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激情

この小説には未成年が喫煙をする表現がありますが、実際の未成年の喫煙は法律で禁止されています。

また、それによる責任も負いかねますので絶対に真似をしないでください。

『冷たい…』


蒼太の頬に冷たい感触が走った。

しばらくすると、蒼太の目に光が差し込み世界が広がっていった。



ハッ!と気が付くとそこはいつもと変わらない教室だった。

蒼太の頬にはまだ冷たい感触が残っている。

寝ぼけたように辺りを見回し頬に手をやる。


『…よだれか?』


ふと机を見ると、机には蒼太のよだれが北海道のように広がっていた。


『うーん…。我ながら良く寝たもんだ』


朝のやり取りからすでに四時間ほど経過しており、授業は間もなく終わりを告げようとしていた。


『はい、じゃあ今日やった所は期末に出るから忘れないように』


先生がそう言うと、チャイムが鳴り昼休みを告げる。


『っーあ…さて…助言を頂きに馳せ参じましょうかね…』


蒼太は大きな伸びをして面倒臭そうに立ち上がると、敬介が居るであろう場所に向かって行った。


蒼太が向かったのは、屋上に出てすぐ隣の梯子を登ったところにある貯水槽の陰。

以前使われていた体育倉庫の『喫煙所』は、事件以来先生のガードが硬くなって使えなくなってしまった。

そんな時、敬介が『良い所がある!』と、蒼太と視察に来たのがこの場所だった。


以前の場所よりも景色も良いし開放的なのも良い。

が、如何せん屋外なので、雨が降ると使えない難儀な場所でもあった。



『しかし…ホントに使いずらいな』


蒼太は、そこに居るであろう人物に聞こえる様にワザとらしく文句を並べた。

すると敬介が顔をヒョコッと出し蒼太に手を差し伸べた。


『まぁ、そう言うなよ。使いずらいから誰も来ないんじゃないか』


敬介はニカッ!と、笑うと蒼太の手をグイっと引き、蒼太を引き上げた。


『おぉ!こりゃ良い』


喫煙所に上ると、そこからは街を一望できる絶景が広がっていた。

遠くには海も見え、この日は梅雨の時期にも関わらず入道雲らしき物も見えた。

蒼太達が通う学校は丘の上に建つ学校なので、屋上からの景色がとても良い。

しかし、フェンスなど視界を遮る物も無く、普段いる所よりも3mほど高い位置にあるせいか、新鮮な景色が広がっていた。


『前回視察に来た時は晴れてなかったからなぁ』


蒼太がそう言うと敬介は上機嫌で話した。


『だろ?まだ俺とお前しか知らない場所だからな。今回この場所は誰にも言わないつもりだし』


敬介は腰に手を当て自慢げに煙草をふかした。


『まぁ、前回は人に知られすぎたな。今度こそは死守せねば』


蒼太がそう言うと、敬介はウンウンと頷いた。


『んで、倉田教授の考えは、まとまったかい?』


少し間を空けてから蒼太が敬介に尋ねると、敬介は煙草を空き缶で消し口を開いた。


『行こうぜ』

『拒否させていただく!』


蒼太は少し喰い気味に言うと『してやったり』とした表情で敬介を見る。


『お前…。その食い気味に言う癖直した方がいいぞ?俺と茜でもたまにイラッとくる』


すると、蒼太はゴメンゴメンと肩をすくめ敬介の煙草の箱と空き缶に手を伸ばす。


『だってさー。言われる前に大体読めちゃうんだよなー。空気感とかで』


蒼太は、悪びれもせず煙草に火を点けた。


『んで?教授は何で行くって言う結論に至ったんだね?』


そう言うと、敬介は表情を変え真剣に話し出した。


『まず、お前は有紀ちゃんの事を知らなさすぎじゃないか?と、思ってさ』


『そんな事はないね!有紀ちゃんの部屋はピンクで統一されてて趣味はケーキ作り。で、仕事の忙しい両親のために学校から帰ったら夕飯の支度をしてetc、etc…』


蒼太がダラダラと妄想を並べると、敬介は呆れたように蒼太の両肩に手を置く。


『はぁ…。蒼太、現実を見ろって。お前が知ってるのは有紀ちゃんの噂ぐらいだろ?』


蒼太は妄想を止め敬介の手をどける。

すると、急に無言になり敬介に背を向けて煙草の煙を深く吸う。


『…。そこなんだよなぁ』


そう言うと、煙と一緒に大きなため息をつき、煙草を空き缶で消した。



最近の蒼太を悩ませている原因。


それは、有紀に彼氏が出来たのではないか?

と、言う噂を耳にした事だった。

 

ある日、いつもの様に登校していると蒼太は前方を歩いてる有紀を見かけた。


『こんな時間に珍しいな?』


そう思っていると、有紀との距離がどんどん縮まっていく。


が、当然有紀に話しかける度胸が蒼太にある訳もなく、無言で有紀の横を通過しようとした。

その時、何か光るものが蒼太の視界に入った。

蒼太がチラッと視線を光る物に向けると、そこには有紀の左薬指にしっかりとはめられた指輪が輝いていた。

有紀の横を少し早足で通過した蒼太は、半分パニックになりながら自問自答を繰り返した。


『えっと…。何?今の…。あ!そうか…?今日はゴミの日?』


と、訳の分らぬ事しか考えられぬまま、敬介のところに半ベソで駆け込んだのだった。


その後、敬介が仕入れた情報によると、街で男の人と一緒にいる有紀を見かけたと言う生徒が多数いた。


『うおぉぉぉ!敬介ー!俺を殺してくれー!なるべく痛くないようにー!』


と、蒼太が学校で大騒ぎをした件はさて置き。

それ以来、蒼太はただでも話をしたことがない有紀を避けるようになっていた。



『噂は噂だろ?自分で確かめてもしてない癖に決めつけるなよ』


『だってさー。決めつけるも何もそんなの確定じゃないかい?目撃者もいるのに…。それに、俺はこの目でしっかり見たんだぞ?』


蒼太は大げさに見開いた目を敬介に指して見せた。


『ベタだけど…。弟とか兄貴って可能性もあるんじゃないのか?それに指輪だって気分転換とかそんな理由でつけてたとかさ』


そう言うと、蒼太は悲しげに見せようと大げさに顔を横に振る。


『もぅ、良いんだ…。俺の美しいスクールライフは終わりを告げたんだ。今思ってみるとお前と煙草吸ってる思い出しかないなぁ』


蒼太が遠くを眺めていると、敬介の表情が変わった。


『そうやっておどけりゃ良いと思って…。お前ホント負け犬だな』


敬介が冷たい口調で蒼太に話す。


『…何だ?お前ケンカ売ってんのか?』


蒼太のおどけた口調が変わり肩越しに敬介を睨み付けた。


『だってよ。本当に良いのか?そんなもんだったのか?』


『だとしたら何だよ?俺はもう諦めたって言ってるだろ!』


蒼太は声を荒げて敬介に近づく。


『じゃあ、今ここで言ってみろよ。有紀ちゃんなんてもう眼中にないねって、いつもの様におどけて見せろよ』


感情的になっている蒼太を敬介が冷静にあしらう。


『じゃあ、どうしたら良いんだよ?俺に何ができるって言うんだよ!』


蒼太はまいったと言った感じで頭を掻き、敬介に背を向けてその場に座り込んだ。


『だから、シーランドに行こうって言ってるんだよ。結果がどうあれ白黒付かないままで本当にいいのかよ?』


『くっ…』


蒼太は何も言えなくなり沈黙を始めた。


すると、敬介もそんな蒼太にシビレを切らしたように、背を向けてその場に座り込むと二本目の煙草に火を点けた。


しばらく沈黙が続くと、蒼太が重い口を開いた。


『…。嫌なんだよ』


そっぽを向いたまま、敬介は蒼太の声に耳を傾けた。


『たとえ噂が嘘だったとして…。その後、俺はどうすれば良い?結局今まで通り有紀ちゃんを遠くから見ることしか出来ないんだろ?だったらこのまま身を任せて消滅させた方が楽なんだよ…。もう、遠くから見てるだけなの…。嫌なんだよ…』


そう話すと蒼太は下を向き、また沈黙を始めた。


すると敬介は、煙草を消して立ち上がる。


『…。分かった。今はまだ、結論を出す時じゃないな』


敬介はカバンをヒョイと、取り帰り支度を始めた。


『じゃ、また明日な』


『…?お前、授業は?』


蒼太は我に返り敬介を呼び止める。


『あー…。気分が乗らないからパス、帰って寝るよ。お前は?』


『…。俺も面倒だからパス』


敬介はニコッと笑って無言で梯子を下りて行った。


『蒼太ー?言い忘れたけどさぁ』


敬介が下から蒼太に話しかけると、蒼太は上から顔だけを覗かせた。

すると、敬介が蒼太にライターと数本だけ入った煙草の箱を投げた。


『彼氏がいない方に煙草1箱!』


敬介は蒼太に向って親指をグッと立て、そのまま校舎の中に消えていった。


『…。1箱?1カートンの間違いだろ?』



そう呟くと蒼太は仰向けになり、もらった煙草に火を点けた。


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