日常の純情
この小説には未成年が喫煙をする表現がありますが実際の未成年の喫煙は法律で禁止されています。
また、それによる責任も負いかねますので絶対に真似をしないでください。
六月二十一日午前。晴天なり。
シャーッ!
ガラガラガラ!
蒼太はカーテンと窓を勢い良く開けて、思い切りノビをする。
『っぁああ…。見事に晴れたなぁ…。誰かねぇ?明日も明後日も明々後日も雨だなんて言った奴は。』
そう言うと蒼太は寝癖頭をポリポリと掻いた。
『清々しいですなぁ…。』
家の前の道で雀がチュンチュンと遊んでいる。
『こんな朝はブラックコーヒーでも飲んでユッタリしたいですなぁ…。』
木々の間を風が通り抜け葉をサラサラと揺らす。
町はキラキラと輝いていた。
『…。平和だねぇ。』
蒼太は平和を唱い爽やかな風を受けた。
その時だった。
『ヒュッ…。ゴンッ!』
風を裂く音と共に雷の様な衝撃が蒼太の後頭部に走った。
『がはっ!』
蒼太はその場にガクッと膝を付く。
『馬鹿言ってないでサッサと支度しなさい!遅刻するわよ!』
時計の針は既に8時を指していた。
蒼太が振り返るとそこには母の雅江が仁王立ちしていた。
『っつ〜…。可愛い息子に何て事するんだよ!もう少しでじぃちゃんにの所に逝っちまうとこだったぞ!』
蒼太は悪態をつき後頭部を抑えながら立ち上がる。
『そんだけ元気があれば大丈夫よ!いいから早く支度しなさい!』
そう言い放つと、雅江はピシャ!と、戸を閉めてドスドスと階段を降りていった。
『痛ってー…。いったい何を息子の後頭部に…。』
キョロキョロと床を見回すとそこには祖父の仏壇に置かれているはずの鐘が転がっていた。
『…。コレを息子に投げつけたのか?』
蒼太は体をブルッと震えさせ床からそっと鐘を拾った。
『はぁ…。バチが当たっても知らんからな…。』
そう言うとデコピンでチーン…。と、鐘を鳴らした。
『くあぁぁ…。ダルいなぁ…。』
大きな欠伸をして重い足取りでかかとを擦らせながら学校に向かう。
途中にある公園の時計に目をやると8時10分を指していた。
『うむ…。ナイス時間。』
変な日英語を言いながら小さくガッツポーズをする。
蒼太は学校で昨日のテレビがどうだ。
何組の誰々が可愛い…。
などの日常会話が余り好きではない。
と、言うよりもその手の会話が苦手なのだ。
普段もわざと寄り道をしてギリギリに学校に着くようにしている。
蒼太が公園を横目に再び歩き出すと見覚えのある人影が見えた。
茜だ。
同時に向こうもこちらに気が付き、ブンブンと手を振りながら駆け寄ってきた。
『おっはよー!』
そう言うと茜はニカッと笑い、至近距離でピースサインをする。
『はいはい、朝からテンション上げすぎると周りの人から笑われますよ。』
蒼太は面倒臭そうに茜をあしらう。
『なによ!挨拶で始まり挨拶で終わるのは人としての常識でしょ?』
『お前が人としての常識を問うとは…。世も末だな。』
そんな取り留めの無い話をしながら再び歩き出す。
『そぅそぅ、昨日の話なんだけどさぁ。』
『は?昨日の話?』
蒼太はわざとらしく話をはぐらかそうとする。
『もぅ!夏休みにシーランドに行くって言ったじゃない!』
『あのなぁ…。俺は行くなんて一言も言ってないぞ。』
『いいじゃないのよー。蒼太も絶対行きたくなるからさぁ。』
『どうしてこんなに拒否してる俺が行きたくなるんだか…。是非とも教えていただきたいね。』
呆れかえった感じで蒼太は鞄の中からペットボトルのジュースを取り出し、ゴクゴクと音を立てて飲み始めた。
茜が間を裂くように切り出す。
『水野有紀ちゃん。』
ジュースを飲む蒼太の動きがピタッと止まった。
そして、茜はニヤニヤして蒼太の顔を覗き込む。
『どう?有紀ちゃんも来るんだけど?』
『だ、だから何だと言うんだい?ぼ、僕には全然関係なっちゃれろ?』
蒼太は言葉を噛みながらぎこちない口調で茜に返す。
『水野有紀。』は蒼太の通う学校の同級生。
黒髪のロングヘアーが似合う蒼太が憧れている女の子。
だが、蒼太は有紀と話をした事がない。
と言うのも有紀を前にすると緊張してしまい、何を話していいか分からなくなってしまうからだ。
『へへー。有紀ちゃん可愛いもんねぇ。』
『う、うるさい!何でソレとコレが関係あるのか俺には全然分からん!』
『おーおー!そんなに赤くなっちゃって。本当に蒼太は分かりやすいよねぇ。まぁ、後は私に任せなさいって。』
そう言うと茜はドン!と、大袈裟に胸を叩く。
『んじゃ、私先行ってるね。蒼太もあんまりダラダラ歩いてると遅刻するよ?』
そう言うと茜は、蒼太の肩をポンっと叩きタッタと駆け出して行ってしまった。
『おい!茜!』
しかし茜に蒼太の声は届いていない。
『茜…。お前分かってねぇよ…。』
蒼太は溜め息を一つ吐くとトボトボ歩き始めた。
教室に着くと蒼太の席の机に誰かが座っている
敬介だ。
『よぉ!相変わらず遅いなぁ。』
『無駄話をする時間があったらその分寝てた方がよっぽど美容と健康に良いに決まってるだろ?』
『倉田敬介。』
中学生の時に一緒の学校だったのだが、クラスは一度も一緒になったことが無い。
しかし、茜と同じクラスだった事もあり高校に入ってから意気投合し仲良くなった。
今では僕の一番の理解者であり親友であり悪友。
そして、時に暴走する茜のブレーキを踏んでくれる。
言うなれば面倒見の良いお兄さん役、と言う所だろうか?
『健康は良いとして美容ってのは頂けねぇな。』
『まぁ、これからの時代男子にも多少の色気が必要になってくるのだよ。』
そう言うと、蒼太は大げさに髪を掻き上げる。
『今日も絶好調に気持ち悪いな。』
蒼太がフフッと不敵な笑み浮かべる。
が、敬介はそれを無視して蒼太に尋ねる。
『ところで茜からシーランドの件聞いたか?』
『え?お前も誘われたのか?』
蒼太は驚いたように敬介に尋ね返す。。
すると敬介がおもむろにポケットからシーランドのペアチケットを取り出し、蒼太に差し出す。
『あいつ…。何か良からぬ事を考えてないだろうな?』
蒼太は険しい表情でチケットを見るとそれを敬介に返した。
『さっき誘われた時4人で行くって行ってたけど。お前、あと誰が行くとか聞いてないのか?』
『4人って事は…。俺と敬介。女子は茜と…。』
敬介の言葉を無視して蒼太が言葉を詰まらせて考える。
『勿体ぶるなよ!知ってるなら教えろって!。』
『いや…。実は…。』
蒼太は昨日の茜の様子と朝の茜とのやり取りを敬介に話す。
『…。というわけで有紀ちゃんを誘ったらしい。』
蒼太が話を終えると敬介は難しい顔で切り出す。
『うーん…。なるほどな…。単純に面白半分で仕向けてるなら許せないけど、アイツはそう言う奴ではないからなぁ…。』
『何とかキューピット気取りのあの娘を止められんかねぇ?』
蒼太は目をウルウルさせ敬介の手を握り懇願する。
『ばっ!離せよ!』
敬介は蒼太の手を振り解くと改まって話を続けた。
『まぁ、良いんじゃね?お前は有紀ちゃんのことが好きだ。そして俺も茜もお前には幸せになって欲しい。反対する理由は特に無いな。』
蒼太は呆気に取られた顔で、敬介に尋ねる。
『するってーと何だ?お前まで茜の味方するってのか?』
『そう言う訳じゃねーよ。でも噂を聞くかぎりではなぁ…。蒼太の気持ちもあるし…。何とも言えん。』
言葉に詰まり二人で考え込んでいると教室に先生が入ってきた。
と、ほぼ同時に敬介が再び蒼太に話しかける。
『ま、昼休みの時にもう一回話そうぜ。俺もなんか考えておくよ。』
『昼休みまでに考えるって…。授業受けろよ。』
『俺はお前と違って授業なんていらないの。心配すんなって。』
『お前…。相変わらずカチンと来ることをサラッと言うなぁ。』
敬介はたまにタバコを吸いに行くために授業をフケる。
が、先生に捕まったこともなく、どう言う訳か成績も良い。
運動神経も良くて女子にもソコソコ持てる。
余談だが先週の小火騒ぎも実は敬介が一枚噛んでいるらしい。
しかし、捕まったのは下級生の男子で『俺がやった!』の一点張り。
それ意外の事はまったく話さないので真実は永遠に闇の中に葬り去られた。
『じゃ、また後でなー。』
そう言うと敬介は先生に見つからない様にコッソリと教室を抜け出す。
『はぁ…。面倒くせ…。』
蒼太は出席を取る先生の声に答え、机に突っ伏した。