11話 ユッカの得意分野
『避球』試験が終わって、流れで人族とハイタッチをしてしまった。
人族は敵、のはずなんだけど、おかしいな。向こうから全然敵意を感じない。
心から俺を称賛しているただの気のいい人達だ。
人族にとって精霊族ってなんなんだ?
精霊族の尊厳を踏みにじり、蔑むような存在じゃないのか?
もしかすると同じ精霊族でも、人族と対等な立場である場合とそうでない場合があるのだろうか。
同じ犬でも魔物として狩られる犬とペットとして愛される犬がいるように。
その違いが手の甲に刻まれた紋章の有無なのかもしれない。
「初めてで14レベルまでいくなんてすごいです!」
アイリスが褒めてくれる。
「ちなみにアイリスはどこまでいけるの?」
「私は何度もやっているので、最高記録は24レベルです」
「つよすぎ」
俺の記録低いじゃん……。
いやアイリスが強いことは知ってるけども。
壁型防御魔法を使えるルールだったらまだまだ全然余裕だったけどなぁ。
俺の体の動きはアイリスよりずっと鈍い。
そもそも俺は壁型防御魔法に頼っている部分が大きいので、純粋な俊敏性は低いのだ。
「ユッカはさっきの試験で強化魔法使ってませんでしたよね?
私は本気で強化魔法を使って24レベルなので、ユッカもまだまだ記録伸ばせますよ」
「そういえば強化魔法は使ってなかった!」
防御魔法がだめって事前に言われてたからか、強化魔法を使う発想がなかった……。感知魔法は使ってたのに。
そりゃ低いわけだ。
俺とアイリスは見物人達から逃げるように『避球』の試験場から離れた。
「実はユッカにどうしても受けてみてほしい試験があったんです」
そうアイリスに言われて着いたのは、『水晶守り』という試験の試験場だった。
試験場に入ってみると、『水晶守り』の試験を行っている誰かの姿が見える。
「げっ」
アイリスから聞き慣れない声が聞こえた。
ってあれ、もしかして精霊!?
複数の色のグラデーションがある髪は精霊くらいなためすぐにわかる。
長い金髪の先が紫になるグラデーションをした少女は、まず間違いなく精霊族だ。
『水晶守り』は、透明な板に向かって放たれる魔法の球を、魔力の障壁で防いで板が割れないように守り続ける、という試験のようだ。
金髪の少女の試験が終わる。
記録は『21レベル』と表示された。
ステータスカードへの記録が終わった金髪の少女は、試験を見ていた俺に気付く。
おでこを出した長い金髪の少女。
特徴的な髪先が紫色のグラデーションと、赤と青のオッドアイをしている。
俺とアイリスより少しだけ大人びて見えるが、フォルシシアさんやフリージアさんよりはずっと幼い。
「あなた、見たことのない精霊ね。名前はなんていうの?」
「ユッカ、だけど」
「そう、私はハイドレンジアっていうのだけど、どこの精霊かしら。紋章を見せてくれない?」
手の甲を見せると、ハイドレンジアと名乗る少女は驚きを見せる。
「あなた、響谷奏のところの精霊なの? そんなに強そうには見えないけど……まぁいいわ。『水晶守り』を受けにきたんでしょう? 見学させてもらうわね」
そう言ってハイドレンジアはアイリスの隣に行った。
「久しぶりねぇアイリス。私に会いにきたのかしら」
「なわけないじゃないですか」
「そうよねぇ、アイリスは響谷奏にお熱だもんね。かわいいかわいい」
「黙ってくれません? おでこちゃんのくせに」
「フフフフフ」
ハイドレンジアがアイリスの頭を撫でようとした手を、アイリスがぶっ叩く。
……なんか面白そうな関係だなあの二人。
受付の人にステータスカードを渡し、試験場へ進む。
試験を行う半径3m程の円の中に入ると、円から透明な板が上っていく。
その板は半球を作るようにカーブすると、俺の周囲を完全に遮断するドーム状の透明な板が張られた。
そして俺の目の前にはテーブルがあり、テーブルの中心には『水晶守り』専用の障壁を作るための魔方陣が描かれている。
このテーブルに描かれた魔法陣は、張られたドーム状の板のさらに外側に障壁を張る壁型防御魔法を発動させる。
障壁を発動させ、奥の壁から飛んで来る球をひたすら防ぎ続ける、というのが『水晶守り』の内容だ。
球を障壁で防ぐことができず、俺の周りに張られたドーム状の板が割れてしまうと試験終了になる。
注意点として、魔法陣を通して発動する障壁は一辺50cmほどの大きさのものに限定されている。
つまり大きい障壁を作って、全方向から飛んで来る球全てに対応する、といった芸当ができない。
一つ一つの球を一つ一つの障壁で防ぐ必要があるので、いかに速く、そして正確に障壁を出すことができるのかが問われる試験だ。
俺はテーブルの前に立ち、魔法陣を確認して試験開始を待つ。
試験開始のアラームが鳴り、手元のスクリーンに『1』と表示されると同時に二次元魔法陣が奥の壁に現れ、縁が光り始めた。
縁の光が中心に向かい、到達すると同時に放たれる魔法の球に障壁を合わせる。
激突した球と障壁は対消滅し、やがて次の魔方陣が光りだした。
……この試験めっちゃ簡単だな。
俺が愛用している『砂の壁』は一回ずつ大きさ、位置、角度、込める魔力量などを調整している。
それらを速く魔法に組み込んで詠唱するのが壁壁防御魔法の難しいところだ。
この『水晶守り』で発動する障壁はそういった調整を全てテーブルの魔法陣がやってくれるので、俺はただ位置だけ指定して障壁を出せばいいだけである。
『避球』の時と同じように魔法陣の数が増え、動きだし、複数同時に球を撃ってくるが、全て余裕で障壁が間に合う。
アイリスが俺にこの試験をやってほしいと言っていたのは、俺が得意そうな試験だったからだろうか。
確かに俺、この『水晶守り』は得意だな。
あっという間にレベルが30を超える。
魔法陣は現れては消えを繰り返し、4ヵ所、5ヵ所くらいの位置から同時に球を撃ってくる。
うーん、まだよゆうよゆう。
レベルは40、そして50を超え、魔方陣は1秒に20球くらいのペースで球を撃つ。
球はカーブし、集中放火を受け、見物人から見たらとんでもない光景になっているだろう。
なんとなくアイリス達の方を見ると、アイリス、ハイドレンジア二人とも口をあんぐり開けて微動だにしない。
あ、これひょっとしてドン引かれてる……?
こ、これ以上引かれるのはアイリスとの関係に傷がつくかもしれない。
適当に一球逃し、その球がドーム状の板を割る。
これで試験終了だ。
「ユッカって思ってたよりすごい精霊なんですね……」
「いや、まあ障壁作るくらいしか俺の得意なことはないからね! なんか上手くいったけど偶然だよ偶然!!」
ややアイリスの顔がひきつってる気がする。
だめだったー やっぱり今後に響くレベルで引かれてる!!
「あっははははっ。あなた、とんでもない詠唱速度と空間把握能力を持っているのね。私、ユッカのこと気に入ったわ」
ハイドレンジアが腹を抱えて笑っている。
「改めて、私は『廻天』の精霊、ハイドレンジア。
シアって呼ばれてるわ、よろしくね。
あなたは何の精霊なのかしら?」
「俺、下級精霊だからまだ『概念』を持ってないんだ。だからただの地属性の精霊のユッカだよ。よろしく」
「え、あんなにできてたのに下級なの?
何の『概念』を司るのか、楽しみね!」
ハイドレンジアと握手をする。
なんだ、普通にいい精霊っぽいじゃないか。
なんでアイリスはハイドレンジアに塩対応なんだろう。
「シア、気付いてないと思うけど、ユッカって実は男性なのよ」
「だんせ、って、うえぇぇ!?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてアイリスが囁くと、ハイドレンジアが俺と握手した手を強引に放す。
ハイドレンジアは両手を頬にくっつけ、顔を赤くして俯いている。
え、なんで?
「う、嘘よね? こんなところに精霊族の男がいるわけないじゃない!」
「ごめん、言った方が良かったかな。こんななりだけど、男なんだ」
「ええぇぇぇっ!?
わ、私自分から男性の手を掴んじゃったわ、ど、どうしましょうぅぅ……」
「シアは男性が苦手で、どうしても意識しちゃうんですよ」
アイリスが説明をしてくれる。
ハイドレンジアはアイリスの背中に掴まり、隠れてしまった。
この二人仲いいじゃん。
「わ、私はそろそろ訓練の時間なので失礼するわ。ご機嫌ようぅー!」
「ありゃ、帰っちゃいましたね」
帰っちゃったね。
まあほとんどが女性の精霊族だし男に耐性がないのもわからなくはないけど、普通に傷付くな……。
「あの子は何者?」
「自己紹介の通りです。なんか男性にトラウマがあるみたいであんなですけど、外の世界の精霊としては有名なんですよ。灰の精霊って呼び名があるくらいには」
「灰の精霊? あんなに綺麗な色してるのに?」
「シアの使う魔力が灰色なんです。全属性を扱える私くらい、シアも特殊な精霊なんですよ」
外の世界にも精霊のコミュニティがあるのかな。
意外と外の世界で精霊が暮らす姿が楽しそうで、ここでの不安が薄まった気がする。
ハイドレンジアとはまた会えるだろうか。
今度は普通に接してくれるといいな。
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