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闇オークションにかけられています。

現代のようで現代じゃない異世界っぽい世界観。

闇深にしたい。

 


 薄暗い会場内。煙草や香水、様々な匂いが入り交じったそこは、客席に座る全員が顔を隠す仮面を被り、妙な熱気に沸いている。


 裏中心街(バックストリート)のさらに奥深く闇に近い場所にある完全会員制クラブは、知る人ぞ知る闇オークションの会場だった。


「それでは皆々様! たぁ~いへん長らっく! お待たせいたしましった! 本日のトリ! そして大目玉商品のとぉうじょぉうでございマァス!!」


 大仰な身振り手振りで振舞う仕切り役の男もまた目元を隠す仮面を被っていた。派手派手しい恰好も相まってさながらサーカスのピエロようだが、ステージと客席はとても近く、芸を披露するには狭すぎる舞台だ。


 ヤジが飛び交う会場内に、仕切り役はにんまりと唇を笑みに釣り上げて舞台裏のスタッフに指示を出した。


 バツンッ、と会場内のライトが消え、静寂が訪れる。瞬時にパッと眩しいほどのスポットライトに照らされたステージ上には、さきほどまでいなかった少女が椅子に()()()()()()()()()


 腰まで伸びた艶やかな射干玉(ぬばたま)。陶器を思わせる白く滑らかな珠の肌。曝け出された腕も足も真っ白で、薄いレースのネグリジェだけをまとっている。クスリを打たれたせいで、頬は紅潮して、ぽってりと赤い唇からはハフハフと熱い吐息をこぼす姿はとても扇情的だ。


 闇よりも深い黒髪も、白すぎる肌もこの国ではまず見ない。海の向こう側の住人か、はたまた、人工的に作られた色か。それにしたって、少女はまるで精巧に作られたドールのように美しかった。


 ヤジやガヤが飛んでいた会場を静寂が包み込む。


 ――そも、なぜ、自分はこんなところで競売(オークション)にかけられているんだ。少女は熱に浮かされた頭でぼんやりと思った。


 内乱の始まってしまった祖国から逃がすために、兄たちによって無理やり外国(とつくに)へ向かう商船に乗せられた。絶対に死ぬな、と言ったのは一の兄様。必ず迎えに行くから、と言ったのは二の兄様だった。これを俺たちだと思って、と言って結い上げた髪に簪を挿したのは三の兄様だった。


 しかし、予定していた港に着く寸前で商船は野蛮な賊に襲われて、若い男や女子供はみんな人売りに捕まってしまった。奴隷となった先のことなんてたかが知れてる。女は欲の捌け口に、男は物のように扱われるか貴族の玩具になるかだ。


 自身の容姿の良さをきちんと理解している少女は、きっと高値で売られるのだろうと頬の内側を噛みしめた。クスリなんて打たれてなかったら、どうにかして逃げ出したのに。頭はぼうっとするし、体も力が入らない。椅子の肘掛にリボンできつく結ばれた手首は鬱血していて、足首には重たい鎖が繋がれている。さすがに、鎖を引きちぎることはできなかった。


 猫の目みたいに綺麗だ、と褒められた瞳は黒い布で覆い隠され、それが余計の少女の顔の美しさを際立てて神秘性が増していた。


「なぁあんと!! 大陸ではまず目にすることがない!! チーファ国のお嬢さん! 透き通る肌は雪の如く、混じりけのない黒髪は夜闇の如く! 愛でるも良し、甚振るも良し、躾けて調教するもよぉぉぉし! チーファの女は生涯ひとりの番に操立てをするのだとか! その際、体のどこかに墨を彫るのですが――このお嬢さん、墨どころか傷一つない初物でござぁいまぁす! なによりもこの繊細な顔立ち! 男なら、快楽と恥辱で汚したいと思うことでしょう! さぁ、スタート値は六百万から! 好き者な皆々様! どうぞ競り合ってくださいませェ!」


 外国語にはあまり明るくない少女は、早口で捲し立てられればほとんど聞き取ることができない。きっと、下劣なことを言われているのだろう。不気味な熱気に、特徴的な訛りの強い仕切り役の言葉を理解することができなかった。


 一拍、二拍、三拍空いてから、客たちは一斉に手を上げ始めた。


 この国の金の価値がわからない少女は、七百万、八百万、飛んで一千万、どんどん上がっていく値段をただ黙って聞いているしかなかった。


「一億」


 低くしわがれた声が、騒がしい会場内によく響いた。しん、と静まり返って、声の主を客たちは振り返る。億なんて、たかが奴隷に出す値段じゃない。三千万までつり上がっていた値段から一気に飛んで、客たちは冷や水を浴びせられた気分だった。


 しわがれた声の男は、でっぷりと肥えた体に上等なスーツをまとい、毛皮の襟巻をしていた。そばには数人の見目麗しい女たちを侍らせ、背後には屈強な護衛が二人も控えている。芋虫のように太い指には宝石の塊みたいな指輪がいくつも嵌めて、身分の高さが全面に押し出されていた。


 品のない、成金のような男だったが、ほかの客たちはすぐにその正体を察して目を反らした。ここら一帯を取り仕切っている闇貴族・オクト―伯爵だ。どうしてそんな人物が、と思うがすぐに合点がいく。この闇オークションは悪徳極めた貴族たちからの出資で成り立っている。上玉な商品が入荷したなら、出資者たちに連絡がいかないはずがなかった。


 はぁ、と無意識に溜め息を吐いてしまった客の男は、すぐにその口元を抑える。


「なんだ? 私に文句でもあるのかね?」


 伯爵の愉悦を含んだ声音に、控えていた護衛が前に出てくる。


「め、め、めめ滅相もございません!! う、うっ、美しい奴隷と閣下が並んでいる姿を想像して! 感嘆の息が漏れたのですっ」

「ふむ。……私の()を勝手に想像したのか。なら、その両目はいらぬなぁ」


 カカッ、と唾を飛ばして嗤う伯爵は「ヤれ」と冷酷に短く吐き捨てた。


「あ、ぁ、あぁっ、いやだっ、やめろ、やめてくださいっ、来ないでっ」


 テーブルを巻き込みながら尻餅をついた男の首を、護衛の男が掴んで会場の外へ引き摺っていく。音もなく閉じられた扉の向こう側から、獣のような叫び声が聞こえ、やがて護衛の男だけが塵一つなく伯爵の背後に戻ってきた。


 男の連れだった女はがたがたと奥歯を鳴らして体を小さく丸めている。


「さぁ、道化師よ。それでこの競りはどうなったのだね」

「へ、へへっ……もっちろん! このお嬢さんは貴方様の所有物と――」


 ぱぁん、と。軽い破裂音がして、仕切り役のこめかみから赤い液体が飛び散った。


「は、ぇ?」


 仮面の奥でぎゅるりと黒目が回転して、仕切り役は悲鳴を上げることもなくステージ上に倒れ込む。しん、と静まりかえった会場内に悲鳴が響き渡る。オークション会場内は最高潮の混乱に達していた。どこから撃たれたのか、誰が撃ったのか、疑心暗鬼になってお客サマはひとつの出入り口を目指して走り出した。


 ひとり、置いてけぼりの少女は目隠しの裏で何が起こっているのかと必死に目玉をうろつかせた。罵声や怒声、甲高い悲鳴が響き、どうやらこの悪趣味な見世物は襲撃を受けているのだと言うことを理解する。


 パン、パンッ、パァン。


 軽い破裂音――否、発砲音が何度も響き、やがて気持ち悪い熱気だけを残して物音ひとつしなくなった。


 少女の荒い呼吸音がやけに大きく聞こえる。じっとりと脂汗が額に滲み、張り付いた髪の毛が気持ち悪かった。


 心臓の音がうるさい。自分に一億の値がついたから? 否、妹大好きな兄様たちが知れば、一億なんて安すぎる!! と大激怒するだろう。生家では、蝶よりも、花よりも、輝く月など恥じて隠れてしまうほどに甘く優しく可愛がられ、愛されて育てられた。


 少女は胸を張って宣言しよう。――クスリが抜けたら、この場にいる全員をブチ転がしてやる、と。しかしながら、すでに自身を売り物に、見世物にした輩は息絶えており、買い付けた貴族も死んでいる。


 月の姫君もあわや、見惚れてしまうほど美しい面をしていながらこの少女、とんでもなく獰猛で過激で苛烈な性質だった。そしてそれを親兄弟が諫めるのかと思えば、「うちの子がこんなにも強くて美しい!」「まさに綺麗な花には棘があるを体で表しているな」「男は皆狼なんだから、全裸で門前につるし上げてしまえ!」と過激さに油を注いでいた。生家が武芸に秀でた一族であったことも要因だろう。


 ピチャン、と。過敏になりすぎている少女の聴覚が、足音を捕らえる。


「――胸糞わりぃなぁ! うちのシマで人身売買たぁ、度胸があるじゃあねぇの」


 低く艶やかでありながら、妖しくほの暗い闇をまとった声だった。


「にーさぁん、表の奴らも全員ヤッちまったぜー」


 もうひとつ、足音と声が増える。一人目に声や足音、気配が似ているのは兄弟だからか。


 まるで水たまりでピチャピチャ遊ぶ幼子のように、兄弟は血溜まりを固いブーツで跳ねらかしながら生き残りがいないか視線を走らせる。


 息を殺して、少女は心臓の音を小さくしようと努めるが、スポットライトの当たったステージのど真ん中なんて目立たないはずがない。かちり、と四つの目が少女を捉える。


「……商品か? にしても、黒髪ってめっずらしぃなぁ」

「あ゛、こいつクスリ打たれてんじゃん! せぇっかく綺麗な肌なのに、かわいそぉー。容赦なくブチ込まれてんね」

「どうする? 一思いに楽にしてやる?」

「んんんー……おぉーい、可愛いお嬢さん、俺の声聞こえてるー?」


 間延びした口調に、こちらを慮る言葉。そんなに、怖い人じゃないのかもしれない。


 もちろん、そんなのあるわけがない。兄弟の目は笑っていないし、冷たく少女を見下ろしている。返り血だらけで、背後には凄惨な光景が広がっていた。一発じゃ死ねないように、わざと甚振り、徐々に命を燃やしていく。死したお客サマたちが最後に見たのは、酷く悍ましい悪魔の笑みだった。


 返事をしようと口を開いたが、舌先が痺れてうまく言葉を吐き出せなかった。


「ぁ、い」

「おっ、生きてんじゃーん! お嬢さん、名前は? どっから連れてこられた?」

「……ぁ、あ、ぉ、」

「ははっ、何言ってるかわっかんねぇー」

「そりゃ、クスリ打たれてんだから当たり前だろーが。筋肉弛緩剤と、たぶんちょっとトぶ系のミックスじゃね」

「へぇ、それでわりとまともな意識保ってんだ。すごいねぇ、お前」


 よしよし、と頭を撫でられる。父の武骨で大きな手とも、兄様たちのゴツゴツした手とも違う感触だった。大きい手のひらにすらりと長く細い指。硝煙の臭いをまとっていた。でも、そんなの些事だ。兄様たちだって敵の生首持った手で撫でてくる。血液が髪につくから嫌だというのに、妹大好きな兄様たちは一向にやめてくれない。


 ――わたしは、殺されるのだろうか。生きろ、と兄様は言った。迎えに行くから、と兄様は言った。ここで死んでしまえば、兄様との約束を破ってしまう。


「わ、ぁし、」

「あ?」

「こ、こ、ころ、す、の?」


 恐怖でも、悲哀でもない。少女にとって事実確認でしかなかった。


 兄弟はお揃いの色の目を見合わせて、ケタケタと笑い転げる。


「殺さねーよ。俺たちは弱者の味方だからなァ」

「そうそう。女子供は殺さない主義なの♡ ま、悪いことしたら話は別だけどぉ」

「お嬢さんは何か、悪いことしたぁ?」


 首筋に刃を突きつけられているような、そんな感覚だった。言葉無く、ふるふると首を横に振った少女に兄弟は満面の笑みを浮かべる。


「ははっ、なら殺さねーよぉ。悪徳貴族に売られそうになってた可哀そうな可愛そうなお嬢さんはただの被害者だからネ」

「ていうか、いい加減目隠し取ってやろぉぜ。犯罪臭ヤバすぎ」


 犯罪臭とか今更だろ、と大口を開けて笑うのは兄なのか弟なのか少女には判別がつかなかった。


 手が伸ばされて、黒髪を指が梳く。固い結び目を強引に引きちぎって、隠されていた目元があらわになる。


 けぶる睫毛に囲まれた、金の瞳。祖国では、神の愛を授かりし子、と言われる眼だった。


「ワォ」

「想像以上」

「あ、の……?」


 ぱち、と瞬いた金の瞳に映った兄弟は、声や仕草、気配はそっくりなのに見た目は全然違った。顔立ちは兄弟らしく、むしろ双子と言っても過言ではないほど瓜二つだが、身にまとう色や髪形などが全然違う。


 青銀の髪はさらさらと流れ、紫の瞳は目尻が垂れており、ゆるく弧を描いた薄い唇は甘い印象を見る者に与える。女たちが騒ぎそうな容姿の兄弟だった。


 ふたりとも揃いのブラックスーツを着こなしているが、ひとりはセミロングの髪を耳にかけて適当に流し、もうひとりはうなじを刈り上げた前下がりのショートヘアをしている。短髪のほうはきちっとジャケットまで袖を通しているのに対し、セミロングのほうは薄紫のシャツにベストを着ただけのとてもラフな格好だった。


「親に売られた? それとも人攫い?」

「人攫い、です」

「じゃぁ親んとこ返してあげる」


 にっこりと、端整な顔立ちに見惚れる笑みを浮かべるセミロングの青年が未だ力の入らない少女の体を横抱きにしようとして、細い足首に繋がった鎖に気づく。


「イズ、これ」

「あ? あー……はいはい。やればいいんだろ」


 多分、ショートヘアのほうが弟なのかな。ぼけっと二人が何をするのか目で追っていると、懐から黒光りする銃を取り出して、「動くと怪我すっからなぁ」と軽々しく言いながらぶっ放した。すぐそばで鳴り響いた銃声と、焼けこげる臭い。耳の奥がキーンと響いて、頭がぐらりと揺れた。


「おっと、あっぶなぁい。イズったら、女の子にそぉんな物騒なモン向けちゃだめじゃーん!」

「……にーさんがヤれっつったんだろーが!」


 ぴき、と頬を引き攣らせる弟(暫定)に、兄(暫定)は聞こえないふりをして「怖かったねぇ、よしよし」と少女の頭を撫でてくる。


「んじゃ、行こっかぁ」

「表に車つけさせてるぜ」


 クルマとやらが何か分からないが、この薄汚い場所からおさらばできるらしい。


 少女を抱きかかえたセミロングの青年は、ところどころ痛んでしまっている黒髪を見ながら首を傾げる。


「お前、どこ住んでんの? 黒髪がいるなんて噂、聞いたことねぇよなぁ」

「東地方とかじゃねーの。あっちって、暗色系の住民多かったよな」


 好き勝手に話を進める兄弟は、足元に転がる死体を蹴飛ばしながら悠々と出口に向かった。邪魔する者はいない。だって、全員皆殺しにしてしまったから。


「ち、違うんですっ! わたしは、国を出て来た身ですっ、その、目的地も何も、決まっていないまま人攫いにあった、ので……」


 だんだんと声が萎んでいく。兄様たちが命懸けで逃がしてくれたのに、国に帰ることなどどうしてできようか。


 つまるところ、少女には行く当てがなかった。一緒に船に押し込まれた護衛は攫われるときに殺されてしまった。国へ帰るにしたって、海を渡る術がない。着ていた衣服も、荷物もどこかへ行ってしまった。もしかしたら探せばあるかもしれない。身ひとつで露頭に迷う羽目になってしまう。


 少女は、ひとりで生きていく自信などなかった。兄様たちもそれをわかっているから護衛を付けたのに、その護衛はあっと言う間に死んでしまった。護衛の意味とは、とつい疑問に思ってしまったほどにあっけなく護衛は死んでしまった。


「えぇー、じゃあ何、おれらに保護してほしいわけ?」


 弟のほうの声音がひとつ低くなる。面倒事はごめん、と顔に書いていた。いくら顔の良くても、か弱い美少女の世話なんて面倒くさいことこの上なかった。眉を下げて唇を噛む姿は庇護欲をそそるが、泣く子も黙るこの兄弟には通用しない。


「そういう、ことじゃあありません。手っ取り早く、路銀を稼げるところがあれば教えていただきたいのです」

「ロギン?」

「なんだそれ?」


 瓜二つの紫の瞳を丸くした兄弟はそろって首を傾げる。


「え、あ、旅の……えぇっと、旅費のことです。お金が稼げれば、あとはどうとでもなります」

「金稼いでどーすんの?」

「てか、オジョーサンに何ができるわけ?」


 辛辣な言葉に、少女は口を噤んだ。


 幼馴染の女の子たちのように、少女は器用じゃない。お料理もお裁縫も、男の人を立てることも得意じゃない。目利きもできないし、頭だって良くないから政の役にも立てない。――少女はただ、剣を持ち、舞うことしかできない。


「わたし、は……」


 言葉に詰まった少女に、セミロングの方がにんまりと笑みを浮かべた。まるで夜闇に漂う雲のような笑い方だった。


「マァ、なんでもいんじゃね。身一つで行く当てもないんだったら、俺らのハウスにいればいーじゃん」

「はぁ!? にーさん、マジで言ってんの!?」

「俺はいつでも大真面目だぜぇ。ほら、拾ったペットの面倒は最後まで見ろ、って藪医者が言ってたじゃねぇか」

「いや、それとこれとは違うだろ。ペットっつったって、ヒトじゃん」

「犬猫よりいいだろ。トイレの世話も、散歩もいらねーんだから」


 トントン拍子に進んでいく話についていけない。つまり、なんだ、衣食住を提供してくれるということか?


 うまい話には裏がある。身をもって知っているはずなのに、少女はもはや何でもいいか、と思いつつあった。


 だって、このふたりはこの薄汚いところから助けてくれたし、なんなら生活の保障もしてくれる(らしい)のだから。少女は生きねばならない。兄様たちが王となって、迎えに来てくれるまでなんとしてでも生きなければならないのだ。そのためなら、ペットだろうがなんだろうがなってやろう。


「――わたし、」

「は? なに?」

「わたしは、こんなところで死ぬわけにはいかないんです。だから、そのためならなんでもします。貴方たちのお役に立つと、お約束します」


 ぱちぱち、と再び紫玉を丸めた兄弟は、思ったよりも面白い拾い物をしたのではないかと凶悪な笑みを浮かべた。


「オジョーサンがぁ? 俺たちの役に立つって?」

「ふははっ、おもしれーこと言うじゃん! なに、何ができんの? りょーり? 家事? それとも、夜の相手?」

「貴方たちからは、煙と、錆びた鉄のにおいがします。こういうことを行うのも日常茶飯事なのでしょう。それなら、命を狙う輩も多いのではないでしょうか。――わたしは、淑やかな女性が好むようなことはできません。その代わりに、貴方たちの命をお守りすると誓いましょう」


 フロアが血溜まりじゃなかったら腹を抱えて笑い飛ばしたかった。この色白で華奢でか弱そうな女が、兄弟(おれ)たちの命を守るぅ? 笑わないほうが可笑しい。下手なことを言わず、ペットはペットらしく大人しく飼い主の帰りを待っていればいいのだ。


 クスリの効果が切れてきたのか、流暢な喋り口に、金の瞳はしっかりとふたりに焦点を合わせている。少女としては至極真面目なのだが、巷じゃ狂犬兄弟と言われている青年たちには子猫が強がっているようにしか見えなかった。


 ペットが健気に毛を逆立てながらご主人様の命を守ります! と宣言するものだから、兄弟は気を良くしてルンルンと足取りを軽くする。それも、そんじょそこらにはいないレベルで綺麗で可愛いペットができたのだ。あとでほかの奴らにも自慢してやろ。


 とりあえず、セーフハウスのひとつに戻って、風呂に入れてる間に部下に服を買いに行かせよう。


「あ」と、足を止めたのは兄の方。


「名前聞いてなかったわ」

「あ~、そういえばそうだなぁ。オジョーサン、お名前は?」


 欲望の渦が巻いていた会場を出ると、空は夜に塗りつぶされ、星々が煌々と輝いていた。


「――わたしは、リーシャと言います。……貴方たちは?」

「俺はアズィール」

「おれはイズラク」


 にんまりと、猫のように笑った兄弟は「よろしくネ、可愛いペットちゃん♡」とリーシャの両頬にキスをした。



 

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