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19/27

19:声

「整理番号、Aの150番から160番の人―」


 自分の整理番号が呼ばれて会場に入ると、前の方はすでに半分以上が埋まっている。

 優花はまっすぐに前方へ向かい、なるべく前のセンターに陣取った。


 ──真ん中より、ちょい後ろか……。もう少し前、行きたかったなー。


 後方のドセンが定位置である優花にとっては、今日の位置はかなり前の方である。

 そのせいか、周囲にいる人の顔ぶれもいつもと違う。


 本日もチケットはソールドアウト。

 会場はギュウギュウだ。



 開演時刻から45分押しで、この日のライブは始まった。


 今日の一曲目は、いつも通り『Believe』。

 前奏が終わり、璃桜(リオ)様が歌い出した瞬間。

 優花は息をのんだ。


 いつもの伸びやかさがなく。ザラッとした声。

 璃桜様の表情も、どことなく硬い。


 一曲、一曲。進むにつれて、璃桜様の声が変わっていくのがわかる。

 笑ったりして表情は作っているものの、璃桜様が必死なのがビシビシと伝わってくる。


 優花は必死で手を上げて、叫んで、璃桜様の名前を呼んだ。

 こんな時。バンギャができるのは、それだけだ。たったそれだけなのだ。


 ステージの上にいるメンバーに、少しでも想いが届くように。


 ステージの下から……

 手を上げて。

 声をあげて。

 飛んで。

 頭を振って。


 そういうことで、精いっぱいの想いを送ることしかできない。


 優花は、衝動のままに頭を振った。

 その時、頭を振るってこういうことなんだなって、自分の中にカチッとピースがはまるような感覚があった。

 優花はこの日……初めて本当のヘドバンをした。



 本編が終わった。

 いつもなら、メンバー全員がステージから降りるなり、手拍子と共に「アンコール」という声があちこちからあがる。

 しかし、今日は会場全体に戸惑いの色が満ちていて、しんとしている。


 会場にいる誰もが、璃桜様の喉の調子が悪いことを理解している。

 誰もが、「アンコール」と声を上げることに迷いを感じていた。


「璃桜、辛そうだよね」

「今日はアンコール無しでいいから、休んでほしい」

「2DAYS、ボーカルは大変だよね」


 何人かの人たちが鼻をすする音すら響くほど静かな会場に、そんな声が聞こえ始めた。

 それから、少しして……前方から「アンコール」という、小さな声が上がった。


 その声を皮切りに、少しずつ増えていく声。

 周りを見ながら、声をあげるかあげないかを迷う人。

 こんな時にアンコールなんて求めないでよ、と怒る人。


 客席の反応はマチマチだ。


 アンコールの時に声をあげないくせに、当たり前の顔をしてアンコールを喜ぶ。そんな奴が優花は嫌いである。

 それでも、この日だけは「アンコール」という言葉を口から出すことはできなかった。



 いつもの半分くらいのまばらな声に応えて、メンバーが一人ずつステージに戻ってきた。


 ドラムの牡丹(ボタン)は、いつも通りに右手を上げて。

 ギターの一檎(イチゴ)は、軽く手を振って。

 ベースの紫苑(シオン)は、胸の前で両手を合わせて。

 ギターの太陽(ヒマワリ)は、両手を広げて。


 そして、最後にステージに戻ってきた……璃桜様。

 右手を軽く上げて笑うと、客席をグルッと見渡した。その瞳は真っ赤だ。


 そんな璃桜様を見て、鼻の奥がツーンとした優花。

 何かが瞳に溜まっていきそうになるのを、必死でこらえた。

 今日の璃桜様の前で、目から汗なんて死んでも出すものか。バンギャの意地である。



 いつもはアンコールに明けに璃桜様がしているグッズ紹介を、今日は太陽が担当した。

 客席を笑わせようとして、冗談を言ったり、ボケまくる太陽。

 そんな彼にメンバーが鋭くつっこんで、客席に笑いが起こる。

 グッズ紹介が終わる頃には、会場の中にあった重苦しい空気が軽くなっていた。



 そして、アンコールのステージが始まった。

 ドラムの牡丹のカウントの後。

 曲が鳴るなり、優花は目を丸くした。


 ──セトリ……変わってる。


 一曲目は、インディーズ時代に出した『KILL ME』。

 2分少しの、青薔薇の中で一番短い曲だ。


「「「「「KILL ME! KILL ME!」」」」」


 サビでは璃桜様をフォローするかのように、楽器隊全員がいつもより大きな声でコーラスを入れる。


「「「「「オイ! オイ! オイ! オイ!」」」」」


 そんなメンバーの声に応えるかのように、会場中から拳と共に大きな声があがる。



「「「「「KILL ME! KILL ME!」」」」」

「「「「「「オイ! オイ! オイ! オイ!」」」」」」


「「「「「KILL ME! KILL ME!」」」」」

「「「「「「「オイ! オイ! オイ! オイ!」」」」」」」


「「「「「KILL ME! KILL ME!」」」」」

「「「「「「「「オイ! オイ! オイ! オイ!」」」」」」」」

 


 掛け合いが続いていくにつれて、会場の熱はどんどん熱くなっていく。

 それに応えるかのように、メンバーもステージから客席に目いっぱい体を乗り出して、ファンを煽る。


 璃桜様も全身を使い、必死で歌っている。

 しかし、曲が進むにつれて、スピーカーから聞こえてくる声はどんどんかすれていく。


 それでも璃桜様は歌い続け、一曲目は駆け抜けるように終わった。



 この一曲だけで、ライブハウスの中の温度は10℃くらい上がった。

 その熱が冷める間もなく、すぐに次の曲が始まった。


 最初の音が聞こえた瞬間。

 客席から悲鳴に似た声があがった。

 同時に、優花も息をのんだ。


 アンコール二曲目は、明るめのダンス曲……『ABC』。


 二曲目も、いつものセットリストとは違う曲になっている。

 こんなことは、初めてである。



 明るい前奏が終わり、璃桜様の歌い出し。

 スピーカーから聞こえてくるのは、楽器隊の音だけだ。

 マイクに向かって口をあけて歌っているのに、璃桜様の声は全く聞こえてこない。


 楽器隊の四人が、一斉に璃桜様を見た。

 その視線の先で、璃桜様は悔しそうな顔をして歌っていた。


 最初に動いたのは、一檎だ。

 自分のマイクに手をかけて、歌い出した。

 紫苑、太陽、そしてドラムの牡丹も、それに続く。


 四人の声と演奏。そしてファンの声だけが聞こえる中。


 何度も。何度も。体を折り曲げて。

 璃桜様は絞り出すように、体中から声を出そうとしていた。


 その顔には、汗なのか涙なのか……透明な水がしたたっている。


 そして、最初のサビが終わった所で、璃桜様の顔からストンと表情が消えた。

 すぐにいつもの顔に戻った彼は、ローディーにマイクを渡すと、ダイブしそうな勢いで身を乗り出して客席を煽り始めた。


 表情。

 視線。

 指の動き。

 体の動き。


 歌声は聞こえなくても、パフォーマンスから璃桜様の気持ちは伝わってくる。


 優花も、周りも。

 会場中のファンが一体となって、歌い、踊り、暴れる。


 そうして、あっという間に曲が終わった。


 曲が終わった瞬間。

 会場中から、自然と大きな拍手と歓声があがった。


 それを見たステージのメンバーは、全員、驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑い、客席に向けて大きく拍手をする。


 メンバーを呼ぶ声が、あちこちからあがる。

 そして、「ありがとう」という声もあちこちから聞こえる。



 その声に応えるように、メンバーはピックやスティックを客席にガンガン投げていく。

 マイクスタンドに貼ってあるピックが無くなると、投げられそうな物を見つけてはどんどん投げていく。Tシャツまで脱いで投げたのは、初めてだ。


 璃桜様もメンバーからビックを何枚かもらって、客席に投げ始めた。

 ……しかし、彼はボーカルだ。

 ピック投げは、下手っぴである。


 力いっぱい振りかぶってピックを投げて、二、三列目くらいに落ちる。

 それを何度も繰り返して、苦笑いしながら何度も首をかしげている。


 その表情が、最高に可愛い。

 この瞬間。

 地球上で一番可愛い生き物は、璃桜様である。間違いない。


 最後に、ステージから降りる時。

 璃桜様は胸の前で手を合わせて、大きく頭を下げた。


 そして、頭をあげると……客席をゆっくり見渡してから、口を動かした。


「ごめんね」

「ありがとう」


 声は聞こえなくても、想いは届いた。

 こうして、仙台二日目のライブは終わった。




 終演後。

 グッズ売り場には、長蛇の列ができている。

 飛ぶようにグッズが売れていき、いくつものグッズが売り切れになった。


 ライブハウスの中には、アンケートを熱心に書く人がたくさん残っている。

 その中には、泣きながら書いている子もいる。


 優花もしゃがみこんで、アンケートを書いている。

 半分くらい、アンケートを書き終わったところで、顔を上げてステージを見た。


 ステージの上ではローディーたちが動き回り、機材を片づけている。

 その様子を見ながら、思った。


 ──結局、何もできなかったな……。


 優花は、未来を知っていた。

 今日のライブがこうなることを……知っていたのだ。


 それなのに、何もできなかった。

 考えても。考えても。

 この未来を変える方法が思いつかなかった。


 手紙に書いてみる?


『ツアーの後半で喉を痛めるかもしれないので、気をつけてください』


 これを読んでも璃桜様は「は?」と思うだろう。

 それどころか……「未来がわかる」とか言っているやべー奴が変な手紙を書いてきた、と思われるだろう。


 優花にできたのは、喉に良さそうな物をプレゼントボックスに入れることだけだった。


 この夏ツアー中に行った、全ての会場。

 喉ケアグッズ、のど飴、入浴剤などの体に良さそうな物。

 思いつく限り、プレゼントボックスに入れまくった。


 どれかが奇跡的に効いたりして、未来が変わったりしないかなって。

 それで、璃桜様が泣くほど辛い思いをしない未来がこないかなって。

 今日も、普通にみんなで笑ってライブできないかなって。


 ちょっとだけ、期待していたのだ。



 アンケートを書きながら、ボタリ、ボタリと雫が落っこちる。

 それを優花は乱暴に拭った。

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