表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

改心?快心!

六月二十二日。

晴れ。


今朝の蒼太は少し様子がおかしかった。

目覚ましが鳴る前に自分で起き、普段食べもしない朝食を食べて、登校する時間を待ちわびていた。


『7時…40分…そろそろかな?』


蒼太は学校へ向かおうと、鞄を手に取った。

すると、蒼太の部屋の戸が開き、雅江が心配そうに顔を覗かせた。


『蒼太?あんた本当に大丈夫?今日は休んだ方がいいんじゃないの?』


蒼太は雅江に向かって姿勢を正して答えた。


『母さん、何を言うんだい?僕は気が付いたんだ。このままじゃいけない!学生の本分は規則正しい生活と、勉学に励む事ってね』


雅江は顔を真っ青にして、慌てて居間で朝食をとる父の敬一郎の元へ下りて行った。


『お父さん!やっぱり蒼太の様子がおかしいわ!私が昨日あんな物投げつけたから…まるで別人みたい…』


一階から雅江のすすり泣くような声が聞こえる。

蒼太は昨日の朝の事を思い出し後頭部を触った。


『まったく…冗談が通じないんだからなぁ。あんなモンでおかしくなってたまるか』


そう言うと、部屋を後にし、玄関へ下りて行った。


靴紐を結ぼうと、玄関に腰かけていると、後ろから敬一郎が蒼太に話しかけた。


『なんだ?今朝はずいぶんと早いんじゃないか?』


『まぁね、たまにはこう言う日があっても良いんじゃないかなって、思ってさ』


靴紐を結び終えると、スッと立ち上がり、玄関を後にしようとした。


『んじゃ、行ってきます』


『あ、蒼太蒼太!』


父は慌てて何か思い出したかのように、蒼太に折り畳み傘を差し出した。


『…何これ?』


『何って、傘だよ傘』


蒼太はイマイチ掴めないない様子で、敬一郎から傘を受け取る。


『お前なぁ、今日は雨だぞ?もしかしたら雪かもしれない。絶対持ってけ』


すると、蒼太は全てを理解し、父から受け取った傘を投げ返した。


『でっけえお世話だ!』


蒼太は戸を開けて外に出ると、勢い良く戸をピシャっと、閉めて学校へ向かった。


『…母さん。大丈夫だ、あれは間違いなく蒼太だ』


父は傘を持って家の奥に消えて行った。



『フンフンフン♪』


蒼太は鼻歌を歌いながら学校へ向かった。


蒼太が早起きした理由。

それは、この時間帯が有紀と出会える確率が高いのだ。

前に、有紀を見かけた時も、時間を間違えた雅江に無理やり起こされた時だった。

たまに後ろを振り返っては歩き、また振り返っては歩きを、繰り返して少しゆっくりと歩いた。

はたから見ると、完全に挙動不審になっていたが、今の蒼太にはそんな事はどうでもよかった。

少なくとも昨日の出来事は、蒼太に大きな変化をもたらしていた。


しばらくして後ろを振り返ると、遠くから同じ学校の生徒らしき人影を見つけた。

蒼太は足を止めてジッと、その人影を見る。

間違いないく、それは有紀だった。

今までの蒼太からは考えられないが、有紀に向かって手を振った。

すると、有紀も蒼太に気が付き、驚いたように蒼太の方へ駆け出した。


『や、やあ!偶然だね。良かったら一緒に…』


などと、格好をつけて言う蒼太の言葉を聞かずに、有紀は蒼太の手を取りスピードを上げて走った。


『う、うわ!な、何?どうしたんだよ!?』


『いいから走って!!』


『走って?ちょっと待っ!!』


蒼太の言葉をよそに、有紀は必死に走った。

しばらく進むと、いつもの公園から見覚えのある人物が顔を出した。


『んげっ!茜!何でこんな時間にっ!?』


普段、蒼太と余り変わらない時間に登校するはずの茜が、今日に限ってタイミング良く姿を現した。


『ん?蒼太?と…有紀ちゃん!?』


茜は驚いたように二人を避ける。


『茜ちゃんおはよう!!』


有紀は、茜の前を通過しながら、慌ただしく挨拶をした。

だが、茜はそんな事より、どうして有紀と蒼太が手を繋いで登校しているのか、その方が気になった。


『蒼太!?あんた朝から女の子引きずり回して何やってるの!?不潔よ!!』


『なっ!どっからどう見ても俺が引きずられてるだろうがぁぁ!』


蒼太の声が、虚しくこだましながら通り過ぎて行くと、茜はそれを少し寂しそうに見つめた。


しばらくすると、十字路に差しかかり、また見覚えのある人物が現れた。


『お前っ!何やってるんだよ!!』


敬介はギョッとした顔で、物凄いスピードで走ってくる蒼太に声をかけた。


『俺が聞きたいぃぃ!!』


蒼太の声がトップラー効果の様に通り過ぎて行くと、さすがの敬介も事態を飲み込めずに、茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。


『今の…有紀ちゃんか!?』


しばらく考えると、敬介は二人を追うように、再び学校へ向かって行った。



『有紀!落ち着いて話を聞いてくれよ!』


『落ち着いてられる訳ないでしょ!遅刻しちゃうよ!』


どういう訳か、有紀は遅刻すると思い込んでいた。


『はぁ?遅刻ぅ!?』


蒼太は何の事か分からず驚くが、改めて有紀を落ち着かせようと試みる。


『ちょっと待って!時計見て時計!多分まだ8時前位だから!』


『え?』


有紀は振り返り、蒼太を見ると足を止め、左手にしていた腕時計を確認した。


『7時…50分!?』


有紀は驚いたように時間を読み上げた。


『ぜぇぜぇ…そうだよ…まだ余裕なんだってば!』


『そうなの!?私てっきり…』


有紀は少し恥ずかしそうに話した。


『ぜぇぜぇ…てっきり何?』


『蒼太君が歩いてるの見かけて、絶対遅刻かと思ったの!』


『はぁ?』


蒼太は訳が分からず有紀に尋ねた。


『何で俺を見かけて遅刻って思うんだよ!?』


『だって…蒼太君っていつもギリギリに学校に着くって、茜ちゃんから聞いてたから…私…』


つまりこう言う事だ。

いつも遅刻ギリギリの蒼太を見かけたが、有紀は蒼太より後ろを歩いていた。

蒼太よりも後ろを歩いている自分は確実に遅刻をしている。

そう、思った瞬間パニックになり、はずみで蒼太の手を取りココまで全力疾走してしまったのだった。


『茜めぇ…あいつも普段俺とあんまり時間変わらない癖にぃ…』


『あはは…まぁまぁ、勘違いしたのは私だから、怒らないで…ね?』


『まったく!』と、言った感じで蒼太は息を整える。

すると同じ制服を着た生徒が、蒼太と有紀の方にチラチラと、視線を送る。

『何だ?』と、言った感じで二人で呆けるが、その理由はすぐに分かった。

蒼太と有紀はまだ手を繋いだままだった。

それに気が付くと、二人とも『わっ!』と、慌てて手を離し、有紀は少し照れながら顔を伏せて手を隠し、蒼太は顔を赤くして明後日方向を向いた。


『…ご、ごめん!』


『わ、私の方こそ!…ごめんね』


二人はそのままお互いの反応をうかがいながら、再び学校へ向かって歩き出した。

しばらくすると、蒼太は今までの事を思い出し、込み上げてくる笑いが抑えきれなくなり噴き出してしまった。


『…ぷっ!あはははははは!!』


蒼太が急に笑い出すと有紀は驚きながら蒼太に尋ねた。


『ど、どうしたの!』


『いやー…ごめんごめん…本当におっちょこちょいなんだなーって、思ってさ』


すると、有紀は蒼太を指差し反論した。


『そもそも、蒼太君も悪いんだよ?何でこんなに早い時間に登校してたの?』


さすがに『有紀を待ってたから』と、言える訳もなく、蒼太は適当に話を流そうとした。


『まぁ、なんて言うか…心境の変化とでも言っておこうかな?』


『心境の変化ねぇ…』


蒼太が『そうそう』と頷く。


『なーんだ、私の事待っててくれた訳じゃないんだ』


蒼太は図星を突かれて『うっ!』と、言葉を詰まらせてしまった。


『(おっちょこちょいの癖に感は鋭いなぁ…)』

と、心の中でそんな事を思っていると校門が見えてきた。


『有紀、今何時?』


有紀は、腕時計で時間を確認する。


『えっとねぇ、7時…55分位かなぁ?』


『まだそんな時間かぁ…さすがにちょっと早すぎたなぁ…』


有紀は蒼太の前を歩き、一足早く校門をくぐると、蒼太もその後から何かブツブツ言いながら校門をくぐった。

すると、後ろから何者かにガシッと、肩を組まれた。


『俺をほっといて先に行くなんて…水臭いんじゃね?』


はるか後ろにいたはずの敬介が低いトーンで蒼太の耳元に囁いた。


『け、敬介!いつの間に!』


『俺の運動神経なめんな』


有紀が、蒼太と敬介の話し声に気が付くと、振り返って敬介に挨拶をした。


『あ、敬介君!おはよう』


敬介は蒼太の肩を組んだまま有紀に挨拶をした。


『よっ!おはよう。さっきもすれ違ったんだけどなぁ…。楽し過ぎて気が付かなかった?』


有紀はエヘヘッと笑うと、敬介に話した。


『ごめんね。あと、蒼太君も取っちゃってるね』


『あぁ、それは全っっ然構わないよ。何なら毎日迎えに行ってやってくれると、コイツの遅刻癖が治るんだけどなぁ』


敬介は、蒼太の肩に回していた手を、今度は蒼太の頭に乗せてグリグリと、髪の毛を掻き乱した。


『フフッ、考えておく』


有紀が悪戯っぽく笑うと、その会話を聞いていた蒼太がワナワナと体を震わせて、敬介の腕を振りほどいた。


『おい!敬介っ!』


蒼太が敬介の方を見ると、敬介は笑みを浮かべているが、目が笑っていないのに気が付いた。


『ん?どうした蒼太?』


『あ、いやぁ…』


蒼太は、感情がこもっていない敬介の言葉を聞くと、その迫力に押され言葉を失う。

敬介は、有紀の方を向くと改めてニッコリ笑顔を作り、断りを入れる。


『いやー、ちょっと悪いんだけど、少し蒼太借りても良い?』


『うん、もちろん』


そう言うと、敬介は再び蒼太の肩に腕を回し、有紀に背を向けた。


『ある所に、恋に悩む少年Aがいました。少年Aは、とても奥手で意中の人とロクにお話もした事がありません。』


有紀に聞こえない様に、低い声で敬介は蒼太の耳元で話す。


『その少年Aが、唯一相談していたのは親友の少年Bでした。ところが、弱気になった少年Aに、つれない態度を取られた次の日…少年Bは見てしまったのです。なんと、少年Aは意中の人と楽しそうに手を繋いでいるではありませんか』


蒼太の背中に何か冷たいものがツー…っと、走る。

蒼太が有紀の方をチラッと、見ると鞄を両手で前に持ち、蒼太達に横を向けて話が終わるのを待っていた。


『当然、少年Bは『昨日と話と違うじゃないか!』と腹を立てました。さて、その後少年Bが取った行動とは?』


蒼太は生唾をゴクンと、飲み込むと敬介の問いかけを黙って聞いた。


『1、小一時間拷問。2、有無も言わさず死刑。3、優しい少年Bは腹を立てることなく、事情を聞くために少年Aが話をしてくれるのを待ち続ける。さぁ…どーれだ?』


敬介は問題を出し終わると、蒼太の肩に組んでいた右腕をさらに回しこみ、蒼太の顔の前でゴキゴキッと、右の指関節を鳴らした。


『ち、ちなみに1の場合の、拷問の種類は?』


蒼太は怯えながら、恐る恐る敬介に尋ねた。


『そうさなぁ…そろそろ夏も近づいて来た事だし…。風流にプールで、簀巻き水攻め!…なんていかが?』


『…(ヤ、ヤバイ!コイツ本気だ!)』

そう思った蒼太は、慌てて敬介の出した問題に答えた。


『さ、3!絶対3!!ってか、是非とも3でお願いします!!』


すると、敬介は本日一番と言っても良いほどの笑顔を浮かべ、蒼太の肩から腕を下ろした。


『正解!!だよなぁ、お前なら答えてくれると思ってたよ、ホント』


敬介は蒼太の肩をバンバンッと、安心したように叩くが、蒼太の顔は引き攣ったまま元に戻らないでいる。


気が付くと、有紀はキョトンと、二人のやり取りを見ていた。


『あ、結局長々と借りちゃったね。ゴメンゴメン』


『ううん、全然お構いなく。でも、私そろそろ教室行かないと』


そう言うと、有紀はその場を後にしようとする。


『蒼太君!敬介君も、またね』


蒼太はその言葉で我に返ると、有紀が満面の笑みで手を振っていた。

蒼太と敬介はそれに答えるように手を上げ、有紀を見送った。

敬介は手を下すが、蒼太は硬直したように手を上げたままだった。


『ハハッ、俺の事は、オマケみたいな言い方だったなぁ』


敬介は、有紀を見送りながら蒼太に話した。


『…敬介。…一個聞いていい?…可愛い?』


少し間を置いてから、蒼太は敬介に尋ねた。

すると、敬介も有紀を見送りながらそれに答えた。


『うーん…お前は、どう思う?』


敬介は、蒼太の方に視線だけを送り、逆に蒼太に問いかけた。


『なんか…スゲー可愛い』


敬介は蒼太の言葉を聞くと、再び目線を有紀が去って行った方に向け、当たり前の事を言うように答えた。


『んじゃ、それが答えなんじゃないか?スゲー可愛いよ』


敬介は、デレデレしている蒼太を引きずる様に、校舎に入って行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ