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そのバンギャ、2度目の推し活を満喫する  作者: 碧井ウタ


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16/27

16:勢い

 夏になり、青薔薇は四枚目のシングルを発売した。

 そのシングルが売り上げランキングで、初のトップ10に入りを果たす。


『天使~Angel~』

『悪魔~Devil~』


 両A面シングルとして発売されたこのCDは、二曲ともタイアップが決まった。

 その影響か、最近では有線やラジオなどでも青薔薇の曲が流れる頻度が増えている。


 ふらっと入ったコンビニで、有線から青薔薇の曲が流れる。

 ……なんて、場面に出くわすことが増えた。


 そんな時、店から出られなくなるのは、バンギャあるあるだ。

 曲が終わるまで、ひたすら店内をウロチョロしてしまう。バレない程度に手を動かしてしまったり、鼻歌を歌ってしまうこともある。

 そして、曲が終わると、お布施と称してお菓子とかジュースを買って店を出るのだ。


 たまに、店内にいたお客さんが「あっ! 俺、この曲好きなんだー」などと言っている場面に出くわすこともある。

 そんな時は、心の中で激しく同意し、勝手にその人のことを同志認定する。



 TV番組の出演。

 雑誌の表紙。


 青薔薇の露出は増えていき、V系ファン以外の人たちにも、Blue Roseというバンド名が知られるようになり始めた。


 それは、ライブの動員にも大きな影響を与えた。

 今年の夏ツアーは、チケット発売日にソールドアウトになる会場が多かったのだ。



 ♪ ♪ ♪



 夏ツアーが始まった。

 初日の会場は、去年と同じ赤坂DLITZ。

 このツアーの最大のキャパ、2000人が入る会場だ。


 去年は当日券が出ていたこの会場だが、今年は即日ソールドアウト。

 会場前には『チケットを譲ってください』という、紙を持った人を何人も見かけた。


 3分で自分の惑星(くに)に帰ってしまう某ヒーローとの記念撮影を終えた優花は、会場に入るなり息をのんだ。

 去年はスカスカだった会場が、ライブを楽しみに待つ人たちであふれている。

 

 入場時にもらったフライヤーを見ながら、表情を輝かせて楽しそうに話している沢山の人。

 圧倒的に女性が多いが、男性も増えている。

 V系バンドをやっているのかな、という見た目の若い男の子も多い。


 そして、最近ファンになったばかりの……いわゆる新規と呼ばれる人が驚くほど増えているようだ。


「緊張するー」

「こんなに人いるんだ」

「見えるかな?」


 そんな言葉が、あちこちから聞こえる。


 楽しみな気持ち、半分。

 不安な気持ち、半分。


 そんな表情をして、キョロキョロしている新規の人たち。

 その様子を見ていると、自分も初ライブの時はこんな感じだったのかな、と思う。


 優花の初めてのライブはこの会場だ。

 付き合ってくれた親友と二人で、後ろの方の人のいない場所でライブを見た。

 

 フライヤーを見たりしながら、ドキドキして開演を待ったこと。

 ライブが始まって、生のメンバーを初めて見て感激したこと。

 CDデッキで聴いてる音楽とは違う、生の音の迫力に驚いたこと。

 フライヤーを宝物のように大切に持ち帰って、家に帰ってから何度も見たこと。


 全部、覚えている。


 そんなことを思い出しながら会場を見渡しているうちに、どんどん人が増えていった。

 気がつけば、客席は身動きがとれないほどの密度になっていた。



 開演時間から30分過ぎた頃。

 会場でかかっていたBGMが突然消えた。


「「「「「キャーーーー」」」」」


 客電が落ちて、会場が真っ暗になった瞬間。爆発するような歓声があがった。

 それと同時に、ステージを目がけて走っていく人たち。

 前の方は、危険なほどの押し合いが起こっている。


 その人ごみから、逃げるように出てくる何人もの新規の人たち。

 せっかくお洒落してきた服や髪も乱れていて、今にも泣きだしそうな表情をしている女の子もいる。


 そんな人たちを押しのけながら、前へ突っ込んでいく人が何人もいる。

 優花の目の前は、混沌とした光景が広がっていた。

 


 これはこの時代の新規が体験しがちな、洗礼の一つだろう。


 初めてのライブ。

 生でメンバーが見られる。

 せっかくなら、近くで見たい。


 そんな気持ちから、何も考えずになるべく前の方へ行く。

 そして、ライブが始まってすぐに起こる押しに負けて、退散することになるのだ。


 そんな人たちには、押しが起こるなんて発想すらなかったはずだ。

 だから、すぐに脱げる靴とか、大きな荷物を持ったままで平気で前に行ってしまう。


 ライブ後、ファンがいなくなった客席。

 たいてい床には、ボロボロになった靴が何足か落ちていた。

 あれを見るたびに、なんだか切ない気分になったものだ。


 ライブハウスに行く。

 その行為自体が、この時代は敷居が高かった気がする。


 まず、ライブハウスの場所を調べるだけでも大変だ。

 この時代のバンギャの家には、ライブハウスやコンサートホールの情報が書かれた本が一冊はあるだろう。

 それに載っていれば、会場への行き方がわかるので問題ない。


 しかし、これに載っていないライブハウスに行く時は、大変だ。

 その土地のガイドブックや地図を買って、探したり。

 ライブハウスに電話したり。

 ライブハウスにたどり着くまでが、まず大変なのだ。


 そうして、やっとたどり着いたライブハウスで、靴まで失くしたら泣きたくなるだろう。



 そう考えると、ネットの普及した令和はいい時代だ。

 ネットで簡単に情報が手に入るのだから。


 ライブに行くことを決めたら、事前にいくらでも情報を集められる。

 ライブハウスの行き方だって、すぐにわかる。

 なんなら、ライブハウスの中の様子すら、行く前から見れてしまう。


 不安なことや、わからないことがあっても、ネットで調べればだいたいのことが解決する。


 どんな服で行けばいいですか?

 何を持って行けばいいですか?

 荷物は預かってもらえますか?

 開場時間の何分前に会場に行けばいいですか?

 ドリンク代って払わないといけないんですか?


 なんでも、スマホがあれば、すぐに解決だ。




 激しいSEが流れる中。

 メンバーが、一人ずつステージに登場した。


『天使VS悪魔』と題した、このツアー。

 初日の衣装は、新曲の『天使~Angel~』のアーティスト写真の衣装だ。


 ちなみに、『悪魔~Devil~』の衣装も存在する。

 今回のツアーの衣装は、天使バージョンと悪魔バージョンが交互で見られるのだ。


 天使バージョンは、白を基調とした衣装。

 背中には、白い羽を背負っている。

 それが天使を彷彿させて、カッコいい。


 そんな衣装だが、優花は前回の人生の記憶があるので知っている。

 ライブでこの衣装を着ると羽の毛が舞って、大変なことになることを。

 客席から見てるとわからない程度の小さな毛が、ステージには舞い散るらしい。

 それが鼻とか目とかに入ってかゆいし、うっとうしいそうだ。


 そんなことを思い出して、少し笑っていた優花。

 その視線の先では、メンバーが客席からの歓声に応えている。


 最後に、璃桜様が腕を広げて出てきた。

 その姿は、天使と見紛(みまが)うほど神々(こうごう)しい。


「璃桜様ー!」


 目にハートを浮かべてそう叫んだ優花。

 その声が掻き消えるほどの大きな歓声が、客席中からあがる。

 あまりの熱量に、一気に会場の温度が上がった。



 本日の一曲目は、青薔薇のセカンドシングルの『Believe』。

 深夜番組のタイアップにもなった曲だ。


 イントロが流れるなり、客席から歓声とともに一斉に手があがった。

 それを見た瞬間。

 胸に熱いものがこみ上げてきて……優花の瞳が潤んだ。



 前回の人生で、メンバーがよく言っていた。


「初めて赤坂DLITZをソールドして、満員の客席を見た時は嬉しかった」


 前回の人生で、古参のお姉さんがよく言っていた。


「赤坂DLITZがソールドした時、青薔薇もここまで来たんだなって思って泣いた」



 そのどちらも、わかる気がした。

 そして、優花は生意気にも、親心みたいなものを感じてしまった。


 古参のお姉さんたちみたいに「自分が育てた」なんて、冗談でも言うつもりはない。

 それでも、大きくなっていく青薔薇を見守りながら、少しだけ親心を抱くことを許してほしい。



 この日のライブは、本編19曲、アンコール3曲で、全22曲。

 青薔薇は圧巻のパフォーマンスを披露し、大盛り上がりで幕を下ろした。



 終演後の会場。

 床にはフライヤーやペットボトルに混じって、何足もの靴が落ちていた。


 この靴はたいてい引き取り手がなく、放置される。

 靴を落とした人がどうやって帰ったのか?

 永遠の謎である。

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