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そのバンギャ、2度目の推し活を満喫する  作者: 碧井ウタ


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11/27

11:MVとFC

 初遠征を終えた優花の土日は、ほぼほぼライブ三昧だった。

 土日休みの仕事、バンザイである。


 週末の度に、颯爽とキャリーケースを引いて、どこかへ旅立っていく。

 そんな彼女に、家族は目を丸くするばかりであった。

 これまで優花は、ライブはおろか、旅行なんて行ったこともなかったのだ。

 家族が驚くのも、納得である。


 名古屋、長野、北海道、大阪。

 言葉の通りに、全国を飛び回り、優花の夏は終わりを迎えようとしていた。



 そんな夏の終わりのある日。

 優花はTVの前にいた。


「わー、懐かしい」


 満面の笑みを浮かべて彼女が見ているものは、本日、発売されたばかりのビデオ。

 そこには、青薔薇のデビュー曲……『青い糸』のMVが収録されている。


 この時代。シングルCDを発売すると、MVのビデオが発売されていた。


 MVの発売方法は、バンドによって様々だ。

 シングルCDを発売するたびに、MVのビデオを出すバンドもあるし。

 何本かのMVをまとめて、クリップ集として出すバンドもある。



 青薔薇はシングルCDを発売すると、一か月後くらいにMVのビデオが発売される流れだった。


 まだインターネットも普及しておらず、動画共有サイトやサブスクなども存在しない時代である。

 見たい映像があれば、ビデオを買うしかないのだ。



 優花の瞳は、『青い糸』のMVが映っている画面に釘付けだ。

 時折、笑い声をもらしながら、楽しそうにMVを見ている。


「はー、尊い……」


 MVが終わるなり、息をもらすようにそんな言葉をこぼした。

 久しぶりにフルでこのMVを見た優花であったが、その味わい深さに興奮が隠しきれない。


 そんな彼女をよそに、再生を終えたビデオが自動で巻き戻り始めた。

 部屋には、ジーッというテープが巻き戻る音だけが響いている。


 テープが巻き戻ると、自動で出てきたビデオテープ。

 それを指で押して、もう一度デッキにセットする。

 

 二周目に突入である。



 一輪の青い薔薇が散る映像から始まる、このMV。

 最初のサビが終わるまでは、とにかくカッコいいMVだ。

 歌、演奏、ヨーロッパの貴族のような衣装、メイク、髪型、パフォーマンス。

 どれを取っても、カッコいい。


 運命の赤い糸からインスピレーションを得て、作られた『青い糸』。

 作詞も作曲も、担当したのは璃桜様だ。


 この曲のサビには、『僕たちを繋ぐ この糸は 決して切れないから』という歌詞がある。


 この歌詞の所で、一人ずつ小指を立てるメンバーが映るのだが……。

 そのシーンを見るだけで、優花も小指を立てたくなってしまう。


 もちろん、ライブでは小指を立てる振りが定番だ。


 そんな風に、前半はとってもカッコよかったMVだが……

 最初のサビが終わるなり、映像が切り替わる。


 薄暗い廃墟のような場所を歩き始める、メンバー。

 それが、妙に90年代のMVらしくて、優花のツボに入ってしまった。


 ただ、一人ずつ歩いているだけの映像だが、とにかく全てが尊いのだ。


 物憂げな表情をしていたり。

 顔の半分を押さえて、どこかを見つめたり。

 なぜか、手に楽器やスティックを持っていたり。

 様々な表情やポーズで歩く……その足取りは、なぜか全員ぎこちない。


 そんな彼らの小指には、青い糸が結ばれている。

 その糸に導かれるように、何かを探すように歩いていく。


 薄暗い場所をひたすら進む、その先に。

 光が差し込んでいる、明るい景色が見えてきた。

 その光の向こう側に、一人の女性らしきシルエットが見える。


 彼らはその光に向かって、ひたすら歩くのだ。

 ぎこちない足取りで……。


 そして、女性の目の前に着くと……

 メンバーと、そのシルエットの女性は互いの小指に結ばれた糸によって惹かれ合うように、手を重ねる。


 二人の手が触れあった……その瞬間。

 薄暗かった画面が、昼間のように明るい色を帯びる。

 そして、今までシルエットだった女性の姿が画面に映るのだ。


 女性のような仕草でメンバーを愛しそうに見つめる、その人は……紫苑である。


 このMVを前回の人生で初めて見た時も。

 今回の人生でも。

 思わず、言ってしまった。


「なんでだよ!」


 そこから、一人ずつ紫苑と愛しそうに見つめ合いながら、手を合わせていくメンバー。


 それを見ているだけで、優花の腹筋は崩壊寸前だ。

 90年代のMVらしい、謎の演出が実に香ばしい。


 この時代のMVからしか、摂取できない栄養がある。

 それを優花は存分に浴びた。


 雑誌のインタビューの情報によると、青い薔薇の映像にお金がかかり、モデルさんを用意できなかったそうだ。

 こういう時、女形(おんながた)のメンバーが犠牲になるのは、V系あるあるだ。


 女形とは、女性の恰好をしている男性メンバーのこと。


 女形には、色んなタイプがいる。

 言動も女性らしく振舞う人。

 言動は男性のままの人。

 人前で声を発しない人。

 などなどだ。


 紫苑は、言動は男性のままの女形である。

 そして、女形のメンバーのいるバンドのMVでは、この手法は大正解である。


 紫苑が出てきただけで、このMVは100倍面白くなる。

 バンギャが見たいのは、メンバーだ。

 バンギャが()でたいのは、メンバーだ。


 綺麗な外国人のモデルさんが出演する映像も、確かに美しい。嫌いではない。

 しかし、紫苑がやってくれるなら、そっちの方が100倍推せる。


 すっかりこのMVの魅力に魅了された優花は、この後も何周もMVを見て、笑い転げた。



 ♪ ♪ ♪



 MVが発売された日から、暇さえあれば『青い糸』のMVを見ている優花。

 そんな彼女の元に、一通の黒い封筒が届いた。


「来た、来た、来たー!」


 仕事から帰ってポストを開けるなり、優花は叫んだ。

 すぐにテーブルまで移動した彼女は、ハサミを使って丁寧に封筒を開ける。


「やった! 2000番台だー……」


 封筒に入っていた、真っ黒なプラスチックの小さなカード。

 そこに刻印された番号を見て、瞳を輝かせる。


 初ライブの赤坂DLITZのライブ会場で、優花は青薔薇のファンクラブに入会していた。その会員証がやっと届いたのだ。


 ファンクラブの会員番号は、入った順番で番号を振られていくことが多い。

 前回の人生は5000番台だった会員番号も、今回は2000番台だ。


 噂程度の都市伝説ではあるが……会員番号が古いファンの方が、チケットの当然確率が高いとか、チケットの番号が良いとか。

 青薔薇ファンの界隈では、まことしやかに言われていたものだ。


 前より3000番も若い番号を手にした優花は、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、封筒に同封されていたポストカードを取りだした。


「きたぁーーー!!! 直筆サイン!」


 青薔薇のファンクラブの入会特典は、ポストカードなのだが……入会した時期でもらえるカードが違った。


 9月頃までに入会すると、デビューシングルのアーティスト写真のポストカード。メンバー全員の直筆サイン付きだ。

 10月以降の入会は、ポストカードの写真が変わり、サインも印刷になる。


 それを知っていたので、なんとしても夏ツアー中にファンクラブに入りたかったのだ。

 憧れの入会特典を手にした優花は、満足げである。


「おっ! お知らせも入ってる! この紙……懐かしい!」


 優花は、同封されていたA4サイズの白い紙を丁寧に開いた。

 一番上に『Information』と書かれているこの紙は、青薔薇に関する情報などが書かれたお知らせだ。


 インターネットが普及する前の時代。

 リリース情報、雑誌の掲載情報、TVやラジオの出演情報などは、ファンクラブから紙でお知らせが来ていた。


 お知らせの入った封筒やハガキが届くと、ワクワクしながら隅々まで読んだものだ。

 久しぶりに手にするお知らせを、優花は瞳を輝かせながら読んでいる。


「えっ? 青薔薇、Sステ出るの?」


 金曜日に生放送されている音楽番組……Sステ。

 なんと、青薔薇の初出演が決まったそうだ。

 そして、ファンクラブで観覧募集をするのだという。


「わー! 観覧、行きたい!」


 優花は、その日のうちに観覧募集の応募ハガキを投函した。

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