シナリオ1-瞳閉じて 祈るように
【NO WHERE】
天を貫く光の柱。そして現れた真紅の巨人。
この巨人の威容を見上げる者は、マクガハン帝国の侵略者達だけでは無かった。
「姫様、召喚魔方陣起動しました!」
「とうとう我らが願いに答えて勇者がいらして下さったのですね!」
かつて世界最大の版図を誇っていた古き王国アーグルフェルト。そのもっとも古き血筋である王族の姫巫女が大いなる魔術で助力を願った。対価として術者の全てを差し出してただ助力を願う大いなる魔術。
この巨人はその結果としか思えなかった。
「ベス、わたくしの髪を整えてくださる? ツインテールがいいかしら、それともハーフアップにするべき?」
世界随一の魔法力を持つアーグルフェルトの姫巫女ラシェルは、妄想力もずば抜けていた。
全てを差し出す祈願術式を執り行うにあたり、禊のレベルを超えて体を綺麗に磨き、新しい下着を身に着け、勇者の好みに合うように髪型を変え、髪の色も染める準備を整えていた。
「どうしましょうベス? やはり金髪のままでツインテールにするべきでしょうか。ピンクの方がヒロインっぽいけれど属性が偏るかしら。青髪ショートもヒロイン力高めだけれど負けヒロインの香りもしてくるわ。ねぇどうしましょう」
「姫様、正気に戻って下さい」
異世界を幻視し、世界間の間隙を抜けて影響を及ぼす魔術に適応した巫女である為か、この姫巫女はトランス状態に陥りやすく妄言ともとれる予言や託宣を行う事がある。
「姫様、魔法陣の起動と同時に祈祷塔を中心に城壁が粉々になりました」
「そもそもアレは本当に我々の味方なのですか!」
「召喚陣がある、必要な魔力がある、鍵となる血を引くわたくしがいる。そして勇者が現れた。召喚陣の力で招かれた英雄にまちがいありません」
幼い頃より共に育ち、今も護衛を務める兵士のイチノとニーノが姫を問い詰めるも、姫は薄い胸を張って誇らしげに宣言する。だが、その言葉に説得力はない。
「では、今まで何度願っても現れなかったのに、なぜ今になって現れるのですか」
「それに伝説によれば勇者は人のはずです」
「建国4000年の歴史が記された未明の書によれば……勇者様は大柄な方だったと伝えられています!」
姫とゆかいな仲間たちがドタバタと騒いでいる間に、真紅の巨人は霧のように溶けて消えた。
「姫様、大柄な勇者様が消えてしまいました」
「祈祷塔に込められていた魔力も雲散霧消しています」
「きっとシャイな方なのです」
「あなた達、巫山戯るのは大概になさい。あちらを見なさい、侵略者たちの野営地の方を!」
「ベス、叩かないで、痛い!」
西には霧に覆われた大森林。
南は前人未到の絶壁の岩山。
東には船もつかえぬ遠浅の海。
北から追われ逃げてきた旧王国の生き残りが最果ての地にたどり着き、現住種族である妖精族と穏やかに暮らす小さな揺り籠。
追い詰められたどん詰まり。逃げ場もなく、肥沃な土地も貿易路も失った王国とは名ばかりの集落。それがアーグルフェルト王国の現状だった。
侵略者であるマクガハン帝国には講和の意志はなく、ただ狩り殺されるのを待つだけの暮らしだった。
そこに現れた謎の巨人。二本の両手と二本の脚はあるものの、人型のシルエットからかけ離れた奇妙な姿。
敵とも味方ともつかぬ謎の存在が、幾人もの王国騎士達を倒してきた悪魔の黒騎士たちを瞬く間に打ち倒していた。
その強さと大きさは、何かに縋りたい人々が神性を感じるには充分だった。
そしてなにより、石で作られた建物に住み、青銅と鉄で武装する人々にとって、未知の輝きである水性アクリル塗装のビビットカラーは鮮烈すぎる神秘の色だった。
「なんという神々しい赤でしょう……」
「血の流れよりも赤いですね」
「あれこそ、勇者の証、アクリルミニ X-7の輝きなのです」
帝国兵を粉砕して再び溶けるように消えていくまで、ラシェル姫と護衛のイチノとニーノは手を合わせて祈り続けていた。
異世界サイドで最初に名前出たのメイドのベス。名前も出ない帝国側涙目。
次はまた武藤達のボードゲームから始まります。