8話 ブルーベルの師匠
精霊の住まう第六世界ティファレト。
その中心部の世界樹の近く、住宅や商店など精霊達の活気溢れるアースガル地区。
ここにはフリージアの所属する治安維持機関である世界樹の枝、通称ワルブラのアースガル拠点がある。
ブルーベルはユッカと別れた後フリージアに連れられ、その拠点の一室を借りて住んでいた。
その拠点はアースガル地区内でも特に目立つ場所にあり、その広大な敷地には公園や訓練所など、一般に公開されている場所も多くある。
ブルーベルは世界樹の枝の精霊達と暮らし、時々訓練所での様子を見ていた。
訓練所では鍛練に来た精霊達が魔法を放ち、剣を振っている。
ワルブラの精霊も多くいるが、ここは一般公開されている訓練場である。
故にただ見学に来た者や、少し危険な魔法を練習しに来た一般の精霊などもそれなりにいるのだった。
「あ、ベルちゃん。こんなところにいたんだね」
「フリージアさん、お久しぶりです」
ブルーベルが丁寧にお辞儀をしたのは『馨香』の精霊、フリージア。
フォルシシアと同じく精霊戦争で神と戦った数少ない精霊であり、世界樹の枝での活動により知名度と人気が高い、全精霊の憧れともいえる精霊だ。
そんないつも多忙な精霊が、経緯があるとはいえ気に掛けてくれることにブルーベルは多少の優越感と罪悪感を感じていた。
「探したよ! 今日は朗報があってね、ユーくんがフォルの鬼畜課題を達成したんだ。これ凄いことなんだよ。いつもは達成できずになぁなぁで終わらせてたんだけど、ちゃんとフォルに勝って達成できたのは下級精霊では数十年振りのことさ!」
「そうなんですか……ユッカはすごいなぁ」
ブルーベルはユッカの知らせを聞いて嬉しい気持ちになりながらも、複雑な気持ちだった。
フリージアはそんなブルーベルを覗き込み、問いかける。
「……ベルちゃん、あの時一緒に行かなかったこと、後悔してる?」
「少し後悔してます。私、あんなに外の世界に行きたいって言ってたのに、いざとなったら怖くて……。ユッカは怖くないのかなぁ」
ブルーベルは未知が好きだった。
好奇心が高い彼女にとって外の世界は憧れの対象だったが、だからといって未知への恐怖がない訳ではない。
「そりゃあ怖いさ。ユーくんは慎重だから、外の世界がどんなところかは調べているはずだよ。それでもユーくんには、やらなければいけないことができたのさ」
「うん、私も……ヒュアを助けに行きたい。でも怖いの。私は一人で何もできないから、多分外の世界で生きていけないし、きっと迷惑をかけちゃう」
第六世界ティファレトに危険は少ない。
世界樹の枝により治安は良く、外敵であるはずの魔物もティファレトではほとんどが温厚だ。
そんな環境で育っているこの世界の精霊達は、確かに外の世界で生きていけないかもしれない。
だがそんなブルーベルの話を聞いたフリージアは思わず笑ってしまった。
「あははっ、ユーくんなんて絶対一人で生きていけないよ。ユーくんは、すっごく寂しがりやだから、外の世界どころか、ここでだって寂しくて死んじゃうかも。
ベルちゃんがそう思うなら、尚更ユーくんに着いていってあげてよ。絶対喜ぶから」
「喜んで、くれるかなぁ。私おみやげ待ってるって言っちゃったよ」
ブルーベルの声色が変わった。
「じゃあベルちゃんがおみやげになってユーくんを驚かせよう! あ、ひょっとして訓練所を見てたのはユーくんに会いに行くためなのかな?」
「うん、フリージアさんが強くないと外の世界に言っちゃっだめって言ってたから」
フリージアは、ユッカにそういえば近いことを言ってたような気がするなぁーと過去を思い返す。
「よぅし、善は急げだ。君にいい師匠を紹介してあげよう。」
そう言ってブルーベルはフリージアに手を引っ張られ、関係者以外立入禁止のドアを進んだ。
さらに奥に進むと、入るな!と大きく貼られたドアが見えた。
「え、ここ入るんですか?」
「うん、だいじょぶだいじょぶ」
フリージアは鍵を開け、そのドアをなんの躊躇もなく開ける。
ドアを開けた瞬間、押し出されるように中から膨大な青い魔力が溢れ出した。
ブルーベルがドアの奥を覗くと、その部屋全体に水の中のように青い魔力が流れていた。
その流れに乗って白いシルエットの魚のような物体が泳いでいるように見える。
そのシルエットは形も様々で、大きさや泳ぐ速度など一つ一つ違う。
まるで水中の景色を抽象的に見ているような、動く絵を見ているような、幻想的な光景だった。
そんな白いシルエットの魚群が、開けたドアから溢れる青い魔力の流れに乗って勢いよく向かってくる。
「ちょっと下がっててね、この魚に当たると危ないから。『雷霆の網』」
フリージアさんがそう言って黄色い魔力を走らせ、魔法を唱えた。
雷のようなギザギザの網が入口を覆い、網に触れた白い魚が消滅する。
網を張ってしばらくすると、突然全ての白い魚が消滅した。
網の奥には黒いカチューシャと髪飾りを付けた、緑青のショートヘアの女性が立っていた。
「先輩!瞑想してるときに入らないでくださいって何度も言ってるじゃないですか!!んもう!!」
「このぷんぷん怒ってる可愛い子はリナリア。『溟海』の精霊で君と同じ水属性なんだ。この子は面倒見いいから、色々教えて貰うといいよ」
「話を勝手に進めないでください!っていうか誰なんですかその子」
フリージアはブルーベルの頭に手を置きながら話す。
「そうだねぇ、この子、ブルーベルは私にとって恩人みたいな感じ、かな」
「恩人!?あの先輩の?」
「そういうことだから、この子に外の世界での生き方を教えてあげて。頼めるのはリナしかいないの、お願い!」
上目遣いで迫られたリナリアはやれやれといった様子だ。
「はぁ~、わかりました。嫌と言っても先輩は聞きませんからいいですよ。その代わり、後で何かやってもらいますからね」
「ありがとう!!大好きだよリナー!!」
フリージアは軽く投げキッスをして早々に出ていってしまった。
「あのたらしめ……それであなた、名前はブルーベルだったかしら。どうやって先輩と仲よくなったか知らないけど、外の世界で何がしたいの?」
ブルーベルはヒュアキントスが封印されて連れ去られてしまったこと、大切な友達がそれを追って外の世界に行ってしまったこと。追いかけたいが自分がただ足を引っ張るだけなのではないかと不安なことを伝えた。
「おおう、凄いことになってるのね。いいじゃない、そういうことならバシバシ鍛えてあげるわ。といってもこういうときは……まず何すればいいんだろうな?わかんないな」
「あ、あの、ずっと聞きたかったんですけど、白い魚のあれ、どうやってるんですか?」
ブルーベルは突然、今までにないくらいキラキラした目で聞いていた。
「え、あれは『溟海』の能力みたいなもんだから真似はできないよ? 私の能力に興味があるの?」
「は、はい!見たことない形がたくさんありましたけど、多分実在する生き物ですよね。とっても素敵でした!」
「ふーん。君は話が分かる精霊みたいね。いいよ、何でも教えてあげよう」
「よ、よろしくお願いします!」
こうしてブルーベルとリナリアの師弟関係が始まったのだった。
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