12話 過去と絶望
目を開けると真っ白な空間にいることに気付く。
これは俺の夢の世界。
そして『忘却』の精霊ミオソティスと会える唯一の場所。
「やあユッカ、デートは楽しかったかい?」
体を起こす。
空色の先が青藍に染まった髪をした女性がいる。
首元で二つに束ねられた髪に、薔薇色の瞳。
俺の過去の記憶にはほとんど残っておらず、それでも大切な存在であることはわかる精霊。
「デートじゃないって、分かってるだろ。ミオ」
「いやーびっくりだなーまさかフリージアのことが好きだったなんて、君のことをずっと見てたボクも気付かなかったなぁー」
ああ、そっちの話か。
「気付いたのは最近だから。
叶わないことはわかってる片想いなんだから、そっとしといてくれ」
「にひひっ、フリージアも絶対君のこと好きだと思うよ。両想いだね」
そんなことを言うミオは、ちょっと拗ねているように見える。
「嫉妬しちゃうなぁーボクだってユッカのこと大好きなのに」
「ああ、そういえばミオに聞きたいことがあったんだ」
「大胆な告白をスルー!?」
分かるよ、これだけ尽くしてくれてるんだから。
返事はしないけど。
「今まで気付いてなかったけど、ミオって、俺と精霊契約してるでしょ」
「うん、してるー!」
軽く返事をされる。
結構重い話かもしれないと思っていたんだけど。
「俺とミオってどっちが契約主なの? ミオは上位精霊だし、やっぱりミオなのか?」
そうなると俺は精霊王になれないことになっちゃうけど。
「ううん、契約主はユッカだよ。ボクと契約する前からユッカは他の精霊の契約主だったからね」
契約主は複数の精霊と契約できるが、契約精霊は複数の契約主を持てないし、新たな契約主にもなれない。
確かに俺が元々契約主だったのなら、ミオが契約精霊側なのもわかるけど……。
「……俺、他にも契約してる精霊がいるのか?」
「あっ」
ミオがしまった、という表情をする。
「ほんとにいるの!? 契約してるのはミオだけだと思ってたんだけど!」
「いやー、今のユッカが契約してるのはボクだけだよ。契約した後でもずっと離れてると、そのうち繋がりが切れちゃうからね」
今の、って含みがある言葉だ。
つまり過去にミオとは別に精霊契約をした存在がいて、俺はそれから契約を解除している、と。
なにか、おもいだしそうなきがする。
契約していた精霊の名前は思い出せない。けれど俺の心から黒い感情が出てきている。
暗くて、深くて、黒い、断片的な、記憶。
過去からの、声が聞こえる。
☆★☆
「……そんな顔しないでよ。私、後悔してないんだから」
最初は嫌いだったけどだんだん仲良くなって、最初に契約して、俺と一緒の道を歩む約束をした、俺のライバル。
☆★☆
「……今度は私が守る番、だね」
行き場を無くした小さな精霊を拾った。
すぐに俺より強くなってからも、俺のことをずっと尊敬してくれた、自慢の後輩。
☆★☆
「悲劇はこれで終わりだ。君を慰めることができないのが、唯一の心残りだな」
いつも見ていた背中になびく、紅い紅い髪。
爆発するかのような超高密度の豪火をまとい、何でも燃やし尽くして解決していた。
俺の……師匠。
契約、解除。
どれもこれも、おれはのぞんでない。
『契約主が死ぬと、契約精霊も死を迎える』
なんで俺は、契約をしてしまったんだ。
契約をしていなければ、俺が一人で消えればいいだけなのに。
みんな、おれをかばって、しんでいく。
みんな、おれがいたから、ふこうに!!――――
「だめーーーっ! 『追想閉扉』!!」
色のない魔力が俺を突き抜ける。
あれ、俺は何を、思ってたんだ。
この数秒の記憶が、消えた。
視界が滲んでいる。
顔をあげると、何かが頬を伝う。
俺、泣いてる?
「っっッ! ごめんね、嫌なこと思い出したね、ゆっくり、体を預けて?」
ミオが抱き締めてくれる。
ああ、俺、思い出してはいけない記憶を見つけちゃったのか。
俺はただ呆然として、自分が暗く悲しんでいる理由も分からないまま、涙を流していた。
「ふぅーっ。やっぱりこのままじゃだめだね。
ユッカには強くなってもらうのはもちろんだけど、君には仲間が必要だ。」
「仲間……どうして?」
「ユッカが無茶をしないためさ。君は一人でいると死に急いじゃうからね」
そんなことはないと思うけど。
「だから、そうだね。ユッカ、君にコードを教えるから、『異空間開扉』で開けてみて。そこには大切なものが入ってる。
もしそれを使うときがきたら、遠慮なく使ってね」
「何が入ってるの?」
「にひひっ、ひみつー」
俺はミオに抱き締められたままだ。離してくれない。
数十秒の沈黙の後、ようやく手を離し、ミオが立ち上がる。
「ようし、じゃあ師匠として、ユッカに精霊契約について教えよう!
精霊契約することでどんなメリットがあるか、わかる?」
「今まで全然契約してた自覚がなかったからな……わからん」
ミオは「だよねー」と言いながら、自身の胸に手を当てる。多分、ミオの心象核がある場所だ。
「精霊契約はね、契約主と精霊の魔力の回路を繋げるんだけど、これは実質、精霊の心象核を契約主に渡すようなものなんだ。
契約解除は契約主と契約精霊、お互いの許可がないとできないからね」
そういえば奏と軽い感じで契約しようとしてたんだったな……。
軽率だったかもしれないと思ったが、フリージアさんが大丈夫って言ってたからいいかと思い直す。
「だから簡単な気持ちで契約しようとしないでね? ユッカと契約をしたいという精霊は、君に命を預けてもいいって、君と一緒なら死んでもいいって思ってくれているんだ。
ユッカはその精霊に、受け入れるとしても断るとしても、きちんと真剣な気持ちで応えないといけない」
奏と契約しようとしてるとき全然そんなこと考えてなかった……反省します。
「そして精霊契約をすると何ができるのか、まずはその契約紋だ。
ユッカの手の甲の契約紋は紛い物だけど、私とユッカの契約紋もちゃんとあるんだよ。私が隠してるけどね。
この契約紋はただの飾りじゃなくて、契約紋を通して契約主と契約精霊の会話ができるんだ」
「じゃあ夢の世界じゃなくてもミオと話せるのか?」
「それは私も試してみたけど、だめみたい」
ミオも心底残念そうだ。
起きてるときにミオと話せたら心強かったけどな。
「そして能力の恩恵。契約主側の恩恵が特に強くて、契約精霊の心象核を通して、その精霊の属性と能力をちょっとだけ借りることができる。
お互いの距離が離れているとできないけどね」
「俺がミオの能力を借りることはできるの?」
「残念ながらできないねー。できたら無敵だったんだけどね」
無敵って、よほど自分の能力に自信があるらしい。
でも確かにこれは契約主にとって大きすぎる恩恵だ。精霊が強ければ強いほど、契約主個人の能力が単純に上がる。
「そして契約精霊側は、自分の心象核を契約主の契約紋を通して移動させることができる。つまり契約主のところにいつでもワープができるんだ。
移動したいと思ってから移動できるまでの準備に5分くらいかかるけど、準備が終わったら瞬時に契約主のところに行ける。
これも距離が離れすぎるとできないけど、命をかけて契約したいと思った人を助けにいくことができる能力だね。」
契約精霊の恩恵、っていうかこれも契約主のためにあるような能力だな……。
主っていうくらいだし、立場は契約主の方が上なのだろうか。
……なんで俺は契約主になったんだろう。
俺なんて弱いし、上に立つカリスマもないし、特別な力を持っているわけでもないのに。
「最後に、ボクにとってはこれが一番大事っていうか、大体の契約精霊にとってそうなんだけど、契約精霊になるとね、契約主をいつでも感じられるようになるんだ。
好きな人を感じると、今日もがんばろーって気持ちになるの。
精霊契約がそのまま恋愛関係になることが多いのも納得だよね」
「めっちゃ照れるんだけど」
「ボクも!」
ミオがちょっと顔を赤くしながら、にひひっと笑っている。
ミオはストレートに俺に想いをぶつけてくる。
過去の俺は一体何をしてこうなったんだ……。
「てかこれって、契約主がたくさん精霊と契約したら、その分強くなるってことだよな。」
「うん。でも一応制限があってね、契約主が契約できる精霊は一属性につき一精霊までなの。
だから契約できる最大は火、水、地、風、雷、晶、光、闇、癒、虚、魂、星で12精霊だね」
「え、なんか知らない属性があるんだけど虚? 魂? 星? なにそれ」
俺が知ってるのは9属性までなんだけど。
本で属性のことが書いてあるのを見るときも、9属性しか書かれているところを見たことがない。
「教えてなかったっけ?
精霊族の中では結構知られてるんだけどね。
虚属性と魂属性と星属性は珍しい属性でね、扱える存在は天使族であってもほとんどいないんだ。
その分強力で、属性の特性もえげつないのばっかりだよ。
あ、そういえばユッカはこれら3つの属性の精霊全部に会ったことあるよね」
「そうなの!?」
全然知らないよ!
「うん。星属性は[物質]、[運命]、[革新]の特性を持っててアイリスの属性でー、
魂属性は[心象]、[心霊]、[規律]の特性を持っててハイドレンジアの属性でー、
それで虚属性は[虚無]、[回帰]、[表裏]の特性を持ってて、このボクの属性だね」
ミオが指を折って精霊を思い浮かべる。
確かにアイリスは特殊な精霊だと思ってたけどそういうことだったのか。
ミオも使ってる魔力に色がないし、ハイドレンジアはあんまり知らないけど灰色の魔力だって言ってたし、珍しいのは間違いない。
俺の周り珍しい属性の精霊ばっかりじゃん。
「そういう珍しい属性の精霊は特に心象核を狙われやすいから、外の世界で生活できてるのが不思議なくらいだよ。
だからユッカも、あの二人を守ってあげてね」
「言われなくても守るよ。今は力が足りないけど、ミオも」
珍しいからとかじゃない。
精霊族はみんな守る。それが俺の一番大事なことだ。
「うん! それでこそユッカだね!
そろそろ起きるころかな? 忘れずに私の教えたコードで異空間をあけて、中のものを大切に使ってね。
あともし、それをなんとかすることができたら……そのときは、よろしくね!!」
光が眩しくなってくる。意識が昇る。
ミオに手を振られながら、俺は目を覚ました。