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1.不要勇者と呼ばれる少年

 

 魔王デスティアが勇者アイリスによって討滅された、そのたった二年後のこと。


 地階歴にして二百八十六年。

 セヴィレト王国第六代国王であったアーノイド・ル・セヴィレトは、第三王子アーク・ル・セヴィレトの手によって、国外への追放処分が決定される。

 アーノイドは魔王率いるガル魔国との戦争――通称『王魔戦争』において、秘密裏に育成していた勇者を投入し、戦争の一日も早い終結を導いた英雄のように王国内では讃えられていたが……その賞賛には大きな誤りがあったことを、アーク王子――否、アーク国王が暴いたのだ。


『――親愛なる我が国民たちよ。触れもなくこのような場を設けた私を許してほしい。

 私はセヴィレト王国王位継承権第三位――アーク・ル・セヴィレト。……否、()()()、アーク・ル・セヴィレトである』


 王都の中央広場に向けて行われた、アーク新国王の演説の光景と内容を、そのときほぼ全てのセヴィレト国民が見上げていた。

 というのも、驚くべきことに、今この瞬間――国王の演説は()()()にてリアルタイムで展開されていたからだ。

 映像に色はなかった。だがノイズ混じりに浮かび上がるアーク国王の姿は凛とし、その思慮深げな眼差しは、見上げる全ての民の目を真剣に見つめ返しているかのようだった。

 初めて目にする壮麗なアーク国王の姿に心打たれ、驚嘆した者も、決して少なくはない。

 空を満たし、遠く離れた王都の映像を映し出すとは……なんて大規模な素晴らしい魔法なのだろう、と。


 実際のところはといえば、それは単純な術式によって編み出された魔法でも、いわゆる奇跡の御業によるものでもなかった。

 広範囲の地形に映像を映し出すことを可能とする魔道具――投影機。

 これを起点に、多数の魔術点に配置された魔術師が互いの魔力を繋ぎ合わせ、経路を循環させることにより――晴れ渡った青空に悠然と浮かび上がり、発信されていたのである。


 このときには多くの人々にとって当然、知る由も無いことであり、その神秘による演出こそがアーク国王の狙いでもあったが……その魔道具は、ガル魔国によってアーク国王に与えられたものだった。

 そしてその映像はセヴィレト王国のみならず、山脈を隔てた先にあるというガル魔国の空にも、同じように映し出されていた。……やはりそれは、この時点では少数の人間しか知るべくもない事柄である。


 アーク国王は語ってみせた。


 ――そも、長きに渡る両国間の相互不可侵関係を一方的に破棄したのは、アーノイド前国王である。

 アーノイドは魔王や、魔王が統率する魔王軍幹部らの力を恐れ、何とかしてこれを討とうと目論んでいた。

 そしてアーノイドが企てたのが、勇者アイリスや国民を利用した一連の恐ろしき計画――『王魔戦争』であった。


 まずアーノイドは、王国内においてガル魔国の誹謗中傷を広める。

 発端として、王都に住む貴族の令嬢が魔物に襲われたという『侵攻事件』や、王都近隣の田畑が魔族操る魔物に食い荒らされたという『農地襲撃事件』などが挙げられるだろう。

 魔国内に住む魔族と、魔物とには何の因果関係もないにも関わらず、アーノイドはこの二つを結びつけることで、王国内の不安を誘発したのだ。

 そして彼の思惑通り、これらの事件を火種として、王国内では魔族への不審と恐怖感が高まっていく。災害や天変地異が起きれば、人々はこれを魔族、延いては魔王の所為ではないかと疑いの目を向けるようになっていったのだ。


 時は熟した、と考えたアーノイドは――ここで勇者アイリスを魔国に向けて放った。

 希望の星である勇者の存在に、国民は歓喜した。強力と名高い魔王や幹部たちであっても、彼女であれば必ずや蹴散らし王国の平和を取り戻してくれるはずだと、大きな期待を寄せたのだ。

 人々の願い通り、そしてアーノイドの目論見通り、見事勇者は魔王を討ってみせた。それが二年前の出来事である。


 ――アーク国王は続ける。


『皆も知っての通り、勇者アイリスは二年前……凱旋の後、間もなく王城にて命を落とした。死因は病死だったという。これも死したる魔王の呪いに違いないと、我が父アーノイドは吹聴して回っていた。

 しかし、真実は違う』


 人々は固唾を呑んで、空を見上げていた。

 アーク王の話がそこまで及んだとき、既に国民の大半は彼の言葉に真剣に耳を傾け始めていた。


『城抱えの医師が白状した。勇者の死因は病死ではなく()()だ。魔王が本当に悪しき存在なのか、本当に討伐が正しいことだったのか……そう問いかける勇者に、アーノイドは卑怯にも毒を盛り亡き者としたのだ。

 ――天下無双と名高き勇者姫は、病死などしてはいなかった。アーノイドによって殺されたのだ』


 悲しげに目蓋を伏せたアーク王は、キッと彼方を見据えるように視線を持ち上げ、毅然と言い放つ。


『魔国は敵ではない。ましてやアーノイドが語るような卑怯者ではない。我が国の尊厳を陥れていたのは彼らではなく、アーノイド前国王とその一派だったのだ』


 そこで一度、アーク国王は言葉を句切り、周囲を見回すような仕草をした。

 まるで、「どうだ?」と、目の前の誰かに問いかけるようにして。


 それが合図だった。

 考える余裕を奪われ、あるいは失っていた国民一人一人が真剣に、考え……隣に座る家族に、友人に、見知らぬ他人に話しかけ、議論していた。思い出そうとしていた。


 もしも魔国が――敵ではないとしたら。

 魔族と魔物が無関係ならば。魔物が田畑を荒らし、人間を襲った出来事は、魔族に何ら罪はない。

 そもそも魔族と実際に刃を交わしたのは勇者一行くらいなもので、王国に侵入する魔族の姿など誰も目にしてはいないのだ。

 目撃情報もあるにはあったが、今思い返せばどれも怪しい。あれこそアーノイド一派の工作だったのではないか。

 それに、それだけじゃない……最たる証拠があるじゃないか、と気づいた誰かが言う。


 ――魔王を殺され二年が経過した今も、武力において圧倒的に強者であるはずのガル魔国は、セヴィレト王国に対して一切の報復行為を行っていない……。


『だが』


 人々が唇を凍らせたタイミングで、アーク国王は言葉の続きを放つ。


『だが結果的に――私たちはガル魔国を一方的に侵略し、傷つけ、その偉大な君主たる魔王デスティアまでもを奪った。

 真実を知った私はこの一年間、何度もガル魔国との交渉を続けた。彼らが望むならば、私にはその全てを叶える責任があったからだ。しかし彼らが望んだのは……アーノイド一派の国外追放。この一つだけだった』


 国王は痛ましげに眉を寄せ、首を振る。


『ささやかに過ぎる願いは、私が昨日の内に叶えた。しかしそれで足りるなどとは到底思ってはいない。私たちは今後もガル魔国との会談を続け、王族として成すべきことを成す。そのときにはどうか、この演説を聴くすべての人々に力を貸してほしいのだ』


 最後に新国王は、こう演説を締め括った。


『親愛なる国民よ。私はここに宣言しよう。――我々の時代に勇者は要らない。もう無益な血を流すことも、流させることもしない。

 誰もが手を取り合い、隣人を愛し慈しむ、平和な国。……これこそが、私が王として描く、理想郷なのだ』


 万雷の喝采。

 中央広場のみならず――両国の数え切れないほどの民たちが鳴らすその拍手の音が実際にきこえたかのように、アーク国王は目を細め、片手を挙げた。


 彼の演説をきっかけとして、セヴィレト王国とガル魔国の関係は次第に改善されていくこととなる。

 魔王を失った魔国に対し、王国側は援助を申し出たが魔国側はこれを固辞。代わりに、商売や貿易、ダンジョン探索を、国の垣根なく行う関係を構築したいと申し出た。それが魔王の長年の夢だった、と魔国が述べれば、王国に断る理由などあるはずもない。


 それに土地が肥沃で作物やマナが豊富に取れるセヴィレト王国に対し、ガル魔国はダンジョン――つまりは迷宮資源に恵まれているし、強力な冒険者もごまんと居た。お互いの不足を補い合う形で貿易が盛んになれば、王国にとっても大きな発展であった。

 国境付近には巨大な橋が架けられ、次第に流通路が整備されていった。

 両国を行き来するには許可証が必要であり、残された課題も多かったが、それは贅沢な悩みというものであり――改善するための時間も、いくらでもあったのだ。


 そして、この他に類を見ない規模で、しかも隣国も含め同時に二国の空中にて展開されたアーク王の演説は、長らく平和と繁栄を築いた『新王伝説』の幕開けとして語り継がれることになるが……それはずっと後の世でのことである。


 ……さて、歴史に残る演説から。


 さらに二十八年後。

 それは地階歴にして三百十六年、春月の二十七日のことだった。


「やーい、やーい!」

「悔しければここまで来てみろよ! わはははっ!」


 国と国の関係が豊かに発展していったことで、当然、セヴィレト王国にとって得るべきものは多くあった。

 ――が、残念ながら、笑顔があれば涙がある。

 誰かが笑っているなら、その影では誰かが泣いている。

 世の中というのは一面的には成り立たないので、往々にしてそんな事態は有り得るのだ。


 では、王国と魔国が仲良く手を取り合ったことで、割を食ったのは誰なのか?


 ……決まっている。()()と、()()だ。


「ほら、ここまで来てみろよ! 『不要勇者』!」


 そう呼ばれ。

 俺、マオ・イーベルは――むくり、と起き上がった。


 何も寝ていたわけじゃない。

 気に入っている村はずれの草原でひとり魔術書を読んでいたら、それを近所の悪ガキふたりに奪われた。

 ついでに肩を思いきり押され、今さっきまで俯せに倒れていた。それだけのことだった。


「やーいやーい! お前の母ちゃん性女! お前の父ちゃん、逃走王~!」

「悔しかったらここまで来てみろ~!」


 こんな風にからかわれるのも初めてじゃない。

 自慢するのも悲しいがわりと慣れている。だから、俺は動揺していなかった。


「…………はぁ」


 ぽりぽり、と頬を掻く。

 本奪うヤツ・肩押すヤツと小癪な役割分担をしたふたりはすぐ先の木の元までダッシュで駆け、そこから調子よく俺のことを挑発していた。名前はタンとユージ。


 もうすぐ十六歳の誕生日を迎える俺からすれば、八歳のガキ共なぞ、別に大した敵ではないが……既に俺たちの間にはそれなりの距離が開いている。

 今から追いかけても、その間に逃げられる。事故って母から借りた魔術書が引き裂かれでもしたら、それこそ一大事だ。

 と判断した俺は口元で囁くようにして唱えた。

 せっかくだ、覚えたての魔法でも試してみようと思ったのだ。


「コレクト」

「えっ――!?」


 タンはかなり驚いたことだろう。

 何せ片手に掴んでいた本が唐突に、ガタガタと独りでに動き始めたのだから。

 青い顔をした彼は咄嗟に、魔術書にしがみつくような仕草を見せるが……無意味だ。


 初級風魔法【引寄(コレクト)】。風の流れをほんの一部分操作して、目にしている任意の物体を引き寄せる。

 動かす物体の大きさによって難易度は変わるが、風属性魔法としては初歩中の初歩だ。

 分厚いといっても両手に収まるサイズの本一冊なら、難なく手元に持って来られるだろう。


 俺の期待に応えるように、さっそくタンの手を引き剥がすように魔術書が空中に浮かび上がる。

 タンがジャンプしても届かない高さを持続しつつ、するする……と優雅に風の海を流れてきた本は、空に向かって伸ばした俺の右手の位置に、寸分違わず収まった。


「よし」


 さて、これで読書の続きができるぞ。

 さっそく元の胡座の姿勢に戻って、足の上に本を開く俺。

 そこに顔を真っ赤っかにしたタンとユージが走り寄ってくる。


「べ、別にすごい魔法使えたってお前が倒す魔王なんて居ないんだからな」

「【勇者】なんて要らない、って王様が言ったんだからな!」


 俺は思わず溜息を吐いた。


「……はぁ」


 ギクリ、と悪ガキたちが顔を強張らせる。

 俺は本を閉じると、そんなふたりを見上げてニヤリと笑った。


「別に俺、自分の人生を悲観してないぜ」

「「……えっ」」

「魔族は良い奴らでも、魔物は必ずしもそうじゃないもんな。【勇者】が倒す相手が魔王じゃなく、魔物になっただけだろ? 俺が役立てることは、この世界にはまだいっぱいあるはずだ」


 黙り込んでしまうふたりに、俺は最も大事なことを念押ししておく。


「だから父さんと母さんのことは非難しないでくれよ。俺のことは何て言ってもいいけどさ」

「「……ご、ごめんなさい」」


 タンとユージは顔を見合わすと、素直に頭を下げてくれた。

 口は悪く、しょっちゅう悪巧みはするが、ふたりとも別に悪い子ではないのだ。

 俺は落ち込むふたりの頭を雑に撫でてやった。


「分かれば良し。それで、家の手伝いは終わってんのか? 遊び相手が欲しいってなら付き合うよ」

「……不要勇者とか言ってゴメン。マオって正直、良いヤツすぎてからかいにくいよな……」


 ユージがそんなことをぼそぼそ呟いた。

 じゃあからかうなよ、と俺は苦笑を返した。


 ――マオ・イーベル。十五歳。

 セヴィレト王国にある辺境の村、スフ出身。

 マオは赤い髪の毛に、赤みを帯びた黒い瞳をした少年である。

 それだけなら人より多少目立つ外見、という一言で済む話だが……その出生に関しては、あんまり平凡でなかったりする。

 というのも、


 父親は"闘争王"ギド。

 それに母親は"聖女"マルゥ。


 両親ともに、魔王デスティアを討ち倒した至上最高と名高い勇者――"金の荒星"アイリスの、パーティメンバーだからだ。



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