29.説明してもらえるかしら
クランの頬を、いくつもの涙が零れていく。
「……おう」
そうだよ、と肯定の意味を込めてしっかりと頷いておく。
クランはごしごし、と一度涙を無造作に拭ったかと思うと、
「ま、ま、魔王さま……っ! 魔王さまじゃないですかあああ!!!」
「おう!?」
そのまま弾丸みたいな勢いで俺の腹に突っ込んできたー!
クランが感動のあまり抱きついてきたら、やさしく受け止めてやろうとか甘く考えてたけど、実際はそんなドラマティックな感じではなかった。
受け止めきれなかった俺はそのまま下敷きにされ、思いきり後頭部を打った。
「いッッヅ!」
じょ、冗談抜きでめっっちゃ痛い! 目の前に星が散ってる……あとひよこ……。
クランはそんな俺の上に馬乗りになったまま、ワンワン激しく噎び泣いていた。
「今までど、どこで何してたんですかぁ! 私も他の幹部のみなさんもずっとずーっと心配してたんですよ!? それを何でエランに! 女の子の弁護人とかやって!? かわいい女の子たちと楽しく冒険してて?!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着けクラン。後半はなんか視点の偏りが感じられ」
「ていうかていうか! 人間の男の子に生まれ変わってるなんて聞いてないですしっ……それに! よくよく魔力を感じ取ってみると、そっちの男の人――ヴェリミリナさんですよね!?」
びしぃ! と指を突きつけるクラン。
突きつけられた側のヴェインはといえば、「おや」という感じに軽く目を見開いている。
「まさかクラリネッタ風情に見破られるとは、私も落ちぶれたものですね」
「だって魔力の流れがヴェリミリナさんと似通っ――って、今ちょっと私のことバカにしました!?」
「ちょっとではなく、すごくバカにしています。私はあなたのことが嫌いなので」
「うわあああん! 三十年前から薄々気づいていたことを断言されちゃいましたぁーっ!」
「いや、何度か直接言った記憶はありますけどね……」
昔なじみとの突然の再会に、クランもかなり混乱しているのだろう。
情緒不安定に再び泣き出すクランの姿に、俺もすっかり参っていたが……しかし、それと同時に、以前と変わらぬ彼女の姿に安心を覚えてもいた。
「悪かったって、クラン。でも久々に顔が見られて俺もうれしいよ」
「ま、まま、魔王さまぁ……うぐっ……ひぐっ……それは私の台詞ですからぁ……」
またもボロボロと彼女の流した涙が、俺の頬に降りかかる。雫の感触は熱かった。
ようやく少し落ち着いてきたのか、懸命に涙を拭いながら、クランが必死に言い募る。
「お会いできて、また、あなたに会えて、本当に嬉しい……ずっとずっとこの日を、夢見て、私……今まで……過ごして、いました」
「クラン……」
……正直、俺も目頭が熱くなっていた。
こんなにもクランが俺たちのことを待ち望んでいてくれたことが有り難かったのだ。
よくも勝手にひとりで死にやがって! とぶたれる展開も覚悟していたので、クランの熱烈な対応はもはやボーナスみたいに感じる。
少しだけ退いてくれたクランに頷き、俺も上半身を起こす。
躊躇いつつも、魔王だった頃のようにぽんぽん、と小さな頭を撫でてやると、ほんのりと収まっていたクランの瞳がまたウルウルし始めた。
「ねぇねぇ魔王さま。良い雰囲気のところ悪いのですがちょっとよろしい?」
「何だよニコ、変な口調で。――ん?」
俺はそろそろ、と視線を持ち上げた。
クランの身体ごしに俺を見遣る、面白そうににやにや笑っている女の子の顔がそこに浮かんでいた。
「……どういうことか、説明してもらえるかしら?」
……そうだった。
この場にはニコも、ついでにシスカも居たんだった。……あちゃー。
+ + +
このまま道ばたで話しているわけにいかず、場所を宿屋に移すことになった。
俺は豚箱で一夜を過ごしていたが、ヴェインとニコが昨夜から泊まっている宿屋があるので、そこで話し合おうという流れになったのだ。
すっかり目と鼻頭を赤くしたクラン。
相変わらず興味深そうにしているニコ。
事態がよく分かっておらず戸惑うシスカ。
三者三様の彼女たちに向かって、俺はすべてを包み隠さず話すことにした。
自分が魔王デスティアであったこと。
勇者アイリスに討たれた後、ヴェリミリナの転生魔法で生まれ変わったこと。
スフでマオ・イーベルとして生まれ、勇者の元パーティメンバーのふたりの子として育ったこと。
つい先日、ヴェインが自分の元にやって来るまで、前世の記憶は失っていたこと――。
こういった事情を話す以上、当然隠してはおけず、ヴェインのことについても詳細を伝えた。
そうして十数分かけて話し終わった後。
まず口を開いたのはニコだった。
「マオはともかく、ヴェリミリナのイメージとヴェインがまったく噛み合わない!」
え? 最初に触れるのそこ? 別にいいけど。
「"蠱毒女帝"ヴェリミリナ・クォーケンフロムといえば、派手な逸話も何もない魔王デスティアを完全に凌ぐ勢いでセヴィレト王国でも大人気の女幹部よ。セクシーでバイオレンスでデンジャラスな女帝様っていう触れ込みで、ガル魔国を題材にした物語には彼女をオマージュしたキャラクターが登場するのがお約束ってくらいにね」
「本人を前にして完全に凌ぐとか言うな。ちょっと悲しいだろ」
あと前から思ってたけど、コイツさては"八架連"マニアだな。"八架連"の話をするときは目の色が変わるし。……中二心をくすぐるものがあるのかな?
「だから本当にビックリしてるし、未だちょっと信じられないんだけど――今までの口喧嘩の数々は水に流して、とりあえずサインもらえますか?」
「いやです」
そしてヴェインの対応も素っ気なかった。……まぁ、今まで散々ニコはヴェインに噛みついてたので当然ではあるけど。
断られたニコはといえば地団駄踏んでた。下の階から苦情が来そうなタップダンスみたいな様相だ。
「チクショー! 心が狭い! ……まぁいいや。これからもチャンスはあるわよね」
「まったく諦めてないのがすごいな」
「……あと一応、パーティメンバーのよしみでマオにも触れておくわね」
俺は何だか無性に悲しい気持ちだった。せめて渋々感をもうちょっと隠してほしい!
「前にアナタがクルクのギルドで言ってたこと――「魔神に会いたい」っていうのは、どういう意味なの?」
「ああ……」
そうか。そこはまだ説明していなかった。
確認の意味も含め、俺はそこでクランに話を振ることにした。
「なぁクラン。確認しておきたいんだけど……、あの魔神アイリーンって存在の前世は、勇者アイリスで間違いないのか?」
問われたクランはといえば、その琥珀色の瞳を大きく見開いた後――こくこくこく、と激しく首を縦に動かした。
「えぁっ、そ、そうですけど――あれ!? これ私が言っていいのかな? 魔神さまの口から直接伝えたかったかも……」
「もう言っちゃってるぞ。……そうか。やっぱりそうなのか」
今や魔神の側近として活躍している"八架連"のひとりがそう言うなら、間違いないのだろう。
クランの言う通り、確かに本人の口から伝えられた方が衝撃はあっただろうが――でも俺にとってはそんなことはどうでも良かった。
俺が目指している先はあの、女勇者の元に繋がっている。
そして"八架連"は魔神の正体を知った上で、彼女に協力している。
それが分かっただけで、充分な収穫だったから。
「まさかの連続超スクープね……そうなるとマオは、あの魔神を倒したいの? 前世で倒されちゃった復讐みたいな?」
セヴィレト王国の人間としては当然かもしれない疑問を向けてくるニコに、俺は緩く首を振る。
「違う違う。別に殺されたことを恨んでなんかないしな。ただ生まれ変わったらもう一回会おうなって、約束したんだよ」
「ふーん……? 今度こそおまえに服従するゼ! 俺の魔神……いやっ女神様! 的な?」
「何なんだその歪んだ解釈は。お前の中の魔王像ってそんななの?」
「あ、あの……」
そこでおずおず、という感じにシスカが手を挙げた。
言っちゃなんだが、ニコの対応をした後だと、このシスカの遠慮がちな振る舞いには実に癒されるものがある。ニコもこれくらい謙虚な姿勢だったらなぁー可愛げがあるのになぁー。
「ぜんぶ声に出てるわよマオ。死すべし! それでシスカさん……シスカでいっか。何か言いたいことがあるの?」
「は、はい。あの、今さらの質問ですみません……」
さも申し訳なさそうな表情でシスカが言う。
「魔神というのはどなたのことですか?」
一瞬、室内に静寂が落ちる。
……そういえばシスカはしばらく地下牢に入ってたから、あの演説も聴いてないのか。




