10話 闘技場と試験
「うーん、朝か。日が眩しいな」
ベッドに寝ていた俺は起きると、新しく与えられた個人の部屋を見渡してみる。
ベッド、マットにテーブル。最低限の家具だけ置かれたこの部屋は、ホド世界にはない。
今俺は奏が即席で作った異空間の中にいるのだ。
奏の部屋は学校から無料で借りているものらしく、一人用なので俺達精霊がいると狭くなってしまう。
なのでフォルシシアさんにも、アイリスにもこうして奏が作った異空間の部屋に住んでいるらしい。
出口は奏の部屋と繋がっており、こんな広い空間をいくつも作る奏の魔力量が底知れない。
アイリスから『異空間生成《メイクディメンション》』を習った今ならよく分かる。
俺の魔力量はそこまで少なくないはずなのだが、それでも今俺のいる部屋くらいの広さの異空間を作ってしまえば最大魔力量の半分は削られると思う。
自分の作った異空間は持っているだけで魔力を消費し続けるため、普通はこんなことに異空間を使うのはありえないはずだ。
そもそもこの広さだと詠唱も難しくて作れないけど。
出口のドアを開けると、フォルシシアさんがキッチンで料理を作っていた。
「早いわね。もう少し寝ててもいいのよ。起こしてあげるわ」
「いえ、もう目が冴えちゃったので」
生ける伝説に朝食を作ってもらう生活か……現実味がないな。
現実なんだよなぁ。
「フォルシシアさんはいつも何をしているんですか?」
「いつも、というと難しいけど、ティファレトの学校に剣術を教えに行くことはよくあるわよ。あとはまあ、大体家事だったり誰かに会いに行ったり、いろいろよ」
「学校かぁ……フォルシシアさんは絶対人気ありますよね」
「適当に広場にいたら自信家な精霊から模擬戦を申し込まれるわね。ほとんど一振りで終わるけど」
流石だ……相手も弱くはないだろうに。
「学校といえば、ユッカは奏と同じ学校に入りたいとか思わないの? アイリスは来年入学するために受験勉強をしているのよ」
「俺が学校にって、いや、今はそんなことしてる暇ないですから」
「そう? 奏の行ってるところはホドで一番大きい学校だし、あそこは研究機関でもあるから、きっと面白い発見があると思うわ。」
「研究は確かに面白そうですね」
そういえばティファレト世界ではあんまり研究って聞かない気がする。
精霊族にとって複雑怪奇な魔道具の数々も、この世界の文明の発達も、きっと盛んな研究のおかげなのだろう。
朝食を摂りながら今日はどこに行ってみようかなと考えていると、アイリスに遊びに誘われた。
外に出ると多くの人が歩いているのが見える。武装している人や魔法で何かを映して見ている人、綺麗な身なりをしている人。色んな立場の人がそれに会った服装をしている。
「アイリスが受験勉強してるってフォルシシアさんから聞いたよ。調子はどうなの?」
「聞いちゃいましたか! 恥ずかしっ! 奏と一緒の学校に行ってみたくて勉強してるんですけど、すっごく沢山の人達が受験するから、問題も難しいんです!」
アイリスが照れている。
奏のことになるとアイリスは割りとこうだ。どうやら惚れているらしい。
まあ契約精霊と契約主っていう関係でもあるからな。それがそのまま恋愛関係ってこともよくあるみたいだ。
「奏のこと大好きじゃんかよー。あの人のこと、どこが好きなの?」
「え、えぇーっ、、それは、ずっと一人ぼっちだった私を救ってくれたのもありますけど、強くて優しくてかっこいいんですよ! 私だけじゃなくて精霊族みんなのためになるようにしてくて、目に隈ができちゃうくらい精霊のために頑張れる人なんです」
「精霊のため、か。それは知らなかったな、奏はどんなことをしてるの?」
「ひみつです! できるだけ知られたくないらしいので」
気になるな……。奏の正体が少しは分かると思ったんだけど。
「ユッカは誰か好きな人いないんですか?」
「俺? 俺はいいだろ別に」
「え、いるんですか、いるんですか!? 教えてくださいよ!!」
「だって叶わないし……」
アイリスが俺の肩をぐらぐら揺らして吐かせようとする。
「そんなの分からないじゃないですか~。応援しますから、言っちゃえ言っちゃえ~!」
めっちゃ興奮してんじゃんこの子……
まだ誰にも言ったことないんだけど。
「フリージアさん」
「……誰ですか?」
「知らねぇのかよ! ティファレト世界で治安維持をやってるすんごく有名でみんなの憧れの大精霊だよ。アイドルみたいなもんで、ティファレト中の精霊から大人気なんだ。俺じゃあとても釣り合ってない」
「そうなんですね。でもいいじゃないですか。相手がどんな立場の人だって、ユッカから想いを寄せられるのは嬉しいと思いますよ。あなたは誰かのために頑張れるすごい精霊なんですから、私がユッカはかっこいい精霊なんだって、保証しちゃいます!」
純真無垢なアイリスに言われるとなんだか本気にしてしまう。
そうだよ。俺は、俺のために頑張ってくれるフリージアさんを好きになったんだ。
フリージアさんは俺の原点だ。
俺のことをいつも気に掛けてくれて、俺をずっと危険から遠ざけていてくれていた。
俺がティファレトで平穏に暮らせていたのは間違いなくフリージアさんが守ってくれたおかげだ。
俺は俺を守ってくれるフリージアさんが好きだった。
でも今は守ってもらうんじゃ嫌だ。
守られる存在じゃなくなって、フリージアさんが振り向いてくれなくなるのは寂しい。
だけど甘えたまま好きでいたくないから。
俺は俺が尊敬できる自分で、フリージアさんを好きでいたい。これは俺のプライドだ。
「あ、着きましたよ。ここが今日紹介したかった場所です」
アイリスに連れられて着いたのは大きなドーム状の闘技場だった。
周りにはいつでも戦えそうな装備をした人達が集まっており、武具や魔道具などを売る露店があちこちにある。
周囲の建物もそういった戦うための道具を売っているお店が多く、やや緊張感がある独特な活気に溢れていた。
「ここは魔物と戦って手に入れた素材を売買したり、人と戦って賞金を貰ったりしてお金を稼いでいる人達のためにある闘技場です。
闘技場では頻繁に大会が行われていて、優勝者には賞金はもちろん天使族からの祝福を貰えたりもするみたいです。
あとは珍しい魔物の素材や最新の魔道具が売られていたり、個人の能力を測る色んな試験があったりするんですよ。」
魔物から得た素材や武具を売買する店が集まり、闘技場を中心にして戦う者達の場所となっているホド決闘地区。
ここには闘技場での戦闘訓練や模擬戦闘、大会を目当てにした人達が大勢いる。
ヒュアなど精霊族を助けるための力を手に入れるために、行っておかなければならない場所だ。
闘技場に入ってしばらく歩くと、部屋の入口のところどころに挑戦者求む、といった趣旨の看板が立てられている。
そこにはそれぞれ『葉切り』、『遠飛び』、『的打ち』、『避球』と聞きなれない言葉が書いてある。
「ここにあるのはステータスを測るための試験場です。たくさん項目がありますけど、ここにいる人達は大抵これらの試験を受けるんです。結果を数値化して、ステータスとして表示することで、どういう能力が得意でどこが苦手なのかわかりやすくなるんですよ」
ほとんどの部屋はこちらから様子が見れるように壁が透明になっている。
『避球』と書かれている部屋を覗くと、天井や壁に多くの二次元魔法陣が描かれているのが見える。
二次元魔法陣、つまり最も一般的に使われる、円とその内側の幾何学模様からなる魔法陣だ。
そして二次元魔法陣から放たれる魔法の球を避け、剣で迎撃する試験参加者の姿があった。
真正面の壁あるスクリーンに数字が表示されており、今は『8』となっている。
部屋の中には何人かのギャラリーがおり、試験参加者に何やら叫んでいるようだ。
「あれは魔法陣から飛んでくる球をひたすら弾いたり避けたりする試験ですね。反応速度と、俊敏性、そして見えない場所から飛んで来る球を感知する能力を測るんです。
前のスクリーンにでてるのが能力を数値化したもので、だんだん数字が大きくなるほど避けるのが難しくなっていきます。
一回でも球に当たってしまうとそこで試験終了になるので、その自転での数字が得点になるんです。
ユッカもやってみますか? あ、防御魔法は使っちゃだめですよ」
「すげぇ面白そうじゃん。やってみたいな」
能力を数値化、か。
自分の能力が他の人と比べてどのくらいあるのかを確かめるには便利な方法だ。
すごいな外の世界……。
俺とアイリスが部屋に入ると、周囲の目線が俺達に注目する。
まあ明らかに子供だし、そんでもって精霊族だし、ある程度目立ってしまうのは仕方ない。
アイリスが受付らしき人族の女性に話しかけると、『避球』の試験のための手続きを受けた。
「ユッカさんはこの闘技場の試験を受けるのは初めてですね。それではこちらの紙に名前と種族を、そして右上の魔法陣に魔力を流してください」
渡された紙の右上に小さい魔法陣が描かれている。ここに魔力を流すと、俺の魔力が暗号化されて魔法陣に組み込まれるらしい。
これはなりすまし防止のためだろうな。
紙を提出すると、しばらくしてカードが渡された。
そこには名前の他におそらく試験の名前だと思われるいくつかの項目と、その横に数字を表示する欄があった。
「試験を受ける際にはこのステータスカードを私達受付に渡してください。試験終了後に結果をカードに保存させますので、表示された数値が記録となります。
それでは試験、頑張ってくださいね」
前の参加者の試験が終わり、スクリーンには『レベル13』と表示されている。
『13』がどのくらいすごいのかは知らないけど、このレベルは超えたいな。
半径5mくらいの円の中心に立つ。
この円の外側に体が触れると即失格らしい。
見物人が多くて恥ずかしいな……。
「あの精霊の子、『避球』を受けるらしいぜ」
「三つ編み可愛いなーあの女の子」
うるせぇ俺は男だ。
『剣製』を発動し、球を迎撃するための剣を生成する。
アラームが鳴り、試験が始まった。
スクリーンに1と表示されて、スクリーンの少し右に魔法陣が現れた。
魔法陣の縁が光り、現れた光の輪が中心に到達すると同時に放たれる遅い球を数回難なく避けると、スクリーンの数字が2に変わり、スクリーンの少し左に魔法陣が増える。
次のレベル3になるとややスクリーンから離れた場所に魔法陣が現れた。
まだまだ避けるのは余裕があるが、死角から撃たれるとまずい。
頭の中で『魔力感受』を詠唱して発動し、魔力で球を感知する。
レベル4、少し球の速度が上がる。
レベル5、魔法陣が一つ消え、正面ではなく視界にギリギリ入るくらいの右側に新しく現れる。
レベル6、球を放つ頻度が上がり、球の一部が俺を直接狙わずに少しずらすようになる。
レベル7、球の速度にバラつきが出る。
レベル8、視界に入らないくらいの左側に魔法陣が現れる。
レベル9、一つ一つの魔法陣から放たれる球の頻度が落ちるが、魔法陣の数が倍になる。
レベル10、真上に魔法陣が3つ増える。
そしてレベル11、現れている11個の魔法陣がゆっくりと動き始める。
やばい、魔法陣の場所が分からなくなった。
気合いで避けるしかない。
レベル12、球が俺の動きを少し読んで放たれるようになる。
レベル13、別方向から2球同時に放たれる球が出る。
も、もう無理ぃ。
そしてレベル14、魔法陣の移動速度が上がる。
俺は少し動きを読んで飛んで来る球をギリギリで身を翻して避けるが、次の真後ろから来る球を処理する動きができず、背中に着弾した。
痛くはなかったが、軽い衝撃を受ける。
ビーッと試験終了のアラームが鳴った。
「うぉーっ! あいつサトウを超えたぞ!」
「おいおいお前あんなちっこい子に負けたのかよぉ」
「まじすかぁ、俺、もっと練習します……」
見物人が盛り上がる。
あれ、多分あの人達は人族だと思うんだけど、精霊族を蔑んだりはしてないのか?
それとも俺が精霊族だと分かってない?
「すげーなぁ、精霊族のあんた!」
俺は笑顔で手を広げて構えている厳つい顔の兄ちゃんと目を合わせ、ハイタッチをした。
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