの中でも、推しの出す音だけ、よく聴き取れるという、謎の能力だ。


 ボーカルの璃桜様を推している優花には、璃桜様の歌の些細な変化が聴き取れる。

 ……しかし、他のメンバーが出す音は、なぜか耳をすり抜けてしまう。


 ベースの紫苑を推している楓には、紫苑の演奏の些細な変化が聴き取れる。

 ……しかし、他のメンバーが出す音は、なぜか耳をすり抜けてしまう。


 お互いに自分の推しの萌えた音についてどれだけ語っても、相手には聞こえていないので「???」である。


 第三者から見ていると、「こいつら本当に同じライブ行ったのか?」状態だ。

 話がかみ合っていない、なんてことは日常茶飯事。

 ひどい時は、お互い一方通行で会話にすらなっていない。


 それでも、なんか楽しいのだ。


 バンドの話とか。

 メンバーの話とか。

 ライブの話とか。

 曲の話とか。


 推しの話をしているだけで、楽しい。



 この夜も二人は好きなように推しへの愛を叫び、この日の打ち上げは終了した。

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