シナリオ3-一人じゃ無いさ
【NO WHERE】
「帝国軍の精鋭達よ!」
踵を打ち合わせる帝国兵の一糸乱れぬ動き。銀に輝く鎧に白のサッシュ。彼らは将軍と皇子が呼び寄せた不敗を誇る正規軍であった。
今までアーグルフェルトを攻めていたのは、第二皇子の私兵。戦場での手柄をあげつつ、特殊な新型鎧の効果を試す為の実験を兼ねていた。しかし、帝国に敗北は許されない。とうとう皇子はメンツを捨て、確実な勝利の為に正規兵を呼び寄せたのだ。
「今日、そなたらは巨人殺しの英雄となる! 我らが次期皇帝に勝利の勲を捧げ、共に伝説に名を残すのだ!」
足を踏み鳴らし、盾と槍を打ちあわせ、戦に酔った兵は歓声をあげた。
その様子を眺め、将軍は薄く笑みを浮かべた。
帝国必勝の策。それは大物量による飽和攻撃。当然の事だが、戦争の勝敗は個人の武勇や武具の性能では揺るがない。いつだって数の多さが力だった。自分たちよりも少ない者とのみ戦う事。それが当たり前のルールなのだ。
100人の軍には300人で攻め入る。敵軍が多いならば分断し個別に狩る。そうして積み上げた不敗という事実が敵を恐れさせ、自軍の兵たちを勇猛に育てるのだ。
「降魔鎧の実験は残念でしたが、こうなったからにはもう勝ちは揺るぎませんな」
「当然だ。たった一体の巨人がいかに暴れようとも、10が敗れたなら100で。100が砕かれたなら1000を差し向ける。必ず勝つのだ。勝つまで戦うのだから必ず勝つ」
最近少し痩せた将軍の言葉に、やや不機嫌そうに答える第二皇子。二度の敗走で私兵を失ったことは彼の小さな傷となるだろう。しかし、あの鋼鉄の巨人の死骸を晒して凱旋すれば第一皇子に比べて遥かに強い存在である事をアピールできるはずだ。
第二皇子はこの期に及んでまだそんな事を考えていた。
この瞬間まで。
地平線の彼方、南部密林に寄り添う古城アーグルフェルトに、3度目の光の柱が立ったその瞬間まで。
「来たか。狩りの時間だ!」
マントを翻し、そう叫んだ皇子に伝令の叫び声が聞こえた。
「巨人が2体います!」
「なんだとっ?!」
【NOW HERE】
「なぁ武藤、このシナリオ変じゃないか?」
シナリオ3の敵ユニット配置を眺めて眉を顰めるジョー先輩。
【勝利条件】
・敵ユニットの全滅
【敗北条件】
・自ユニットの敗北
・敵ユニットのアーグルフェルト城への到着
【シナリオ3での追加要素】
・地形変更マップタイルの所持
・城の防衛設備の使用
自ユニットが1体なのに対して、敵ユニットは100体並べる指示が記載されている。
追加した北側マップのほとんどが敵ユニットで埋まる事になる。
「馬鹿みたいですよね、この敵の数」
「いや、地形変更タイルでこの辺を狭くして、個別に狩ればいいんだろうけど、退屈過ぎないか?」
「そんな無茶な。敵をため込んだら移動後の攻撃で削られますよ」
「そんな事はない。こことここを塞いで、特殊行動で侵入不可の岩山に移動してしまえば完封も可能だ」
「え、あぁ、そんな抜け道が!」
「だって、敵はこっちのユニットか城の近いほうを最短距離で目指すんだろ? なのに移動後の地形が侵入不可の場合は攻撃もできなくなるルールなんだから、城までのルートを塞げば終わりだ」
「言われてみればそうですね」
ゲーム好きな人間の中には、穴を見つけるのが異様に得意なタイプがいる。先輩はそのタイプだった。
「それに、主人公側の性能が高すぎる。数VS質になるとはいえ特殊行動が難易度を下げてるし、初期配置でほぼ決まる感じだな。私が敵側に回って武藤君と争っても、あまり……よし!二人で共闘して点数を競おうか!」
ジョー先輩がはいつものように勝手に決断すると、ルールをねじ曲げてゲームへの参戦を宣言した。
「ソロゲームなのに?」
「他の人と遊ぶときは統一されたルールが必要だが、個人で楽しむ分にはルールはいくらでも変えていいと思っているぞ。これ、武藤君が一人でやっても、私と対戦してもあまり面白くないシナリオだろ」
「んー、じゃあ、一体倒すと一点って感じでどうですか?」
「そうだな。さっき言った侵入不可エリアに引きこもる戦法を禁止縛りにすると、ルール通りにソロで戦ったたら勝てない数だと思うぞ。何かルールが抜けているか、シナリオの記載が間違ってる」
「じゃ、二人がかりでちょうどいい感じですね」
「丁度良いと思う。このシナリオは敵の数が多すぎる。どちらが多く撃破するかで勝敗を決めよう」
この瞬間、マクガハン帝国の決死の大作戦は、ただの的に成り下がった。崩れた戦力バランスの中に帝国の勝利は1%も存在しない。なぜならば。
「せっかく九龍あるんだ、4体ずつ使おうぜ」
「1ターンに自ユニット全部動かすんですか? それだと瞬殺しそうだけど」
「1ターンに動かせるのは1ユニットにするか。でもそうすると動いてないユニットが邪魔になる感じか……一人2体にしておこうか」
「それでもだいぶ過剰戦力ですけど、それでいきましょう」
そして並べられるハンマーを持つ機体と回転研磨機であるサンダを持つ機体。
「サンダードラゴンって名前なんですけど、雷じゃなくてグラインダーなんですよ、これ」
「工具である事に夢中になりすぎて戦闘ロボットとして不具合出てるの、いいよな」
「わかってますねぇ。そこが魅力なんですよ」
【NO WHERE】
膝から崩れ落ちる皇子の目に、さらに光の柱が立つのが映る。
「出現した二体の隣に、さらに二つの召喚魔方陣が!」
「ふ、ふざけるなっ!」
「巨人、合計4体です!」
「貴様の目がおかしいのだ」
「火を吐く巨人と、回転する槍を持った巨人はいません! 全て新しい標的です!」
第二皇子は泡を吹いて倒れた。
【NOW HERE】
アーグルフェルト城にハンマーとサンダ。そして、その隣にニッパーとはんだごてが並ぶ。
「これ、もう人型ロボットじゃないな」
「すれすれで二足二腕なので」
「工具に手足はやしただけじゃないか。インパクトドライバーのはもうちょっとロボロボしかったのに」
日付も変わった深夜の6畳間。
机の上に広げたマップに置かれたフィギュアは四体。
「こっちの両手がニッパーのやつはわかりやすいデザインだな」
「7話で橋を架けるときに出てきたんですよ。設定上だと鈍足機体なんですが」
「ボードゲームの駒に使ってるだけだし、関係ないな」
「ですね」
スタート地点のアーグルフェルト城から最短距離を、最大の移動力で進める。
「これはわかりやすいな。ハンマー。パワー系のキャラか?」
「ハンマードラゴンですね。こいつ活躍する回が無いんですよ」
「そんな事ありえるのか?!」
「集団戦の時は一緒に出てくるんで、一応画面の外では活躍してるっぽいです」
「ああ、いるな、そういうキャラ」
先に動かしたニッパードラゴンの隣に配置する。森の中に侵入してしまっているので、移動力のロスがある。ここでの一歩は数ターン後に響くのでマップタイルを一枚消費して平地に変える。
「ここ、森の中なのに他と地形の絵が違うな。なにか違いあるのか?」
「いや、魔力の源泉とかは枠の色が明確に違うし、シナリオに書いてあるので。だからこれはただのフレーバーですね。ルール上は森の地形です」
「このマップタイルと同じだな。ちょっと鉱山っぽい絵が描いてある」
「本当だ、気が付かなかった」
黒く塗られた洞窟と、トロッコ用の線路。その周囲にツルハシが散らかっている。
「せっかくだからこっち使っておくか。鉱山は纏まってた方が開発しやすい」
「『ファビュラス』では、それで痛い目見たんですけど」
「君が、な」
昼間のゲームでの敗北を掘り起こし、煽る。
悔しさを噛みしめ、自機のうちの一機を森の中に配置する。
「挑発されても乗りませんよ。俺は別ルートから背面を突きます」
「ほう。それは良いんだが、そいつはなんなんだ? 手が棒みたいになっているが」
「資料にはアイロンって書いてあるんですけど半田鏝っぽいんですよね」
「なんだそりゃ。形からしたらヘアアイロンかもしれないぞ」
「ジョー先輩の中ではヘアアイロンは工具なんですか」
軽口を叩きながら、もう一体のサンダードラゴンを逆サイドに展開する。このサンダーは雷ではなく回転するヤスリの方である。
「私を囮にする気か。いい度胸だ」
アーグルフェルト城に侵入されると敗北の条件を満たしてしまうので、正面からニッパーとハンマーの二機で隘路を塞いだジョー先輩は、引くことができない。来る敵を迎撃する形になる。城を目指す敵の妨害を押し付けておいて、自分は遊撃し撃破数を稼ごうという狙いだ。
「そっちは二体に隣接されているな。次のターンにダメージ受けるだろ、倒しておいてやろうか」
「そんな事言って移動しないで攻撃できる標的を取る気でしょう?」
「取られる所のを残しておく方が悪い」
「じゃ、こっちのは貰いますね」
山に挟まれた移動力の落ちる地形で足止めされた軍隊を、二人は縦横無尽に撃破していった。
「踏んでる踏んでる!敵ユニット踏んでるって!」
「多すぎておけないんで上に乗せちゃいました」
時折悪ふざけもしつつではあるが、マップを埋め尽くす敵ユニットの群れを作業的に、しかし楽しく排除していく。
「このターンは、ここまで移動してこいつも倒しておく」
「え、それだと次囲まれますよ?!」
「特殊行動があるだろう、あれの二回行動を使ってここまで動くと安全だ」
そして、数を減らした敵ユニットがまばらになった頃、ジョー先輩が動いた。
「なるほど、じゃ俺も行こうかな」
「君はそっちの敵が残ってるだろう、任せたぞ」
「わかりました」
「で、私はまた二回行動でこことここを仕留める」
特に使う必要も無い、やや強引な特殊行動の消費に、武藤は首をかしげる。
「え、使い切っちゃうんですか? 俺は残しておきますよ」
「何を言ってるんだ。特殊行動は魔力の源泉の分だけプレイヤーが使えるんだろ?」
「はい」
『プレイヤーサイドはシナリオ内で解放した魔力の源泉の数だけ特殊行動を使える』
「あ!」
「気が付いたか。この特殊行動の使用回数は、お前と私で合わせて二回だ!」
「じゃあ、今の移動で使い切り?」
「そして、そいつは私が仕留めて、これで勝ちだ」
プレイヤー内で共有のリソースを無断で使い切る蛮行。しかしそれは、配管工の兄弟がカメやカニを蹴とばすゲームではよく行われる行動でもある。武藤自身も、協力や対戦のゲームでは不確定要素は消費しきってしまった方が事故が少ないという思いはあるので、悔しくはあるが納得はする。
「敵陣の奥にいる俺の方が数倒せると思ったんですけど、机上の空論でしたねぇ」
「むしろこの場合、机上の九龍だな!」
勝てると思っていた局面がひっくり返された事をしりガックリと肩を落とす武藤だったが、ここにきて今まで使っていなかったルールを思い出す。
「いや、まだだ! ここで『走行』すれば俺が先に届くんですよ」
武藤による無理攻めであった。
このゲームでは通常の移動には判定は必要ない。しかし、移動力にボーナスを得る『走行』というオプションを選ぶと、判定が必要になる。成功すればそのターンの移動力が増え、失敗すれば転倒する。
「いや、無理だ!君のダイス運だとここぞという賭けには負ける、辞めておけ!」
ここまで二人は安全確実に戦いを続けてきた。その為、二人の点数争いはジョー先輩の勝ちで終わる所だった。しかし、唯一の勝ち筋を見つけてしまったのだ。
「走行してコイツ倒すと、俺が邪魔で次のターンに先輩はコイツを倒せません。俺は一回攻撃を受けるけど、その次のターンの攻撃で再逆転です」
「リスキーだなぁ」
「命を賭けずに勝てる戦争なんてありませんよ」
蛮勇と勇気は違うのだぞこの馬鹿弟子がとつぶやく。
戦わずに勝つのが至上という目標を忘れ、目先の勝利のためにダイスを振った。その結末は推して知るべし。
「さて、敵は全滅させたが、こっちの機体を一つ落とされたわけだが」
「スイマセン」
「この場合、勝利でいいのかな」
「どうなんでしょう。本来はソロですからね、敵の全滅と自ユニット落とされるのが両立することはないんですが」
腕を組んで考え込む二人。
「こういう場合は、条件式の上からあてはめていって、最初に条件に合致した物を採用、としておくか」
「それなら勝利条件を満たしたから勝ちですね」
「そうだな。勝ってはいるからな」
「負けとも言えますけどね」
「まぁ、ちゃんとした勝利の形にしたければ、ルール通りにソロでもう一回やってくれ」
首をゴキゴキと鳴らしながら回し、感想戦を行う。
「で、どうでした、このゲーム」
「かなり大味だな。犬不住ホラーみたいにプレイヤー側がすりつぶされる難易度なのも困るが、無双できてしまうのも困る。なにかランダム性のあるカードとか、ルール抜けてないか?」
「難易度低めのゲームなんでしょうね」
ゲーム好きな二人は、雑にゲームボードを片付け、のんびりと朝飯を食べに行くのであった。
【NO WHERE】
四体の巨人を目撃し、失神した皇子が目を覚まして目撃したのは、切断され、千切られ、焼かれ、踏みつぶされ、真っ赤に染まった大地。それは地獄の顕現であった。
軍はその三割が損耗すれば全滅と言われる。しかし、この戦場で起こったものは文字通りの全滅。一人残らず根こそぎの完全壊滅であった。