シナリオ3ープラスワン!
瀬戸と暮石が帰った後の部屋を、二人で片づける。
ジョー先輩はゲームをしまう時の配置などにこだわりが強いので、片づけは一人で引き受けることが多い。なので、武藤が担当するのは食べ物のゴミをまとめて、床をコロコロで軽く掃除するだけだ。
普段ならば、時間のかかる重めのゲームを一つ遊ぶか、軽めのゲームを複数遊ぶ。だが、今日は参加者二名に用事があって早めに帰ったので、武藤とジョー先輩の二人だけが残る形になった。こういう時は部屋を移動してレトロゲームをやる事が多い。
シューティングゲームは、縦シュー派の武藤と横シュー派のジョー先輩とは協力プレイができないので同時プレイ案は放棄されている。
そもそも、縦画面シューティングの横綱である『ツ〇ンビー』からして、手をつなぐと強力な弾が撃てるという要素で協力できるように見せておいて、パワーアップアイテムのベルは奪い合いになりがちだ。
そして横画面シューティングのチャンピオン『スカ〇キッド』には共闘のメリットは無い。
「今日はモ〇ークやるか。あれは二人同時できるし」
「ベルトアクションなら他にもうちょっと選択肢ありませんかね?」
少し前にはア〇スクライマー非協力プレイとか、リト〇マジック半魚人縛りで勝負するうちに夜が明けたこともある。今日も似たような遊び方をするつもりで、軽くつまむものと酒を用意してある。
「そういえば、この間古本屋でボードゲーム買ったんですけど、シナリオ付きのソロゲーっぽいんですよ」
「なんてゲームなんだ?」
「アーグルフェルトの救世主って名前です」
ペリペリとコロコロの粘着面を剥がしながら答える武藤。瀬戸さんの座っていた辺りには不思議なほど髪の毛が多く採れる。
「聞いた事ないゲームだな?」
「そうなんですか、珍しい物なんですね」
「翻訳物かな、それとも日本のか?」
「日本語ですよ。俺、外国語読めないですから」
「武藤、君は授業は大丈夫なんだろうな」
ジョー先輩も勤勉なタイプではないが、必要なことはする。武藤のあまりにも堂々とした無知宣言には少々心配にもなる。
「同人のゲームじゃないか?」
「それにしちゃフィギュアとかマップタイルとかしっかりしてました」
「最近じゃそういうのもあるだろう」
「あ、買ったのがあの線路沿いの古本屋です。あそこは値段の無いものは売らないから」
「おぉ、あそこか。確かにあの店は普通に流通しているものしか店頭には置かないな。君が買えたなら市販のゲームって事か」
「どういうことです?」
買った店を伝えると急に納得するジョー先輩。不審に思って問いただしてみると、なじみの古本屋の奇妙なこだわりがあったらしい。
店頭に並べているのは一般店で買えるものだけ。絶版になっている本を含めて、値段の無い本などは店の裏のケースにしまわれて、店主に直接聞かないと出してくれないのだ。
「なんですか、その客を選ぶようなしきたりは」
「選んでるんだよ。雨の降ってる日に来るような客には売らないし、店主の気に入った客にしか売らない」
「酷い殿様商売だ」
「いやいや、『こういう本を探してます』って言うと他の店からも探してくれるし、良い店だよ。高いけど」
ジョー先輩は背表紙の青い、古いゲームブックをこの店で買いそろえている。常連なのだ。
「しかし、聞いた事のないゲームだな、そのアーグルフェルトってのは」
「ネットで調べても全然情報無いんですよ」
「それは面白いな。よし、今から見に行く。レトロゲー大会は中止だ、準備しろ」
「は?」
思い立ったら行動は早い。髪を縛り、ダウンジャケットを羽織るとバイクの鍵を手にして外に出る。
急いで後を追う武藤にヘルメットを放り投げた。
「後ろに座れ。私には捕まるなよ? 椅子の後ろの所を掴むんだ」
「え、二人乗りですか?」
「電車はもう無いし、歩くと遠いだろ」
ジョー先輩という人物は奇妙な特技を持っている。住所を聞くと、〇〇通りのあの辺り曲がったところだな、と23区内ならほぼ当てることができるのだ。おそらくは何らかのゲームで身に着けた特技なのだろう。
武藤から聞き出した住所で、家のすぐ近くまで乗り付ける。
「いや、でもですね、俺の部屋は散らかってて」
「何をここまで来てゴネている。気にするな。私の家も散らかっているが気にしないだろう?」
「します」
「するな」
家の近くまで移動してから文句を言うのもどうかと思うが、移動中はヘルメットがあって会話などできなかったのだ。ちなみにヘルメットは来客用で、他にも先輩は来客用アケコンを始めとして接待アイテムも数多く揃えている。対人で、なおかつオフラインで遊びたい主義なのだ。
「よしわかった、五分時間をやるからどうしても見られたくない物だけさっさと隠せ。部屋を換気しろ。ゲーム見たら帰るから」
「急いでエロい物かたします」
「その意気やヨシ」
何と言う暴君。
家に入れないという選択肢は無いものとして諦め、何とか体裁を取り繕う。
「五分経ったぞ」
「まだあと30秒あるはずです!」
「時差だな」
「そんなのないですよ!」
「バイク停めたから寒いんだ」
ターンエンド宣言目前で割り込みをかけるジョー先輩に自陣の城はあっけなく落城するのであった。
「偏った趣味してるな。そんなにメイドとおっぱいが好きか」
「それだけじゃないッス。いや、もうちょい後ろ向いててください」
「私は気にしないがな」
なんとかゲームや漫画類を押し入れの中に放り込み、万年床を畳んだスペースに座布団を出す。
「もういいか。よし、ゲームをだせ」
「そこに出てますよ。マップをずらしたく無いので出しっぱなしにしてるんです」
「いいゲーム環境だ。机の上に置きっぱなしとか食事はどうしてるんだ?」
「床で食べてますよ」
「正しい優先順位だな」
誰でもそうだろうが、趣味の優先順位をあげると衣食住の優先順位は下がりがちになる。この二人の共通点は衣食住の優先順位がかなり低い事だった。
「んー、確かにコンポーネントしっかりしてるな。雰囲気はドイツ製のゲームっぽい。でも最近はこういうしっかりした同人ゲームもあるし……ルールはわりとシンプルというか雑だな。んーー」
「ちょっと先のシナリオとか見ないでくださいよ。まだシナリオ2までしかクリアして無いんですから」
ジョー先輩が開いているのはソロシナリオブックのシナリオ3のページだった。
「先の方も何も、後ろの方は白紙じゃないか。メーカーの出してる製品っぽくなないんだが、アンティークっぽい雰囲気がたまらんな。この紙も変に厚みがあってコピー用紙とかとは違う手触りだ。よし、ちょっと一緒にやってみるか」
やはり、見るだけでは満足できなかったのか、深夜一時の唐突なゲーム開始宣言。
「え、これソロゲーですよ?」
「ソロだからって一人用とは限らんだろ」
「ソロの概念が崩壊する」
「自ユニットはこのフィギュアか?」
「いや、こっちのロボット使ってます。この間貰った奴ありますよ」
ジョー先輩はニヤリと笑った。
「よし、私もそっちの機体を使おう」
この時、アーグルフェルト城に二体の巨人が降臨した。
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