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32.はい、素敵なスコップです

 

 俺たちは順調にエランダンジョンの探索に励んでいた。


 ダンジョン内は数え切れない数の小道に分かれており、また途中には鉄製の扉もいくつかあった。

 攻略難度の低いダンジョンなので、無理のない範囲で細かく調べていこう、という話になったのだが……


「……じゃあ次も開けようと思う。いい?」

「ちょっと待て。……ってもう開けてるしッ!」


 こんな調子で、扉を見るたび容赦なくヤミが開けまくっていくので、今のところ全ての扉の中を確認していた。ニコだろうとヤミだろうと、やはり人の話を聞かない中二病娘なのである。


 そして今のところ、全部の扉の中身が外れだった。


『グルルアァッ!』


 唸り声を上げつつ、暗がりから飛び出してくる灰狼(ウルフ)たち。

 またか……と思いつつ、俺とヴェイン、ヤミは一瞬の間に視線を交錯させ――それで意思疎通を終えると、ヴェインが前方に出た。


 そのヴェインの身体がほんの数秒間、赤く発光する。

 ――重戦士の初期スキル【挑発】だ。

 途端に、灰狼の群れは素早く標的をヴェイン一人に見据える。


 囮役(デコイ)としてヴェインが敵を引きつけている間に、俺とヤミは魔法の詠唱体勢に入る。

 ほぼ同時に、唱えた。


「フレイムアロー!」

「ダークシャドウ!」


 俺が手元から放った五本の【火炎矢(フレイムアロー)】が、灰狼たちの頭や胴体を貫通する。

 そしてヤミの【黒影(ダークシャドウ)】は、動きの鈍った灰狼の足元から次々と黒い影として這い出てくると、彼らを雁字搦めにし行動を封じた。

 そこにヴェインが、


「はッ!」


 裂帛の気合いと共に、超大型の大剣を振り下ろす。


 ドガンッ! ドガガガッ!


 ほぼ爆風だろ、みたいな威力で吹っ飛ばされていく哀れな灰狼たち。

 十秒にも満たない戦闘が終わると、後には力なく転がる魔物たちの姿だけが残されていた。


「フッ……余裕」


 カメラ目線でポーズを決めているヤミをスルーし、俺は後処理として魔物の死体を炎魔法で焼く。

 獣の臭い。それに肉の焼け落ちていく臭いはわりとキツいので、そうするとヤミは慌てて扉の外に出て行くのだった。薄情なヤツだ。


 ジト目でそれを見送っていると、後方に控えていたシスカが慌てて駆け寄ってきた。


「あの――みなさん、本当にお強いんですね! あたしビックリしました」


 言葉の通り目をきらきらと輝かせているシスカ。

 彼女がパーティ入りしてから、俺たちの戦いぶりを見せるのは初めてのことだった。

 褒められるのは悪い気はしないので、「いやぁまぁそれなりにぃ」とか俺は頬を掻く。


「そういえばシスカ。職業は【雑用係】って言ってたけど、武器は持たないのか?」


 そう聞いてみると、シスカはその水色の瞳をそっと伏せた。


「えっと……、今まで居たパーティでは、危ないから後ろに下がってるように、と言いつけられてましたから」


 そうか、と頷いた上で俺は続ける。


「シスカ個人としてはどうなんだ? もちろん、後ろで待機してくれててもいいんだけどさ。わざわざ危険な冒険者の道を選んだってことは、シスカにも戦いたい気持ちがあるんだろ?」

「……はい。あたし、もともと強くなりたいって思って、冒険者になりました」


 こくこくこく、と激しく首肯するシスカ。

 やっぱりそうか、と俺は納得する。

 戦闘系の天職が得られなかったということは、おそらくシスカは生産系の天職を教会で告げられたのだろう。

 でも彼女は商業ギルドには向かわず、冒険者ギルドで登録を行った。


「俺はシスカの意志を尊重するよ。ヴェインやニコもそうだと思う。剣とかなら俺も少しは教えられるしな」

「ま、マオさん……」


 ジーン、って感じに瞳を潤ませたシスカが、小さく鼻を啜る。

 滲みかけた涙を指先で拭ったかと思えば、泣きかけたのを誤魔化すように、シスカはたったと部屋の隅まで小走りで駆けていった。

 視線で追ってみると、


「あ、じゃあ……こ、これっ」


 誰かが鉱石を削るときにでも置いていったのか、落ちていたスコップを拾い上げている。

 俺が「ンン?」と首を捻っていると、シスカは俺の表情には気づかず笑顔で再び駆け寄ってきた。


「まず、これを武器として使ってみます!」

「武器って……それスコップだよな?」

「はい! 素敵なスコップです!」


 誇らしげに両腕でスコップを抱えてみせるシスカ。

 ……そうかなぁ。かなり錆びついてるしボロいスコップの気がするけどなぁ。


「いいじゃないですか。剣の前にまずスコップで筋肉を慣らすということで」


 なんて軽口を挟んでくるのは室内を歩いて回っていたヴェイン。

 剣とスコップってだいぶちがくない? と思うものの――まぁ、シスカが嬉しそうだからいいか。


「よし、じゃあ先に進むか」


 ふたりと共に部屋を出ると、しばらく音沙汰なかったヤミがくるりと振り返る。


「……遅い。少しでも気を抜けばダンジョンでは命取り――あ痛ッ」


 頭にチョップをかましてやると、「うぅ~……」と涙目でヤミが唸る。


「扱い、雑。ヤミばっかり。……どうかと思う!」

「魔物とエンカウントした張本人のくせに「遅い」とかほざくからだ」

「う~……!」


 猫というよりは怒った犬っぽく唸るヤミを置き去りに、通路を進んでいく。

 その先の暗がりを確認してみると――道は二手にわかれていた。


「また別れ道か。次はどうする?」


 というか、ここに辿り着くまでも右、左、上上下下左右左右BA……という感じにだいぶ道は分かれていたのだが。

 今まで通り、目を凝らしてみても道の先はほとんど視認できない。進んだ後も、曲がり角が多数あったりと視界が効かない造りになっているのだ。


「ダンジョンの構造からして、最終的には同じ場所に出るとは思いますが……そうですね」


 顎に手を当て、考える仕草を取るヴェイン。

 シスカはスコップを両腕に抱えつつ、おっかなびっくりと別れ道の周辺を確認している。


「……あ!」


 そこでシスカがわりと大きな声を上げた。

 すぐに失策と気づいたのか「すみませんッ」と口を抑えたシスカに、「どうした?」と聞いてみる。

 かなり自信なさげではあったが、シスカはええと、と足元の土を指差してみせた。


「ここ……魔物の足跡のようなものがあります」

「ん? ほんとだ」


 言われて近づいていってみると、左の道にはいくつか、子どものもののような足跡が残されていた。


「大きさからしてゴブリンのものでしょうか」


 そうヴェインが言う。そういえばギルドで受注したクエストには小鬼(ゴブリン)退治が含まれているが、今のところはまったく出くわしていない。この先は奴らの領域なんだろうか。

 だとすると、左の道は魔物が待ち構えている可能性が高いが――


「……罠かもしれないよなぁ」


 俺が呟くと、「ええっ」とシスカが肩を跳ね上げる。

 ヤミは相変わらず眠たげな顔で、足跡を真上からじーっと見下ろしながら、


「……確かに。ゴブリンはずる賢い性格だから」


 とつけ加えた。

 そう、この足跡が冒険者を誘い込むために、わざと分かりやすく残されたものだった場合――逆に、何の形跡もない右の別れ道のほうが危険ということになる。


 どうしたもんか、と腰に手を当てた直後だった。

 何か、視界に煌めくモノが映ったような気がして、反射的に俺は顔を上げた。

 薄暗いランプの光に映し出された、金属の輝き――


「あれは――」


 俺は一瞬、呼吸を止めた。


 ……まさか、と思う。

 こんなところで出会えるわけがない。

 しかし目を擦った間に、その残像は掻き消えてしまっていた。

 ……俺の追い求めている人物と相違ないように見えた、その姿が。


 瞬間、俺は思わず走り出していた。

 左の道。――ゴブリンの足跡が残る、その道に。


「マオ様!?」

「ま、マオさんっ?」


 ヴェインとシスカが後ろで叫ぶ。

 しかし説明している暇はない。今まさにその人は、俺から離れていっているのだから。

 が、構わず突き進もうとしたところで、驚くべきことが起こった。


「――なっ?」


 天井が、揺れている。

 いや、より正しく言うなら……すぐ真上。別れ道の上部だけが、まるで地震が発生しているかのように異様に震動している。

 そして、驚いている暇もなく――天井が、崩落した。

 真下のヤミに向かって。


「……えっ……」


 気がついたヤミが、ようやく天井を見上げる。

 しかし回避は間に合わない。このままでは、崩れてきた岩石の塊がヤミに激突してしまう。


「ッ……!!」


 無我夢中だった。

 俺は両腕にヤミを抱えつつ、そのまま左の道へと突っ込むように飛び込んだ。


 ――背後で、爆発にも似た凄まじい音が炸裂した。



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