9話 外の世界へ
「うおぉぉぉぅ、でっか、でっっか!!ひっっっろ!!!やばっ、なんかクラクラしてきた」
俺は奏に連れられて第八世界ホドへと入界した。奏に会うのは久しぶりな気がするが、相変わらず目の下の隈がすごい。
最初に着いたのは奏の部屋だったらしく、すぐに屋外に出てみたが、屋外をでたらそこは屋内だった(?)
いや、屋外なことは本当は分かっている。
一応真上を見れば空が見えるのだが、見渡す限り建物しか見えない。
それも俺達が住んでいたような木造ではないようで、これは……石かな?わからん。
そしてそれらの建物が圧倒的に高い。
側面には大きな窓がずらりと並んでいたり、『ーーー発売中!』と広告がどデカく貼ってあったり。
とにかく精霊の世界より圧倒的に栄えていて、人がとにかく多い。
自動で開くスライド式のドアに見たことのない服装をした人達など、見たことのないものだらけだ。
「ここは俺の通っているホド総合魔法学校の敷地内だよ。
君たち精霊が外の世界と言っているのは第四世界ケセド、第五世界ゲブラー、第七世界ネツァク、第八世界ホドのことで、これら四つの世界は自由に行き来できるんだ。
見て分かる通り人族だけじゃなくて、獣人族やエルフ族、他には魔族や竜人族、もちろん精霊族だって君達の言うこの外の世界で暮らしてる。
ここの言葉で言うと、グローバルな社会になってるってやつだね」
歩いている人の中には獣の耳がある人、尻尾や羽がある人、角かある人など、一目で色んな種族が同じ場所で暮らしていることが分かる。
排他的な精霊族から見たその光景は異様だ。
当たり前のことだが、何より男がたくさんいる。
自分の腕、スラッとした華奢で細い腕と歩いている男性の腕を見比べる。
今までに回りに女の子しかいなかったからあんまり意識してなかったけど、俺の体って全然男っぽくないよな……。
「そして一番面白いのがこの世界の移動手段だね。
精霊族のところみたいに大人しい魔物を騎獣として乗せてもらったり、杖で空を飛んで移動するのもよくあるけど、一番使われる移動手段はワープゲートだ。
ほら、そこの通路。あれがワープゲート。
普通の通路に見えるけど、実際はここから1kmくらいのところにある道を、ここから繋げているんだよ」
奏は建物の壁に掛けられた『役職通り』と書かれた看板を指差した。
その下にある通路のことを『ワープゲート』というらしい。
一見すると何の変哲もないただの通路なんだけど……聞いていた通り外の世界は技術が進んでるみたいだ。
俺と奏、そしてアイリスはそのワープゲートを抜け、役所通りに出た。
その通りにある一際大きい建物に入り、とある手続きをするために受付へと進む。
奏が受付の人と何か話した後、俺はさらに奥の部屋へと連れられた。
その奥の部屋で書類仕事をしている人が見えた。
青い髪に眼鏡をした男性。
その後ろに見えるのは……鳥の羽のような、、ってまさか!?
「て、天使族!?」
「言ってなかったか? 今からやる手続きは天使族にしかできないんだよ」
天使族とは、数ある人型種族で最も神に近いとされる強大な力を持った種族だ。
世界の理にすら干渉できるが故に天使族は上位存在と呼ばれ、ただそこにいるだけで畏怖してしまうような高貴なオーラを纏っている。
そして特に、精霊族は天使族に対してあまり良くないイメージを持っている。
500年前に起こった、史上最も大きな戦争と呼ばれる精霊戦争。
それは、心象核を奪うために精霊を封印している人族等に対して、精霊達が起こした戦争。
その人族陣営と精霊族陣営の戦争で精霊族が負けた大きな要因は、天使族が人族陣営に加わったからだ。
強大な力で精霊族の精鋭を次々と葬った天使族は、精霊には恐怖の対象なのだ。
「契約精霊の新規登録願、その契約精霊が君だね。無理もない、初めて見た天使族は恐ろしく見えることだろうね。
確かに過去、君達精霊に対して行ったこと、そして現在の精霊の立場からすると、我々天使は敵に近い存在だろう。
だが今の我々は精霊族を敵にしてはいない。君が悪事を働かない限り、我々が君を手に掛けることはないことを理解してくれ。
そして願わくば、我々天使を敵だと思わないで欲しい。無理なら無理で構わないがね」
書類に目を通しながら、青髪の天使族の男性が話している。
天使族を敵だと思うな? 精霊族の現状を作った種族がそんなことを言うのか?
俺はヒュア封印の原因の一端を担っていると思っているんだけど。
「無理です」
俺ははっきりと答えた。
その反応は予想の範疇だったようで、「そうか」と一瞥する。
「では手早く終わらせよう。
君の契約紋を見せたまえ。その契約紋で響谷奏氏の魔力照合をして、君の魔力を登録する。
登録後は契約紋を見せれば天使族の関わる施設や催しに参加できるようになるから、この広い世界を自由に見て回るといい。」
俺は契約紋の刻まれた手の甲を差し出す。
青髪の天使は俺の手の甲に手をかざすと、球体の幾何学模様が現れた。
その幾何学模様に刻まれた線はそれぞれ複雑な周期で移動し、その模様を常に変えている。
これは魔法の発動法、詠唱方術ほどではないもののよく使われる法陣方術だ。
法陣方術は魔法陣を描いて魔力を特定の方法で流し、魔法を完成させて放つ発動方法である。
頭の中でパズルを解いて発動する詠唱方術と比べて、魔法陣の形と流し方が分かればいいので発動は容易だが、それは単純な魔法ならの話だ。
目の前で発動されている法陣方術は四次元魔法陣で描かれている。
平面に描ける一般的な二次元魔法陣と違い、四次元魔法陣は立体的な上に時間経過による模様の変化すら完全に合っていないと発動しない。
まさに上位種族である天使族でこそ発動できる、超高難度な魔法だ。
青髪の天使は紙を二枚取り出すと、四次元魔法陣は吸い込まれるように紙に入り込んでいく。
その紙に俺と奏の名前を書き込んで、手続きは終わった。
「片方は君に渡しておくから、大切に保管して置くように。この紙は通常使わないが、有事の際に提示を求めることがあるからな。
ほら、これで終わりだ。帰った帰った」
そう言った青髪の天使は早々と他の書類の処理に移った。
机の端には大量の書類が積まれており、どうやら相当に忙しいらしい。
言われた通り役所を出て、次に向かうのは料理店だった。
看板には『kirara cafe』と書いてある。
「ここ!! ここのパスタがすっごくおいしくて、絶対ユッカに食べて欲しかったんです!」
そのお店で出された料理はパスタという小麦粉を練って?、細くしたものだった。
細くした小麦粉の塊を茹でてから植物油とニンニク、唐辛子、ベーコンを絡めているらしいが、なんか凄くオシャレだな……。
「これ、ペペロンチーノって言って私の一番好きなパスタなんですけど、ここのお店は特に見た目が綺麗で、あっ、もちろん味もすっごく好きなんですけどね? ここのパスタは小麦粉からこだわった製法で作ってるらしくてーー」
アイリスがすっごく饒舌になっている。
ここに住んでいる人達はこんなに料理に詳しいのか……。今まで結構無頓着だったけど、この世界に染まるにはこういうことにも精通してないといけないのかな……?
そう思って奏の方を見てみると、なんかニコニコしてそれとなく返事をしながら食事をしている。
……これはアイリスが特別みたいだな。おいしい、それでいいじゃないか。
「じゃあそろそろ、ここからユッカがどうするかについて話そうか。『音の結界』」
奏は周りに音が聴こえないように音の結界を張ると、俺に向き直った。
「まずはフォルの課題達成おめでとう。実はあの課題を正面から達成するのは十人に一人もいないくらいなんだ。俺も見たかったよ」
「それはみんなの支えがあったからです、ありがとうございます。」
あれはミオがいたからでさきたようなものだ。ミオは魔法を教えるのに慣れているみたいだったし、上位精霊に一対一で魔法を習える精霊なんてそうはいない。
アイリスはあの課題を正面から達成したのだろうか。後で教えてくれないかな。
「君がここの世界に来た目的は封印された友達の救出と精霊王になるため、だったよね。一つずつ話していこうか、まずは精霊王のなるにはどうすればいいか、っていう話だ。」
精霊王になるっていうのは言ったはいいけどあんまりピンとこないんだよな……。
精霊族の過半数が認めれば精霊王になれるらしいが、実際あらゆる場所にいる精霊にどうやって「俺は精霊王になる!!」と伝えればいいのか。
わざわざ探し回ってたらどれだけ時間がかかるか分からない。
「これが一番俺にとっては話しやすい。実は俺も、精霊王を目指しているからね」
「そうなんですか!?」
「うん、まず精霊王になるために必須の条件があってね、それは自身が精霊と契約を交わして契約主になることなんだ」
契約精霊じゃなくて、契約主に……?
じゃあ俺は精霊王になれないのでは……と思ったけどそういえば奏と精霊契約できてないんだったな。
「じゃあ俺精霊王になりたいって言ってたのに、何で俺と精霊契約しようとしたんですか?」
「あーごめんごめん、精霊が外の世界を自由に生きるには君を契約精霊にするのが一番手っ取り早かったんだよ。もちろん時が来たら契約を解除するつもりだったんだけど、そもそも君には精霊契約ができなかった。なんでかわかる?」
「なんでって……俺が男だからとか?」
精霊族の男が誕生するのは本当に稀だ。俺は自分以外見たことがない。
だから俺は精霊として欠陥があって、精霊契約ができない精霊なんじゃないかと思っていた。
だがそんな俺の言葉を奏は否定する。
「いやいや、男性個体だって精霊だよ。契約くらいできるさ。ユッカが俺と契約できなかったのは、君が既に契約主になっていたからさ」
「なってないと思いますけど……」
「君のよく知る人に訪ねてみればいいよ。契約が破棄されてないということは今もユッカと繋がりがあるということだ。だからきっと近くに君の契約精霊がいるはずだよ」
全然心当たりが……でも俺記憶が曖昧なところがあるから……あ、もしかしてあの人だろうか。
「それで精霊王になるにはって話だけどね。実はそのうちティファレト世界で精霊王を決める大会が開かれることになってるんだ。だからユッカもそれに出ればいい」
「大会、って何するんですか?」
「まだ先だから詳しく決まってないけど、精霊9名によるバトルロワイヤルになる予定なんだ。だから精霊王になるには精霊契約を少なくとも9人の精霊としなくちゃいけない。
あ、ユッカの場合は君も出場できるから8人でいいけどね」
精霊王って契約精霊の強さで決まるのか?
「ええ……なんかもっとこう、候補者の資質を見るようなものじゃないんですか?」
「契約精霊の強さも契約主の資質だよ。強い精霊であればあるほど契約が難しいからね。精霊王になってやりたいこと伝えて、それを認めてくれた強い精霊と契約できるほどの資質がある存在が精霊王になれるのさ」
精霊を惹き付ける力が精霊王の資質ってことだろうか。そういうことならわからなくもない、か?
「わかりました。つまり8人の精霊と契約することが、精霊王を決める大会に出るために必要な条件なんですね」
「そういうこと。これが今ユッカが精霊王になるためにしなければいけないことだ。分かってくれたところでもう一つの君の目的、友達の救出についてだ」
友達の救出、つまりヒュアをどうやって見つけて、どうやって助けるのかという話だ。
「これについては、君だけの力ではかなり難しい。手掛かりが少ないなかで見つけるのが難しいのもあるけど、そもそも見つけたとして、どうやって心象核を取り返すのかという問題がある。
多分もう君が探している心象核は誰かの手に渡っていて、その人の所有物になっている可能性が高いんだ。その一般人から君が心象核を取り返してしまったらそれは犯罪になる」
「悔しいですけど、確かにそうですね」
どうやって取り返すのかについて奏は問題点を挙げるが、俺は見つけ次第盗んででも取り返すつもりだ。
ヒュアを助けるためなら盗人にでもなる覚悟はある。
「ただこれについては情報網というか、ツテがあってね。そこに協力をしてもらうつもりだ。そのうち君と会ってもらうことになるから、数日待っててね。それまではこのホド世界を自由に見て廻るといいよ」
「すごっ、ありがとうございます。」
情報網って、この人は本当に何者なんだろうか。
アイリスによれば奏は18歳らしいが、18は人族としても相当若いはずだ。
それにしては精霊について詳しいことを知っているし、何よりあのフォルシシアさんと契約できるほどの何かを持っている人だし、本当に謎だ。
精霊契約は互いの魔力を共鳴させる技術。契約主にも契約精霊にも大きな利益になるが、欠点もある。
契約主が死亡した場合、心象核が自壊し契約精霊も死に至る。
孤高の存在であるフォルシシアさんは精霊戦争の時代、それを嫌って誰とも契約をしていなかったはずだ。
何故今になって弱点を作ってまで奏と契約しているのか。
まさか神殺しのフォルシシアさんより奏が強い訳ないし……。
よく考えたら俺が精霊王になるには大会で奏に勝たなきゃいけないんだよな。
ということは精霊のバトルロワイヤルに勝たなきゃいけなくて、相手にはフォルシシアさんがいるんだよな。
本気のフォルシシアさんに勝つって……遠すぎるよ精霊王。
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