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時をかけるニート

作者: ラム

ニートである男は自分の人生を後悔しながら命を落とした。

そして、気がつくと子供の時に戻っていた。

順調に見える人生だが挫折し、何度も後悔し、何度もやり直す。

やり直しているうちにやがて、男は大事なことに気づく。

 暗く狭い部屋で俺はうずくまっていた。

 思えば空虚な人生だった。

 大学受験に失敗して引きこもり、社会と軋轢を生み、ニートとして過ごしてきた。

 そして怠惰なまま過ごした人生は何の価値もなく終わろうとしている。

 昔の俺に若い時の苦労は買ってでもしろと言ってやりたい。

 しかし後悔する以外に道はなかった。

 あぁ、またやり直したい……

 咽び泣きそうになるほどの後悔を抱えて最後に目にしたのは、孤独な自分の写真だった。


……


 気がつくと俺の視界に眩しい光が差す。


(くっ、眩しい、なんなんだ)


 目を開けると懐かしい自分の部屋。

 俺ははっとして鏡を見ると、10代に戻っていた。

 それから俺は学校に通う。


「すごい、全教科100点!」

「えー! うそでしょー!?」

「あはは……」


 青春を再び謳歌し、部活に入り、好成績を収めている。

 紛れもなく充実している。

 そして俺の人生の分岐点だった大学受験。

 やや怯みつつ受験するも、どの問題も答えをまるで事前に見たかのようにすらすら解けた。

 結果俺は日本一の大学に入学できた。

 ここまではよかった。

 一流大学だけあって、周りも一流の家庭のボンボンなのだ。

 金銭感覚が違う、価値観が違う。

 そして入学は出来たものの、努力しても成績が平均を上回れない事が頻発した。

 ここで初めて努力しても、人生をやり直しても辿り着けない壁がある事を思い知った。

 俺はあまりの悔しさに金に執着するようになった。

 経営者になり、結婚もせず仕事に夢中になる。

 スタートアップは順調で、この世の金をかき集めんばかりに経営に夢中になる。

 しかし、20年ほどすると伸び悩み、会社は大企業に吸収された。

 俺は財産のみが残り、かえって空虚であることに気付いた。

 俺は虚しさのあまり、酒に溺れ、泣いて余生を過ごした。

 あぁ、こんなことなら金になんか執着しなければよかった……

 俺1人が映った写真に見守られて俺は息絶える。


……


 視界に鋭く光が差す。

 俺はまたしても人生をやり直すことになった。

 前回はお金に執着したから失敗した。

 次は夢を実現させたい。

 俺は子供の時から憧れていた小説家になるため作品を書いた。

 魂を込めた自信作を書き上げ、出版社のコンテストに申し込む。

 しかし予選を通過はしたものの、最終選考には通らなかった。

 諦めずに2作目を作り上げるも、やはり二次選考で落ちてしまった。

 それは何十年経っても同じだった。

 またしても壁にぶつかったのだ。

 やがて俺は憂さ晴らしにパチンコに依存して貯金も溶かし、家賃すら払えなくなりホームレスとなった。

 こんなことなら夢なんて追わずもっと自由に生きればよかった……

 俺は深い後悔に頭を壁に打ち付けたくなるも、その気力もない。

 息絶える間際、自分が1人映っている写真が視界に入った。


……


 気がつくと、俺は10代に戻っていた。

 俺は学校に通うことも働くこともバカらしく感じて引きこもり、インターネットに依存した。

 オンラインの世界の俺は英雄で、常に弱者を助けてきた。

 オンラインで友人もたくさん出来た。

 ただ彼らの中に働いている人がいるとやや胸がモヤモヤした。

 いつしか年を取り、ネットは進化して空間上に情報が浮かぶ時代になっていた。

 ふと友人の顔のホログラムが浮かぶ。

 それに話しかけ終わると、俺はベッドに横たわる。

 指先で空間に浮かぶアイコンにタッチし、バーチャルモニターを展開させ動画を見る。

 すると、その動画には小さなシマシマの猫が映っていた。

 子猫は母猫からはぐれ、母猫を探して旅をする。

 最初は右も左も分からないもの、やがてつがいの猫が出来て、子供を育てて死ぬ。

 一匹になった子猫はまた母猫を探して彷徨う。

 その動画を見終り、俺は気付いた。

 そうだ、人生は一度しかないからこそ儚くて価値があるのだ。

 それを都合よく何度もやり直して、幸せになるなんて事があるはずがない。

 だから俺は何をしても満たされないのだ。

 一度きりの人生を本気で生きなかったから。

 俺は永遠に埋められない隙間を抱えて生きていくのか。

 深い絶望に染まり、息をするのも馬鹿らしくなる。

 しかしふと、孤独な自分の写真が目に入る。

 今までなんとも思わなかったが、ふと思った。

(なんでこの写真は俺1人だけなんだろう?)

 そして、虚しさの根本的な原因がわかった気がした。

 もしまたやり直せるなら、次は……


……


 視界が明るくなる。

 俺は10代に戻っていた。

 同級生の初恋の子に、告白した。


「君が好きなんだ、よかったら付き合ってほしい」

「……ごめんなさい」


 俺は酷く落ち込み、まるでもう心が晴れる事がないかのようであった。

 しかし大学で再び恋をし、その子に思いを告げる。

 その子はなかなか首を縦に振らなかったが、やがて俺の勢いに押されて承諾してくれた。

 大学を卒業するとその子と結婚し、数年後には子供が出来た。


「あなた、この子の名前は何にしようかしら」

「君のように素敵な名前にしたいな」


 子供は寵愛を受け、幸せに育った。


「ねえお父さん、分からないことがあるの」

「どうしたんだい」

「私、将来何になればいいのか分からないの」

「お前はお前が望むものになればいいよ」

「もう、簡単に言わないでよ」

「お前なら何にでもなれるさ」


 子供は頭を悩ませ続けていた。

 やがてその子は大人になった。

 何年かするとその子は結婚して子供を産み、孫が出来た。

 妻がしわくちゃになった笑顔を見せる。

 娘が耳の遠くなった俺に大声で話しかけてくる。

 孫が転び、泣いているのを宥めると笑顔を見せる。

 そして、どうやらこの命が尽きる時が来たらしい。

 泣き喚く妻や娘、孫の顔を見て、どうか泣かないでくれ、と思いながら、目を閉じた。

 家族に囲まれて幸せそうに微笑む自分の写真が、優しく俺を見守っていた。

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