第1話ー異世界転移ー
井上 志穏 (イノウエ シオン)18歳 大学1年生
ほぼニート生活をしているが、
別に不登校でもないし
馬鹿でもない。ただただ何も無い男。
それでいて目標があるわけでも
何かを目指しているわけでもない。
いや、目指しているものはあるにはあった…。
自分の将来に期待をしているわけでも
絶望しているわけでもない
良くも悪くも、
今の若者
ーどうすれば、人生に彩りが戻るだろう。いつからか友達ができなくなった。いや、実のところいつかは明確にわかっている。大学に進学し地元を離れ、人間関係のつながりがゼロになったあの時だ。それ以来友達の作り方がわからない。昔の自分はどうやっていた?いやそもそも友達と呼べるやつなどはなからいなかったか。やめよう、自分が惨めになる。寂しくはない。今の世の中友達やパートナーがいなくとも楽しく生きていけるだけのコンテンツとインフラが整っている。そう、寂しくはない。しかし、どこか空しい。
「ねむ」
今日1日で発した言葉は2文だけ。
眠いという自堕落な独り言とコンビニの店員に発したレジ袋の有無の確認だけだ。自分の人生はこのままでいいのか。帰路に就く電車に揺られながら、流れゆく街並みと秋の澄んだ遠い空をぼんやり眺めながらふと思った。夢を追うとか、大志を抱くとか、そういうんじゃなくて、ただ過ぎていくだけの人生でいいのだろうか。何かへの情熱や果たすべき目標とか立派なものから来る感情ではなく、漠然とした未来への不安と、何かに挑む勇気の無い自分を憂いてそう思う。夜が途端に怖くなる時がある。夕暮れが嫌いだ。また一日を無駄に過ごした気分になる。実際そうだと思うー
「あっ」
ーぼーっとしすぎた。信号は赤色。近づいてくるトラックはもう目前まで迫っている。どうする。どうしようもない。それなりにいい人生ではあったのかな。どうだろー
ーーー
「…?」
青年は気づけばそよ風が吹く気持ちの良い草原に一人立っていた。ひざ丈から腰にかけて埋まるほど生い茂った草っぱらだ。黄昏時。少し暗い。あと30分もしないうちに日が沈みそうな時間。青年の中で、感情がぐるぐる回って最も上位に位置した感情は喜びであった。しかし、それでもなお感じざるを得ない膨大な量の不安。辛うじて保ったプラスの感情になんとかすがった。
「…ヤバい」
ーやばすぎる。この状況を表す言葉がヤバい以外出てこないー青年は自分の語彙の少なさにガッカリする。
「ど、どうすればいい?普通街中とかに転移するもんじゃないのか?」
至らない青年の頭で必死に考えていると、
後ろの草むらから音が聞こえた。小動物が素早く移動するかのような僅かに草が揺れる音。
この状況で草むらから物音。青年はひどく驚き、身をすくめた。
「何だ?!え!」
草むらから現れたのは、『二頭身、醜い顔、角、牙、爪etc...』
まさしく、誰がどう見ても、ゴブリンそのものだ。
「異世界確定!」
確かに転移と一口に言っても別世界に必ずしも飛ぶとは限らない。モンゴルかどっかの草原だという可能性が無いわけではない。地球には存在しないそれを見て、青年の心は踊った。しかし喜んでる場合ではない。モンスター最弱の名を冠しているゴブリンといえど生身の人間よりかは強いだろう。
「武器はないな、ここは逃げよう」
小さい魔物は速い。伊達に二頭身ではない。身体が小さい分、力よりも速さで獲物を仕留めなければ逃げられてしまう。
「エッ!」
ーはやッ!!なんだよ!!ゴブリンってこんなに俊敏!?ー
青年の足がもつれ最初の一歩で大きく転んでしまった。。ホラー映画のあるある。敵を前にして転ぶ。そんな滑稽で哀れな状況が青年自身に降りかかる。
「あっ…」
青年は自分の状況をここで初めて理解する。足が震えている。喉が閉まって声が出せない。
全身の筋肉が硬い。身体が自分の言うことを聞かない。彼は生まれて初めて、自分の生命が脅かされていることを感じた。『恐怖』痛みの恐怖。死の恐怖。その恐怖について深く考える時間はもうすでに青年には残されていない。青年は、自分の生命が終わりを迎えようとしている
この局面においても、今一度立ち上がり、
魔物に立ち向かい戦おうとする『勇気』は微塵も湧かなかった
魔物は目の前でたじろいでいる獲物に容赦なく襲いかかる。不意打ちは成功した。相手は丸腰。この好機は逃せない。魔物は青年を仕留めにかかる。魔物は知っている。人間なんてものは喉をかっ切れば血が溢れてすぐ死ぬ。目の前でよたよたしている獲物に飛びつき止めをさす。
「痛ッ!重ッ!」
ー俺ここで死ぬ!?こんなゴブリン一匹に?!チート魔法は?!最強武器は?!愉快な仲間は?!異世界ってそういうもんでしょ!!!ー
青年は最後の最後、強く目を瞑り、ただ震えることしかできなかった。その時、重い衝撃が青年の体に走り乗っかっていた重みが急になくなった。恐る恐る青年が目を開けると頭に矢が刺さった魔物が自分の後方へと吹っ飛んでいるのが確認できた。
「大丈夫かッ!!」
力強い声が草藪の奥から聞こえた。
「…………助かった……?」
「大丈夫かー?」
声の主が近づいてくる。野太くかっこいい声。聞こえる声からすると他にも何人かいるみたいだ。
青年は倒れた体を起こし覗くように草藪の方を見つめる。草を分け入って近づいてきた救世主の顔を確認する。
「えッ!」
思考が止まる。青年は目の前の現実に驚きが隠せない。
「ありがとうございます。あ、死ぬかと思いました。」
とりあえずのお礼を述べる。
「危機一髪って感じだな!日が完全に沈んでたらお前にも射ってたぜ!」
と、にこやかに彼は言う。彼。正確にはわからないが、おそらく彼。青年は目を丸くして彼を眺めていた。なぜ日本語が通じるかなんてどうでもいい程、奇妙な体験。目の前の現実は青年の想像、想定を有に上回っていた。
「なんだよ、急に黙って俺をジロジロ見てよ、大丈夫か?」
青年は自分の感情がもうすでに分からなくなっていた。自分の想像を超えた見たことがないものを見ると人間はここまで混乱するのか。。
「鳥あたま…」
思わずボソッと出た言葉。
大きく鋭いクチバシ、立派なトサカ、ギロッと睨む大きな瞳、腕に生える無数の羽毛、見た目はまさしく猛禽類。鷹や鷲、その類。
ー二足歩行、人の言葉を喋る鳥人間。ヤバすぎるー
鳥のような彼がシオンに向かって眉間にこれでもかという皺を寄せて凄まじい形相でにじり寄ってきた。
「お前喧嘩売ってんのか?」
彼はシオンのことを怒りの形相でにらみつけている。
青年は、目の前の彼がなぜ急にこんなにも怒っているのか、全く分からなかった。
「よせギュレン。いつものように手を出せば悪い方がこちらになってしまうだろう?」
いかにも聖職者らしい格好をした男がギュレンと青年の間に入った。
「アムルダうるせぇな、一回こいつをぶっとばさねぇと気がすまねぇ。おいなんだよ『鳥あたま』ってよ」
ギュレンという男はヒドく怒っている。
「…え、え、なん、なんですか?」
一方青年はヒドく困惑している。
「クッソ、てぇめぇ…コロス」
ギュレンはとぼけているように見える青年へにじり寄り今にも殴り出しそうだ。
「ちょっと待って!!!」
さらに入ってきたのは長く茶色い髪が綺麗な若い女剣士だ。
「よく見てよ!めっちゃ困ってるじゃん!ギュレンもこの前のこと忘れたのぉ!?完全にこっちの勘違いなのに1人ボッコボコにしちゃったじゃない!!それに!!アムルダもぉ!いっつもギュレンを焚きつけるような言い方して!いつになったら治るのよそれ!」
すごい速さで喋のでギュレンもアムルダも途中で口を挟む隙はなかった。
「言いたいことはそれだけかよエリ、俺は確かに聞いたぜ『鳥あたま』ってよぉ。これも勘違いだってか!?」
依然ギュレンの怒りは収まらない。ここで青年は大方の流れと状況を理解し始める。
ーおそらく俺は軽蔑表現的な『鳥あたま』をギュレンさんに発して怒らせてしまったと。…。
どうしよう。この世界にきて最初の最初で完全にミスった。何も知らないのに思ったことを口にした俺のバカ!そりゃ思うだろ!!見たまんまマジで鳥なんだからこの人!!
人!?いや鳥じゃん!!!あああああクソッ!!全力で謝る、それしかないよなぁー
「gっごめんなさい!!!」
青年は素早く深々と頭を下げる。
「その、ギュレンさんの気分を悪くしてしまったなら謝ります!!マジでごめんなさい」
ギュレン達は青年の態度に少し驚いている。
「いや俺!実はここらへんに来たばっかりで、その、全然そういうの知らなくてッ!あなたみたいな感じの~?を見るのも初めてで!その本当にマジで悪気はないんです!!ほんとにごめんなさい!!」
ギュレン達はお互いに顔を見合わせ、間を置いてから、エリが切り出した。
「ええっと、君、わかったから顔を上げて?なんだか、私達が勝手に騒いじゃって、その、ごめんね!」
エリはなぜか言葉に迷いながら言った。アムルダが続ける。
「そうですね。どんな事情があるかは知らないですが、少し君に興味が沸きます。ギュレン、一旦怒りの矢を引き絞るのをやめにしよう。」
「お前、よくわからねぇが後で話を聞く。時間がねぇ。エリ、剣を一本こいつに持たせておけ。」
エリは口をへの字にして嫌な顔をしたが、しょうがなく背負っている剣の紐を解いた。
「自分の身は自分で守るの。本当は君には村まで撤退して欲しいんだけど。」
青年はわけのわからないままエリから剣を受け取った。
「おお重!?え?え?どどどういう?え?」
ギュレンの方を見てエリは釘を刺す。
「本気で守んなさいよこいつのこと!!」
ギュレンは自分に押し付けられて不満そうに返事をした。
「えええ?え?」
青年は何一つここまでの流れがわからなくなっていた。
急に空気が変わっていく。さっきまでの熱気のあった空気ではない。
剣を渡されて以来誰も話さない。そよ風が草を撫でる音だけが鮮明に聞こえる。
5分程経っただろうか、遠くから松明を持った集団がこちらに向かってきた。とても楽しそうな雰囲気ではない。ものの数分で武装した13人はギュレン達と合流した。
「これしか集まんなかったのかよ」
ギュレンは集まった人数に文句を言っている。
「だからすくねぇんだよなぁ報酬が。村長のじじぃも商人ギルドもケチりやがって」
エリは呆れている
「ギュレン、言ってることはもっともだけど。もう今更しょうがないじゃない、始めましょ」
青年、エリ、アムルダ、そして残りの13人はギュレンを
楕円状に囲むようにしゃがみこんだ。
ギュレンが立ち上がり話し始めた。
「端的に任務の内容を振り返るぞ。依頼内容はドニー村の外れ、北西部に現れたグールの群れの討伐。情報によれば、50匹は集まってる。依頼主はドニー村の村長及びその他複数の商人ギルド。報酬は前金50G、成功報酬130Gがそれぞれ個人に支払われる。これより西へ半刻ほど進んだところにグールの拠点が確認されている。拠点を目視で確認次第、陣形を組み一気に攻め落とす。先駆けはエリ、殿は弓が使える俺がやる。グールも複数となれば脅威だろう。油断しねぇようにな。」
返事はない。が、ここで傭兵の1人が口を開いた
「バードエルフの兄ちゃんが部隊リーダーなのはまぁ百歩譲ってやる。俺らもあーだこーだ言える立場じゃねぇ。でもよ、誰だよこのへなちょこ野郎は」
傭兵は青年の方を見て言う。
「俺が知りてぇよ」
ギュレンがぼそっと答えるが、傭兵が求めた解答ではない。
「見りゃわかる、完全に素人。そんな奴が来て良い任務じゃねぇって言ってんだよ。」
傭兵の不満はもっともである。これから戦いが始まるのに足手纏いがいたら邪魔でしょうがないだろう。
ギュレンが答える。
「じゃあこいつ1人のために誰かが村まで護衛しろってか?いつもならそれでいい。でもな、13人しか集まってねぇのに人手が減るのは致命的なんだよ」
傭兵はギュレンの言うことも一理あると言うが、それでも一般人を守りながらではリスクが大きすぎると主張する。
「じゃあ俺がずっとこいつを見ててやるよ任務の邪魔だけはさせねぇし、もし死んだら俺のせいにしていい。今人数が減ることだけは絶対に避けたい」
傭兵もそこまで言うならと多少の不満は残しながらも承諾した。
ーなんで?!村に撤退してぇよ!一回村に帰ってから後日またやればいいじゃん!ー
と青年は思ったが、言えなかった。青年の心拍数がグングン上がっていく。
夢にまで見た異世界。次々と出てくる異世界的用語ギルド、バードエルフ、グール、村長、知らん通貨…。それと同時に、初めて持つ剣の重み、これから始まるであろうグールとの闘争、それらが強く青年にのしかかる。少し手が震えている。重い空気と緊張に吐き気さえする。
集まった17人は歩き始める。
青年は隣を歩くエリに小さく声をかけた。
「……大丈夫ですよね?」
意外なことに冒険者であるエリも緊張が隠せていない様子だ。
「………聞いたことがないの。」
「え?」
青年は聞き返す。
「…グールが徒党を組んで集まるなんて見たこともないし聞いたこともないの。グールは普通1匹から数匹でしか活動しないの。それなのに50も…。問題を先のばしにしすぎたのよ。10匹くらいのときに手を打っとけばね…」
青年は異常な事態だということを理解した上で黙って聞いていた。
「傭兵が13人しか集まらなかったんじゃない、13人も集まったのよ。こんな訳の分からない小さな村の安賃任務のためにね。任務が無事に終わればいいけど。だから一般人のあなたが大丈夫かをあえて答えるなら……」
その先は聞きたくなかった。
「残念だけど、死ぬかもね、あなた」
ーあぁ……そんなこと言うなよ…ー
〜憧れてた異世界だけどギャグでもハーレムでもなくガチガチの戦争系だった件〜
こんにちは、楠です
私の作品を御高覧いただき
ありがとうございます。
非常に嬉しい限りでございます。
何卒よろしくお願い致します。