第5話ー悠長ー
飲み水は全部ミネラルウォーターですって憧れますよね。
第5話ー悠長ー
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長い夜が明け、シオンの部屋に朝日が差し込む。朝の訪れに鳥たちは囀り、村中に小麦の焼ける芳ばしい匂いが広がってゆく。徐々に穏やかな挨拶の声や馬の蹄の心地良い音が聞こえ始める。村の朝は早い。
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こんなにぐっすり眠れたのはいつ以来だろう。日暮れと共に寝、日の出と共に起きる。人間の本来あるべき姿なのかもなぁ。
そういえば、夢じゃないんだなこれ。夢なら覚めないでと思う自分と、夢ならば覚めてくれと思う自分がいた。朝起きたらまたいつもの自分の部屋なんじゃないかと。もう生きていくしかない。
最後になんか、ジャンキーな物とか食べたかったな
ハンバーガーとか。いやフライドチキンだな。
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そんなことを考えているうちに、ゴンゴンゴンと強めに三回、ドアが鳴った。昨日の夜言った通りギュレンが迎えに来た。
「シオン、起きてるか?」
ギュレンがドアの向こうで呼んでいる。シオンは一呼吸置いてから返事をした。
「あ、はい。今行きますね。」
靴を履き、上着を着て昨日もらった小袋を持って、シオンは部屋から出た。
「おはようございます。ギュレンさん早起きですね。」
「なんだよ、お前だって早起きだろ。大丈夫か?ちゃんと寝れたか?」
シオンはギュレンのちょっとした優しさに体が強張る。
「あ、はい、人生で一番ゆっくり眠れたかもしれないっす。」
「おいおいそれは大袈裟だな!」
ギュレンは笑ってくれた。そのままギュレンに連れられて下の階の食堂に行く。昨日いた席にエリとアムルダは既に座っていた。
「エリ、アムルダ、おはよう。晴れてよかったな。」
二人もギュレンに朝の挨拶をした。
「おはようございます!今日からお世話になります!」
シオンは第一印象(もう第一印象とかいうレベルではないが)は良くしようということで明るく挨拶をした。
「いいわよそういう堅苦しいのは。気楽にいきましょ、もう一緒に旅をしていくんだから。よろしくね。」
エリは昨日の猛反対を悪いと思っているのか、優しく歓迎してくれた。
「エリにしてはまともなことを言いますね。シオン君、よろしくお願いします」
「ッ朝から…!」
エリは舌打ちをして口を尖らせる。アムルダもエリを茶化しながら歓迎してくれた。
「ありがとうございます!改めてよろしくお願いします!!」
シオンは皆の歓迎に安心し心が温かくなった。
「よし、じゃあこれからはシオンも旅の仲間だな!」
ファンタジー感の強い旅の仲間という言葉にシオンは少し鼓動が速くなった気がした。
「シオンはマジで何にも持ってないみてぇだし、この村で揃えられるものは色々買ってから出発するぞ。」
村には木造の建造物が立ち並ぶ。
異世界転移といえばもはや疑う余地なく中世のヨーロッパ的な雰囲気。まさに異世界。現代の科学文明に該当するものは見受けれないが、予想と反して魔道魔法の類や超科学的な物も特にない。見渡した限り、村の人たちは極めて質素な暮らしをしているようだ。村の入り口の両脇には学校の体育館程度の畑がいくつかあり、家畜の鳴き声が時折聞こえる。
「のどかな村だなぁ。」
シオンはつぶやくとアムルダが
「のどか、ですか。良い言い方をすればそうかもしれませんが、素直に表現するならさびれているが正しいですかね。朝なんだから商人の4,5人、魔石売りの1人や2人は村に出入りしていてもいいはずです。活気がイマイチですね。」
「結構しょぼい感じなんすね。僕はほかの村をみたことないのでわからないですけど。」
アムルダはこの村の経済規模に文句を言っている。
「おいおいアムルダあんまり大きい声でそういうこと言うなよ。たしかに昨日の報酬は仕事に対して少ねぇとは思ったけどよ」
ギュレンも特に反論はしないようだ。
「私は別にこの村イヤじゃないわよ。質素でも暮らしがあるわ。夜盗に潰されたり、経済が立ち行かなくなったり、魔物に襲われたりでなくなる村も少なくないんだし。ここは人が少なくて静かでいいじゃない」
ーん?エリさんそれは褒めてなくない?ーとシオンは思った。
「でもまぁぶつくさ言ってもしょうがねぇ!とりあえずこの村で必要最低限のものは買っていこうぜ」
シオンはギュレン達に連れられ村にある雑貨店や武器屋、防具屋に立ち寄り旅に必要なものを次々と揃えていった。
この村には鍛冶屋はおらず、基本的な武器と防具しかなかったが、無いよりはマシだし、どんなに粗悪な物であっても使う当の本人が素人なので、特に問題にはならないだろう。
それから半刻ほどで買い物は済んだ。昨日もらった報酬はもちろん全部なくなったし、なんなら少し足が出てギュレンに少し出してもらったりもした。
何の躊躇もなくシオンのためにお金をどんどん出すギュレンにエリは呆れていた。出発の前にシオンは買ったものを次々と身に付けて、否
装備していき、旅の準備は完了した。
「どう…ですかね…似合ってます?」
「結構いい感じにまとまったじゃねぇか」
「剣が不釣り合いね。表情固いわよ」
「足りないものは追々揃えましょうか」
3人の反応を見ても絶望的に似合っていないわけじゃないらしい。
この村でやることはもう済んだので、4人は昨日入ってきた門とは逆方向の門から出発した。
昨日の暗く怖かった平原に比べ、今日の平原は晴れ渡り、清々しい風が背中を押してくれる。空には雲が流れ、しばらくは良い天気が続きそうだ。少し日差しが暑い。
ギュレン、エリ、アムルダ、シオンの4人は草原を歩いてゆく。
特に何にもないまま村を出てから半刻程経った。
シオンは困っていた。
お互いの関係性が完成しているであろうこの3人。今までの会話を聞いて、ちょっとやそっとの仲ではないことくらいはシオンでもわかる。そんな中に急に参戦させられても相当コミュ力がなければ積極的に会話に参加していくことは難しいだろう。
『アットホームな職場です』というバイト求人でいざ行ってみれば本当に“アットホーム”で、新参者はお断りですでは困る。
シオンは村を出発してから30分ほど、一人で歩いているのとあまり変わらないのでタイミングを見計らうと景色を眺めるということをひたすらに繰り返していた。
ー村を出発してからギュレンさんとエリさんは前の方でずっとしゃべってるし、アムルダは後ろのほうでニコニコしてるだけだし。輪の中に入りたいけど俺別にコミュニケーション能力とか高いわけじゃないし。「あぁ帰りてぇ」て結構ずっと思ってるけど帰る場所とかないし。ソシャゲリリース当時から4年くらい毎日ログインしてたのになぁ。なんでこの世界来たのかもわからんし。
あ、エリさんこっち見た。横顔がかわいいんよね。ギュレンの顔鳥に戻ってるじゃん。今冷静に見てみると結構威圧感あるな。アムルダさんにでも話しかけようかなぁ。悪い人じゃないんだけど苦手な方だな。あと俺別に宗教とか興味ないしなぁ。ー
シオンは何から話しかけてよいかわからなかったが純粋な疑問が一つ浮かんだのでついに話しかけることにした。シオンは先頭を歩くギュレンとエリに近づく。
「あの、ギュレンさん。どこに行くんですか?」
急に後ろから話しかけられたのでギュレンは一呼吸整えてから話した。
「すまねぇとんとん拍子で色々進めて言ってなかったな!とりあえず、今の目的地は」
「王都よ。」
ギュレンの話と繋がるようにエリが答えた。
「王都…」
シオンは王都といういかにも何かが始まりそうな響きに期待が膨らむ。
「何か、どんな用事があります?」
シオンはさらに質問した。
「大した用事はないんだが。エリの故郷が王都の近くだからな、旅の途中に一度立ち寄っておきたかったんだ。」
シオンはーおいおい大した用事ありまくりじゃねぇかーと思った。
「結構用事あるじゃないすか!僕もこの世界の大都市見るの楽しみです」
「俺も行くのは初めてだから少しテンション上がっちゃうぜ」
ギュレンは王都に行ったことがないようだ。
「王都まであとどれくらいですか?」
これももちろん気になる所。旅をするにあたって目的地までの所要時間を確認することは大事なことだ。なによりシオンは早く王都に行きたくて仕方がない。
「あーどれくらいだったっけなぁ。アムルダ!王都まであとどれくらいだ?」
ギュレンは後方を歩くアムルダに聞いた。
「ドニ村を過ぎたのであと70日くらいで着くと思います。」
アムルダはゆっくりと近づいてきて言った。
「あと70日くらいで着くとよ。遠いな!」
ギュレンはニカっと笑ったがシオンは言葉が詰まった。
「っっ遠いっすねぇ。いやあの〜馬とかなんか馬車とか使わないんですか?」
70日と聞いた後にこの質問はさすがに思考がだた漏れである。
「ちょっとぉ、なに怖気ついてんのよ~」
シオンはエリに肘でつつかれて苦笑いするしかない。
「行商隊や騎士じゃねぇからな、馬は使わねぇ。何より馬は高けぇし維持費かかるし置く場所ねぇし戦闘の邪魔だし一長一短だぜ。」
「ゆっくり行きましょうシオン君。何も急いでいるわけじゃありません。シオン君が休みたいときがあればすぐに言ってくれてかまいませんよ」
「そうよ、私は早めに行きたいんだけどまぁアムルダの言う通りよ!無理して倒れられても困っちゃうわ。」
シオンはみんなから慰められて少し恥ずかしかった。
「なんかすみません、弱音みたいな感じになっちゃって。僕もみなさんと旅ができてうれしいので」
ようやく会話の輪がめぐっている感じになってきた。これから最低でも2か月は寝食を共にする仲間たちだ。目的地は王都。ようやく旅の始まりである。アムルダがシオンのために王都の詳しい説明をしてくれた。
「王都ルゼンダール。このネゼル・ベゼルで最も栄える国の一つゾルバルク王国の都です。白く聳える王城は一見の価値がありますね。それでもバーサガート神殿には遠く及ばないと私は思いますが…」
ここでずっとアムルダに説明をまかせているとアムルダの祖国の自慢話が随所に入ってきて邪魔である。
『ゾルバルク王国 王都ルゼンダール』
『探し物がルゼンダールに無ければそれは世界の何処にも無い』
そう言わしめる程、栄華を極める白き王城。人間の住む国、都として最も栄えていると言っても過言ではない。
シオン達がドニ村から出発して間もないころ、ルゼンダール城にて。いわゆる、一方そのころというやつである。
城の廊下で若者が一人早歩きで誰かを探している。
「爺!!爺!!どこだ!!元老院じゃ話にならない!!」
ゾルバルク王嫡男第一王子 エルヴィス・シド・ゾルバルク
赤いマントに赤い髪。右胸のゾルバルク王国の真紅の紋章が輝きを放つ。まごうことなき王座を継ぐべき若者だ。かなりご立腹での登場。
「なぜ誰も私の話を真剣に聞いて来れないんだ!!仮にも第一王子だぞ!!爺!!いないのか!!」
「爺はいつでも貴方の3歩後ろに居ります。」
王子の探している人はすぐ後ろにいたようだ。
「爺!!聞いてくれ!!…いや、いや、少し興奮しすぎた。周りが見えなくなってるな…。すまない。」
王子は唾を飲み込み冷静さを取り戻した様子だ。
「ご成長されましたな。猪王子などと呼ばれていた頃が懐かしいですぞ。今でもまだまだご健在の様子ですがな」
黒い燕尾服に身を包んだ老人は顎髭を撫でながら微笑ましそうに言った。
「揶揄うのはよしてくれ。実際私の猪突猛進なところを好く思っていない輩も多いんだ。」
「それはそれは、失礼致しました」
爺はまた微笑みながら言った。
「本題だ。先刻行われた王国議会に例の件の調査に早急に取り掛かるように進言をしてみた。」
「『キリオーヌ領 カウサエティア廃砦』の件ですな。」
「そうだ。悔しいことに元老院たちは聞く耳なしって感じだったよ。」
2時間ほど前のこと、議会広間にて。
『定例王国議会』数か月に一度開かれる王国の指針を決める重要な会議。
メンバーには宮内卿、大蔵卿などなど役職を持つ元老院貴族ら、騎士団将軍、第一王子、そして国王が顔を連ねる。20人ほどいるメンバーのそのほとんどが元老院。国王はここ数回体調不良で欠席している。
そんな重要な会議で若き王子が発言をしている。
「早急にカウサエティア廃砦の調査部隊を編成して手を打つべきだと僕は考える。」
大きな広間には、向かい合うように長いテーブルが並べられている。
一番奥は議長席だ。ふんぞり返るように座っているのはこの国のすべてを決める重要な議会の議長、元老院エルカン・フンゾ
きれいに整えられた黄色の髭をゆっくりなでながら小太りの男は反論した。
「予算は君が出してくれるのかね?」
「予算?」
エルヴィスは聞き返す。
「遠征をするのも、新たに部隊を組むのも、お金がかかる。そもそも、何日調査するのか、何もなかった場合国民にどう説明するのか、そこまで考えたうえで、君は発言しているのかね。」
「だ、だが、何かが起こってからでは遅いということも!」
エルヴィスは言葉が詰まった。なにも考えていなかったわけではないが、フンゾを納得させる言葉がまるで出てこない。
王国の財務を司る大蔵卿が横から口を挟む。
「フンゾ殿はすべてを考えたうえで結論を出されている。王子はまだまだ思慮が足りないですぞ。」
エルヴィスのほぼ向かい側に、腕を組みながら座っている屈強な男。騎士団長ガドヴィン将軍が口を開ける。
「確かに、今は建国祭の準備や、騎士学校の寄宿舎の増設、教官の増員、城の修繕工事、そして何より国王の調子があまり優れない。そこにカウサエティア辺境の調査となるとさすがに厳しいかもしれないな。加えてあの廃砦はキリオーヌ領の管轄だ」
議会全体の雰囲気から見て、エルヴィスの提案は受け入れられていない。
「ガドヴィン将軍もそうおっしゃっている。それではこの議題は」
「ただ」フンゾ議長が話を終わらせようとしたが将軍が話を遮る。
「ただ、一考の余地はある。ただえさえ最近芳しくない噂も多い。
南方国境付近に現れた化け物退治に騎士団が応じたのもつい先月のこと。兵士に負傷者も出た。滅多に人を襲わないグール共に積み荷を狙われそうになったという商人ギルドの報告も増えている。」
ガドヴィン将軍の話に対しフンゾ議長があきれたように言う。
「それらの話は前回の議会で済んだであろう。それに、たかが噂に決断を振り回されては国の存亡に大きくかかわりますぞ将軍殿。大きな商人ギルドからは護衛の要請が増えて騎士団の収入も上がった。さらに化け物討伐で兵士の出動も増え、士気の上昇、士官学校への志願も増加、寄宿舎の増設は免れないが、それを覆すほどの収入も得られている。一見損益だと思われる事例にも利益が隠れているもの。そういう意味では、王子のおっしゃった砦の件も裏を返せば何か利益になるやもしれないですな」
「確かに、利益があるか調査に出てみるのも悪くないかもしれませんな」元老院たちは王子を子馬鹿にするように笑った。
「国民になにかあってからでは遅いですよ!」
エルヴィスは少し険悪な声で話した。
「現状何もないのであればそれで良いではないか」
元老院たちは一貫として態度を変えない。
「国民や諸領土に被害が出始めているのはフンゾ殿もご存じでしょう?」
「小さな火種は消していけばよかろう、それに被害がおおきくならぬために士官学校で兵士を増やし、国の力を大きくしようとしているではないか」
「いつか取り返しのつかない大火になっても…」
「そこまでです、エルヴィス王子。座りなさい。将来上に立つ者として冷静さを忘れてはいけない。」
フンゾの機嫌が悪くなる前に止めたのはガドヴィン将軍だ。
「議長も大人げない。王子はまだ議会に出てきて間もない。
もう少しお手やらかに議長の務めを果たしてください。」
ガドヴィン将軍はエルヴィスに喝を入れたうえで、フンゾにも釘を刺した。
「将軍に言われては何も言えないですな、不満が募り反乱を起こされても」
「フンゾ議長!…冗談でもそのようなことは言われぬよう。」
ガドヴィン将軍は軽率な発言をしたフンゾ議長を戒告の眼差しで見た。
「これは失敬。議長として有るまじき発言でしたな。滞りましたな、次の議題に参ろうか」
エルヴィス王子の議題については何も進まぬまま議会は終わった。
上程するにあたって不十分な所はあったかもしれないが、あのようにあしらわれては、王子が怒るのは無理もない。
「なんと、王子に対して無礼が過ぎますぞフンゾ殿」
爺がエルヴィスから一連の流れを聞いて呆れている。
「父上が寝込んでからフンゾを筆頭に元老院たちの態度が変わった気がする。」
「由々しき事態ですな。」
「あぁ父には早く表舞台に戻ってきてほしいと願っている」
「そこもそうですが、今大事なのは砦の問題のほうでございましょう」
「僕にはもうどうすることもできない。調査に出ようにも直属の騎士団を僕はまだ持っていない。資金も自分一人ではどうしようもない。
諦めるわけじゃないが、現状何も手段がない。」
「それではこの爺めがフンゾ元老院にガツンと」
「それはだめだ、いくら王子の従者であろうと元老院に口出しすれば首が飛びかねない。」
「冗談でございます。それくらいの気持ちで私は王子の味方でございます。」
二人は廊下を歩いていく。
ギュレン達が遭遇したドニ村の情報が王都に伝わるまで1か月。
キリオーヌ領カウサエティア廃砦に200匹にも上るグールが集まっているという”噂”が都に入るのはその議会から3か月が経ってからだった。
まさに悠長。新しいリーダーが国を導くか、もしくは国が滅びるか。
そんな王都ルゼンダールに今、シオン達は向かっている。
第5話ー悠長ー
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