第二話 青春少女はお嫁に行けない
目の前に、古びたベージュ色の天井が見える。石造り部屋の隅には蜘蛛の古巣がついている。モモは目を覚まし、重い瞼をゆっくりと開けた。体は疲労感でいっぱいだが、柔らかい何かに包まれていて、居心地は悪くない。
ここは何処だろうか。モモはふと考える。柔らかいベッドの上で、フカフカの毛布にくるまっているらしい。部屋の窓からは輝く朝日が、おはようとでも言うかのように顔を覗かせている。
よかった、やっと休むことができたんだ。
地元を出て久しく、まともな休息をとることができなかったモモは、毛布を握りしめて安堵する。モモは寝返りをうって毛布を抱きしめ、再び居心地の良いまどろみに戻ろうとした。
しかし、目をつむると思い浮かぶのはあの光景。確か昨日は、私の華々しい青春が散る出来事があった。そう、私、リザードマンに絞め殺され・・・
モモは恐怖に身を震わせ、ベッドから飛び起きた。雑に毛布を吹っ飛ばして、まず一番に、手で慌てて自分の首が無事であるかどうかを確認する。大丈夫なみたいだ。そして、ハッと辺りを見渡す。
そこには、やはりあの男。鎧を着た巨体が窓際に座っていた。顔は金属のヘルメットに覆われており、隙間から眼光らしき赤い光が零れている。
「うわっ。」
夢じゃなかった。今は寝起きの状態で頭がぼやけており、モモは体を起こしたまま固まってしまった。男はモモに気づいたようで、赤い眼光がこちらを向いた。
「ああ、おはよう。無事目を覚ましたようで何よりだ。ああ、そう怯えなくていい。ここはもう安全だ。」
「・・・おはようございます。えっと、それは、私の身は大丈夫ということでしょうか・・・あの恐ろしいバーサーカーが目の前にいるのに、ですか?」
「そうだ、驚かせてすまんな。嬢ちゃんの身に心配はないし、オレはあの伝説に出てくるような冷酷無慈悲のバーサーカーではない。」
モモはポカンとしており、男は説明を続ける。
「いや、正しくはあのバーサーカーで間違えないが、嬢ちゃんの想像するような怪物ではない。とりあえず、ただの赤い目を光らせるガタイのイイおじさんとでも思ってくれ」
「・・・そうなのね、じゃあ、さ、怖い怖いバーサーカーは実は心優しおじさんで、リザードマンから私を助けてくれたってこと?」
モモはもう一度自分の身の安全を手で確かめながら、恐る恐る言う。するとある事に気づく。着ている衣服がいつもの修道士の外套じゃない。触った感覚から今着ているのは、就寝用の麻の衣服であった。あれ、これは一体?そして、モモはある結論に至った。
「わ、わ、わ、私、青春真っ盛りのウブでいたいけない可憐な体を、し、し、知らないバーサーカーのおじさんに、み、み、見られた!!?」
モモはバッと体を毛布で隠して、後ろにたじろぎ、叫んだ。
「うわああああああ」
「おいおい、まてまて、オレは変なことはしていないぞ。何か勘違いしているをしているぞ。ああ、いやでも確かに宿に嬢ちゃんを連れて戻った後、服は脱がせ・・・」
「うわああああああ!?!?!やっぱり見られてる!もうダメ、お嫁に行けない!!!!」
モモがうわあと泣き叫んでいるのを、鎧の男が何とかなだめようとする。そんな中、部屋の外からこちらに駆けてくる足音がして、いきなり扉が開いた。
「仮面の旦那!うるさいよ!あんた達、朝からな何やってるんだい!!」
空いた扉からは、今まさに料理をしていたかのようなエプロンと三角巾をした、女の人が出てきた。
「どうしよう、お姉さん、私もうお嫁に行けない!このバーサーカーのおっちゃんに体を見られた!」
モモはグランゼンに来て初めて女性を見て、緊張の糸が切れてその女性に泣きついた。
「ああ、大丈夫よ。大丈夫よ。彼はあなたの手当をしただけで、私があなたの着替えをしたのよ」
モモはグスンとしてエプロンを掴み、女性の懐で泣いた。
挿絵↓
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