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4.重なる面影

 

 ――凶暴兎(ベアラビット)!?


 幼い頃、寝物語に母から聞いたことがあったので、すぐにそれと分かる。


 茶色い毛皮を纏った、愛くるしい兎のような姿形をした魔物。

 大人の個体でも人間でいう三歳児くらいの身の丈しかない魔物で、二足歩行でちょこちょこと跳ね、歩き回るのが特徴だ。

 しかし見た目に騙されることなかれ。こんな人形じみた外見の兎たちだが、繁殖期にはオスとオスで殴り合いの喧嘩をするし、なぜか最終的にはメスさえも混じって乱闘して果てるという、世にも奇妙で恐ろしく、整合性のない生物なのだ。


「お人形さんみたいにかわいいの。すっごくかわいいのよ、持ち帰りたいくらい。でもすぐ殴りかかってくるし、暴力的な魔物だから……」


 と母もげっそりとした顔つきで語っていた。名前の由来も、熊をも凌ぐ凶暴さを備えているために名づけられたとからしい。怖すぎ。

 まだ冒険者でもない俺にとっては本来、出遭ったらソッコーで回れ右、が正しいタイプの魔物といえるだろう。


 だが俺は初めて出くわしたキュートな兎ちゃんたちにびびっていたわけではなかった。

 俺は、スフに隣接したこの小さな森のことを知り尽くしているのだ。だから確信を持って言える。

 ここにはもともと、魔物なんて棲息していない。

 少なくとも十年近く魔法の修行場として使ってきた俺は、ここで一度も魔物の姿を見たことはなかったのに。


 それなのに何で凶暴兎(ベアラビット)が?

 しかも、確認できるだけで六体も……。

 ……って、あ?

 目が合った。


『フキュ? キュキュ? ……ギシャアアアアアッ!』


 ……やべっ。


 茂みの中からちょっとだけ頭を出していたせいか、バレたっぽい。

 凶暴兎(ベアラビット)たちがこちらを振り返ると――突然ガパ、と大きく口を開く。


「……?!」


 もはやその体型より、開いた口の中の方が大きいんですけど。

 生え揃った剥き出しの鋭い牙。

 生々しく赤い口元から、だらり――と泡立った涎が、地面にぼたぼたと零れ落ちた。

 ……もしかすると獲物を前に興奮してるとか、そういうアレ?


 ――く、喰われる!


 背筋に戦慄が走ると同時。

 ええい! と俺は勢い任せで立ち上がった。


 例の如く心配性な母さんに遠出を禁止されているので、今まで魔物と戦ったことなんて一度もないのだが……。

 不安な気持ちを抑え、ブンブンと横に首を振る。

 なぜなら黙って魔物の餌になるより抵抗したほうが絶対マシだから!


 先手必勝とばかりに右手を構える。

 そして、唱えた。


「ストーンショット!」


 凶暴兎(ベアラビット)は、確か無属性の魔物。

 ならば魔法の八属性――炎・水・風・土・雷・光・闇・無においての、有利不利は存在しない。

 背後の森を焼いたら大惨事になるのは目に見えている。炎魔法はシャレにならないだろう。

 というわけで最も地形的被害が少なそう、という理由で俺が選択したのは初級土魔法【石弾(ストーンショット)】だ。


 威力こそ大したことはない。でも散弾数はずば抜けて多い魔法だ。


「行っけええ!」


 俺の発破に応じるようにして、敵の個体数を四倍も上回る二十四の石礫が発射される。


 ズバッ――!

 空気が裂かれる気持ち良い音と共に、そのほとんどが凶暴兎(ベアラビット)たちの額に直撃。


『フギューッ!』


 冗談みたいにかわいい悲鳴と共に、兎たちが軒並み仰向けに倒れていく。

 冒険者でもない俺が相手できるか不安ではあったが……繁殖期でもないからか、どうにかなったようだ。ほっとする。

 しかし――俺は奴らの獰猛な習性を些か侮っていたようだ。


『フキュッ、フキュキュ、キュ、キュッ……』

「な、なに?」


 なんかめちゃくちゃ悪者っぽく低い声で笑ってるウサチャン。

 図体は他と比べて格段にデカいので、どうやらコイツがこの群れのボスだろうか。

 そして驚くべきことに、この一体は自分の仲間たちを盾にして攻撃を避けたようだ。

 味方に盾にされた哀れな兎たちは全身を打って『ギュギュッ……』とか呻いて泡を噴いている。


 なんちゅうゲスさ! さすが噂に名高い凶暴兎(ベアラビット)


 とか感心してる間もない。


『キュッ!』

「うっ!」


 ソイツが、倒れた仲間の耳を掴んだかと思えば、力任せに投げつけてくる。

 反射的に受け止めかけた俺はこれを慌てて回避。しまった。愛らしいぬいぐるみをキャッチするのとはワケが違うぞ。

 だが茂みの中で手足を取られている間に――とんでもない速度のアッパーカットが打ち出されてきた!


「ッ……」


 起き上がるのではなく、逆に仰向けに茂みの中に転がるようにして――その必殺の一撃をどうにか避ける。

 俺の顎を鋭く、風が掠める。

 拳は僅かに触れただけだったのに、皮膚が切れたのかピッと一筋の血が視界の端を舞う。


「にゃろ!」


 次はこっちの番だ。

 後転するように腕を回して地面にしっかり着地すると同時、すぐ前方を見据える。

 目の前に獣の拳が迫っているが怯まない。


 指鉄砲の形を作って、即座に唱える。


「アクアショットっ!」


 今度は石礫じゃない。初級水魔法だ。

 大量の水を至近距離からぶっかけられ、面食らったのだろう。

 俺の顔を狙っていた拳は狙いを外し、回り込んだ俺はその背後を取ることに成功した。


 今だ。タイミングでいえばほぼ完璧。

 この勝負、もらったぁ!


「ストーン――」

「マオー……様!」

「…………エッジ?!」


 ――と、いうわけで。

 バトル中に突然なのだが今回の反省点を述べようと思う。


 そう。

 誠に遺憾ながら、初めて体験する魔物との戦いに夢中になった結果、俺はすっかり忘れていたのだ。

 自分が何故森に入ったのかを。

 その直前に何が起こったのかを。


 自分が誰かさんに、追われていたことを――。


「…………あっ」


 サァ、と顔から血の気が引く。

 状況が分かっていないのか、真っ直ぐこちらに向かって走り寄ってくるのは――例の、外套不審者だった。


 その存在によって、俺は一瞬、気を取られてしまった。

 攻撃魔法を発動する最中だというのに集中力を途切れさせてしまったのだ。

 その結果、あろうことか……魔法の()()()()を、ずらしてしまった。


 俺が召喚した超特大、アホみたいなサイズの【落下石(ストーンエッジ)】が、その人の頭上に迫っていた。


 ――『私も驚いてるけど、たぶんマオはね、私やお父さんなんて目じゃないくらい、強い力を持っているから』

 ――『だからね、魔法を使うときは充分に、十二分に、十八分くらい気をつけること。罪のない人を傷つけるのは絶対にダメ』

 ――『え? 悪い人はどうかって? そりゃあ、コテンパンに殴りつけて前歯を折ってやれば……ご、ゴホン』

 ――『あなたの大切な誰かを傷つけようとした人とは、戦いなさい。判断に迷ったときは、戦い以外の方法を探しなさい。ふふ……マオはまっすぐ、良い子に成長してくれたから、分かっていると思うけどね』


 俺は自分でもわけのわからない悲鳴か叫び声のようなものを上げながら。

 ただ飛び込んだ。がむしゃらだった。


 それが母との約束だから? たぶんそうだ。

 マザコンだから? うるせえな。


 それ以外の理由は――


 ……もしかしたら俺はとっくの昔に、分かっていたのかもしれない。

 俺じゃない俺が。マオ・イーベルじゃない俺が。

 心のどこかで必死に叫んでいて、だから俺が走ったのは、ただそれだけが理由だったのかもしれない。


「……まおう……」


 今さら分かった。

 その人は繰り返し、俺の名前を呼んでいたわけではなかった。

 フードが、風圧で捲れ上がる。

 その下から現れたのは恐ろしく綺麗な黒髪と、紅い瞳――ではなくて。


 銀髪。それに、翡翠色の双眸。

 宝石のような瞳からは涙が幾筋にも零れて、その美しい容貌をくしゃくしゃに歪めていて、俺はそれが少しだけ……悲しかった。


 もう聞き間違えるはずもない。


「ああ――魔王様。私の愛しの、魔王様…………」


 後頭部がハンマーでブン殴られたような衝撃。

 すぐ後に視界の端に、どこかで見覚えがあるような、ピカッとした稲妻が散って。


 そこで俺は――――、意識を失った。



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