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そのバンギャ、2度目の推し活を満喫する  作者: 碧井ウタ


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13/27

13:夢を叶える①



 年が明けて、1999年1月。


 優花の記憶通り。

 青薔薇のファーストアルバムが発売された。


 それをひっさげての冬ツアーも始まった。

 冬ツアーは東名阪……東京、名古屋、大阪の三か所の短いツアーだ。

 もちろん、優花は全通(ぜんつう)である。



 このライブで優花はやってみたいことがあった。


 それは……ヘドバン。

 ヘドバンとは、ヘッドバンギングの略で、ライブなどでリズムに合わせて頭を振る、あれだ。

 この時代のヘドバンは、首を縦に上下に激しく振るタイプ。

 縦ヘドバンとか、言われているやつだ。

 

 あとは、首を左右に激しく振る、横ヘドバンの人もたまにいる。

 このタイプの人が隣になると、注意が必要だ。


 ヘドバンをする人は髪をおろしている場合が多いので、髪が顔にバシバシ当たって痛い。

 長い髪を結んでいる時は、より危険性が増す。

 ムチみたいに髪の束がバチンバチンと顔に当たるのだ。あれは、凶器である。


 前回の人生。

 優花は首と腰に、ヘルニアという爆弾を抱えていた。

 病院の先生から激しい運動は控えるように言われていたので、ヘドバンをすることはNGだった。


 そんな優花だったが……一度だけ、ライブ中に軽くヘドバンしてしまったことがある。

 案の定、翌日からしびれと激しい痛みに見舞われて、先生からは大目玉を食らった。


 それ以降、優花はヘドバンをすることは一度も無かった。



 そんな優花だったが、内心ではヘドバンに強い憧れを抱いていた。

 暴れ曲で髪を振り乱しながら、一心不乱に頭を振るバンギャ。

 なんだかわからないが、これこそバンギャという感じがしてカッコいいのだ。


 ヘドバン後に「やり切った」という表情で、気だるげにパサーと乱れた髪をかき上げるのとか、やりた過ぎる。



 そんな優花は、今回の人生は元気である。

 腰も首も、とっても元気である。


 ……と、あれば、やるしかないだろう。

 そう思った優花は、自宅でこっそりヘドバンの練習をして、ライブ会場へ突撃した。



 ♪ ♪ ♪



 優花が初ヘドバンの会場に選んだのは、名古屋ガイアモンドホール。

 大阪から始まった冬ツアーの二公演目の会場だ。

 キャパ1000人のこの会場は、後方に一段高くなっているフロアがある。

 ステージも見やすいその場所の最前列には、柵があるのだ。

 優花は、そこの柵を狙っていた。


 ヘドバン上級者のお姉さんたちは、柵なしでもカッコよくヘドバンを決められるのだが……。

 バンギャ歴は長くても、優花はヘドバンに関しては初心者も初心者。

 インナーマッスル弱弱(よわよわ)の民である。柵なしでのヘドバンなど、到底、無理な話だ。

 重力とか、遠心力とか、なんかそういう偉大な力から、自分の体を守れない。絶対に、フラフラしてしまう。


 ヘドバン初心者の優花には、柵が必須アイテムなのだ。


 そんな優花の名古屋のチケット番号は、A9番。

 ドセンターは無理でも、センター寄りの柵は取れるだろう。



 そうして気合いを入れて臨んだライブで、優花は見事に璃桜様の目の前の柵をゲットし、ヘドバンデビューを果たした。


 感想は……というと。

 正直、よくわからない、だ。


 なんかもっと気持ちいい、とか。

 興奮する、とか。

 気持ちがぶち上がる、とか。


 世界が変わっちゃうんじゃないか、みたいなものを夢見ていたが……よく、わからなかった。

 あ、こんな感じなんだ、という感じだ。

 

 青薔薇が、暴れる曲メインのバンドではないからかもしれない。


 青薔薇の場合。

 だいたい一つのライブで、セットリストに入る暴れ曲は二曲程度。

 ヘドバン自体も、会場の半分もしていない。


 一檎が頭振れとジェスチャーで煽るので、一檎ファンだけは頭を振っている人が多いが、他のメンバーのファンは振りたい人だけ振るって感じだ。


「インディーズの初期の頃は、会場中がヘドバンの嵐だったよ」

「メンバーもみんな頭振ってたし、璃桜も『頭振れ』って煽ってた」


 そう、常連のお姉さんが教えてくれたことがある。

 青薔薇のインディーズの初期の頃の曲は、重めのものが多かった。

 しかし、バンドが作る曲の変化に合わせて、ヘドバン人口は減っていったそうだ。


 この日、やった暴れ曲はニ曲。

 その両方で優花は頭を振ってみた。

 ヘドバン自体はよくわからなかった優花だが、ヘドバン後にはやりきった顔で髪の毛をパサーっとかきあげた。気だるそうな顔と仕草で。


 これは大変気持ちよかった。カッコよかった。大満足だ。


 こうして、優花は前回のバンギャ人生で叶えられなかった夢を一つ、叶えたのだった。




 そんな名古屋でのライブの翌日は、今回の人生初めての握手会である。

 泊まりだった優花は、ホテルで目を覚ました瞬間……叫んだ。


「痛っ!」


 首が痛い。

 背中が痛い。

 腰が痛い。

 ついでに、腕も痛いし、足も痛い。


 痛い痛い祭りだ。


「ヘドバン、か……」


 そう呟いた声は、昨夜飲み過ぎたせいで、少し掠れている。


 昨日のライブ後、夢を叶えてテンションの上がった優花は、ご機嫌に居酒屋に突入した。

 そこで、ついつい、飲み過ぎてしまった。


 手羽先が美味しい有名居酒屋。

 そこで、TVで見た手羽先の上手な食べ方をキメたのだ。


 手羽先を半分に割って、大きい方を口に入れて、スルンと引っ張れば……面白いように肉だけ食べられるっていう、あの有名なやつだ。

 手羽先はスパイシーで、ついつい、ビールが進んでしまった。


 そして……この店は、どて煮が本当に美味しい。

 思わず白いご飯を追加してしまい、店を出る時にはお腹はパンパンだった。


 そんなこんなで、ほろ酔いで、満腹で、ご機嫌にホテルに戻った優花はやってしまった。

 ベッドにダイブからの、即落ちだ。


 気がつけば、アラームが鳴っていて。

 すっかり朝になっていて。

 顔も体も、ベッタベタのグチョングチョンで。

 全身のあちこちで、痛い痛い祭りが開催されている。


 自業自得でしかないが、優花は思った。


「ヘドバン、やばい」


 前の時のように変なしびれはないので、健全なヘドバンの後遺症だと思う。

 しかし、結構痛い。本気で痛い。

 これを、バンギャたちは毎度のごとくやっているのか、と思うと、頭が下がらんばかりである。

 2DAYSの時とかに、何度も耳にした。


「もー、昨日、暴れすぎて首死んでるわ」


 この言葉の意味がわかった。

 確かに、これは首が死んでいる状態だ。


「そういえば……、常連のお姉さん、ドクターストップかかってるけど、やめられないって言ってたな」


 前回の人生で仲良くしてくれた、常連のお姉さんがいつも言っていた。


「ヘドバンなんて、しない方がいいよ」

「今はよくても、年取ってくるとくるから」


 そう言いつつも、彼女はいつも頭を振っていた。

 ライブの翌日に首に湿布を貼っていても、その夜のライブでは、また頭を振っていた。


 正直、体に悪そうだなとか、やめればいいのにとか、あの頃は思っていたが……。

 青薔薇以外のバンドにもいくつか通って、全力で頭も振ってみて、ひと通りのアレコレを体験した今ならわかる。


 お姉さんにとってのヘドバンは、優花にとってのジャンプみたいなものなのだろう。


 手扇子。

 拳。

 振り。

 ヘドバン。

 ジャンプ。

 モッシュ。

 ダイブ。


 ライブのノリは、バンドごとで色々あるが、この中で優花が一番ぶち上がるのは、ジャンプだった。


 璃桜様に「飛べ」「もっと飛べ」「高く飛べ」と言われれば、足が痛くても、酸欠で死にそうでも、飛び続けた。


 酸素薄めのライブハウスには、酸素スプレーまで持っていって飛び続けた。

 曲と曲の間に、屈んでスプレーを吸う。酸素ドーピング。

 はたから見たら、やべー奴である。


 友達に「そこまでする?」って、何度も言われたが……ジャンプだけは、やめられなかったのだ。


 実際に優花は、腰がやばくても、首がやばくても、璃桜様の「飛べ」には全力で答え続けた。

 片足が捻挫(ねんざ)した時すら、片足でも飛べるジャンプを編み出して、飛び続けた。


「片足あれば、飛べる」と言う優花に、友達はあきれたように笑ってたっけ。


 あんまり考えたことはなかったが、優花はジャンプに命をかけるタイプのバンギャなのだろう。


 そのことに気がついただけでも、大収穫だ。

 こうして、優花のヘドバンデビューは無事に終わったのである。

全通(ぜんつう)=ツアーの全ての公演に行くこと

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