2話 挑戦の始まり
精霊王、それは精霊の世界、ティファレト世界の盟主であり、精霊達が崇拝する存在である。
だが数年前から、現在の精霊王の座は空いたままだ。
何故精霊王の座は埋まらないのか。
それはティファレト世界の盟主になる条件が、過半数以上の精霊の崇拝にあるからである。
逆にいえば精霊王になるには精霊の崇拝さえあれば、精霊である必要すらない。
実際に前精霊王は精霊ではなかったのだが、それはまた別の話。
今の精霊族は精霊王が贄となった上に多種族に狙われているという現状があり、混乱している。
よって思想がまとまることがなく、過半数の崇拝を貰っている存在がいないのである。
だが今、精霊族には王が必要だ。
誰もなっていないのなら、俺がなればいい。
後からやってきた精霊達に侵入者の捜索は任せ、フリージアさんと一緒にブルーベルを捜索する。
最後に見た場所から世界樹がある方向へと走ると、見つかった。
「ベル!! もう大丈夫だ」
「ユッカぁぁ! わあぁぁぁあん!!」
ブルーベルが抱きついてきた。
涙やら鼻水やらが俺の肩を濡らしている。
俺も、ブルーベルの肩を汚してしまっていた。
「わたじっ、ひとりになっで、ユッカもさらわれるがもって、おもっでぇえぇぇっー!!」
「うん、うんっ。ベルも、無事でよかったっ! ごめんな、心配かけたなぁっ」
後は何も言わず、お互いが泣き止むまで泣き続けていた。
泣き止んだ後も、俺とブルーベルは抱き合ったまま動かなかった。
ブルーベルが生きていることを感じながら、俺は言わなければならないこと、その言葉を選ぶ。
「ベル。俺考えたんだけどさ、精霊王になろうと思うんだ」
「えっ、なんで?」
「今まではずっとここで平穏に暮らそうと思っていたんだけど、その平穏は誰かに守られたものなんだって、気付いたんだ。
そしたら俺も皆を守らなきゃって思うようになって、精霊王になれば皆を守れるかなって」
「ここからいなくなるの?」
そのブルーベルの震えた声はいなくならないで、と訴えてくるようだった。
「……うん、まずは外の世界に行って、ヒュアを助けてくる。それから俺は精霊一有名になって、精霊王の力を手に入れるんだ」
この後にブルーベルも一緒に来ないか、と言おうとしていたが、止めた。
ブルーベルは前から外の世界に行きたいと言っていたが、この様子だと駄目そうだった。
先の出来事はあまりにもブルーベルにとって衝撃的だ。今は外の世界のことを考えたくないに違いない。
外の世界に行きたいという気持ちがあるのなら、きっと自分から付いていくと言ってくれるだろうと思う。
「フリージアさん、そういうことでいいでしょうか」
「いいわけないだろ! 何のためにユーくんを守ってきたと思ってるんだ、外の世界で生きるには君は弱すぎるよ!!」
ビシッとフリージアが今まで堪えていたであろう気持ちを吐露する。
弱すぎる。その言葉が俺に刺さる。
俺は外の世界を知らない。
フリージアさんに外の世界に行っちゃ駄目だ、と言われて行ってしまうほど、俺は浅はかではない。
それならいいと言われるまで、頑張って強くなればいいだけの話だ。
「わかりまー」
「でもっ!! 私に一つ提案があるんだ」
ビシィィィっとはっきりした声でフリージアが俺の発言を遮る。
「ユーくんのような精霊が欲しいっていう人を知ってるんだ。その人と精霊契約をすれば、面倒を見てもらえると思う。信用できる人だけど、会ってみる?」
「いいんですか!? じゃあお願いします!」
「おっけー! じゃあ明日、多分連れてくるね」
精霊契約、それは契約主と精霊族とで結ばれる、魔力を通じた契りのことをいう。
契りを交わした両名は、右手か左手、どちらかの手の甲に紋章が描かれる。
基本的に精霊族は珍しい存在であり、心象核のこともあって命を狙われやすく、外の世界では生きづらい。
しかし精霊族は契約を精霊族以外の種族と交わせば、契約主がその精霊の面倒をみている証となり、少なくとも公衆の面前で命を狙われることはなくなるのだ。
連れてくるねってここ精霊以外の種族は入れないのでは……?
そして翌日、フリージアは本当に誰かを連れてやってきた。
その青年は17才くらいの、黒髪黒目の地味な容姿をしていた。
髪はまとまっておらずボサボサで、目には深い隈がある。寝不足のようだ。
さらに見たところ、彼は人族だ。
あんなことがあった後に人族をここに連れてくるのって色々と大丈夫か?と思ったが、そこはフリージアさんの権限があってこそかもしれない。
ほら、ブルーベルがめっちゃ怖がってる。
俺の後ろでくっついて離れようとしない。正直悪い気はしないけども。
「はい、ということでこの人がユーくんと精霊契約をしたいっていう奏くんです!」
「精霊契約したいとまでは言ってねーわ! 俺は話を聞きに来たんだよ」
やけにフリージアさんとフランクに話しているが、フリージアさんに敬語を使わない人をこれまで見たことがなかった。
フリージアさんの偉さを知らないのだろうか。
「まあいいや、どーもこんにちは。ユッカのことは大体フリージアに聞いたよ。
俺の名前は響谷 奏、魔法学校で勉強しているただの学生だ。
俺は色々理由があって契約してくれる精霊を探しているんだが……ユッカは外の世界に行きたいんだったよな? 一応目的を話してくれないか?」
「いい、けど。そうだな、俺の目的はまず封印されたヒュアヒントスを助けること、それが叶ったら精霊王になることだ。そのために俺は外の世界に行かなくちゃいけない。」
「精霊王になりたい、か。珍しいことを言うんだね」
敬語にしようか迷ったけどやめた。
正直俺の尊敬するフリージアさんに馴れ馴れしくてムカついているのだ。
話を聞いた奏が興味深そうに俺を見ている。
「ユッカは前精霊王がなぜいなくなったのか知ってるだろう? あれを知っているなら普通なりたがらないと思うけどね」
「精霊王が世界のために犠牲になったことは勿論知ってる。でも俺は、ああはならない」
精霊族には世界から定められた種族としての使命があるらしい。
それは魔力、その元となる魔素のバランスを保つことだ。
精霊族は心象核の持つ魔力の属性を変える能力を使い、無意識に世界の魔素濃度、組成のバランスを保っている。
しかし現在、精霊の心象核が封印される事件が相次ぎ、多種族に都合よく使われるようになった結果、世界の魔素のバランスが崩れてきているのだ。
この崩れたバランスを元に戻すために、世界樹が機能している。
世界樹とは精霊族の象徴であり、魔素循環の要であり、故にセフィロト世界群の心臓とも呼ばれる巨大な樹木だ。
セフィロト世界群のどこかで魔素が乱れたときは、大抵世界樹の魔素循環能力を使ってあるべき姿に戻している。
だがこの魔素循環も精霊族の助けあってこそであり、限界があった。
故に世界樹の限界を引き延ばし、世界のバランスを守るために、精霊王はその力を全て世界樹に与え、生贄となったのである。
つまり精霊王の犠牲を作った原因は、心象核を奪う人族を中心とした他種族なのだ。
何が悲しくて精霊達の仇敵の為に、自分を犠牲にしなくてはならないのか。
次の精霊王が現れても、同じように世界を守るために犠牲になるだけではないのか。
そう言った気持ちがあるのもまた、誰も精霊王になりたがらない理由であり、次代の精霊王が誕生しない理由だった。
「どうせ精霊王になるには皆に認められなきゃいけないんだ。だから精霊王になる前に、精霊族が虐げられている現状を変える。俺は失敗しない」
「ユ、ユーくん!?」
フリージアさんがびっくりしながら俺を見る。
何か変なこと言ったか?
奏は顔を俯け、今までの陰鬱な雰囲気から考えられないほど大きく笑っていた。
「クックックッ……あっはははははっ。いいね、その通りだ。失敗は良くない。
その野心はとても俺好みだ。いいよ、ユッカが良ければ、外の世界での面倒は俺がみよう。ただ四六時中守ってあげられるんじゃないし、たまに何かを頼むかもしれないけど、それでいいなら」
精霊契約をしてくれるだけでも充分だ。外の世界に行ってもずっと保護されるのなら、何のために外の世界に行くのかわかったものではない。
俺は守られるのではなく、守る存在になるために外の世界に行くのだ。
「もちろんそれで構わない。けど一つ聞きたいんだけど、なんで俺みたいな精霊を探してるんだ?」
「それは俺が野心のある精霊を求めているからさ。成し遂げたいことがなければ誰も成長しない。成長して強くなってくれればきっと俺の助けになる。
俺の最大の目的は、心象核を封印されている精霊全てを解放することだ。君も賛成するだろう?」
奏の目的は、俺の目的と似ていた。同じと言ってもいいくらいだ。
何故人族がそんな目的を持っているのかは分からない。
しかし同じ目的を持つ者として協力できるし、仲良くなれると思う。
「分かった。それじゃあ契約をしてくれるのか?」
「そうだね。方法はわかるかい?」
「ええっと……こうすればいいん、だよな?」
俺は襟を下に引っ張り、鎖骨の下あたりを露出させた。
そこには鈍く鳶色に光る石が肌に埋められている。
これが俺の心象核。精霊の最も大事なものであり、あまり誰かに見られたくない、本来は親愛できる人にだけ見せるようなものだ。
「なかなか恥じらいがないというか、勇気があるね……。普通の精霊なら躊躇うものだけど」
「男の恥じらいなんて見たいのか? べつに減るもんじゃないし」
「そんなものなのかな……。
うーん、君が精霊唯一の男性体なのは聞いたけど、そうして生まれてきたのはなんでだろうね? ただ一人の男として生まれたからには何か意味があると思うんだけど、まぁ一度じっくりと考えてみるといいと思うよ」
男であることに意味があるのか?
ただの遺伝子的な欠陥だと思うが。
奏は俺の心象核に手を触れる。
このまま心象核を千切り取って魔法をかけてしまえば、俺の肉体は消滅し、封印されて自由に動けなくなるだろう。
触れられた場所から奏の魔力が俺の体に入ってくる。俺の持つ属性と同じ、地属性だ。
「今流した魔力を拒絶せず、自分の魔力と混ぜ合わせるんだ。それができたら今度は逆に、俺の手に魔力を送ってくれ」
言われた通りに流された魔力を体に浸透させ、自分の魔力を心象核を通して送る。
……何も起きない
「……いつまで続ければいいんだ?」
「あれ、おかしいな。回路が繋がらないみたいだ。ちょっと確認させて」
奏が再び俺の心象核に魔力を流し、俺は自分の魔力で返す。
奏の手を通じて魔力が交換されているが、それだけだ。
「やっぱりだめみたいだ、やはり君は……まぁいいや。別のプランにしよう」
「なんとかできるのか?」
「ちょっと面倒だけど、定期的に俺の魔力で君の手に契約紋を描けば問題ない。いわゆる仮契約ってやつだが、君はそれでいいかい?」
「もちろん奏がそれでいいなら大丈夫だけど……」
正式な契約ができなくて申し訳ない気持ちがあったが、せっかくのチャンスだ。無駄にしたくない。
「おっけー。じゃあユッカがここに残したものがなければもう行くことになるが、何かあるか?」
振り返ると、ブルーベルがツインテールを両手で前に寄せて顔を隠していた。
「ベル、俺は行くよ」
返事がない。
髪を掴んだ両手に力が入るのが見えた。
俺はブルーベルに近づき、彼女の両手を広げる。
口を噤んで涙を流し、顔を赤くして上目遣いでこちらを見つめるブルーベルの姿があった。
「ははっ、なんて顔してるんだよ」
涙を掬う。
「ベル、大丈夫だ。後の事はフリージアさんを頼るといい。世界樹の近くに行けば、同じようなことが起こる危険もなくなる。もう二度と、こんなことは起こらないよ」
「違うよ……」
絞り出すような声だった。
「あんなことがあったんだよ!? 行かないでよ! 危ないよ! ここで一緒に暮らそうよ!!」
俺の手を握ってそんなことを言う。
困った。ブルーベルを置いていけなくなる。
そのとき、奏の言葉が想起された。
「俺が男として生まれた意味、何度も考えたことがあるんだ。答えは見つかっていないけど、きっとここじゃあ見つからない。それは俺のやりたいこと……信念の果てにあるものだと思うんだ。
俺は必ず、ベルを守れるくらい強くなって帰ってくる。だから男は身勝手なものだと思って、俺を信じて待ってくれないか?
絶対にまた、会いに行くから」
これはただの言い訳だ。男というただの性別の違いを、都合よく使ったに過ぎない。
でも理解して欲しい。
俺の信念は、何があっても止められないから。
ブルーベルは俺の手を離さない。
時間が流れる。
ブルーベルの手を振り切ることはしない。そうしたらブルーベルは、心の奥に消えない傷を負ってしまうかもしれない。
ブルーベルは俺の握る手が強くなったのを感じて、やがてゆっくりと手を離した。
「……分かった。待ってるから。何年経っても、何十年経っても絶対に待ってやるんだから。」
「うん。いいお土産を持ってくるから、楽しみにしてて」
「期待してる」
目を赤く腫らしていたが、ブルーベルは最後に笑顔で送ってくれた。
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