28.久しぶりだねクランちゃん
その後。
王都に連行されたダイナンとドストスは数日間の取り調べと裁判の末、有罪の判決を下された。
というのも、エランの近くの森を王都から派遣されてきた捜査員が捜索したところ、新たにそこから、人工的に作られた巣穴のようなモノと、弱らされた魔物が複数見つかったからである。
上級貴族のダイナンと、商会長であるドストスは秘密裏に手を結び、珍しい魔物の密売を行っていた。
ちなみに八日前、シスカを川に誘導した後のことに関して、ダイナンはこんな風に述べたという。
「あの娘、騙されやすいと聞くから、あの日も「良かったらジュースをどうぞ」と言って毒入りポーションを渡してやったんだ。
そしたら疑いなく「ありがとうございます!」とか言ってガブ飲みしやがる。一口飲めばドラゴンもひっくり返る、ってうたい文句の毒薬を入れていたのに……その後も平気で洗濯を続けやがるから、川に落っことしてやったんだよ!」
……つまりシスカ、どうやら毒耐性的な体質まで備えていたという。俺が言うのも何だが何者なんだよ、イッタイ。
その後に起こったことに関しては概ね、俺の仮説通りだったらしい。
自分で転んだと勘違いして悄気るシスカに、護衛の男が雷魔法を浴びせ、昏倒させた。シスカが記憶の一部を失ったのは、ダイナンにとっては想定外だったということだ。
まぁ……あの様子では他にも余罪がいくらでも出てきそうだし、これからもかなり念入りに厳しい取り調べを受けてくることだろう。
一応、この件はそういうわけで一件落着した。
――というのは、ただ、もっと後の話になる。
「いやー、ありがとうございますっ。とっても助かりましたぁ」
――いま、俺たちはまだ裁判所の隅に立っていて。
そんなことを言いつつてきぱきとダイナンとドストスを拘束している女の子の様子を、黙って見つめている最中なのだから。
「アーク国王さまに、"八架連"かもしれない人物が居るって聞いて。魔神さまに頼まれて送り出されてきたんですけど……立場上、なかなか身動きが取れなくて」
クラリネッタ・ジィス。
俺は、魔王デスティアだった頃、無邪気で呑気で、そして心優しい彼女のことをクラン、と愛称で呼んでいた。本人がそうせがんできたので。
その頃とまったく変わらない笑顔を振りまきつつ、二体の小さなクマとウサギの人形に、ダイナンとドストスを縄でくくりつけたクランは……ふぅっ、と息を吐く。
「どうやらダイナンって人が疑わしいな、というのは掴めていたので。私も私で、ギルドの皆さんや街の皆さんに箝口令を敷いてダイナンの毒牙にかからないよう気をつけつつ、秘密裏に動いてはいたんです。でも皆さんの方がよっぽど、素早くて正確でしたね。私、昔っからこういう頭使うのどうにも苦手で」
「……なるほど。それで誰に訊いても、あまりこの件について芳しい情報は得られなかったのですね」
納得したようにヴェインが頷いている。
俺もその横でしきりに頷きつつ、こっそりとヴェインに耳打ちした。
「(……って、よくふつうにクランと話せるなヴェイン)」
「(クラリネッタ自身は私の正体に気づいてない様子なので……というか魔王様、自ら名乗られた方が話がはやいのでは?)」
「(うっ)」
そうかな? ……そうかもしれんけど。
でもこんなところでバッタリ会って、「オッス。オラ魔王!」とか俺が言い出したら、だいぶクランはびびるのではないか?
だって三十年来の再会だぞ? 気を失ってもおかしくないかもだぞ?
それにクランは俺の以前の素顔だって知らないから、信じてもらえない可能性もあるし。
……とか考えつつ無駄に挙動不審におろおろしている俺に構わず、ニコがクランに話しかけている。コイツもコイツで人見知りしない性質なのだ。
「あのー……どうして人形に、ダイナンたちを括りつけているのですか?」
「あ? コレですか? これは私の能力です」
クランが答えると同時、パチン、と自身の指を鳴らす。
その瞬間、ふいに人形たちのサイズが――両腕に収まるそれから、成人男性の二倍ほどのサイズにまで一気に膨れ上がった。
それまで「何だこのウサチャンクマチャン(笑)」みたいな呆れ顔をしていたダイナンとドストスが、
「「ひぎィ――――?!」」
と仲良く悲鳴を上げた。
それもそのはず、彼らの身体は人形の腹にキレイに括りつけられているので、今や両足もつられて空中に浮いているような具合なのだ。
それも人形たちは、その二本足でひとりでに立ち上がっているのだから、驚くのも無理はない。
人形たちはそのまま、くるくると裁判所の中を円を描くように歩き出した。
オジサンふたりが白目を剥いていることを抜きにすれば、なんかとってもファンシーな光景だ。お遊戯会かテーマパークの愉快な出し物みたいな。
そんな様子を、ニコは「ふわああぁ……」と感嘆か困惑かわからない吐息を吐き出しながら見つめている。
傍聴席に居た子どもたちも、「かわいいー!」と言いながら指差している。まぁ、確かにかわいいけどな。しかしオプション(オジサンズ)がなぁ……。
周囲の反応にこそばゆそうに髪を撫でつつ、クランが小声で言う。
「けっこう珍しい職業なのかな――【人形師】っていいます。私の代わりに、私の人形がダイナンたちを王都まで運ぶ役割を果たしてくれるんです」
「こんな魔法初めて見ました! すごい、こんな風に人形を自在に動かせるなんて」
「そ、それほどでも……あるかなっ? えへぇ……」
ニコの素直な賛辞を聞き、にへらっと表情を崩すクラン。
「――"八架連"は既に、アーク国王の手足として動いているのですか?」
そんな彼女を見遣り、ヴェインは冷静そのものの問いを発した。
当然、俺と彼はそんなクランの神業めいた芸当を、ずっと前からよく見馴れているからである。
「えっ? うーんと? そういうわけではなくて……基本ほかのみなさんは、魔国領に居ますしね。私の場合は能力上、セヴィレト王国に派遣されることが多いってだけで……それに国王さまのお願いだからっていうよりは、今回は魔神さまに頼まれただけっていうか……?」
どう答えたらいいのか不安そうに、何度か言葉に詰まりながらそう説明するクラン。
聞き捨てならない単語をいくつか拾ったからか、ようやくニコは人形たちから視線を外した。
「……ン? そういえばお姉さんは誰ですか?」
だいぶ今さらだったがそう訊いたニコに、「あっ!」と目を見開くクラン。
「そ、そうでした。名乗ってなかった! えっとえっと私は、クラリネッタ・ジィス――平たく言っちゃうと魔王軍幹部の者、ですね」
はにかむような笑顔を浮かべ、クランはぺこり、と頭を下げた。
「え、ええっ!? 魔王軍幹部ってじゃあ……"八架連"の……」
声を震わせるニコ。
俺はそこでいよいよ覚悟を決めつつあった。
……自分から名乗ろう。ちゃんと。
そうすることがせめて、俺が三十年前に置き去りにしたひとりである、クラリネッタへの謝罪に――
「おい! いつまで待たせるんだよ!」
……ん?
そのとき、唐突に男の叫ぶような声がして、俺は意識を外に向けた。
見ると、傍聴席に立っていた人々が――先ほどよりずっと、増えている。
その内の何人かは柵を跳び越えかねない勢いで、何事か口々に叫んでいた。
な、何だ?
「そうよ! マオって子、赤毛の君よ!」
「えっ? お、俺?」
女性に名を呼ばれ、驚いて自分の顔を指すと、「そーよそーよ!」と数人が頷く。
「本命は決めたの!? その、銀髪の騎士様と、茶髪の魔術師の子、どっちなの?!」
「昨日からアナタたちのことを考えると夜も眠れないのよコッチは! 教えてよ、教えてよ、その恋の行方を! 結末を!」
なんっ……何の話?
「???」という顔をする俺に対し、ぼそっとニコが呟く。
「『罪作りすぎるので、ちゃんと本命を選びなさいの罪』」
……あ。それって、アレか?
憲兵隊の詰め所の前で、俺とヴェインでニコの奪い合いを演じようとしたら、何か途中で変な感じになって、ヴェインとニコに奪い合いされた俺が何故かとっ捕まり、牢屋に放り込まれたアレ――
「……えっ? アレ?」
「「アレ」」
うんうん、と頷くふたり。
……嘘だろ、と俺は頭を抱えた。
「……もう全員忘れてくれりゃ良かったのに……ッ!」
裁判の最中、妙な熱視線を何回か感じたと思ったらそういうことだったのか……!
「……ではマオ様。どちらをお選びになるのですか?」
「……はっ?」
悪ノリなのか、ヴェインまで胸に手を当てたポーズでそんなことを言い出す。
「私ですか? それとも――」
言葉を引き継いで次は、ヴェインの隣に立ったニコが。
「このニコなの? そ・れ・と・も――ヤミ?」
「選択肢が一個増えてるッ?!」
余計にややこしくすんな!
しかしそんなふたりのファンサービスに、傍聴人たちは拳を空に突き出しながら盛り上がっている。
「ニコちゃんかわいいいッ! 選ばれるのはニコちゃんだよ! そうに決まってるよ!」
「何言ってるの?! 選ばれるべき最愛の相手はヴェイン様よ……! 他のカップリングなんか認めない!」
恐ろしいことにそのまま、何かの派閥争いが始まり、観衆たちまでもがお互いにギラついた目で睨み合っている。放って置いたら暴動でも起こりそうな雰囲気まである。
俺はそんな、ままならない人の世の様子を見つめ、「ああ……」と嘆息した。
みんな裁判で勝訴を勝ち取った感動はどこへやったんだよ! ここは胴上げだろ! 涙で輪になるシーンのはずだろ!
それに俺も一応けっこう頑張ったハズなのに、何でいろんな人から厳しい目を向けられてるんですかねぇ!
「――――い、いやぁ、俺的にはどっちも? 仲間で? 大事で? これぞパーティの絆? ファミリー? みたいな?」
「ふざけんな!」
「女と男の敵!」
適当なことを必死に言い募ったら観衆から空きポーションやら石やらを投げられた。ひどい。そろそろ泣く。
だがそうしている内にも彼らの勢いは増すばかりで、耐久性のない柵は既にミシミシといやな音を立て始めている。
慌てる俺の前にそのとき、立ち上がった影があった。
「こ、ここはオレたちが食い止めておく! 君たちは今のうちに逃げ」
「おっ、助かる! サンキュー!」
「てくれ――あ、すごい何の躊躇いもない……。いいけど……」
俺はポートのありがたい言葉に飛びついてお礼を言った。まだ何か言ってたけどまぁいいや。
「よし、それじゃずらかるぞヴェイン! ニコ!」
そしてその場から逃走。
走っている最中、後ろでぜえぜえ息しつつニコが叫んだ。
「マオってわりと――人でなしね!」
「そう褒めるなよニコ! 照れるぜッ」
「褒めてないわぁっ!」
背後では、「ギャアアア!」と人混みに押し潰され泣き叫んでいるポートたちの声が聞こえたような気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
+ + +
「ここまで逃げてくれば、おそらく平気でしょう」
周囲を確認しつつ、息一つ乱さずヴェインが言う。
別に示し合わせたわけではないのだが、俺たちが立ち止まったのはちょうど、街の入口にあたる場所だった。
幸か不幸か、エランの街のほとんどの人間が裁判を見物していたらしく、ここに来るまでの間は誰とも遭遇していない。
ふー、と肩で呼吸しつつ、俺も視線を巡らせようとした。
そこですぐに気がつく。
「って、あれ。シスカも居る」
「は、はいぃ。雰囲気でついてきちゃいました」
「……それにクラ……ええと【人形師】の子も」
「ええ! 騒ぎに乗じて!」
申し訳なさそうなシスカに対し、こっちは超元気だった。そしてさすがというべきか、クランもやはり呼吸はまったく乱れてはいない。
「安心して、もうダイナンたちは王都に送っているところだから。一個だけ、まだ確認できてなかったからついてきたの」
「確認?」
まさか――俺とヴェインの正体に気づいた?
とちょいドキドキする俺だったが、クランはそんな俺にはあっさり背を向け、ぽけっとしているシスカの前で立ち止まった。
クランの背中で、ボリュームのあるピンクブロンドの髪の毛がふわふわと風に揺れている。
「あなたが、牢屋で捕まっていた女の子よね?」
「は、はい。シスカ・トロイムです」
さすがに緊張した面持ちのシスカ。
ふむ、ふむ、と小さく頷きつつ、そんなシスカのことをじーっ、と深い眼差しで見つめるクラン。
「…………」
「あ、あの……?」
「……うん、やっぱり違うなぁ。ヴェーリさんでは、ないわよね」
眉を下げて笑うクラン。その表情は、俺の見間違いでなければ――どこか寂しげだった。
「いえ。いえいえ。分かってはいたの。私の知っているヴェーリさんは、牢屋に入れられようものなら、牢屋ごと溶かして優雅に躍り出てきそうな女性だったから……」
わかる。牢屋ごと溶かして優雅に躍り出てくるヴェーリ、すごくわかる!
ちなみにそんなことを言われている当の本人はといえば、なんか歯軋りせんばかりの渋い顔をしていた。
……昔からあんまり仲良くないんだよな、このふたり。主にヴェーリが一方的にクランを毛嫌いしていたというか。
シスカが困惑顔で固まっているのに気がついてか、クランが慌てて口を手で覆う。
「ああ――ごめんなさい。これは私の勝手な都合だから、シスカちゃんは気にしないでね。無事に疑いが晴れて本当に良かったわ」
「は、はい……ありがとうございます!」
「それとあなたたちも。えっと――マオくんに、ヴェインさんに、ニコちゃん……でいいのかな? シスカちゃんを助けてくれたことに、私も感謝しています。この件はアーク国王にも報告、を……」
俺の顔を笑顔で見ていたクランの表情が、ふいに揺らぐ。
何度かぱちぱち、と瞬きし、眉間にほんのりと皺を寄せたかと思えば――「あれ?」と呟き、俺のすぐ目の前まで寄ってくる。
「クランさん……どうしたの?」
「さ、さぁ?」
ニコとシスカが会話する声も、クランには聞こえていないようだった。
そして俺は確かに見た。
クランの形の良い唇が、無声音で「まさか」と動いたのを。
俺の目を見て、信じられないというように――それでも目を離せないというように、しかと見つめてくるのを。
……見逃さなかった以上は、もう、言わずにはいられなかった。
深呼吸を挟んでから、観念して、俺はその名を親しみを込めて呼ぶ。
「……久しぶりだな、クラン」
「…………っ」
その瞬間、それこそ嘘みたいに。
クランの大きな瞳の中で光が弾けた。
そうして白い頬の上を、つうっと、透明な雫が伝ったのだ。
震える唇が、そっと囁く。
「…………うそ、……魔王……さま?」




