40 心身統一
「一度だけの人生だ。だから今この時だけを考えろ。過去は及ばず、未来は知れず。死んでからのことは宗教にまかせろ」
中村天風
顕在意識の積極化、神経の安定化、そして潜在意識の積極化の三つは、中村天風の心身統一法の三本柱を簡潔に説明したものです。正式には、積極観念の養成、神経反射の調節、観念要素の更改と呼ばれています。心身統一法は、人生を幸福に生きるために、六つの力と感応性能を強化することを目的としています。
心身統一法の六つの力とは、体力、胆力、判断力、断行力、精力、そして能力です。胆力とは、困難な状況でも動じずに冷静でいられる心の強さを指します。精力は、困難に屈しない粘り強さを意味します。能力は、何かを実行する才能であり、例えば絵を描く、料理をする、計画を立てるなど、具体的な行動に反映される力です。
感応性能とは、文字通り、外部からの刺激に対して感じて応答する心の働きを指します。感応性能が弱いと、何か刺激を受けた際に心が過敏に反応し、消極的になってしまいます。一方、感応性能が強いと、強い衝撃を受けても心を冷静に保つことができます。
感応性能は胆力と似ていますが、違いがあります。胆力は刺激を受けた際に、それに打ち勝とうとする心の強さを示しますが、感応性能は刺激に対する心の揺れ幅を指します。したがって、感応性能を強化すれば、心の動揺が少なくなり、安定感が増すのです。たとえるなら、感応性能は怪我をしたときに感じる痛みの程度であり、胆力はその痛みに耐える力です。感応性能を高めることが、心を安定させることに繋がります。
幸福に生きるための理想論は数多く存在しますが、それらはしばしば抽象的で、具体的な実践方法が示されていないことが多いです。そのような書物を読んでいると、一時的に自分が偉くなったような気分になるかもしれませんが、それだけでは本質的な変化は得られません。人は表面的な概念だけでは変わることはできません。生活や習慣などを根本から叩き直す必要があります。
心身統一法は、具体的に何をすべきかが明示されているため、それを習慣化することで、自分自身を根本から変えていくことができるのです。
心身統一法は、中村天風が結核を患ったことがきっかけで生まれたものです。天風は幼い頃から並外れた強い心を持っており、他国で密偵として働いていた際には、死を目前にしても恐怖を感じないほどの胆力を持っていました。しかし、進行の早い結核に罹患したことで、死の恐怖にとらわれ、心が次第に弱くなっていったのです。かつての強かった自分の心が弱くなっていくことが許せず、せめて死ぬ前にもう一度その強さを取り戻したいと願い、その方法を求めて世界中を旅しました。しかし、何も掴むことができず、帰国を決意したそのとき、あるヨガの聖者と出会います。この出会いが転機となり、聖者のもとで修行を積むことで、ついには強い心を取り戻し、結核を克服したのです。
こうして生まれた心身統一法は、幸福に生きるための方法であると同時に、心を強くするための方法でもあります。
幸福に生きるためには、物質面と精神面のバランスが欠かせません。現代社会で生活していると、どうしても物質的な面に偏ってしまいますが、真に幸福を得るためには、まず精神面を整えることが重要です。たとえ身体がどれほど強くても、心が弱ければ、運命の困難や健康上の問題に立ち向かうことはできません。
正しい方向に向かって歩き続ければ、いずれ必ず目的地に辿り着きます。同様に、目標を定め、それに向けて正しい方法で日々努力を重ねれば、目標は必ず達成されます。目的地を決めた瞬間、そこに到達することが決まるように、目標を設定した時点で、それが達成されることは決まるのです。
重要なのは、必ずやり遂げるという強い意志と、正しい方法で継続することです。「自分の心を強くする」と目標を定め、心身統一法を習慣として続ければ、必ず心は強くなっていくでしょう。
中村天風が結核を克服する過程で、転機となったのは、聖者との問答を通じて「生きることの喜びと感謝」に気づいた瞬間でした。「まだ自分は生きている。それこそが最も幸せなことだ」と悟ったのです。結核の苦しみが、その大切な真理に気づかせてくれたのです。
人生で最も重要なのは、喜びと感謝を持って生きることです。喜びと感謝からは、決して消極的な思考は生まれません。それどころか、そこから生まれる積極的な精神が、人生を向上へと導くのです。
心に消極的で暗い思考を抱いてはいけません。そのような思考が心を汚してしまうことを防ぐべきです。心身統一法を実践し、積極的な精神で心を照らし、観念要素の更改を通じて心を浄化していきましょう。