応えたら
三題噺もどき―さんびゃくきゅうじゅうはち。
「――ようやくおめざめ?」
「――!!」
耳朶を叩くその声に、目が覚めていたと、気づかされた。
起きることを、目覚めることを拒否していた脳を無理やりに引きずり出された感覚。
誤魔化していたのに、現実を見ろとたたき起こされた感覚。
「――ここ、は、」
しかしその感覚も一瞬で過ぎ去り、自分は今起きたのだと錯覚する。
そのまま、ぼんやりしたままの視界の中で脳内整理を始める。
視界も、思考もはっきりしていないが、早く現状を理解しなくてはと、何かが急かす。
「っ――」
突然四肢に痛みが走る。
これは……縛られている?腕は後ろに回され、足は纏められている。
かなり強めに縛られているのか、そのあたりが酷く痛む。
まるで加減が分からず、力の限り絞めたような。最悪骨にひびぐらいが入っていそうだ。
「ねえ、」
「――!!」
下手に動くのはまずかろうと、そう思い始めた瞬間。
もう一度、声が聞こえた。
最初より、はっきりと。
心なし不機嫌そうな声色に思えるのは、気のせいだろうか。
「―おはよう?」
「――……」
声のするのは頭上。
どうやら床に自分は座らされているようだ。
よく見れば赤い地面が広がっている。絨毯だろうか、やけに柔い。
頭を落としていたのか、首のあたりも痛みだした。
「……」
しかしそれを無視して、無理やりに頭を動かす。
下から見上げるような姿勢で、声の主を視界に入れる。
「―おへんじは?」
「―――!」
それは小さな少女だった。
どこか舌足らずな、幼い子供の声で、不機嫌増に問いかけてくる。
顔は何かの光に遮られているのか、はっきりとは見えない。
ただそのシルエットははっきりとしている。
長い髪を下におろし、だらりと落とした左手を、後ろ手に回した右手で握っている。
幼い子供がするには少し大人ぶった姿勢のように見えるが、やけに似合っている。
「―きこえている?」
「っあぁ……!!」
縛られているこの状況と、この少女との関係が分からないまま。
困惑していたところに、その声で我に返る。
そして。
―応えてしまった、と思った。
「―そう。なら。おはよう」
「お、はよう」
長時間水分を与えられていないのか、喉がひりつく。
掠れたように漏れたその声は。自分の意思ではない。
乾燥した唇が痛む。
―のどが渇いた。
「―あぁ」
「?」
ふいに少女が動く。
よく見れば、そのそばに小さな机のようなものがあった。
そこには、少女のものであろう、一枚の皿とフォーク一式と、グラスが置かれていた。
その中のうち、グラスを手に取ったかと思えば。
突然、目の前にかがみ、グラスの中身をこちらへと向ける。
「―のどがかわいていたのね」
「んぐ―――!?」
小さく呟きながら、口内にソレを流し込んできた。
―それでも見えない表情が恐ろしい。
「―――」
勢いよく流れ込んできたそれは、ジンジャーエールのようだった。
久しく望む水分には向いてない。
じくりとのどが焼かれる。
指すような独特の香りと。
口内で暴れる炭酸。
「―あら」
「――っげほっげほ―はっ、は」
思わずむせる。
加減なく訪れた濁流と、勢いよく暴れた液体は、想像よりも体内を傷つけた。
これでは、渇きをうるおすどころの話ではない。
危うく溺れ死ぬところだった。
「―どうも、かげんがわからないわ」
「かはっ、はっ……はっ」
未だに残る喉を焼く感覚。
それを抑え込み、何とか思考に頭を回す。
これは、この少女は、確か。聞いたことが。
「―でも、もうあきた」
「なに、」
動かなくては。
これが、あの少女なのであれば。動かなくては。
まだ意志が残っているうちに。
今ならまだ。目の前にいる。今なら。
「いただきます」
小さくこぼれたその声。
「ぁ――?」
何が起こったのかは分からなかった。
だが、ドクリと。
心臓が跳ねた。
―誰かの掌の上で。
ごぽ―
それは果たして。
ジンジャーエールに溺れてか。
漏れた血に溺れてか。
最後にそんな音が脳内に響いた。
お題:ジンジャーエール・フォーク・心臓