第2話ー異常事態ー
憧れって人生において大事な要素なのですよ。
ーーー
日は暮れた。
ただ、太陽の明るさは微かに残っている。
心地よく吹いていたそよ風は止み、傭兵たちの足音と吐息だけが聞こえる。
青年は、場違いなことを理解しつつも必死に歩く速さを合わせる。
ただ、合わない。合うはずがない。
プロの冒険者たちとプロの傭兵たち。
ついさっきまで温室育ちのただの学生だった彼にとってそれは地獄のような時間だった。
ーどのくらい歩いた?こんなに歩いたのは高校の耐久遠足以来か?
1歩がでかい。なのに足音が小さい。ついていくのに精一杯だ。
これが傭兵、これが冒険者。『お前、死ぬかもな』心臓が爆発しそうだ。なんでこんな目に。そもそもここどこだよまじでー
自分の中で張る虚勢。こんなの余裕だと信じたい。
きっと楽しく魔物を倒すのだと信じたい。
それでもなお青年の頭にこべりつく冷たい発言。
『死ぬかも』
ファンタジーでは当たり前。魔物を狩って日銭を稼ぐ。
これほどまでに空気が重たいものか。担いでいる剣がますます重たい。心が重たい。足が重たい。帰りたい。どこへ。青年は今すぐにでも逃げ出したかった。
しばらく歩いていると遠くに小さく揺らめく炎が見えた。松明か焚き火のようだ。
ギュレンが片腕を上げる。止まれの合図だ。
縦に長かった部隊が再びギュレンを中心に小さく集まる。
「グールが火を使っている?」
誰かが呟いた。
「敵はグールだけじゃないのか?」「すごい数だ」「見えるのか?」「情報と違う」「とんでもねぇ」「グールが群れをなすなんて」
グールの予想外の様子に傭兵達は少し怖気付いている。
「お前ら聞け。」
ギュレンが制止する
「冷静に行くんだ。たくさん集まろうがグールはグールだ。数で押されるな、気迫で押し返せ。自分の実力と今までの経験を信じるんだ」
小さく、されど力強く、ギュレンは皆を鼓舞し全体の士気を高める。
エリが先頭に、アムルダは部隊の中心に、ギュレンが最後尾に移動する。
各々がそれぞれの位置に付き陣形が完成する。
青年は、ただ、ギュレンの後ろで突っ立っているだけ。
「おいお前、俺から離れるなよ。お前がどこの誰かは知らねぇが、死なれたらさすがに後味が悪い。」
青年の顔がこわばる。護られる安心より死ぬかもしれない恐怖を青年は強く意識してしまう。
ギュレンがアムルダに合図する。
アムルダはひざまずき胸に手を当て、目を閉じた。
ーーーーー
〜 奇跡 〜 それは神の御業。
光あるところに影あり。
破壊と創造、2つで一つ。
武器を捨て、邪念を払い、
自らの 肉体 命 魂
その全てを神に捧げて発現する力
魂の真髄から溢れ出す光
魂の深淵から滲み出る影
全ては女神の導くままに。
ーーーーー
アムルダが静かに祈る。
「大地にあられる神々よ、我らに加護を与え給え。
悪しきを背き、我らに祝福を。主よ、ネゼル・ベゼル」
ー奇跡ー光の抱擁ー
ーなんだこれ…!!
温かい布で包まれたかのような安心感
これが…魔法…?すごい。
勇気が湧いてくる感じがするー
転移、魔物、亜人、傭兵。ここに来て魔法。青年は思った。
ーもう驚くのはやめよう。流石に疲れてきたし良くも悪くもすっごいストレス。異世界に来たんだ。そういうことが普通で日常なんだー
先頭のエリに合わせ部隊全体がゆっくりと前進して行く。茂みが薄くなっている空き地にグールが群れている。何かしているわけでも、眠っているわけでも、コミュニケーションをとっているわけでもなく。ただ、いる。不気味である。
一瞬風が凪ぐ。攻撃開始の瞬間を青年は目をグッと大きく開け凝視している。
エリ率いる先頭集団がグール目掛けて奇襲を仕掛ける。油断し切っているグール達はエリ達の襲撃にパニックを起こし、鳴き声を上げながら逃げ出す。
傭兵達は手慣れた剣捌きでグールの急所を捉えていく。確実にグールにとどめを刺す。
エリが叫ぶ
「突撃いいいいいい!!!!!」
奇襲は成功。傭兵たちは次々にまだ臨戦態勢を取れていないグールを狩りに行く。グール達は驚き騒ぎながらも傭兵達からなんとか距離を置こうとする。
1人の傭兵がグールを仕留め損ねたが、すかさず他の傭兵がサポートに入る。ここまでは上々。
逃げ惑っているグール数匹の胸部が黒く光った。グールは胸を抑えてうずくまり大きく悶え、泡を吹いて倒れた。
ー奇跡ー愛の蝕みー
『影の奇跡』を人に施すことは聖典にて固く禁じられている。
しかし、相手はグール。何もためらわずアムルダは
影の奇跡、破壊の力をグールに施す。残りの傭兵とギュレン(と必死についていく青年)が一気にグールの群れになだれ込む。
ギュレンは後ろから的確にグールを射抜いていく。
しかし態勢を整えた残りのグール達が臨戦態勢に入る。わかるだけでも20、30はくだらない大群。
グールは最初の混乱からすでに冷静さを取り戻しつつある。人間たちとの数の有利を理解しにじり寄ってくる。ほんの数匹倒したところでグールの数は圧倒的。グール達はギュレン達をぐるりと囲み逃げ道を塞いだ。
「しくじった」「クソッッ」「情報より全然多いじゃねぇか!!」「なんて数だ」「どうする!!」「加護がなければやられてた…」「かかってこいや!!」「クソッ!!!」「追い詰めれらた」「失敗したッ!!」
傭兵たちは次々に弱音を吐く。
圧倒的な数字の差で窮地に立った。無理もない。
「うろたえるんじゃねぇ!!!」
ギュレンが叫ぶ。
「勝つこと以外考えるな!!こんな土壇場で弱気になってどうする!!勝って帰って酒を飲む!!いいか!!!今日帰ったら、ここにいる全員に酒をおごってやる!!絶対にここを切り抜けるぞ!!!」
ギュレンの鼓舞が皆を奮い立たせる。
「エリの合図で全員突撃!!絶対に振り返るなよ!!アムルダァ!!今だッッッ!!」
アムルダが祈りのポーズから一気に
天に向かって手を掲げた。
ー奇跡ー陽だまりー
一瞬にしてあたり一面に太陽の輝きが広がった。目が眩むほどの輝きでグール達は何が起こったのか全くわからない。瞬間、30匹あまりの魔物たちは完全に無防備になる。
「 ッッ突撃ィいいいいい!!!!」
プロの傭兵たちとプロの冒険者たち。
剣で、弓で、神の御業で、それぞれの方法でグール達を倒す。
戦いの終わりはすぐに訪れる。グール達は総崩れ。
50匹あまりいたグール達はあっという間にいなくなった。
ーーーーー
「いやぁ一時はどうなるかと思ったよ」
傭兵の一人が言う。
「ほんとよ!これもギュレンの采配とアムルダの奇跡のおかげね!」
エリも安心した様子だ。
「ご加護をくださった主に感謝です」
アムルダは鼻高々に言った。
「皆!!よく戦ってくれた!報酬も満足のいくもんじゃねぇのに感謝する!!そして、よく生き延びてくれた!!」
ギュレンは皆に感謝を伝えた。
「そしてエリ、よく先陣を切ってくれた。今回は危険な依頼内容だったのに、ありがとう」
エリの頬が微かに赤くなる。
「はぁ、ギュレンに褒められるとすぐこれだ、まったくチョロい女剣士ですよ。」
アムルダお得意のからかいが出た。
「うるさい!ほんとアムルダ!うるさい!」
場に安堵の空気が流れている。
青年も無事生き残れたことに安心している。
それと同時に始めて見る 戦い という非日常。
あれだけマンガでアニメでゲームで見てきた世界が今まさに目の前で繰り広げられたことに感動していた。
「よし、長居は良くねぇ。すぐにでもあのクソ村長に報告してぇからな。行くぞ」
「あ!」
青年が声を出した。
「なんかあったか?」
青年はギュレンに少しビビりつつも大きな岩の方を指差し言う。
「いや、なんかあそこで動いた気がして。いやほんと気のせいかもしれないですけど」
「おいおい今更やめてくれよ。辺り一帯は戦いが終わったあとにざっと確認したし。若いの〜ビビってんのかぁ?」
傭兵の一人がバカにしたように言った。
「すみません!!いやほんときのせいだっt
「待って!!!」
エリが止めた。
「いえ、確かに見えるわ。君、あの大きな岩の陰よね?」
青年はエリの同意に反応する。
「そうです!暗くてぜんぜん見えないんですけど何かが動いたように見えて。」
エリもしっかり確かめたい様子だ。
「ねぇ誰かさっきあの大きな岩のあたりを確認した人いる?」
「おかしいなさっき俺が見たけどグールの死体がある以外は特に何もなかったな」
傭兵は問題は無かったと言う。
「ギュレン!私すごく嫌な感じがするの…」
エリの訴えと何か異様な雰囲気にギュレンは弓をつがえる。
何かが動いた。
ゆっくりと、しかし確実にこちらに向かっている。
岩陰に隠れていたそれは月明かりに照らされて姿を現す。
「グール?」
そこいたのは、満身創痍、
死にかけのグールだった。
「まだ少し生きてたのか?俺がとどめを刺しとくぜ。」
「え?」
エリが怯えてる。
「待って!!グールじゃない!!そいつはグールなんかじゃない!!」
「はぁ?グールじゃない?どういうことだ」
傭兵は早く仕留めて帰りたいようだ。
「わからない…!気配がまるで違うの…何か、べったりとして……とにかくほぼ死にかけならほっといて行きましょう!」
エリの判断は正しかったのかもしれない。
「おいおいちょっとずつこっち来てるぞやんなくていいのか?!」
「やるならやってくれ」「早く帰ろうぜ」「長居は良くねぇぞぉ」「気味が悪いなぁ」「なんでもないって」「なんだなんだ?」
周りにいる傭兵たちは困惑している。
気味が悪い。それは一般人の青年でも感じた。普通じゃない。死にかけのグール。というか普通は死んでいるであろう重症。
目玉が今にも飛び出しそうで、腕はちぎれかけているし、瞳はどこを見ているかもわからない。
空気がおかしい、重たすぎる。怖い。戦う前とは違う恐怖。
深夜の学校。
独りぼっちの墓場。
真っ暗な廊下の向こう側。
誰もいない公衆トイレ。
お腹がぐるぐるするような、近づいてはいけない恐怖
気持ち悪い。本当に気持ち悪い
「ギュレン。行きましょう」
エリがそう諭す
「おう、そうだな。みんな行くぞ、その変なのに構うな」
みな、ギュレンの言うとおりに動き出した。
1人を除いて。
「え、おいおい何かあったらどうすんだよ!!俺が仕留めておくぞ!」
傭兵が剣を引き抜いたその時。
「オデ…オボべタ……ヒ…ヅカ…エル…」
「グールが…喋った…」
誰かが呟く。
通常、グールは話さない。
言葉を解さないから殺すことができるし言葉を解さないから魔物なのである。その常識が覆る。
どう言う訳かわからないが、それが今、目の前で起きている。
ギュレンもエリもアムルダも傭兵達も動揺を隠せない。
「おいおいますますヤベェなそいつには手を出すな。出血もすごい、ほっときゃ死ぬ!かまうな行くぞ!」
流石のギュレンだ。異常な状況下でも皆をまとめ上げる。
ギュレンの言う通り動き出す。
1人を除いて
「え?!なんでだよ!!こんなやばいの殺しておいた方がいいに決まってるだろ!!」
傭兵はグールに近づき剣を振り下ろす。
「え!?だめ!!待って!!待って!!!」
エリが振り返り叫んだが、間に合わなかった。
グシャ
メリメリ
ゴリ…ベチャ…
グチャ
振り返るんじゃなかった。
今までの全てを後悔する。それほどだった。
そこにはグールも傭兵もいなかった。
やばすぎる。
青年は気づいたら恐怖で涙が出ていた。何もできない。
死亡フラグを見事に回収をしたから
異世界っぽさに驚いたから
無惨な死体を見たから
違う違う違う違う違う!!!!
「なんだよこれ!なんだよこれ……!!」
戦慄が走る
ここにいる全員がこの状況を感じ取り、思った。 “異常事態”
ここまで読んでいただきありがとうございます。
嬉しいです。