シナリオ1-ドラゴン、大地に立つ
立ち並ぶ本棚。薄暗い店内。狭い通路。
その中で日がな一日立ち読みしている暇人の名は武藤恵一郎。大学2年生。
「お、『九龍攻具DIY』の資料集だ! フィギュア付き! 買おう!」
九龍攻具DIYは、武藤が昔好きだったロボットアニメで、ロボットが身近になった近未来を舞台にした作品だ。スポンサーが玩具メーカーで、日曜大工の工具をモチーフにしたロボット物でホームセンターから出撃したりする。
日曜大工の『DIY』というのは本来「Do It Yourself」なのだが、作品内では「DRAGON In Yourself」の略とされている。
敵とのバトルだけでなく、本棚を作ったりする日常回や、橋を破壊する作戦などで工具らしさも発揮するなかなか頭のおかしい作品だった。後半打ち切りだったが、この無茶な設定が好きでプラモデル等もいくつか持っていた。
「こういうDVDも出ないマイナー作品の書籍は買い逃すと二度と手に入らないのでぜひ買いたいのだが……これを買うと財布の中身は本気でヤバいんだよな」
なにしろ、大学生活2年目で麻雀を覚えて悪い仲間たちにカモにされ、両親から借金した挙句、ソシャゲに五万突っ込んで大爆死したばかり。毎日モヤシで食いつなぐ金欠状態なのだ。
自業自得にもかかわらず、まだなんとかパチンコか競馬で一発逆転したいものだなどと考えている。
「今買わないと一生後悔する……モヤシなんて贅沢品は控えてパンの耳と畳のケバを主食にしよう」
よし、いける! そう考えてもっと無いかと棚を物色している武藤の背を、誰かにつつかれた。
「おい、君は武藤君だったか。今日暇ならうちに来れないか?」
そこに居たのは長い髪を高めの位置で雑に一纏めにした、ちびっこい女性。
城ノ内華蓮さん。サークルではジョー先輩と呼ばれている。
「手ぶらで良いから四時間ほど付き合え。明日は何か予定あるか? なんなら泊まっていってもいいぞ」
この人は武藤の居る映研の先輩なのだが、ほとんど幽霊部員だった。
ただ、他にも色々サークルに首だけ突っ込んで居る。
ふんわりとした童顔と巨乳に強引な口調。化粧っけは無いし着ている服はウニクロに男性用のコートという勿体ない残念美人のこの人は、いくつかのサークルで関わってはいけないゲームキチガイとして注意書きが回っている。家に来いなんて言葉に、武藤はつい変な期待をしてしまうが、絶対エロいお誘いじゃないだろうとも冷静な部分が呼び掛けている。
「どうなんだ。予定あるなら無理にとは言わないが暇なら遊ぼう」
「え、いや、そんな急に」
「飲み物はコーヒーとうどんしか無いから、他は自分で買ってきてくれ。冷蔵庫の中のうどんは好きなだけ飲んでいいぞ」
「うどん? 飲み物って言いました?」
「ノド越しで味わうものはみな飲み物だ。うどんだけはたくさん買いだめてあるんだ」
「行きます空腹です予定無いです」
飯に釣られたわけではないが、独特のペースに流されてジョー先輩の家に持ち帰られた。
そこには既に二人の男が居て、ちゃぶ台に何か並べていた。ほーら、エロいお誘いじゃ無かった。
「麻雀ならやりませんよ。あれはもうやらないって両親と爺ちゃんに約束させられたんです」
「私も賭け事はしないよ。それに麻雀よりずっと面白いものだ。君は好きな色あるかな。緑でいいな、緑の服着てるから」
渡されたのは、鎧を着たおっさんのカード。
「なんですか、これ」
「今、説明する。まずはこの駒が規定数あるか確認してくれ」
説明を先にしてほしい。途方に暮れる俺に隣に座った細い男性が説明をしてくれる。
「俺、瀬戸っていいます。ゲーム屋で声かけられて遊ぶようになった感じです。
あ、この駒は城が5個、砦が2個、細かい家の駒が14個あるの確認して下さい」
「あ、はい。俺は武藤です」
「俺はフグって呼んでください。城之内さん紹介とかしないから困っちゃうよね」
もう一人の小太りの男が駒を並べるのを手伝ってくれる間、ジョー先輩は黙々と六角形のパネルを並べている。なんだ、なにが始まるんだ?
その心の声を読んだように、ジョー先輩は武藤の目をキッと見つめるとこう言った。
「バロンだ」
そしてゲームが始まった
「じゃあ、俺のターンは、こっちの城から騎士を出します」
「おー、私の村を襲撃する気か、受けてたとう」
「そっちの戦闘民族が点の取り合いしている間に、こっちの土地は頂きますよ」
「だってこの砦が邪魔でそっち行けないじゃん」
バロンというのは、ボードゲームだった。
運の要素はほとんどなく、対人プレイでありつつ協力も必要で、そしてそこには毎回違う物語が紡がれる。
それは、訳が分からない也に楽しい体験だった。今日はぼろぼろに負けたけど。これは抜群に楽しいゲームなのだ。
「楽しかったならまた遊ぼう。週末は私の家でゲーム会をしている。遊びに来れるときはこのアドレスに連絡くれ」
「はい、来週は勝ちますよ」
「いや、来週は他のゲームをやろう。いろいろあるんだ」
そしてこの日以来、勝っても負けても楽しいこの遊びにすっかり夢中になった。
毎週末、ジョー先輩の家に通いつめ、大勢の人たちと無数のゲームを遊ぶうち、すっかりギャンブルからは足を洗い、一日に三食食べられる身分になった。
なにしろ、ジョー先輩の部屋には天井まで届くスチールラックがあり、全てがボードゲームで埋まっているのだ。もちろん床にも積みあがっている。遊びつくすには時間がいくらあっても足りない。
なお、寝室にはツインファミコンやPC-FXから最新の据え置き機まで全部揃っているらしいが、それらはあくまで遊び相手が居ない時用らしい。生活の中心は完全にボードゲームだった。
あるゲームでは、島を開拓して競い合うように道を整備し、街を建設した。
あるゲームでは、荘園を広げて様々な特産品を売って儲けた。
あるゲームでは、王子となって国中をトロールの引く車やドラゴンに乗って旅をしたし、またあるゲームでは、霧に包まれる森を切り拓き素材を集めに苦しんだ。
「しかしキミは引きが酷いな!」
「麻雀も弱かったんですよ」
「ソシャゲもダメだろう?」
「なんでわかるんです?」
「ここぞという時にマシな引きをしたことないだろう」
なんとかして勝ちたいとは思うものの、武藤の運の悪さが足を引っ張る。
特にダイス目の絡む物ではここぞと言う所で負ける。しかし運の絡まない物は力量がはっきり出る。全然勝てない。なので、余りにも圧倒的な点差が付くと先輩が勝ちを譲ってくれるのがなおさらよくわかる。
不憫に思ったジョー先輩はたまに勝たせてはくれるのだが、彼女は手を抜くのが猛烈に下手で接待ゲームがバレバレになっていた。
初心者をフルボッコにしない、という先輩なりの優しさらしいが、これは結構悔しい。
そして、そんな風にゲームにハマりすぎた為か、最近武藤は奇妙な夢を見るようにまでなってしまった。
霧に覆われた大森林を切り拓き、モンスターを倒し、時には封印して、街と街を繋げて富国強兵する。そんな夢を。
終電も終わった線路沿いの夜の道を、一人アスファルトの吐き出す昼の熱気に蒸らされながら歩く。
いつも暇つぶしに覗いていた古本屋から、薄明かりが漏れているのが見えた。
こんな深夜にも営業しているのだろうか。
「先輩は泊まってけとか言ってくれるけど、あの人はホントに対戦ゲームの相手が欲しいだけなんだよなぁ」
ちょっとだけホロリとセンチメンタルな気持ちになる。
武藤はボードゲーム会に参加した帰り道はいつもこうやって歩いて帰っていた。それは電車代の節約の為でもあるが、ゲームの興奮をクールダウンさせる為でもあり、純粋に終電がなくなる事が多いのも理由の一つだった。
ジョー先輩は武藤にとっておおらかで綺麗で楽しい人だが、ゲーム狂いという悪癖があり、遊びに行くとあの手この手で徹夜ゲーム合宿に巻きこもうとしてくる。
だからと言って泊まり込んでしまうと、無防備に寝転がって脚をパタパタさせている先輩の隣で、先輩の匂いのするクッションを抱いてエンドレスに対戦ゲームとか、武藤には耐えられないのだ。なにしろジョー先輩は『家主の特権』と称して深夜になると楽な格好になるのだ。
さらに、寝落ちすると嬉々として秋葉で買ったらしい萌え系クッションを周囲に配置して写真を撮りSNSに流すという罰ゲームが待っている。注意書きが回っている理由はコレだった。
一緒に遊んで、一緒にメシ食って、ゲームの話して、借りたゲームの進行度をメールで確かめつつネタバレされる、今の関係が武藤は気に入っていた。
この生活を失ったら……俺は大学で一体何をすればいいんだと本気で思っている。ぜひ勉強をして欲しい。
暑さにゲンナリしつつ古本屋の前を通ると、どうやら本当にまだ営業中のようだ。
涼みがてら久しぶりに、ちょっと覗いて行く事にする。
「ここ、昭和からやってそうなんだよな……」
埃と紙の匂い。薄暗い電灯。古き良き古書店だ。時間も遅いので、迷惑にならないように店の片隅にあった埃を被ったボードゲームを一つだけ買って店を出る。ジョー先輩の持っていないやつは見つけたら買う。それができる財力が今の武藤にはある。なぜならもうカモられてないから。
タイトルは『アーグルフェルトの救世主』ファンタジー物で、ソロプレイも可能なタイプのようだ。
夜も遅いが、家に帰ってさっそく広げてみると数枚の付属MAPがついており、分厚いサンプルシナリオがついている。
「まず、先輩誘う前に一人で遊んでみるか。ルールも把握しなきゃだし」
ルールブックを片手に、基準となる王城に置く自ユニットのフィギュアを手に取る。
「このフィギュア、顔が濃いな! そうだ、良い事考えた」
武藤は付属のユニットの代わりに、この間買った『九龍攻具DIY』のフィギュアを置く。マスからはみ出るが、この場合は右足のある所を居場所とする。
全長18m。戦車砲の直撃にも耐える龍鋼の装甲を持ち、右手に巨大なインパクトドライバーの槍を持つ深紅の主人公機。
この時、ボードに仕掛けられた魔法陣が起動した。
【NO WHERE】
「姫巫女様!成功しました!」
空を貫き、光の柱が黒鉄の城に突き刺さる。
天に浮かぶ縦横3マスに仕切られた魔方陣型の魔法陣から現れた、大地にそそり立つ姿は全長18m体重50㌧!
「デカい! 説明を! 姫様説明をして下さい、英雄とは人では無いのですか?!」
こことは違う世界。異なる法則、異なる人々の暮らす小さな国。その名はアーグルフェルト。
他国の侵略を受けて絶体絶命のアーグルフェルトは、姫巫女の魔力により大いなる魔術を発動させた。
全てを差し出して、世界を越えて助力を願う魔術だ。
今、この地に鋼の巨大英雄が降臨した。