第4話
気がつくと、ベッドの上に寝かされていた。周りを見渡すと、ここは医務室のようだった。どうやら気を失っていたらしい。隣を見ると、ミライが椅子に座っていた。彼女は俺の顔を見るとホッとした表情を浮かべた。どうやら心配させてしまったようだな。申し訳ないことをしたと思いながら体を起こすと、彼女に話しかけた。
「すまない、迷惑をかけたな」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう言って微笑む彼女を見て、思わずドキッとしてしまう。いかん、何を考えているんだ俺は。今はそんなことよりも状況の確認が先だ。俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ミライに質問した。
「なあ、あれからどうなったんだ?」
「はい、無事に転生者を一人倒すことができました」
そうか、倒したのか。良かった、それなら安心だ。そう思っていると、ミライはさらに話を続けた。
「ですが、どうやらもう一人転生者がいたようです」
「なに?」
「どうやら、彼は四天王の一人のようでした」
「四天王?」
「はい」
四天王ということはかなり強いということか? そう聞くと、彼女は頷いた。マジかよ……そんなのどうやって倒せばいいんだよ……絶望していると、彼女が話しかけてくる。
「安心してください」
「え?」
「私が貴方を守りますから」
そう言うと、優しく微笑んでくれた。その表情はとても綺麗で美しくて、まるで天使のように見えて……って何を考えてるんだ俺は! 相手は女だぞ? それなのに綺麗だなんて思うとかおかしいだろ?
いやでも確かに可愛いとは思うし、守ってあげたくなるような可愛さがあるというかなんというか……ダメだ落ち着け俺! 冷静になるんだ!
必死に自分に言い聞かせていると、不意に声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると、そこには心配そうにこちらを見つめている彼女の顔があった。やばい、めっちゃドキドキしてきたぞ? 心臓の音がうるさいくらいに聞こえてくる。
俺はそれを誤魔化すように咳払いをすると、彼女に言った。
「大丈夫だ」
「……本当ですか?」
「本当だとも」
「ならいいのですが……」
そう言うと、彼女は部屋を出て行った。ふう、助かったぜ……それにしても、まさか俺があんな気持ちになるとは思わなかったな。まあ、いいか。それよりもこれからどうするか考えないとな。
まずは戦力の強化が必要だろう。それから情報を集める必要があるな。やることは山積みだ。果たして、俺一人でどこまでやれるのだろうか?
不安に思いながらも、行動を開始するのだった。
「よし、行くか」
そう言って立ち上がると、部屋から出た。廊下を歩いていると、兵士たちの姿が見えた。彼らは忙しそうに走り回っている。おそらく魔王軍との戦いに備えて準備しているのだろう。俺も頑張らないとなと思っていると、前から一人の兵士が歩いてきた。そいつは俺を見て立ち止まると話しかけてきた。
「貴様が新しい勇者か?」
誰だこいつ? 俺は勇者になどなったつもりは無いのだが、ミライがそう話したのだろうか。
俺が困惑していると、兵士は続けて話し始めた。
「ふんっ、こんな奴が本当に勇者なのか? まあいい、ついてこい」
そういうと、歩き出してしまったので仕方なくついていくことにした。しばらく歩くと、大きな扉が見えてきた。どうやら目的地に着いたらしい。扉を開けると、そこは大広間になっていた。奥に玉座があり、そこに一人の女が座っているのが見えた。女は立ち上がると、こちらに向かって歩いてくる。そして俺の前まで来ると、自己紹介を始めた。
「はじめまして、私は魔王軍幹部の一人『氷の女王』のイリスと申します」
そう言って微笑む少女を見て驚いた。何故なら、目の前にいたのは先ほど出会った氷の魔法使いだったからだ。どうしてこいつがここにいるんだ? なぜ初対面のような挨拶をする? そんなことを考えていると、イリスと名乗った少女は微笑みながら口を開いた。
「実は私、あなたに興味があるんです」
「俺に?」
「はい」
彼女は頷くと、俺の顔を覗き込んできた。そして、じっと見つめてくる。その視線に耐え切れず目を逸らすと、彼女はクスリと笑った。
「ふふっ、照れなくてもいいんですよ?」
そう言われて顔が赤くなるのを感じた。くそっ、調子狂うな……俺は頭を掻きながらため息をつくと、改めて彼女を見つめた。やはり間違いないようだ。あの時に会った人物で間違いなかった。しかし、どうしてこんな所にいるんだ? その疑問をぶつけてみると、彼女は答えた。
「私、元々は別の場所に住んでいたんですけど、ある日突然追い出されてしまって……それで行く当てもなく彷徨っていたらここに辿り着いたんです」
なるほど、そういうことだったのか。しかし、なぜ追い出されたんだ? 不思議に思っていると、彼女は悲しそうに目を伏せた。何かあったんだろうか? 気になったが、聞ける雰囲気ではなかったため黙っておくことにした。代わりに別の質問をすることにした。
「それで、あんたはここで何をしてたんだ?」
そう尋ねると、彼女は寂しそうに微笑んだ後答えてくれた。
「何もしていませんでしたよ」
「何もしていなかった?」
「ええ、そうです」
どういうことだ? 訳が分からず混乱していると、彼女は説明してくれた。
「見ての通りここには何もないでしょう? だから退屈していたのです」
確かにその通りだ。見渡す限り何も無いただの広間だからな。こんなところで過ごすのは確かに苦痛かもしれない。そう思っていると、今度はこんなことを言ってきた。
「そこで提案なのですが、もしよろしければ私の城に住んでみませんか?」
「は?」
何を言ってるんだこいつは? 一瞬理解が追いつかなかったが、すぐに正気に戻った俺は断った。すると、彼女は悲しそうな表情で見つめてきた。やめてくれ、そんな顔で見るんじゃない!
罪悪感に駆られながらも断ろうとすると、その前に彼女が口を開いた。
「そうですか……」
シュンとした様子で俯く彼女をみて胸が痛んだが、仕方ないだろう。俺には帰るべき場所があるんだから。すると、彼女は顔を上げてこちらを見たかと思うと笑顔で言った。
「では、気が向いたらいつでも遊びに来てくださいね!」
それだけ言うと、彼女はどこかに行ってしまった。一体何だったんだ今のは……?
呆然と立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには先程の少女がいた。
「どうしたんだい?」
「あ、いや……何でもない」
「そうかい? それならいいんだけどね」
そう言って笑うと、またどこかへ歩いていってしまった。何だったんだろう?
よく分からなかったが、とりあえず考えるのをやめてその場を離れることにした。
外に出ると、既に日が暮れ始めていた。どうやら随分と長い間話し込んでいたみたいだ。早く帰らないとな。
そう思って急いで帰ろうとした時だった。どこからか悲鳴が聞こえた気がしたのだ。気になって行ってみると、そこには大量の死体の山があった。それを見て吐き気が込み上げてきたがなんとか堪える。そして、周囲を見渡してみたが誰もいなかった。
気のせいだろうか? そう思った瞬間、何者かに背後から襲われてしまった。慌てて振り返ると、そこにいたのは先ほどの男だった。
「ちっ、外しちまったか……まあいい、次は確実に仕留めてやるよ」
そう言いながら剣を構える男を見て恐怖を感じた。まずい! 逃げなくては!
そう思って走り出したが、あっさりと捕まってしまった。そして、そのまま首を掴まれてしまう。
苦しい! 息ができない! 必死に抵抗するがビクともしなかった。やがて意識が遠のいていく……薄れゆく意識の中で最後に見たものは、男の不気味な笑顔だけだった……