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そのバンギャ、2度目の推し活を満喫する  作者: 碧井ウタ


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15/27

15:再会

 春になり、青薔薇は三枚目のシングルを発売した。

 それをひっさげてのツアーは、北海道、東京、名古屋、大阪、福岡の五公演だ。


 もちろん、優花は全通(ぜんつう)である。

 ライブは土日が多かったので、土日休みの優花には通いやすい日程だ。



 青薔薇に限らず、ライブは土日の開催が多い。


 前回の人生。

 全通していた頃の優花は、ファミレスの深夜バイトをしていた。

 ファミレスは土日が忙しいので、バイトの人数をいつもより増やす。

 そんな土日に何度も休みを取るのは、なかなか大変だった。


 ツアーの日程が決まると深夜のバイト仲間に根回しをして、シフトを融通してもらったものだ。

 それでも、全通バンギャのツアー中のスケジュールは、過密なものだった。


 金曜日。

 深夜からバイト。


 土曜日。

 バイトを早朝に上がり、その足で移動。

 夜にライブ。

 ライブが終わると、()バスに乗り移動。


 日曜日。

 早朝に帰宅。

 荷物の入れ替えと仮眠。

 深夜からバイト。


 月曜日。

 バイトを早朝に上がり、その足で移動…………。


 こんな生活が、二、三か月続く。

 まだ二十代で若さがみなぎっていた優花も、ツアーの後半には死にかけていたものだ。



 ♪ ♪ ♪



 この日。優花は福岡に来ていた。

 今夜は、福岡DRUM LOGASで、青薔薇のライブがあるのだ。


 会場から徒歩圏内のホテルにチェックインした優花は、少し早めに会場へ向かっていた。

 天神駅から徒歩10分くらいの場所にある、福岡DRUM LOGAS。


 優花の好きなライブハウスの一つである。


 この会場の前には、道路を挟んで公園がある。

 会場に入場する前に、そこで整理番号順に整列するのだ。


 この公園は、友達との待ち合わせでもよく使っていた。

 みんなで喋りながら、入り待ちや出待ちをしたこともある。


 この時代、入り待ちや出待ちはある程度、許されていた。

 繁華街や住宅地などにあるライブハウスは、入り待ちや出待ちがNGな場所もあったが、それ以外はOKな場合が多かった。


 待つ場所、とか。

 静かにする、とか。

 メンバーに近づかない、とか。


 ルールをきちんと守っていれば、怒られることもなかった。

 青薔薇の会場入りは、だいたい14時くらい。

 そのくらいの時間に会場に行ける場合は、友達に会いつつ入待ちしたものだ。


 そんな優花の大好きな、この会場。

 最も気に入っているのは客席だ。

 フロアには段差がいくつかあり、後ろのほうでも見えやすいのである。


 どこのライブハウスでも後方のセンターが定位置だった優花は、この会場が大好きだった。

 センターの段差上が取れれば、視界を遮ることがなく璃桜様が見えるのだ。


 本日の整理番号はA20。

 二段目か三段目のセンターが取れるだろう。



 チケットと最低限の荷物だけ持って公園に並んでいると、懐かしい声が聞こえてきた。


「すみません! 何番ですか?」


 前回の人生で、相方だった(かえで)である。


「20番です」

「18、19番なので、前いいですか?」

「はい。どうぞ」

「「ありがとうございます!」」


 ベースの紫苑ファンの楓は、紫を少し入れた髪色をしている。

 着ているのは、紫苑が好きなブランドの服だ。

 背が高くてスラっとした彼女に、よく似合っている。


 そんな彼女の隣にいるのは、楓のこの時の相方である、ドラムの牡丹ファンの女性だ。


 目の前で楽しそうに話している二人を見て、優花は懐かしさに目を細めた。

 前回の人生でも、楓と初めて話したのはこのライブだった。

 それからツアー先で何度か顔を合わせるうちに話すようになり、仲良くなっていくのだ。

 そして、楓の相方が別のバンドに通い始めたことをきっかけに、優花と楓は一緒にツアーを回るようになっていく。


 今回の人生でも楓と仲良くなれたらいいな、と思っていると……楓と目が合った。

 軽く微笑んで、また相方と楽しそうに話し始める楓。その優しい笑顔が全然変わってなくて、なんだか胸の中が温かくなった。

 

 優花が仲良く話す二人を優しい表情で見つめていると、背後から、これまた聞きなれた声が聞こえてくる。


「すみません。ここ何番ですか? あっ! 優花ちゃんだ!」

「あっ! 姫璃(きり)ちゃん、お久しぶりです!」

「姫璃、友達?」

「うん。前に公録で仲良くなったの!」


 前回の優花の最初の相方だった姫璃こと、本名は里美。

 その隣にいるショートカットの青い髪をした女性は、たぶん璃桜ファンだろう。


 彼女は軽く優花へ会釈すると、不機嫌そうに青い髪をいじりながら携帯を開いた。

 その隣で里美は、優花のチケットを覗き込んだ。


「あっ! 優花ちゃん、何番?」

「20番だよ」

「私、21番だから後ろだー! すごい偶然だね? 今日はどの辺で見るの?」


「うーん、後ろの方の段差取れたら取りたいなって思ってる」

「優花ちゃん、後ろ派だもんね?」


「姫璃ちゃんは前行くの?」

「うん。せっかく良い番号きたからねー。ドセンは無理でも、最前(さいぜん)入れたら入りたい」


 前の人生で仲良かった時、優花と里美は後方のドセンターの璃桜様前、いわゆるドセンで並んでいつもライブを見ていた。

 疎遠になってからも、後方のセンター付近で里美を見かけることがあった。


 そのため、優花は今回の人生で初めて知った。

 実は、里美はライブは前で見る方が好きだったことを……。


「今日は最前(さいぜん)入れたんだ」

「璃桜に触れたー」

「優花ちゃんも、たまには前来たらいいのに」

 

 前の里美が言わなかったこんな言葉を言われて、驚いたものだ。


 優花は腰が悪かったので、もみくちゃになる前の方に行くことができなかった。

 一緒にいた頃、里美は何も言わずに気を使ってくれていたのだろう。


 なんとなく、里美とは後半の不仲だった時の印象が強かったが、優しい所や良い所も知っている。

 優花が腰の痛い日には、何も言わずに荷物を持ってくれたりすることもあった。


 初めてバンドというものを好きになり、ライブに行くようになった優花。

 そんな初心者に、V系のノリとか、独特のルールとか、マナーみたいなものを教えてくれたのも里美だ。


 今も、ファンになりたてらしき女の子二人組に整理番号を聞かれて、親切に色々教えてあげている。


 離れてみて、時間が経ったからこそ、見えることもある。

 優花の心の中にあった、里美への嫌悪感は薄れつつあった。



 その日のライブ。

 優花は見事に二段目のドセンをゲットし、璃桜様の投げた水のペットボトルをキャッチした。



 ──やっぱり……強制力みたいなのって、あるのかな?


 二回目のバンギャ人生が始まって、一年が過ぎた。

 そんななかで、最近、よく思っていることだ。


 前回の人生で起こった印象的なことは、少し形が変わってもだいたい起こっている。


 璃桜様のペットボトルもそうだし。

 今日のチケットの整理番号もそうだ。


 楓が19番、優花が20番、里美が21番。

 今日のチケットの番号は、三人とも前回と同じだ。

 前回は優花と里美は一緒に申し込んでの連番だったが、今回は別々の申し込みだった。それでも連番になるあたり、何かしらの力みたいなものが影響していそうだ。


 人との出会いもそうだ。

 今回の人生。優花は、雑誌の文通募集のコーナーに応募しなかった。

 それにも関わらず、前回の人生で雑誌に載ったことをきっかけに、文通を始めて仲良くなった友達とも出会っている。


 今回の人生では、会場で声をかけられての出会いとなった。

 ライブ後に名刺をもらって、文通するようになったのだ。



 そんなことを考えながらホテルに戻った優花。

 彼女の手には、水が五分の一ほど残ったペットボトルが握られている。


 前回の人生。

 このペットボトルは大事に家まで持って帰り、大切に冷凍保存していた。それが、いつの間にか捨てられていて、母と大喧嘩になったことを覚えている。


 優花は手の中のペットボトルを見つめながら、呟く。


「これ……どうしよう」


 前回のバンギャ人生で、何本かバンドマンが投げたペットボトルをゲットした。

 その度にどうするのが正解なのか、毎回迷ったものだ。


 令和では「推し活」なんて言葉も生まれて、ネットやTVなどで特集が組まれることがあった。

 そういう特集は親近感を感じてしまい、ついつい見てしまう。

 その中で、推しが投げたペットボトルの話題は何回か見かけたことがある。


 飲む。

 乾かして保管。

 冷凍保存。


 この辺りは、優花も含めて周りでやっている子も多かった。


 風呂に入れる。

 美顔器に使用。

 加湿器に使用。

 植物にあげて、生った実を食べる。もしくは、植物が吐き出す酸素を吸う。


 これは、聞いたことがないやつ。

 思いつきもしなかったので、色々な方法があるなと思ったものだ。


 そんな令和の知識を総動員しても、結局のところ、どれが正解かわからない。


 手に入れた時には、あんなに嬉しかったペットボトル。

 しかし、地味にファンを悩ませるペットボトル。


 蛍光灯の光を浴びて、ペットボトルの中で光る水。

 それを見つめながら、優花は小さな溜め息を吐いた。

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