4話 アイリスと初戦
「それではいきます!」
アイリスはその声と共に剣を構えてこちらに向かってくる。無言でもいいはずなのだが、そういうスタイルなのか、あるいは律儀なのか。
アイリスの作った剣も俺とほぼ同じ長さの長剣だ。
振るってきた剣を受け流し、その勢いのまま反撃する。
アイリスは俺の攻撃をなんとか避け、一歩引いた。
そのまま俺は対処の難しい足元や死角を狙う。
俺の振るった剣はアイリスのシェルに阻まれ、しかし弾かれずに滑り抜ける。多少の耐久値は削っているはずだ。
なるほど、確かに純粋な剣の腕なら俺の方が高いらしい。このくらいなら俺の疲労込みでもまず勝てるだろう。
「アイリス、今のあなたじゃまず勝てないわ。諦めて魔法を使いなさい」
そういったフォルシシアさんはいつの間にかテーブルと椅子を用意しており、紅茶を淹れていた。
優雅な振る舞いで容姿に合って様になるが、今やることかそれ。
アイリスが魔法を使うために大きく下がる。
魔法を発動するにはどんな方法であれ、意識と行動を魔法に割く必要がある。
その隙を突いてもよかったが、強化魔法なしのアイリスに勝ったところで俺に得るものは少ないし、これは稽古だ。
大人しく待って時間を与えることにした。
「むぅ、剣の腕だけで勝ちたかったですけど仕方ないですね、わかりました。『魔力察知』『速度強化』『筋力強化』『精神集中』」
アイリスの魔力が緑、赤、黄と変わる。
あ、あれ、地属性の精霊かと思ったらそうじゃない?
他の種族ならともかく、精霊族は基本的に1つの属性しか扱うことができないはずだ。
成長した精霊が2つ目の属性を持つことはあるらしいが、アイリスは今まで見てきただけで地、風、火、雷の4種類の属性を使っている。
どうなってるんだ……?
「では今度こそ、いきますね!」
アイリスが踏み込み、先程より速度を上げて攻撃がくる。
『筋力強化』により重くなった剣をなんとか流し、『速度強化』により速くなった剣をなんとか避ける。
『精神集中』と『気配察知』で精度の上がった剣に精神をすりへらされ、軽度の直撃を許し、俺のシェルの耐久値が削られていく。
「いくつ属性使えるんだよ!!」
「全部使えますよ。さあ、もっと本気になって下さい!!」
全部、だと……?
全ての属性を扱える者は極々一部の例外、少なくとも俺はそんな存在を前精霊王以外に知らない。
「アイリスはいつも強化魔法を使って模擬戦をするけど、今やってるのはかなり控えめよ。ユッカも何か魔法を使ってみなさい。強化魔法じゃなくてもいいのよ」
優雅に紅茶を飲みながらフォルシシアさんが俺に無茶を言ってくる。
魔法といっても俺が攻撃魔法以外に使えるのは……いや、あった。
魔法の発動には少なからず魔法に集中しなくてはならず、戦闘中に使える魔法は慣れているものだけだ。
俺が最も使い慣れている魔法。それは俺が最も心の拠り所にしている魔法。何気ない日常でも使っている魔法だ。
一旦離れて息を吐く。
剣を構え直し、周りの空間を掌握する。
空間を感じなから、俺はゆっくりと歩いた。
アイリスは向かってくる俺に警戒し、間合いに入った瞬間、今までで最も速い攻撃がくる。
俺はその攻撃に目線をやらない。視界に入り、位置だけ分かれば十分だ。
剣が避けられないくらい近づいたとき突然六角形の透明な壁が現れ、甲高い音がしてアイリスの剣が弾かれた。
弾いたのは俺の魔法。
魔法名を言うのを省略したが、『砂の壁』という壁を張る魔法だ。
壁型防御魔法は指定した空間に魔力で作った壁を設置する魔法である。
座標を指定するので面倒だし、耐久力が安定する時間も数秒しかないが、対物理、対魔法問わず最も耐久力が高くなりやすい型の防御魔法だ。
「ごめん!!」
俺は謝りながら、剣を弾かれた反動で隙だらけなアイリスを押し倒す。
マウントをとり、上半身を押さえつけたまま首筋に剣を向けた。
「これで、終わりじゃダメか?」
アイリスは抜け出そうともがくが、攻撃魔法が使えないルールでは何もできない。
この状況を抜け出すほどアイリスの『筋力強化』は強くなかった。
「こ、降参です……」
アイリスが降参を宣言し、模擬戦が終わった。
終わったことを確認したフォルシシアさんが、俺とアイリスに紅茶を淹れてくれる。
「ちゃんと魔法使えるじゃない。いい詠唱速度だったけど、普段から使ってるのかしら?」
「はい、色々と便利なんですよ。椅子とかテーブル代わりにもなります」
「そんなに長い時間残り続けるの?」
「まあその分耐久力が減りますけど、頑張れば……一時間くらいは」
「ぶはっ、一時間もですか!?」
驚いたアイリスが紅茶を吹き出した。
俺の壁型防御魔法は普通じゃないのだ。
「ほんとに壁型ですよね? どう詠唱しても1分くらいしか持たないんですけどっ!」
「普通はそうみたいだな……ってそうだ。アイリス、全ての属性の魔法を使えるって言ってたけど、どういうことなんだ?」
「私これでも格としては中位精霊なので、概念を司ってるんです。全ての属性を使えるのはその概念の能力ですね」
精霊は成長すると何らかの概念を司る存在になり、中位精霊と呼ばれるようになる。フリージアさんの『馨香』やフォルシシアさんの『稗史』がそれだ。ちなみに彼女らはさらに上の上位精霊である。
この司った概念により、精霊は個人特有の能力を得るのだ。
「ちなみに何の概念を?」
「『神秘』です。まだ頂いたばかりなので、対して使いこなせていないんですけどね」
心底羨ましい目でアイリスを見ると、彼女は照れながらはにかんだ。
『神秘』の精霊アイリスか……かっこいいな。
俺もそんなの欲しいけど残念ながら概念を貰っていない。
中位精霊は『楽園』でほとんど見たことがなかったし、概念を貰うには外の世界で活動することが必要なのかもしれない。
俺が貰うとしたらどんなのかな~強いやつだといいな~。
☆★☆
「この魔法、めっちゃ難しくない?」
それからしばらく稽古やこれからの生活について説明を受けた後、魔法についてのレクチャーを受けることになった。
なんでも外の世界で生きていくために必要な魔法がいくつかあるらしく、それらを覚えるまで外に出ることは禁止らしい。
中でも難易度の高い魔法が『異空間生成』。
自分の持つ魔力量そのものを異空間の生成と維持に割き、物を保存できるようにする魔法である。
外の世界で探索をするなら必須の魔法であり、どこでも自由に物を出し入れできるため武器や魔道具、生活必需品等を入れておくために使うようだ。
しかし生成する異空間の容量が大きいほど自身の魔力量の最大値が減ってしまうため、どのくらいの容量で異空間を作るのかは悩ましいところである。
「奏はしばらくユッカをここから出す気がないんですよ。精霊族は外の世界じゃ珍しいから、面倒事に巻き込まれやすいんです。私は2カ月もここにいたんですよ」
魔法を教えてくれているのはアイリスだ。
「2カ月かぁ……長いなぁ」
「でも多分、ユッカはもっと早く出れると思います。剣術は私よりできるし、魔法の習得も早いですし……。まさか初日で『異空間生成』を教えることになるなんて思いませんでした」
「他の魔法は構築法をすんなり覚えられたんだ。この《空間》系統の構築法は全然できる気がしないけど」
「《空間》は難しいですよね。私も苦手です」
今学んでいる魔法は最も全世界に普及している詠唱方術という発動方法の魔法だ。
詠唱方術は頭の中でパズルを解くようにして魔法を組み上げる魔法の構築方法である。
この詠唱方術の分類方法の一つに《系統》、というものがある。
例えば『砂の矢』の系統は《攻撃》、
『速度強化』の系統は《強化》、
『砂の壁』の系統は《防御》だ。
この《系統》による魔法の分類は、魔法の構築法の違い、つまり頭の中で解くパズルの種類が違うことを示している。
例えば『速度強化』の魔法を覚えておけば、同じ系統の《強化》である『筋力強化』は同じ構築方法なので、習得しやすい。
逆に覚える魔法の系統が今まで覚えてこなかった系統だった場合は、ジグソーパズルが得意だった人が新しく数独を覚えるように、扱ってこなかった魔法の構築法を新しく習得する必要がある。
本人の得意な魔法は系統ごとに別で考えなくてはならないのだ。
その点『異空間生成』の系統は《空間》であり、これは構築法そのものが難しいので難易度の高い魔法ばかりの系統である。つまずくのも当然だろう。
「あとは、そうだな。俺が早く魔法を覚えられてるのは、アイリスの教え方が上手いんだと思うよ。」
「そうですか?実は誰かに魔法を教えるのはこれが初めてなんですよ」
アイリスの教え方が上手いのはひとえに真面目だからだろう。
そもそもアイリスが全属性の魔法を使用できる特殊な精霊だとしても、それらの魔法を使う技術があるかどうかはまた別の話だ。
きっとアイリスは器用貧乏にならないように、人一倍努力をしているんだと思う。
「へぇ、じゃあ先生とか向いてるんじゃないか? 人に何かを教えるって、楽しいだろ?」
「先生……ですか? 考えたことありませんでした。でも確かに面白そうかも。先生かぁ……」
アイリスは何やら空想しているようだった。
俺にはかつて剣術の先生がいたが、真面目で、優しい先生だった。
結局基本しか教えて貰えなかったな。
今は何をして……って、そうだ。どうして忘れていたんだろう。
先生はもういないんだった。
「アイリスは何か将来やりたいことがあるのか?」
「考えたことありませんでした。今は色々やってますけど、前までの私は何もしてなくて、空虚で、おぼろ気で、本当にただ存在するだけでしたから。将来のことなんて考える頭がなかったんですよね」
ただ存在するだけ、か。
俺もそうだったのかもしれない。
先生を失ってから、俺はただ殻に閉じこもって存在するだけだった。
ブルーベルとヒュアキントスが助けてくれなければ、俺は今も一人だったかもしれない。
「それは……俺と似てるかもしれないな。俺も今まではただ守られてるだけで、自分で何かをしようとしてこなかった。俺、実は昔の記憶があんまりないんだよね。自分の年齢も分からないんだ」
「それ、私もなんです。長く生きすぎていつ生まれたか忘れちゃいました。私たちは記憶おぼろ気仲間なんですね!」
「なんだそれ」
俺の過去の記憶はツギハギだ。
最初にどこで魔法を習ってきたのか覚えていない。そもそも先生に剣術を教えて貰う前の記憶がない。
さらに、何か重要なことを忘れている予感があった。先生のことだ。
俺はどうやって先生を失ったのかの記憶が曖昧になっている。先生を失ったという確かな感覚があるのに、なぜかその詳細を覚えていない。
そこだけの記憶がぽっかりと空いていて、どうしても埋められないのだ。
ただ俺はこれから精霊王を目指していく中で、この失った記憶を取り戻せるような予感がしていた。
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