27.あたしのせいかもしれません
「では――当日に話を戻そうか」
俺がそう言うと、ダイナンとドストスはほんの一瞬、視線を交錯させる。
ダイナンはといえば我慢ならないといった表情で今も机の下の足は貧乏揺すりしていた。
が……ドストスはダイナンほどあからさまではなく、自分を落ち着かせるように咳払いなんかをしている。
「……当日。つまりダイナン氏が殺されかかった事件について。何かまだ話すことがあると?」
「うん。まだあるな」
ていうか気がつくと、かなり傍聴席の人数が多くなっていた。
さっきまでは数秒で数えられる程度の人数だったのに、今ではもう――これ、七十人くらいは居るんじゃないか?
「見て、あの証言台に並んでる三人……」
「昨日、見たわよ。ホラ、詰め所の前で騒ぎになってた」
「マオって男の子は結局どっちが本命なのっ? それともどっちもなのっ? キュートなのセクシーなの!?」
……ちょっと聞こえた感じ、なんか事件とは関係無いことを喋っている傍聴人が多いようだが。
しかしそちらに気を取られている場合ではない。
「シスカはその日、仲間からの指示で森近くの小川で洗濯をしていた。先ほど説明した通り、いつもならシスカは宿屋近くの川で洗濯をしていたはずだったが、それだと困るヤツが居たからだ。それがダイナンだった」
「む、む……」
「続けるぜダイナン。で、その理由自体はシンプルだな。宿屋近くの川辺じゃ、間違いなく複数の目撃者が出ちまうからだ」
今まで静かにその場を見ていた裁判長が、眉根を寄せる。
「……つまり、被告人は目撃者の出ない場所に、自らの仲間によって誘導されたと? それだと――仲間たちが、彼女を売ったことになるが」
「……はい。その通りなんですよ、裁判長」
傍聴席が大きくざわつき出す。
俺自身、その言葉をこの場で口に出すのは勇気がいる行為だった。
だが――シスカの汚名を晴らすためにも、言わなければならない。そう覚悟を決めたときだった。
「そこからはオレたちが話すよ」
聞き慣れない声に、俺は口の動きを止めて振り返る。
いつの間にやら裁判所に、新たに三人の人物が姿を現していた。
彼らの姿を目にしたシスカが、驚きに目を見開いている。
「ポートさん! レイさん! それにマドルさんも!」
「彼らは……」
「シスカ嬢のパーティメンバーです、マオ様」
ヴェインが説明するのと同時、柵を跳び越え証人台までやって来る三人。
どうやら魔術師――シスカの話からすると、おそらくポート――という名の青年が、気まずそうに頭を下げる。
「遅くなってごめん、ヴェインさん。それにシスカ。オレたち……なかなか勇気が出なくて」
「ポートさん……」
「この場に居る全員聞いてくれ。そっちの赤髪の男の子が言いかけた通りだ。オレたちは、そこに居る――」
ポートはそこで、目線を巡らせると、目当ての人物の胸に突きつけるようにして人差し指を伸ばした。
「――ダイナン・ゾーに指示されて、シスカに洗濯の場所を指定したんだ」
「き、貴様……!」
ダイナンは憤怒のあまりか、わなわなと唇を震わせているが――そこでポートの横に立っていたレイが言葉を引き継ぐ。
「あたしたちもヴェインさんに聞くまで……魔物のことはよく分かってなかった。だからあの日、狩りから戻ってきたらシスカが殺害未遂の容疑で逮捕されていて、驚いたの。
それからいろいろ調べてはいたんだけど……この裁判に出席したら命はないと、ダイナンとドストスに脅されていて……」
「おーおー。元素無いところに煙は立たない、とはよく言ったモンだな」
俺が茶化すと、「ふぬゥンッ」とダイナンが変な声を上げる。その恰幅のいい身体からはいよいよ湯気でも立ってきそうだ。
「だが、君たちは何故……シスカ・トロイムを売るような真似をしたのだ? 洗濯の場所を指示されるだなんて、少し考えればおかしいと分かっただろうに」
「それは……」
裁判長に問われると、そこで言葉に詰まるシスカの仲間たち。
致し方無さそうにふぅっと息を吐き、前に出たのは――今まで隅で静かに寝ていたニコだった。いや、寝るなよ。
親指と人差し指で丸を作り逆さにしてみせると、にやりと口端をつり上げるニコ。
「それはですね裁判長。チャリーン、です。チャリーン」
「……オゥ……チャリーン……!」
「イェス、チャリーン。イコールお金です。彼らは指示に従えばお金あげるよ、とダイナン氏に言われていたのです」
「あ、あのときは……仕方なかったんだ! 藁にも縋るような気持ちで……」
がくり、とその場に膝をつくポート。
仲間のレイとマドルも涙ぐんでいる。何事?
「貯め込んでいたお金でどうにかポーションを買い集めたけど、それは全部、シスカが魔物の巣穴に落としちゃったし!」
「魔物は全部逃げて行っちゃったからクエストは失敗して、ギルドからも信用失うし!」
「というか毎日のようにシスカが毒キノコ鍋を生み出すから、もう毒消し草を買うお金だけで生活かつかつだったし!」
涙ながらに語る彼らの言葉に、シスカがはっ、と何かに気づいたような顔をし、俺の方を向いた。
「マオさん! も、もしかするとですが……今回の件、大体あたしのせいかもしれません!」
迫真の推理! みたいな顔つきだった。この場に居る全員、もう知ってるぞソレ。
もはやシスカには掛ける言葉が見つからなかったので、俺はウッウッと嗚咽を漏らすポートの前にしゃがみ込む。
「なぁ……それなら毒キノコ鍋食わない、って選択肢を取れば良かったんじゃ」
「そんなことしたらシスカが悲しむだろおおおお!?」
そしたらめっちゃ血走った目で怒鳴られた。ご、ごめんなさい。
「シスカは良い子なんだ。かわいいしスタイル良いし胸は大きっ……心が広いっていうか」
言い直してもぜんぜん誤魔化せてないぞ。
その隣でシクシク涙しながら、レイとマドルも口々に言う。
「いまどき珍しい、擦れてない子なのよ。だからあたしたち、シスカを悲しませるようなことはできなくてっ」
「家事を任せっきりで申し訳なかったけど、クエスト行くよりは安全だし……ていうか俺たちが三人で必死にクエストこなさないと、もうお金が……宿賃さえツケだし……」
「み……みなさん……」
そんな仲間たちの姿を見て、同じく涙を流すシスカ。
俺はシスカの話から、勝手に彼女がパーティメンバーに冷遇されているものだと思い込んでいたが……そうではなかったらしい。
そういえばさっき傍聴人に聞いてみたとき、シスカに毒殺されかかった人は数十人居たが、誰もシスカ本人を恨むような様子はなかった。
それも一種の人徳ってヤツなんだろうか? ……まぁ、毒盛らないのが一番だと思うけどな!
と考えつつ、これ以上触れたら収拾がつかなそうなので、俺はそっちは放っておくことにして再びダイナンとドストスに向き直った。
「――で、アンタらは貧乏……じゃない、お金に困っている彼らにつけ込み、シスカを森の近くまでおびき寄せた。そこで起こったことに関しては、憶測でしか語れないが……さっきの証人の証言と、シスカの特異体質のことを踏まえると結論が出る」
傍聴席に戻っていた証人のひとり――ダイナンの警護の男が、「お、おれっすか?」と慌てて立ち上がる。
「そう、アンタだ。ちなみに一応聞いておく。アンタの冒険者ランクは?」
「……Dっすけど」
「では次、そこでまだ泣いてるポート。アンタの冒険者ランクは?」
「Cだ……グスッ」
「よし。そうするとだ。以前、シスカはポートの放ったファイアーボールが、頭に直撃したことがあったと言っていた」
「あのときはごめんなあ、シスカアアア! わざとじゃなくてえええぇ!」
ポートすっげーウルサイなぁ!
「そして八日前、警護のアンタはサンダーボルトを唱えて、それでシスカは意識を失った。そうだったよな?」
「そ、そうっすけど……」
明らかにちらちらと、自分の主人であるダイナンの方に視線を飛ばしつつ答える男。
それで欲しい答えは出揃った。
「まぁ、ランクだけでなく地理や天候にも左右されるし、魔法の相性ってのもあるからな、一概には言えないが――ファイアーボールも、サンダーボルトも、どちらも初級魔法だ。
そして冒険者ランクはポートの方が高いにも関わらず、シスカはファイアーボールを喰らったときは髪の毛の一部が焦げただけで、他に外傷はなかったと言っていた」
「つまり……?」
裁判長が続きを促す。
俺はゆっくりと、最後の仮説を話した。
「ダイナンは……自分の商売の邪魔をしたシスカを川に突き落としてから、感電させたんじゃないか?」
シン……と誰もが、静まりかえる。
そこにヴェインが冷静な口調でつけ加えた。
「通常ならば、感電死してもおかしくないくらいのダメージだったと思いますよ」
……今や、誰の目から見ても真っ青な顔色をしたダイナンを、俺は鋭く睨みつける。
「でも人一倍……いや、人五倍くらい丈夫なシスカには、大した外傷は残らなかった。彼女は攻撃魔法や回復魔法を含めた魔法が全般的に効きにくい体質だからだ。
その代わり、水の中で雷の直撃を喰らったため、そのダメージで記憶の一部が焼け焦げてしまった。そんな彼女を、アンタは殺人犯に仕立て上げることにしたんだ。……真相はそういうことだろ」
ダイナンはもはや、震えるばかりで、ブツブツと何かを低く呟いてはいるものの、それは言葉の形を為し得ないものばかりだった。
共犯者が使い物にならないと察してか、大慌てな様子のドストスが諦めずに何かを反論しようとする。
「だ、だがっ! 被告人は」
「異議あり!」
俺はそれを力強く遮った。
「えっ、いやまだ話し始めたば」
「異議あり! 異議あり! 異議あーりィ!」
「弁護人の「異議あり」を認めます」
「えぇっ!?」
よっしゃ、勝った。……この台詞、中毒性あるから言える機会をずっと窺っていたのである。
そこで裁判長が小槌を叩いた。
ダイナンとドストス以外の全員は、既に静まりかえって彼に注目している。
「それではこれにて裁判は閉廷。判決を言い渡します」
俺たちはその次の一言を、息を呑んで待った。
「……被告人シスカ・トロイムは――無罪!」
瞬間、俺は喝采を上げた。
いや、正しくは上げかけていた。視界の端にいるニコ、それにポートたちも……きっと、そうしていたはずだ。
だが、俺は……彼らのようにはできなかった。
そのとき、裁判長が後ろを大きく振り返ったかと思えば――そこに、ある一人の少女が立っていたからだ。
ピンクブロンドの、ふわふわに靡くボリュームある髪の毛は緩くツインテールでまとめている。
上半身は大きな胸元が強調された、女軍人めいたキッチリとした藍色の制服を纏っているが、下半身は……たぶん、はいてない。
頼りなく伸びたシャツの裾だけが、どうにかその際どく危ういラインを守っていた。
しかし俺は、その魅惑的すぎる生足に見惚れていたわけではない。
そうではなかった。
俺はその少女のことを、よく知っているのだから。
琥珀色の煌めく瞳をぱちり、と瞬かせた彼女が、微笑み言い放つ。
「そしてダイナン・ゾー。それにドストス商会長。この二人は、魔物取扱法違反容疑、及びシスカ・トロイムちゃんの殺害未遂容疑により、王都の憲兵隊詰め所まで私と一緒にいらっしゃい、ですよー!」
――クラリネッタ・ジィス。
それは魔王軍幹部"八架連"のひとりにして、第六位に位置する少女だった。




