シナリオ2-悲しむな俺の投資
昨日までの雨が嘘のようによく晴れた朝。
武藤恵一郎はコピペの継ぎはぎで作ったレポートを放り出すとジョー先輩の自宅に向かった。
「絶好のボードゲーム日和だな」
途中、スーパーで格安のパスタソースと野菜ジュースを買い11:30分に到着する。
ジョー先輩は大体夜明け近くまでゲームをしているので、休日に起きるのはこの時間だった。
「先輩ー、開けてくださーい」
部屋のインターホン番号を押して呼び掛ける事10分。オートロックが開き、ようやくマンションの中に入ることができる。
「すまないな。ちょっと30分ほど前に起きたばかりなんだ」
時間の感覚がおかしいが、この人は良くも悪くも「おおらか」なのだ。
「昼飯まだなので、キッチン借りますよ。あと、うどん貰いますね」
「ああ、勝手に使ってくれ」
初めて冷蔵庫の中を見た時に冷蔵庫の中がうどんで埋まっていたのも驚いたが、うどんやインスタントの袋麺を茹でる事を「料理」と言い切るのも驚いた。
ジョー先輩は普段は学食か行きつけの定食屋で食事をとっていて、それ以外はまとめ買いしたうどんばかり食べていたらしい。
理由は安い事と場所を取らない事だった。台所に野菜などの姿はない。
「ホントに野菜食べないですよね。よく生きてましたね」
「たまに食べてるよ。かつ丼の上に乗ってるやつ」
「玉ねぎじゃなくて三つ葉の事ですよね、それ」
さすがに冗談だと信じたい。
本当は簡単な煮物などの常備菜でも作って置いていきたい所だが、うどんを消費しないことには冷蔵庫にスペースが無いのだ。なので、ミートソースうどんを手早く作る。この家には調味料は麺つゆしかないのだ。
「先週消費したスペースにまたうどん入ってるんですけど?」
「安かったんだ」
「せめて半分切るまで買わないでって言いましたよね?」
「よし、さっさと食べて準備をしよう。地形タイルを並べている間に武藤君は素材のチットを」
「はいはい、ミートソースが飛びますから、まずは食べちゃいましょう」
ゲームの事しか頭にないジョー先輩に食事をさせ、野菜ジュースを飲ませ、皿を洗い机を拭いて。
ジョー先輩が嬉々としてボードゲームを並べ始めた頃にはインターホンが鳴り、今日のゲームメンバーが集まりだした。やってきたのは武藤と同じくゲーム会常連のフグさんと、初めて見る細身の女性だった。
「初めまして、暮石です。村の開拓をするから来なさいって誘われたんですが……」
「ジョー先輩、今日は何やるんでしたっけ?」
「ああ。『加藩の開拓者』だよ」
豊臣秀吉の太閤検地による徴税から逃れるため、沖にある島を開拓して隠し田を作る農民たちの開拓村。周囲の材木やレンガ、麦などの素材を集めて道を引き、村を発展させて所定の点数にたどり着いたものが勝利者となる。そんなゲームだ。
「ポイント溜まると大阪城の方向に向かって墾田永年私財砲が撃てるんだよな」
「嘘つかないでください。そんなキャノンはありません」
「国崩しだったか?」
「もう田んぼ関係なくなってますよ」
いつも通りのやり取りをしながら準備をしていくが、初めて参加するメンバーが引いていた。
「すいません、この人は口から出まかせしか言わないんです」
「失礼だな武藤君。法螺も吹くぞ」
「たまには真実を下さい」
ゲーム会常連のフグさんが間に入って紹介してくれた。
「武藤君、城之内さんのペースに完全に流されてるね……俺は福島、フグって呼ばれてます」
「あ、はい。この間、学校で動物たちが島を開拓していくゲームをやっていたら『島を開拓するのが好きなら多人数でやる開拓ゲームをやらないか』って」
「うん、相変わらず酷い勧誘だね」
ゲーム機を取り出した暮石さんに、まずはボードゲームの事から説明を始めるのだった。
「ジョー先輩、ゲーム仲間の勧誘が無茶すぎます」
「だいたいボードゲームってのは一回やればハマるんだ。接触感染に例えられるくらいだぞ、きっかけは何でもいい」
「暮石さん人生ゲーム以外のボードゲーム知らないらしいですよ」
「今日知れてよかったじゃないか」
胸を張るジョー先輩。呆然とするその他一同。
「人生ゲームとの違いを説明するべきですよね?」
「あんまり変わらんよ」
「だいぶ違いますよ。すごろくじゃないし」
「ルーレットの代わりにダイス振るくらいだろ」
「素材を集めて街を発展させるんですよ」
「同じじゃないか」
「まって、俺が説明しますから!」
フグさんの仲裁を受けて、ようやくまともな説明が行えた。
「自分の番になったら、このサイコロを振ります。サイコロの出目の場所で素材が出てきます。その場所に自分の開拓村があると、素材を貰えます」
「この、材木とかレンガとか鉄鉱石ですね?」
「そうです。そして、サイコロ振った以外の人もみんな貰えます。サイコロを振った人は他の人と素材の交換とかの交渉をしても良いですし、道を引いたり村を作ったりに使ってもいいです」
「素材を集めて、交換して、村を……全然違うようで、確かに動物の島に似てますね」
要素だけを抜き出せば似てるような気がするが、本当に似ているのだろうか。
おそらく気を使ってくれた暮石さんに申し訳なく思いつつ、ゲームが始まった。
そして、ゲーム開始30分で暮石さんがとった行動が戦局を大きく動かした。
「あの、ここの土地は数字が有利なので……村作ってもいいですか?」
「……ええ、まぁ」
「武藤君ががんばって引いた道路を寸断する形だが、ルール上は問題ないな!」
「武藤さん踏んだり蹴ったりっすね」
このゲームは初期配置がかなり重要だ。有利な土地を抑え序盤の伸びを見せた武藤だったが、その後のダイス運に恵まれず、ただ道を引くだけのマシーンになっていた。
「あ、確かもっとも長い道を引いた人にボーナスが入るんでしたっけ?」
暮石さんの確認で爆笑するジョー先輩。
「俺の無駄に長く引いた道はそれ貰う為だったので、投資が丸損です」
「そんなすぐに奪われるようなギャンブルするのが悪い」
何がツボに入ったのか大笑いが止まらないジョー先輩は、さらに武藤にダメージを与える手を打つ。
「暮石君が村を作ったので道は寸断されて武藤君のボーナスは消えたな。で、私の番だがここの港を押さえて鉄鉱石を交易に出すぞ」
「鬼畜かこの人」
「あの、その鉄鉱石って武藤さんがさっきからずっと欲しがってるんじゃ」
「欲しがるのは勝手だが交渉に乗るかどうかは対価によるからな!」
武藤の、運が絡むゲームでの勝率は著しく低い。
そして武藤に必要な素材である鉄鉱石は目の前で交易に出され、消えていった。
この日の勝者はフグさん。
ジョー先輩は武藤を煽りすぎて自分の点数を逃していた。
「さっきの鉄鉱石な、盗賊を動かして私の手札から盗れていればチャンスあったのにな!」
「それ、自分のターンが終わってから気が付きましたよ」
ゲームの反省会も楽しいものだが、勝てる道筋があったのに自分のミスで負けたのを自覚するのはとても悔しい。
そして武藤の悔しさはジョー先輩の愉悦でもある。
「まぁ、取られてもまだこっちには逆転の奥の手があったんだけどな」
「なんですかそれ……フルボッコじゃないですか」
「はっはっは。よし、残念賞にこれをやろう」
「なんですか?」
そう言ってジョー先輩が取り出したのは『九龍攻具DIY』のグッズだった。
「たしか、これ好きだったろ。倉庫の奥に眠ってたから持って行っていいぞ」
「これ、ライターですか? あ、もしかしてバーナードラゴンですか?」
「よく知らないけど、8割引きになってたから買ってたんだ。ゲーム化したらやろうと思ってたけど、ならなかったからなぁ」
「人気なかったですからね」
九龍攻具DIYは、日曜大工に使う工具類をモチーフにしたロボットが活躍する作品だ。なのでグッズもそのまま工具として使える。ただし強度が高くないのでハンマーなどをハンマーとして使うと壊れるという欠点がある。この辺も不人気の原因の一つだったのだろう。
「これ、ライターが入ってるんですね。このバーナードラゴンは火を噴く能力があるんですけど、作品中ではほとんど出番がなかったんですよ」
「ライターとか子供に使わせるの危ないよな。どの層に向けて売ってる玩具なんだ。だいたい、DIYでバーナー使う事なんてないだろ」
「サーモンあぶったりするのに使いますよ」
「炙りサーモンはDIYじゃないだろ」
その日は全員泊まり込んでレトロゲーム大会になだれ込んだ。
レトロゲーム大会と言っても、徹夜で宇宙農家を遊んでいたのは武藤とフグの二人で、暮石とジョー先輩は動物の島を遊んでいた。
たくさんの動物たちと交流を楽しんでいた暮石さんに対して、ジョー先輩はストイックに有利不利を突き詰めて金を稼ぐプレイングだったのは見事に性格を表していた。
一般の人は「サイコロ」って呼びますが、ゲーム好きはたいてい「ダイス」っていう印象です。