第8話ー山脈越えー
アフタヌーンティーって憧れますよね
~憧れの異世界だがギャグでもチートでもなくガチのシリアス系だった件~
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大土竜蜥蜴の一件があったバサト村を出立してから30日が経った。
王都に近づけば近づくほど周りの景色は変わってゆく。
行き行く人の数、畑や牧場などの施設、村をまたぐ際に通る小さな関所。
歩きやすい場所を探して歩いたり、草をかき分けながら進むなんてこともなくなった。しかし、石が引き詰められた街道というわけでもない。
ちょっと草が剥げている程度の道。それでも今までよりは幾分か楽。
そんな道をただ4人で進む。
「ギュレンさん、水飲みますか?」
「ああ、気が利くなシオン」
「シオン!あたしにもちょうだい!」
「エリはまだ自分のが残っているでしょう?」
「うるさいわねアムルダ、欲しいなら欲しいってちゃんと言いなさいよ」
周りに人気はないが、4人での旅は賑やかで楽しいものだ。
しばらくして、小高い丘に差し掛かった時、先頭を歩くギュレンの歩みが少し遅くなった。
「この丘を越えれば王都諸領土へ入れる関所が見える」
「本当ですか!遂に着いたんですね!」
シオンが浮ついた声で喜んだ。
「ただ、少し問題があってな。俺たちはそこの関所を通ることができねぇ。」
いつも陽気なギュレンだが、少しだけ真剣な声のトーンで話している。
「何でですか?」シオンが質問する。
「王国南方から王都諸領土に入ることができるのがそこの関所だけなのよ。だから関所の検査も審査も厳しいの。まず部外者は領土に入れてもらえないし、なにか問題を起こそうものなら即刻お縄になるわね。」
エリが答えた。今まで通ってきた関所とは違い、そこは簡単に通ることができないようだ。
「じゃっじゃあどうするんですか?アムルダさんの奇跡でなんとかなりますかね?」
「シオン君、厳重な関所の門を素通りできるほど奇跡は万能じゃありませんよ」
アムルダが優しく答えてくれたがシオンはーいや今までも結構万能だったが?ーと思った。
「しかしだ、無策で来たわけじゃねぇ。」
ギュレンは丘を登りながら話を続ける。
「王都周辺の領土は立地に恵まれててな、山脈、渓谷と湖、それぞれ大きな関所が敷かれている。とてもじゃねぇが侵入なんて夢のまた夢だ」
ギュレンが丘を越えた先を指す。
「『ナーツェラス山脈』王都南方をぐるっと囲むように聳える天然の城塞だ。山脈を楽に通り抜けるにはナーツェラス峠しかないわけだが、そこは関所があって通れねぇ。」
ギュレンは大きく息を吸って言う。
「俺たちは山脈を超える」
シオンはしかめっつらで苦笑いをする。シオンはギュレンの指さした方向を見る前からすでに山脈の存在に気付いていた。そもそも大きな山脈、ここまでの道のりでずっと見えていた。
会話の流れ的にあれを超えるとか言い出すんじゃないかと思ってひやひやしていたが、まさか本当になると苦笑いするしかない。
「最初は迂回するルートも考えたんですが、あれクラスの山脈を迂回するとなると追加で30日ほどかかりますし、迂回した先にもきちんと関所が設けられていますので関所を攻め落とすか山脈超えるかの二択になって後者を選択したわけです。」
アムルダが淡々とことの経緯を説明してくれた。
「シオンすまねぇがまた道を外れて歩かなきゃなんねぇ。我慢してくれ」
「ってことで麓まで行くわよ!!」
ギュレンとエリが先陣を切って歩き出し丘を下って行く。
トゥルメール峠へと続く関所には王国騎士団直属の警備が敷かれている。
王国南方から王都諸領土へ入るための唯一の道のり。峠以外の所から山を越えようものなら途中で息絶えることは必至。そもそも”超える”などという発想は決して浮かばない大山脈。
そんな山脈に付けられた異名は『コンダンガス<心折る者>』
関所以外の警備は無いに等しい。
万が一に備えここ数日は焚火を炊かずに夜を過ごす。幸い満月が近いので夜は比較的明るい。関所を迂回しながらギュレンを先頭に目的の山麓を目指す。聳え立つ山々を前にシオンは弱気になっていた。ーそもそも通ることが出来る関所が1か所なのがおかしいだろ。しかも俺たちは通れないときた。マジで?山だしそろそろドワーフ的なのが出てきても良さそうだが、そういう雰囲気でもないしな。山脈を越えるって?いやいやいや、王都を目の前にして心が折れそうだよまったくー
麓まで行く道のりも決して易しいものではない。山に近づくにつれどんどん勾配は厳しいものになってゆく。それだけでもマナの扱えないシオンにとってしんどいものとなる。
丘から歩き出して6日。シオンはこの世界に転移してきてから初めて夜中に目が覚める。今までは疲労困憊で泥のように眠る日々。朝はギュレンに声を掛けられる、朝日が眩しすぎて寝ていられない、痺れをきらしたエリに水をかけられる、のどれかで目を覚ましていた。こんな夜中にやることも特にないのでもう一度眠ろうともぞもぞ寝返りをうっていたら目が冴えてしまった。シオンは諦めて仰向けになり眠気が再び来るのを待つしかなかった。山から吹いてくる夜風が心地の良い夜。月明かりが木々を青白く照らしている。しばらく眠る努力をしていると少し離れたところにある岩陰からかすかに話し声が聞こえた。「ん?ギュレンさんも起きてんのか?」シオンは忍び足で様子を見に行くことにした。近づいていき、話ているのがエリとギュレンだとわかったので安心して声を掛けようとしたが、シオンは会話内容を理解するよりも先に体がとっさに近くの木の陰に隠れてしまう。シオンは木の陰から聞き耳を立てる。
「…ギュレン、私、もう…」
「エリ、わかるよ。俺も同じ気持ちだし今すぐにでもって思ってる。」
シオンは最初、自分のことを足手まといだから切り捨てようという話をしているかと思ったが、全く違う内容だということに気づくまで1秒とかからなかった。
いわゆる蜜月の時間である。
「だっ、だって、山脈超えちゃったらもっともっとできなくなっちゃうでしょ?護符にも限りがあるし私だって我慢しなきゃって思ってたけど…もう限界で…」
エリはギュレンを今にも泣きそうな潤った瞳で見つめている。
ギュレンはそっと優しくエリを抱き寄せる。
「エリ、わかってる。でももう少しだけ辛抱してくれ。今は…これで…な?」
ギュレンはエリの唇にそっと口づけをした。
エリはギュレンの首に手を回して顔をぐっと近づけて囁いた。
「ギュレン…キスだけでも…もう少しだけ…」
エリとギュレンは互いの唇と唇をゆっくりとしっとりと重ね合わせている。
シオンは隠れながらも必死にその状況を覗き見ようとする。「うっうわぁ…嘘だろ…あの二人ってそういう…く、暗くてよく見えない…!」
月明かりで微かに二人のシルエットだけは確認できる。しかしはっきりとは見えない。ただ暗がりから二人のたてる甘く湿った音だけが聞こえる。
「ねぇギュレン…大好きよ…」
エリの手にはいつの間にか護符が握られている。
「あ!エリ!」
ー護符ー愛蜜の羽衣ー
ギュレンが気付いた時にはすでに即席の奇跡が施され、エリとギュレンの二人だけの空間で閉ざされた。
護符の効果範囲内にいたシオンは弾き出されてしまった。
一部始終を見ていたシオンは自分の心臓の音が二人に聞こえてしまっているんじゃないかと思うくらい心拍数が尋常じゃなかった。
「はぁ…はぁ…俺も言われてぇ…」
シオンは木にもたれかかり項垂れた。
そういう経験のないシオンにとって生で見るその光景にはかなり堪えるものがあった。二人の漏れ出る吐息と瑞々しい音が頭から離れない。
シオンはエリが自分のヒロインではないことに若干落胆しつつもあの2人の受け答えを間近で聞いてなんとも尊い気持ちになっていた。
シオンは自分の気分をなんとか落ち着かせて寝床に戻っていく。
戻るとアムルダが起きていた。
「盗み聞きとは悪趣味ですよシオン君」
シオンはギクっとした。やましいことをしていた自覚があったからだ。
「だっだって、あれはもう本能といいますか、出ていくわけにもいかないし、かといって見過ごすのも興味が…すみません」
シオンは盗み見た分際としてこれ以上誤魔化すのはさすがにかっこ悪いと感じ結局謝罪を述べた。
「私は何のことかさっぱりですが」
シオンはしまったと思った。アムルダはふふふと笑った。
「すみません、少しからかっただけです。責めているのではありませんよ。ただ、バードエルフと人間の蜜月を垣間見て何を思ったのか気になりまして。」
「えっ」
「その感じだと特に何も疑問に感じてないみたいですね。」
ーいやまぁギュレンが人間の姿だったし特にはーと思いつつ、シオンはアムルダに何を聞かれているのか理解できなかった。
アムルダは微笑を浮かべながら話す。
「あなたはそのままでいてください。あなたが旅の仲間に加わってくれて本当に良かったと今改めて思いました。あなたのような人がずっとずっと世界に増えてくれると良いのですが、私一人の力では及ばないことが多すぎます。」
シオンはアムルダの悲しげな微笑みを見て理解できずとも心は確かに震えていた。
「明日、二人に聞いてみても良いですか?」
「おや、二人の蜜月覗いてましたと?」
「いやもうそうやって!本当に悪かったですよ。」
シオンはアムルダのからかいにも慣れてきた。
アムルダは少し考えてから言う。
「そうですね、頃合いを見て私から話を振ってみるので、シオン君は正直に話してみてください。それで二人の反応を見てみましょう。微妙な空気になったら私がなんとかしますよ。」
シオンはアムルダに就寝の挨拶をして自分の寝床に戻った。
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「シオン!起きて!」
シオンはエリの声で起きた。
「ん~!いい天気ね!」
ーいやめっちゃ元気やんマジで。肌艶がもうトゥルトゥルやな。あのエロ漫画でしか見ない一夜明けてのやつ本当だったのかよー
シオンはエリの機嫌の良さを見て昨日のことを思い出し、にやにやしながら起き上がった。
「目的地までもう少し!飯食って出発だ。」
ギュレンはいつものようにキリっと号令をかけた。
シオンはアムルダの方を見て昨日のことを聞くのかどうか伺ったが、どうやら今は頃合いではないようだ。
ギュレンとエリは特にベタベタとする様子はなく、昨日の”事”なんてまるでなかったかのような雰囲気だ。
ーいやぁ仲の良さは伝わるけどまさか恋仲だと気づくほど何か特別な感情を二人から感じたことはなかったなぁーとシオンは思った。
「今いるこの谷を北側に抜けて岩場を2,3日歩けば目的地だ。」
「あ、ギュレンさん?この前の丘の時から気になってたんですけど、その目的地ってどこなんですか?」
「楽しみにしてな。」
ギュレンの言葉は妙に自信ありげで、得意げだ。
「私も良くは知らないけどギュレンとアムルダが大丈夫って言うんだから大丈夫よ!」
エリは二人の事を本当に信頼している。
4人は軽い朝食を済ませ、ずんずん歩き始める。
山脈に近づいてきて、周りには小規模の山が現れ始めている。山間の谷を歩き、山々の中へと入っていく。山と山に挟まれた谷道はかなり暗く昼にも関わらず日暮れ時のような不気味さがある。夜になると月明りこそ届かないものの、もうすでに厳重な峠の麓の関所からは離れているため、火を囲むことができる。近くに綺麗な川も流れているため、いつでも水が飲めて今までより逆に楽ということはさすがにないが、幾分か心の余裕には繋がっている。
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「あの~ギュレンさん?」
「なんだシオン。」
「さっきからというかかなり前からずっと下って行ってませんか?」
シオンは山脈を超えるというからにはどんどん昇っていくとばかり思っていたが、2,3日前に谷を抜けてから下りが続いているので心配になっていた。
「アムルダ、そこちょっと足元狭くなってるから気を付けてくれ。」
ギュレンが片目を眼帯で覆っているアムルダを気に掛け声をかける。
「ちょっと!アムルダ!気を付けてよ!」
アムルダが少しばかりバランスを崩したのでエリが咄嗟に支えた。
「すまないねエリ。片目での旅にも慣れてきたと思ってきましたがそういう心が緩んだ時が一番危険ですね。」
シオンはーあぁそうか、このまま地下まで行って抜け道的な形で山脈を素通りするのか!!ーと思ったがーん?そしたら”超える”って言わなくないか?ーと一瞬で自己完結してしまう。シオンはギュレンにまた質問をする。
「ギュレンさん、このまま下から山脈を通り抜けるみたいな感じですか?」
「いや、そんな感じじゃねぇな」
「じゃっじゃあ」
とシオンが更に質問を重ねようとしたがギュレンに遮られる。ギュレンはシオンの肩にトンと手を置き、静かに言った。
「シオン。ちょっと耳すましてみろ。エリもやってみろ。」
言われるがままシオンとエリは耳に手を当てて何かを聴こうときょろきょろした。
「…あ、聞こえるわ。何の音これ?」
「ほんとだ、聞こえる。水?」
遠くからかすかに何かが崩壊していくような音が聞こえる。音は小さい。しかし確実に轟音だということは分かる。
どんどん音が近づいてくる。正確には自分たちが近づいて行っているのだが、音のおどろおどろしさ故に何か大きな物体が飛んでくるのではないかと思わざるを得ない。
下り続ける谷を抜け、視界が開けた場所に着く。ついに轟音の正体が現れる。
「風…?!」
シオンは度肝を抜く。
山間を下りに下った先に現れたのは底の見えぬ奈落と見上げるほどの断崖絶壁。奈落からは怒り狂うように豪風が吹きあがっている。山全体が怒鳴るように風の音が共鳴している。だれがどう見たって危険極まりない。
シオン達は断崖絶壁から300mは離れている。こちら側まで風が届く様子はない。
「すごい光景っすね…」
シオンは息を飲み込むように言った。
「あぁこれか。これはすげぇけど楽しみにしてろっていうのはまた別にあるぜ。」
「え?」
シオンはーこれ以上にすごいなにかがまだあるのか?ドラゴンとかじゃないともう驚けないぞーと思った。
「この谷は風神の大穴って言ってな、それこそゾルバルク王国のやつなら誰でも知ってる『英雄ロンドバルゴ伝説』の風神討伐の舞台になったとか」
ギュレンがさも当たり前のように伝説の話をしてきた。
「え、私知らないけど。」
「おいおいうそだろエリはゾルバルク出身だろ。」
「私ちっちゃい頃に国出ちゃってるからそういう地元の教養みたいなの知らないわよ」
エリは少しむすっとした。
「剣豪ロンドバルゴ、風神を打倒し奈落に封印す。物語の一説ですが、それ以来風神様の封印日が近づくと奈落の底から力が漏れ出すようですよ。」
アムルダが詳しい説明をしてくれた。
「え、なんか本当にあったみたいな話方ですけど。」
「別にないこたぁないだろこんな話」
「私も今初めて聞いたけど不思議ではないわね」
「特にここまで詳細に伝わっていればあったことなのでしょう」
シオンの肌感ではそういった歴史や伝説などは基本作り話で盛りに盛られた話という感覚だが、ギュレンらにとって歴史や伝説は本当にあった、もしくはそういった突飛な話を信じられるだけの日常を過ごしているということなのだろう。
「さぁ、風神の封印日が近いから風がすごいぜ。日が傾くのを待ってから決行だ」
「うれしい!またギュレンのあれが見れるのね!」
「エリにそこまで喜ばれると困るぜ。いつでもできることでもねぇしな」
シオンはただ何が始まるのかわくわくしながらただ皆の会話に耳を傾ける。
「シオン、楽しみにしてろよ。」
ーギュレンさんは何をそこまで俺に見せたいのか。大したことなかったらそれはそれで反応に困りそうだがーなんてシオンは考えながら夕方になるのを待っていた。
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太陽がかなり傾いてきた。そもそも山間の谷の下の下なので太陽が今どこの位置にあるのかはわからないが、ギュレンが言うにはそうらしい。
日光が直節当たらないのでかなり肌寒く、薄暗い。焚き火が無ければかならりしんどい状況ではあった。ギュレンがおもむろに立ち上がり、小高くせり上がった岩に移動した。
「時は来た。これよりナーツェラス山脈越えを始める。」
「いやに楽しそうねギュレン」
「あまり気を抜かないでくださいよまったく。」
「シオン、よく見てろよ」
ギュレンの得意げな横顔を見てシオンは胸の高鳴りが止まらなかった。
ギュレンは一歩踏み出し両手を広げて叫ぶ
「我が名はギュレン・ユルダルク!!神に仕えし神獣の末裔也!!今こそ始祖返りの時!!この身に宿したる力!!今こそ解放せん!!我らが神獣!!バードエルフたる所以を!!」
目の前には豪風が吹き昇り、谷中に風が唸っている。
ギュレンは地面に両手を着き震え始める。背中が大きく膨らんでき、甲高い雄叫びをあげる。みるみるうちに骨格、筋肉、ありとあらゆる器官が人型ではないものに変貌を遂げる。両の腕は空を押しのけ雄々しい大翼へと。両の足は湾曲した逞しい鉤爪へと。拳ほどはあろうかという鋭い眼。頭部はまさに猛禽。勇壮たる生命のエネルギーが体中に満ち満ちている。瞬く間にギュレンは巨躯たる大鷲へと成った。
「キョオオオオオオオオーーーーーン!!!!!」
大鷲は翼を翻し豪風の音をかき消すが如く叫んだ。
「シオン君、これこそがバードエルフの持つ力です。『化神』そう名付けられた太古の力の解放。私もギュレンに会うまでは信じていませんでしたよ。バードエルフという言葉上その姿の先があることは考えもしませんでした。ただ通常の見た目だけでそう呼ばれていると。」
「化神…」
シオンは目の前の状況に言葉を失っている。ドラゴンなんて安直な想像をしていた自分が恥ずかしい。ギュレンの翼開長はゆうに8メートルは超えている。大型シャトルバスはあろうかという巨体。翼を僅かに動かすだけで空気が揺れる。鉤爪は動物の爪というよりも、もはや鉾槍に近いものを感じる。シオンは山脈を超えるという言葉の意味をようやく理解する。まさに超える。飛び、超える。
「ギュレン…!かっこいい!!やっぱりいつみても感動するわね!!」
エリはどちらかというと怪物といった方が適切な者に対して臆せず近づき、首下を撫でている。ギュレンも満更ではなさそうである。
「ちょっとシオンも早く来なさいよ!!ギュレンだってあんまりこの姿にならないし、そうそうこんな機会ないわよ!」
「いやぁまだボクはちょっと怖いっ!!!」
アムルダの後ろでびくついているシオンを見かねてギュレンがドシドシにじり寄ってきた。
「うっうわ!こっこわぁ!!」
猛禽の鋭い眼光と嘴が目の前までせまりシオンは縮こまってしまう。
気付いた時にはシオンの体は宙に浮いていた。ギュレンがシオンの首襟を啄み持ち上げているのだ。
「うわいやっ!!おしっこちびっちゃうおしっこちびっちゃう!!!」
シオンは軽々と持ち上げれて女々しい情けない声をあげている。
ギュレンは軽々シオンをひょいと自分の首元に乗っけた。
「うおっ!高っ!!」
「シオン!受け取って!!」
エリはギュレンの首元目掛けて細長い何かを投げ飛ばした。
「うわっ!!なにこれ!」
「革ベルトよ。これをこうやってギュレンに括り付けて、ちょっとシオンちゃんと抑えてて、荷物も両足にバランスよく。」
エリはギュレンの体に自分たちの荷物を固定していく。
「どおギュレン~大丈夫~?飛べそう?」
ギュレンは首から肩にかけてのベルトと足に括りつけられた荷物を揺すったりつついたりして頑丈さを確かめる。
「めっちゃゆれる!おお落ちる〜!」
シオンはギュレンの上でバランスを取るので必死だ。ギュレンは荷物がしっかり固定されていることを確認し終え大きく頷く。出発の時は近い。
ー奇跡ー天上の揺り籠ー
ギュレンを除くシオン、エリ、アムルダには防除の加護がかけられた。
淡い緑色のオーラを纏う体はまるで午後の昼寝のような心地よさがある。
「これで、急激な温度低下、風の中を舞う粉塵、風による乾燥などの事柄からは身を守れるでしょう。」
ギュレンは一人一人自分の肩に乗せていく。
「こ、これ振り落されない?」
「このね、ベルトと腰のベルトとをこうやって結んで繋いでオッケー!」
これから地上を離れ豪風の中を舞おうというにはあまりに心もとない。
「いけます?これで?」
「そりゃあ最低限の保険みたいなものだけどそもそも手を離さないでよ!」
「おいおいマジかよ。」
シオンの手はより一層強張る。
ギュレンがいよいよ離陸にかかる。2,3回羽ばたき、翼の調子を整える。空気の揺れる音がよく聞こえる。姿勢をグッと低くして脚に力を込め、翼を大きく羽ばたくと同時に力強く岩肌を蹴り上空へ飛び上がっていく。そのまま豪風吹き上がる大穴向かって一直線に飛んで行く。ギュレンはは荒波に飲まれる船の様に大きく揺れるため、シオンは目の前のベルトにしがみつくので精一杯だ。ある程度の高度まで飛び上がるとギュレンは羽を折り畳み風の壁に飛び込んでいく。豪風の中で下手に翼を開こうものなら、煽られ大穴に飲み込まれて二度と戻ってこられないか、岩盤に打ち付けられ、潰されたトマトが如くグチャグチャになるのがオチだ。ギュレンは豪風の中を落下していく最中、翼を開くタイミングを見計らっている。ベルトで固定されているとはいえど、シオン達にかかる負荷は計り知れない。
「ギュレンさん!いつまで!!もう!!!腕が!!!!」
シオンは今にも腕が引き剝がされそうになり、ギュレンに呼びかける。ギュレンは最も大きな風の塊が吹き上がってくるのを待っていた。確かに、大穴への突入と上昇は何度でも繰り返すことができる。しかしそれはギュレンが単独で行動できる場合のみ。背中に乗っているシオンらの体力が持たない。そもそもバードエルフは航空機やグライダーとは違って、人を乗せることを想定しているわけではない。一瞬の判断の誤りで旅の終焉を迎える。
「うおぉッッ!!!」
ついにギュレンが風を捕まえて翼を一直線に開いた。
急下降からの急上昇。アムルダの奇跡が無ければ内臓がどうなっていたか想像に容易い。
一度風を捕まえてしまえばあとはバランスを保つことに全集中をする。次から次へと風を乗り換えていく。山を一つ越えた。しかし、さすがは『コンダンガス<心折る者>』次の山、次の山とまるで針のように連なっている。風神の力は山脈全体からあふれ出ている。ギュレンは一つの風も逃してならぬと常に翼の微調整を繊細に行うのと同時に、乗員を落としてはならぬという二つの重要項目を着実に遂行し続ける。山々を上から見下ろす絶景、吹き荒れる豪風、完全体のバードエルフ、絶叫アトラクションにはしゃぐエリ。そのすべてを見逃す男、シオン。無理もないが、しがみ付くのに必死で目を瞑ってしまっている。通常、遊園地のジェットコースターでさえ5分以上乗るということはない。それがおおよそ1時間半も続いた。シオンはぐったり項垂れて、ギュレンの上でうつむいてしまっている。
「シオン!見て!シオン!!」シオンはエリに呼ばれてハッと気が付いた。
「見て!すっごく綺麗よ!」エリは前方を指さしながら叫んでいる。
シオンは絶景を目にした。山脈を超えたのだ。眼前には街と村々の仄かな明かりがぽつぽつと揺らいで見える。王都へと続く大きな街道には街灯と思われる光の列が並んでいる。そして一際目を引き付けるのが遠く小さいながらも月明りに照らされた王都ルゼンダールの白き王城。丘の上に聳え立つそれはゾルバルク王国の栄光と繁栄をまざまざと諸領土に見せつけている。
「すごい…こんな綺麗な景色は見たことない…」
シオンはギュレンの背に揺られながら目の前に広がる世界に感動を隠せない。しかしシオンはここで違和感を覚える。
ー山脈を挟んでこんなにも景色が違うもんなのか?ー
遙か上空からでも分かる経済規模、人口密度の違い。今まではさすが中世風というべきか、山、森、岩、やつれた傭兵たち、依頼の報酬もあるかないか、整備されているとは言い難い道、活気とは程遠い村々。それがどうだ。山脈を超えたとたん現代の夜景には確かに及ばないが、それでも”夜景”と呼べるほどの景色。そしてあそこまでの大きさの城は地球には確実に無い。
「シオン君もお気づきの通り、ゾルバルク王国はナーツェラス山脈を挟んで貧富の差が激しいです。貧富の差といいますか差別の壁といいますか、まぁ色々と格差がありますね。」アムルダがゾルバルク王国を取り囲む格差の話をしてくれた。
「なんだか酷い話ですね。みんな仲良くすれば平和なのに」
シオンはアムルダの話を聞き、嫌な気持ちになって眉を顰めた。
「栄華を極めても国の状況がこれではすばらしい国とは言えませんね」
アムルダは皮肉を言い飛ばした。ギュレンは山脈を超え、地上を目指し下降を始めている。上昇の時とは違い、緩やかにゆっくりとした挙動だ。ギュレンは山脈の麓の丘の上へと着陸する。峠道を使っても2日半はかかる山脈をギュレンは風と翼の力で2時間あまりで超えてみせた。
「え、そのまま王都まで行けばよくないですか…?」
シオンは恐る恐るそれ言うかみたいなことをぼやいた。
「何言ってんのよ!ってあんたに言うのは酷ね。撃ち落されて終わりなのよ。王都の領土にバードエルフが入ったなんてなったら前代未聞ね」
ーこ~れはかなり失言だ!!なんかそういう都合上の演出とかじゃなくてちゃんと理由あったやつだぁ!ーとシオンは自分の軽率な発言を恥じた。
ギュレンは皆を下ろし荷物を解いた後、地面に這いつくばった。少しずつ羽毛が剥げてみるみる体が縮小していき、元の姿に戻った。
「ギュレンは山脈超えでかなり疲弊しています。今日はこのままここで休んで明日朝ゆっくり出発しましょう。」
「ギュレン大丈夫?はい、水飲んで?ここ横になって休んでいいよ。ありがとうね。王都までもう少しよ。」
ギュレンはエリの膝の上に横たわりエリは疲労困憊で眠っているギュレンを労わっている。シオンもギュレンを労いたいがあの空間に入っていくほど間抜けではない。アムルダと一緒に荷物の確認を行うことにした。アムルダは周囲に守りの奇跡を施している。絶対安全というわけではないが、奇跡の効果で外敵からの目は多少誤魔化すことができる。この奇跡があるのとないのでは旅の安全度合いが段違いであると言う冒険者も多い。
「シオン君も疲れたでしょう。今日はゆっくり休みなさい。」
シオンも驚きと飛行で心身共に疲れ切ってはいるが、一番の功労者はギュレンなのだ。シオンは就寝の準備を進める。
シオン達はついに王都諸領土へと辿りついた。ここまでの道のりの長さから考えても王都まではもう目と鼻の先である。美味しいものを食べて、賑わう市場で買い物を楽しんで、街の人とのコミュニケーションを交わして。
理想も空想も良いところである。普通の旅ではない。繁栄を極める王都諸領土の端の端で世界の異端者たちが休息を取っている。
時を同じくして。王都諸領土を超え、大きな湖を超えた先、王国東端の辺境キリオーヌ領・カウサエティア廃砦。1か月前、この廃砦にグールが集まり始め、今や200のグールがひしめき合っている。グールは虫や小動物を主食に単独で生きる魔物である。時に人間から物資を奪おうと奮起するが、そのほとんどは返り討ちにされ失敗に終わる。この世の中で最も弱い生き物だ。シオン達が最初に出会ったグールは50。今集まっているのは200。グールは集団で行動できるほど頭は良くない。そんな惰弱な生物がなぜか大量に集まっている。グール達は砦をただただ上の空で徘徊するばかりである。
「はーい!!グールの皆さん~!!ご注目~!!」
深くフードをかぶり、黒ずくめの女が一人。女は崩れた砦の中心でグール達に呼びかけている。グール達が反応する様子はない。
「なんなんだよマジで〜こんなザコの集まりで王都を攻め落とせるわけねぇじゃん。騎士団相手だったら関所ですら怪しいわ!」
女は一人で文句を言って近くの瓦礫を蹴り飛ばす。文句の内容があまりに物騒である。
「冥王の残穢をもってしても雑魚グール200匹じゃ復活も夢のまた夢ね」
女は辺りを見回しながら呆れた顔。
「こんなザコどもと一緒に特攻するくらいならいっそ成れ果てを召喚してしまった方がまだ勝機があるわね。フフフ。200匹の魂は身震いするわ…」
女はフードを脱ぎ捨て、おもむろに自らの心臓を木の杭で突き刺し詠唱を始める。
『嬉々として血祭、有耶無耶の呼声、身体に刻まれるは臙脂の渦。
ー成れ果て召還ー喪異堕螺入道ー』
それは成れ果てを顕現させる禁術。複数の魂を一つに固め、自らを媒介とすることで無理やり成れ果てを召喚する。
女はその場に蹲り、動かなくなった。磁石にひっつく砂鉄の様に女を中心にグール達は無理やり引っ張られ一か所に集まり始める。200匹のグールは強い引力で圧縮され一つの歪な球体となり、球体は徐々に徐々に女の体へと吸収されてゆく。女は地面に這いつくばり、体を大きく痙攣させて笑を浮かべる。
「こここオッこれで強力な成れ果てを」
女性は黒い靄に包まれ、ゆっくりと歩き始める。
グール200匹分の魂。一人では抱えきれないほどのエネルギーは均衡を保とうとエネルギーの少ない所へと引っ張られていく。
この世界のエネルギー=マナ。その最も少ない場所へと。
ーーーーーーーー
~憧れの異世界だがギャグでもチートでもなくガチのシリアス系だった件~
第8話-山脈超え-
青年、異端ゆえに。
もしここまで読んでくれた方がいらっしゃるのであれば、
評価をよろしくお願い致します。
評価、ありがとうございます。