第7話ーマナー
スポーツカーを乗り回すのって憧れますよね
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朝日が昇り始めて明るくなってきていたので、
シオンは明るさと興奮で眠れないと思っていたが、それも一瞬、気付いた時にはぐっすりだった。
ギュレン達の迅速な対応もあって、村の被害は最小限に抑えられていた。
家屋が2軒ほど全焼し、畑や家畜小屋もひどい有様だったが、幸い、村の西側だけで済んだ。
シオンの目が覚めたのは太陽が真上を過ぎてからだった。
ギュレンやエリ、アムルダはすでに起きていて昨日やり残した村の復旧作業に取り掛かっていた。
村長や役場の人たちがギュレン達に報酬を出したいという話をしていたらしいが、新しい家を建てるお金や、新たに家畜を買うお金など、村の復旧にかかるコストを考えると報酬を渡すのはかなり厳しいという結果になった。
エリはプスプス怒って膨れあがっていたが、ギュレンは「宿代とそこでの食事をタダにすることだけで十分だ」ということで、手を打っていた。
「なんでよ!あんな大物退治したんだから村の英雄として銅像くらい建てて欲しいくらいだわ!!」
かなりご立腹の様子のエリだが、ギュレンもアムルダもそれをただ微笑ましそうにみているだけだった。例の如くギュレンは村に入る前から人の姿になっている。
シオンが起きてきた頃には作業もおおかた終わっており、あとは土建屋や大工の仕事を待つだけになった。
シオンは自分だけ寝坊をしてしまったことに「やってしまった…」という後ろめたい気持ちが湧き上がり、建物の裏に隠れてしばらく皆の前に顔を出すことを躊躇っていた。しかし勘のいいギュレンに見つかり、
よく眠れたかだの腹は減ってないかだの赤ん坊をあやすかの様に扱われたのでシオンは後ろめたい気持ちと申し訳ない気持ちに挟まれて「いや、いや、」と口をもごもごさせるだけだった。
「あ!ちょっと!!シオン!!何寝坊してんのよ〜、もう作業終わっちゃったわよ!」
エリはつっかっかってきたが、今となってはーちゃんと言ってくれるということが彼女なりの優しさなのかもしれないなーとシオンは思った。
「いや、本当に寝坊しちゃって、すみません」
適切にぶつかってきてくれれば適切に返せるというコミュニケーションもある。
「まぁまぁ気にすんな、俺たちは目が覚めちまっただけだからよ。」
ギュレン達にとって魔物討伐からの事後処理はもう手慣れたものである。
最近は魔物討伐のみを行い、後のケアを怠る傭兵や冒険者が増えてきているらしい。
「せっかく食事と宿泊をタダにしてもらったんだ、今日はゆっくり一泊して明日朝出発だ。」
ギュレンは今日はこの村で過ごすように言った。
「シオン!剣の稽古してあげるから来なさい!」
エリが思いついたように勢い良くシオンに言った。
時間ができたのでエリはギュレンに言われた通りシオンに剣術の稽古をつけてくれるそうだ。
シオンはエリに腕を引っ張られ、足がもつれながらも付いていった。エリはシオンを村の開けた場所に連れてきて半ば強引に稽古を始める。
「真剣じゃ危ないから鞘と柄を紐で縛るわね」
エリは手際良く自分とシオンの剣を刃が出ない状態にしている。
「エリさんすごく器用ですね」
「物心ついたころからずっとやってることよ、別にすごくもなんともないわよ」
シオンはエリを少し雑に褒めてしまって突っぱねられた。
「あと、『エリさん」ってやめてよ。せっかく一緒に旅してるんだから呼び捨てで良いわよ。呼び捨てで。」
「いや、それは。わかりました。」
シオンは少し納得のいかない返事をした。
「あと!その敬語も面倒くさいからなし!わかった?」
「わかりま、はい。」
シオンは、ー急にフレンドリーになれと言われても難しいってー
と思いながらも反論することはしなかった。
「ちなみに、エリ、は、いくつ?」
シオンは少しカタコトなタメ語で聞いた。
「はぁ、あんたそんなこと気にしてんの?17よ!」
エリは剣を構えて臨戦態勢でそう言った。
「え、年下!?」
シオンはまさかこんなにしっかりした女性が年下だとは思っていなかった。
驚いている間にエリはもうすでに稽古をスタートさせ、こちらに突進してきている。
「構えて!!シオン!!行くわよ!!」
構えろと急に言われてもシオンは剣術のことを何一つとして知らないので、エリの横振りをもろに食らってしまい、その場にうずくまってしまった。
「え!!ごめんなさい!!ちょっと剣の構え方さえ知らないとは思っていなくて!」
エリはもう少し手加減すればよかったと思い詫びながらシオンに手を差し出した。
「……いや痛いけど…もう少し、一から教えて…」
シオンは苦しそうにしながら言った。
それからエリは5歳児に教えるレベルから剣術のイロハをシオンに教えた。
日も暮れてきて、お腹もすいたし体も泥だらけなので、稽古を切り上げ二人はギュレンとアムルダのいる宿屋に向かった。
ギュレンとアムルダはテーブルに座って談笑をしていたようだったが、稽古終わりのくたくたなシオンを見て少し驚いていた。
「おいおい大丈夫かよ、泥だらけじゃねぇか」
「シオン君少しじっとしていてください。今、浄化の奇跡を施します」
アムルダはすぐにシオンを回復した。
「はぁ、相変わらず凄い効果ですね。まるで丸2日寝て過ごしたみたいに元気になります。」
「そう言っていただけて嬉しいですね。
浄化の奇跡は易しい叙事詩の一節ですが、簡単ゆえにその精度は聖職者によって大きく変わりますので。」
「ちょっと、シオン敬語」
未だ敬語を使うシオンに対してエリは不満の態度を示した。
ギュレンとアムルダが少し不思議そうな顔をするのでエリが加えて説明する。
「稽古中にね、これからは敬語もさん付けもなしでっていう約束をシオンとしたのよ」
「いや、約束というかほぼ強制で」
シオンとエリは今日の稽古で今までよりはだいぶ仲がほぐれてきたようだ。
「エリらしいといえばエリらしいですが…なんというか短絡的。タメ口や呼び捨てだけが仲の良さとは限りませんよ」
「アムルダはそういうところ硬いのよ、おっさんだと思われるわよ」
「俺は別にどっちでもいいぜ、シオンがしたいようにしてくれ」
ギュレンは特に気にしていないというかどうでもいいという感じだ。
「いやまぁ、そうっすね、じゃあギュレンさんとアムルダさんは引き続き敬語とさん付けで…」
「なんでよ!!私だけなんで!!」
会話が流れるままにシオンとエリは席についた。
「どうだったよ稽古。見た感じじゃあかなり頑張ってたみてぇだが」
ギュレンは自分が促した手前稽古の進捗が気になるようだ。
「大変だったけど、初めての剣術で楽しかったっていうのが感想っすね。」
「良くも悪くもド素人って感じ、とりあえず持ち方とか構え方とか基本から教えたけど王都につくくらいには戦力になるかしらって感じね~」
ギュレンは二人から比較的いい報告が聞けたので少し満足そうだ。
エリが続けて言う。
「でもなんか、マナの流れがあんまり感じられないのよねぇ」
「それは得手不得手ある部分だからなぁしょうがねぇか」
「ん?マナ?」
シオンはワクワクするワードを聞いて急に体が熱くなるのを感じる。
「あの…マナって、なんですか?」
「おいおいまじかよ。」
「え、どういうこと?」
「これはまたまた面白いですねあなたは本当に」
3人とも各々違った反応を示したが、異界の地から来た少年がマナという地球でいう酸素のような”あたりまえのもの”を知らないと言い出したので驚きを隠せなかった。
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『マナ』
世界を構成している力の源の一つ。
人間が生まれた時から体内に取り込まれていき、齢10を超える頃、マナの扱い方に違いが表れ始める。
マナを扱うこと自体は難しいことではないが、目を見張るような肉体強化は才能が無ければできない。
マナを『体内で巡らせる』ことは生物であれば誰でも可能だが、
『エネルギーとして放出』するということは、『魔人』にのみ許された神業である。それは人々に『魔法』と呼ばれ、恐れられた。
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アムルダがひと通りマナについて説明してくれた。どおりで、とシオンの中で今までのギュレンやエリの活躍の仕方についての疑問が晴れた。
「え、じゃあ、あなたの世界の住人は魔物退治する時とか、夜盗に襲われそうになった時にどうやって戦っているの?」
エリが嫌味や馬鹿にするというわけではない単純な疑問として聞いてきた。
「いや、その、いないんだよね、そういうのが、そもそも。剣とか奇跡とかも使わないし」
シオンはーいや概念としてはあったり、歴史上そういうことはあったかもしれないけど説明が面倒すぎる!!ーと思いながらそれらを一切合切無いということにした。
「ないって、そんな」
エリはなんとも納得のいかない顔をしてそのまま黙ってしまった。
「まぁいい、俺たちがシオンのいた世界について知ったところで何にもならねぇしな。」
「そうですね、この世界についての方をシオン君に説明した方がよっぽど良さそうです。」
ギュレンもアムルダもシオンの話が突拍子もなさ過ぎてあきらめたのか割り切った態度をとった。
それからシオンはマナをどう体で回していくのかをプロであるギュレンとエリから聞かされ試した。しかしシオンにマナを扱う感覚はもちろんないし、そもそもマナが体内に取り込まれているかさえも怪しいので、シオン含め全員ついには諦めてしまった。
「なんか…ごめんなさい…」
シオンがあからさまに肩を落として落ち込んでしまったので
「これからうまく使えるようになるかもしれないじゃない!」
「マナの扱いが全てじゃねぇって、日々の鍛錬の方が何倍も大事なんだぜ!」
「この世界でもマナを上手に扱えるのはほんの一握りですから才能がなくても大丈夫ですよシオン君!」
みな必死に励ましてくれた。しかしそれはそれでシオンの恥ずかしさも増してしまった。そして何よりもシオンが落ち込んだのはーなんか俺は才能があって、ここでチート能力開花して無双モードみたいな展開を待ってたんだが…ーと他力本願な妄想をしていたことも理由の一つにあった。
「そういうことなら、シオン君にこの護符を渡しておきますね。」
シオンがマナ操作で防御力上昇や運動能力上昇が出来ないとわかると、アムルダは自分の懐からお札を数枚テーブルに広げた。
「エリにこれから剣術を教えられていくとはいえマナの補助なしに戦うのは流石に怖いでしょう。もし一人で戦うことになったりした時はこれらの護符を天に掲げて祈ってください。」
「あ、ありがとうございます大切に使います」
「大切になんかしないでくださいよ、護符はまだまだありますので」
アムルダはふふと微笑みながら優しく答えてくれた。
それから4人は食事をしながら2、3時間ほど他愛のない会話をしたのち、2階の寝室で眠る。
シオンは「また明日から布団無し生活に戻るのか…」と少し残念な気持ちで眠った。
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「アムルダ、大丈夫か」
ギュレンは眠る前、アムルダの部屋を訪れていた。
「お前、あれからまともに眠れてねぇだろ」
ギュレンの発言にアムルダは少し目を逸らした。
「気づかれていましたか。別に大したことじゃありませんよ。」
「大したことだろ。アムルダいてこそのこの旅なんだ、辛いことがあるなら言ってくれよ」
アムルダはため息をついた。
「あなたには誤魔化せませんね。代償ですよ。」
「代償?!だってお前目と耳は!」
「これは光の奇跡への供物です。代償というのは影の奇跡を人へ行使したことへの代償です」
アムルダは至って冷静に話している。
「人って、まさか自分も含まれるのか…」
「神はなんでもお見通しですね。私一人が影の奇跡を使おうと使わまいとなんら世界に影響はないと思いますが…」
アムルダは自嘲的に笑った。
「ギュレン、これはあなた達の旅でもありますが、私の旅でもあるのです。出発の時あなたとエリに誓ったことは私の信念なのです。これから私は影に苛まれるでしょうが、死ぬことはありません。あなたは何も心配せずに前だけを向いてください。」
ギュレンはアムルダを強く抱きしめた。
「俺が心配しに来たのにお前に励まされちゃあ世話ねぇよ。必ずたどり着いてやる。もちろんみんなでだ。『東方の至境アガルタ』楽園に行けば何もかもが解決だ」
言葉を残しギュレンは部屋を出ようとした時アムルダは言った。
「グールの異常行動。成れ果て。規格外の土竜蜥蜴。そしてシオン君という異例。ギュレン、世界は変わり始めているのかもしれません。現に、我々も世界から見れば異端です」
「良くも悪くも風向きが変わった気がするぜアムルダ」
そんな張り詰めた会話をしている隣の部屋で、世界のイレギュラー青年シオンはただいびきをかいて寝ているだけだった。
〜憧れてた異世界だけどチートでもギャグでもなくガチの戦争系だった件〜
第7話ーマナー
次々読んでください。