表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

企画参加作品及び全ジャンル制覇作品

白い影

 曇りガラス越しに、白いものが横切っていく。

 猫だ。

 真っ白い毛並みの猫。

 曇りガラスの向こうを、音もなく、すうっ、とやわらかな白い影が通り過ぎていく。

 窓を開ければ、そこには古いブロック塀がある。

 住宅街に肩を寄せ合うように建てられた家と家との狭い隙間。

 人ひとりも入ることのできないその隙間に、縫うように建てられた古いブロック塀の上は、この街で暮らす猫たちにとっては公道と同じだった。

 多い日には、二桁近い数の猫が窓の外を横切っていく。

 曇りガラス越しに分かるのは、猫の色くらい。

 黒、白、三毛、キジトラ、灰トラ。

 みな、塀の上をふらつきもせずに滑るように通り過ぎていく。

 柔らかく、滑らかな毛玉。

 通る時間をそれぞれが決めてでもいるかのように、猫同士鉢合わせたり、けんかしたりすることは不思議となかった。

 他はどうあれ、窓枠に切り取られたブロック塀の上は、いつも平和だった。

 だが、そんな感想も、あくまでこの室内で曇りガラス越しに得られるわずかな情報から想像したことに過ぎない。

 一度不用意に開けて猫を驚かせてしまってから、もうなるべくそちらの窓は開けないことにしていた。どうせ開けたところでブロック塀と隣家の壁が見えるだけなのだ。

 退屈で刺激のない日々に、時折通り過ぎていく猫たちの姿は微かな潤いを与えてくれた。

 この世界にいるのは自分一人だけじゃない。

 そんな風に思うだけで、心がじんわりと温かくなる。

 けれど。

 ちらり、と時計を見る。

 いつもの時間。


 暗闇にぼんやりと浮かび上がる、白い影。

 白い影、とは矛盾した言い方だが、そうとしか言えない。


 生まれ変わったら、猫になりたい。


 君の言葉を思い出す。

 柔らかい、白い毛並み。

 白い影が、そっと窓枠からフレームアウトしていく。

 十分に時間を取って、それから静かに窓を開ける。

 ふわりと漂う、懐かしい香り。

 それは君のつけていた香水の匂いのような気がする。

 けれどすぐに薄れて分からなくなる。


 君の生まれ変わりの、猫。

 塀の先に、その姿はもう見えない。

 それでいい。

 そっと窓を閉める。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 猫に癒される話……かと思いきや、最後で切なくなりました。白猫も、ガラスの向こうから主人公を見ていたのかもしれませんね。
[良い点] はっきり見えないものをはっきり描いてくださり、ありがとうございます。 ビンビンきました。
[一言] 企画から参りました。 転生して白い猫になった恋人が本当に会いに来たのか、白い猫に女性の面影が見えただけなのか、いずれにしても残ったものは、胸に弔いの火を灯しつつ、生きていかねばならないです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ