26.弁護人始めました
「えっ……?」
シスカが顔を上げる。
ばっちり目と目が合った。
ようやく俺の存在に気がついたのか、目を見開いたシスカの瞳からぽろり、と涙が零れたが――俺はそんなシスカに、笑って頷いてみせた。……あとは任せろ、という意味を込めて。
「な、何だね君は……?」
「俺か? どーも初めまして、俺はシスカの弁護人だ」
狼狽えているドストスにそう応じつつ、俺は柵をぴょんと跳び越える。
次いでヴェインも、「え、あたしも?」とか言いつつニコもついてきてくれた。
既に空いている証人台に、俺たちは三人並んで立つ。
なぜかそのとき、俄に傍聴席が騒がしくなったが……それだけこの裁判が注目されてるってことだろうか?
「静かに」と厳粛に言い放った裁判長が、細い目でじっと俺たちの顔を見遣る。
俺は聞かれる前に自己紹介しておくかと、自分の顔を指で指した。
「マオ・イーベル。スフ出身の冒険者だ。こっちは仲間のヴェインとニコ」
「……弁護人を務める予定だったシスカ・トロイムのパーティメンバーたちからは、欠席の連絡をいただいていますが」
「いや、裁判長。彼らはここには来られない。それはダイナンに脅されているからだ」
俺の言葉に対し、裁判長が眉間に皺を寄せる。
そこで口を開いたのは、今まで黙っていた原告側……ダイナン・ゾーだった。
「――何だ貴様。見ない顔だが……こちらは名誉毀損で訴えてもいいんだぞ」
ちっち、と俺は人差し指を左右に振る。
「残念だが、名誉毀損でアンタたちを訴えるべきはシスカの方だぜ」
「何……?」
「それを今から思い知らせてやる。だから――もう一回、再構築してみようぜ。今回の事件を」
「…………」
裁判長はなにか考え込むような顔で黙っている。
そこで慌ててドストスが、
「さ、裁判長。このような申し出は無効です。被告人にはすぐさま刑を執行すべきです」
「……マオ・イーベル。弁護人代理としての君の発言を許可する」
「裁判長!?」
どうやらドストスとかいう商会長よりは、裁判長は話が分かる人物のようだ。
俺は大きく頷き、そして簡易裁判所に響き渡る音量の声で話し出した。
「……まず、八日前。シスカは仲間に頼まれて、森にほど近い川で洗濯をしていたという。でもそれはおかしくないか?」
「は? それの何がおかしいと?」
嘲笑うドストスの顔を眺め、俺は続ける。
「どうして、わざわざ森の近くで洗濯をする必要があった? 俺はこの街に来たばっかりだけど、民家の近くに流れる小川の傍で洗濯物を洗う人たちをたくさん見たぞ」
「そ、それは――それはつまり、森の近くをダイナン氏が通りかかると、その娘が知っていたことの証明だろう!」
「いや、違うな。何故ならシスカは当日、自分の仲間たちから洗濯の場所を指定されたからだ。そうだなシスカ?」
俺に話を振られたシスカが「は、はいっ」と肯定する。
「あの日、パーティメンバーのポートさんに言われたんです。「森でオレたちは狩りをするから、その近くの川で洗濯をしてくれ。クエスト帰りに合流しよう」、って……」
「ではここでシスカ――被告人に質問だ」
居住まいを正すシスカに、静かに問いかける。
「今まで洗濯物を頼まれたときに、仲間から場所の指示をされたことはあるか?」
「……ありません、一度も。その前日も、そのまた前日も、私は洗濯をしていましたが……そのときは宿屋近くの小川で、洗濯物をしました」
牢屋で聞いた通りの答えだった。
俺は一度頷いてから片手を挙げ、
「少し話を、事件より前の日付に戻します。いいですか裁判長」
と確認をした。裁判長は一瞬訝しげに目を細める。
「その話は今回の殺害未遂事件に関係しますか?」
「はい、間違いなく」
「――許可します」
許しを得た俺は続いて話し出す。
「シスカが憲兵によって逮捕されたのは春月の三十日だが……その前。春月の九日に、彼女はクエスト挑戦中、ある失敗をしている。
その日、朝から彼女たちのパーティはエラン近くの森に入っていた。前日に発見した魔物の巣があったからだ。
パーティには炎魔法を得意とするポートという名前の魔術師が居る。おそらくは彼が炎魔法で巣ごと焼く作戦だったんだろう。しかしそこで――問題が起こった。回復薬として用意していた大量のポーションを、シスカが巣穴に落としてしまったんだ」
今や、傍聴席の人々は俺の話に聞き入っているのか、ほとんど話し声もしない。良い雰囲気だった。
シスカもまた、食い入るように俺の顔を見つめ、両手を胸の前で組んでいる。……まさしく、神さまに祈りを捧げるみたいに。
「その結果、巣からは活発化した魔物が飛び出してきたという。……その魔物の種類の一部を、シスカが覚えていた」
俺が目を向けると、シスカには意図が通じたのだろう、こくりと頷く。
それから彼女は――凛と言い放った。
「魔物は、ベアラビットに、サラマンダーに、ミニドラゴン……でした」
一斉に傍聴席にざわめきが走る。
「どういうことだ?」
「どれもこのあたりには棲息していない強力な魔物だぞ……」
「しかも何で同じ巣穴に? 群れるような種族じゃないぞ?」
そこでもう一発爆弾を落としておこうと俺は大きな声で言う。
「ちなみに俺は数日前、六体ものベアラビットにスフで遭遇した。おそらくエランの森から逃げ出した奴らだと思うぜ。……さて、それじゃもう一つ、ヴェイン」
「はい」
間髪入れず頷いたヴェインが、胸につけていた金色のボタンを外す。
それを大衆や裁判長に掲げるように見せつける。
「これはガル魔国で造られた魔道具――その名も再生機、というものです。用途は音声の録音と、その再生です」
さっそくヴェインは、その小さな再生機のスイッチを入れる。
途端にそこから、ひとりの男の声が流れ出した。
『アクシデントがあったときは、どうなることかと思ったが……これでどうにか、次の納期に間に合いそうだな』
「この声……」
「ダイナン様の……?」
ひそひそと会話する人々。
怒りに顔を真っ赤にしたダイナンが立ち上がり、叫ぶ。
「お、おいやめろ。その魔道具を今すぐ止めろ!」
『クク。まあ、そうだな。余計なことをしたあの娘の命運も、これで終わりだ。――死刑だ。大事な商売の邪魔立てをする娘など、不様に死するべきなのだからな』
……そこで音声の再生が終わる。
「こんなの録音してたのね……」
と、知らされていなかったらしいニコはあきれ顔をしていた。
俺はそこでいよいよ、視線を左側の彼らに向ける。
怒りの赤を通り越し、今や表情が蒼白になりつつある――ダイナンと、ドストスのふたりを見据えて。
「納期。それに商売。んで、娘によって引き起こされたアクシデントが関わっている。……自ずと答えは見えてくる」
「…………っ!」
「貴族ダイナン。それにエランの商会長であるドストス。あんたら二人は、協力して――珍しい魔物の密売をしていたな?」
「しょ、しょ、しょ――」
ブルブルブルッ! と震えたダイナンが、机を殴りつける。
「しょ、証拠がないっ! ないくせに、よくも――よくもそこまで抜かしやがってえ!」
「……まぁ、確かに言う通りだ」
俺はそこは素直に認めた。実際、事実だからだ。
「魔物が逃げ出したのはもう随分前だ。巣の中で弱らされていて、そこにシスカがポーションを投げこんだことによって回復し、逃走した。これで密売人のアンタらは商売あがったり。……というのは、単なる俺の仮説だ」
「な、ならば――」
「でもそれは良い。本題じゃないからな」
「あ……?」
そう。そこは疑惑、というだけで終わっても今はいい。
俺にとって大事なのはその先なのだ。
「では――当日に話を戻そうか」




