25.この裁判、異議あり!
翌日、午前十時。
屋外に設けられた簡易裁判所にて、小槌の音が響き渡った。
「それではこれより、『上級貴族ダイナン・ゾー殺害未遂事件』の法廷を始める!」
裁判長の厳かな声が裁判の開始を告げる。
それと同時、ざわついていた傍聴席が、一斉に静かになった。
そもそも屋外なので、傍聴席は特に用意されてないのだが……注目度の高い裁判なのか、埋められたばかりの柵の周りに集まった観衆は数十人に及んでいた。
ちなみに俺とヴェイン、ニコも、その最前列で棒立ちしていたりする。
俺はといえばつい数十分前、『罪作りすぎるので、ちゃんと本命を選びなさいの罪』から釈放されたばかりである。
今さらだけど何だよその罪状、とツッコみたいとこだが、憲兵たちが親指を立てて「がんばるんだぞ!」と見送ってくれたので、もうあまり細かいことは気にしないことにした。何をがんばればいいかはよく分からん。
「マオ様、大丈夫ですか? 牢屋などで過ごされてさぞお疲れなのでは?」
「まぁな。床もけっこう固かったし」
「お、おいたわしい……」
それに地下は冷え冷えとしていて寒かった。炎魔法もさすがに地下じゃ使えなかったし。
ヴェインと小声で喋りつつ、俺は原告席を見遣る。
「アイツが……上級貴族ダイナンか」
席からはみ出すような具合に座っているのは、ダイナン・ゾー。
このエランの街では最大の権力を有するとされる貴族の男だ。
でっぷりと肥えた腹をしたその男は、余裕を滲ませてふんぞり返っている。
そしてその正面にある被告人席に。
たった今、牢から連行されてきたばかりの彼女――シスカが、向かっていた。
「う、うぅ……」
ぷるぷる小刻みに震えつつ、憲兵に挟まれてやって来たシスカ。
太陽の下で初めて目にするその姿に、俺は息を呑む。
シスカは淡い緑色の髪の毛をした、きれいな女の子だった。
一本の三つ編みに結った長い髪が、さらさらと風に揺れている。
そして衣装はといえば黒と白を基調にしたデザイン、肩も太腿も丸出し、おまけにいろんなところにフリルやリボンがついていて、ていうかアレって……
「メイド服……?」
そう、よく見なくてもメイド服だった。
雑用係って、メイドさんってことだったの? ていうかパーティ仲間とかの野望みたいなモンが入ってないか?
疑念の目を向けつつ腕組みする俺。別に瞬きもしないでシスカをガン見してるとかじゃないからね?
すっかり緊張している様子のシスカは、水色の瞳にほんのりと涙を湛えつつ、気丈に被告人席に向かってみせた。
右手と右足、同時に出てるけど。
「……マオ。もしかしてアンタ、あの子がかわいいから助ける気になったとかじゃないの?」
袖を引っ張ってきたかと思えば、横のニコがそんな言葉をジト目で囁いてきた。
「アホ言うな。地下牢じゃアイツの顔もわかんなかったんだぞ」
「じゃあ胸が大きいから?」
「やめろ! 俺にリアリティのある冤罪をふっかけるな!」
「フンッ。どうだか」
本当に違うからな。断じて。……ち、違うからな?
「全員揃いましたね。それではドストス商会長、冒頭陳述をお願いします」
俺はそんなおじいちゃん裁判長の言葉に首を傾げた。
「あれ? 検事は居ないのか?」
「この裁判にはどうやら検察は呼ばれていないようですね。おそらくダイナンの差し金でしょうが……エランの商会長が代わりを務めるようです」
「ほー……」
「そういえば商館、立ってたわね大きいヤツが。門前払いされて私は話も聞けなかったけど」
ニコが肩を竦めている。そういえば、この街に着いたときにニコは店舗や商館のある東の道で聞き込みを担当したのだ。
「えー、ゴホン……」
見れば、原告席の隣に突っ立っていたちょび髭の痩せ細った男が、咳払いしつつ一歩前に出たところだった。
顔には、いやな半笑いを浮かべて。
「えー、では今回の事件。そちらの冒険者、シスカ・トロイムによって、我らエランの誇る上級国民であるダイナン・ゾー氏が、殺害されかけた事件について詳細を述べます」
びくり、とシスカが身体を震わせる。
そんな彼女をダイナンは舐めるような目つきで、ドストスの後ろから眺めている。
「えー、被告人シスカ・トロイムは、八日前……つまり地階歴三百十六年、春月の三十日。
ダイナン・ゾー氏の殺人を目論み、街外れの森を通りかかった彼に、毒入りのポーションを飲ませようとしました。
しかし警備の者に阻まれると、次はダイナン氏を川に落とそうとした! これも何とか警備が防ぐと、被告人は自ら誤って川に落下し、意識を失った。そこに憲兵が駆けつけ、被告人を拘束したため、何とかダイナン氏は一命を取り留めたと。こういうわけです」
「……被告人。間違いはありませんか?」
裁判長に確認されたシスカが、おろおろと視線を彷徨わせる。
「え、あ――あたし……」
「裁判長。その女は、事件当日の記憶を一部失ったなどと愚かな嘘を吐いています。確認は無意味です」
「商会長、今は被告人に聞いています」
失礼しました、とドストスが一歩下がるが、表情は余裕の笑みを浮かべたままだ。
シスカは顔を上げないまま、何とか、
「……あたし、本当に記憶がありません。仲間に頼まれてその日は川で洗濯をしていて……それしか覚えていないんです。だから、そんなことはしていません。としか、言えないです」
と、そう答える。
「川で洗濯! ハハッ、被告人は昔話の無害な老婆でも演じているようですね!」
シスカの回答に、というよりは、ドストスの嘲るような言葉にヘイトが集まったのか、傍聴席がざわざわと一斉に話し始める。
「静かに!」と裁判長が小槌を叩いた。
「では次に証人を呼びます」
証人台に立ったのはダイナンの家で雇われているという警備の男だった。
彼はぼさぼさの髪の毛を掻きつつ、こう述べた。
「ああ、確かに八日前、そのシスカって女がポーション持って、ダイナン様の殺害を企てて襲ってきました。おれが雷魔法使えるのでどうにか事なきを得ましたけど。……使った魔法? あー、それはアレっす。サンダーボルトっす。こう、ビカーって。ズドーンって。それで一件落着? 的な?」
その次に呼ばれたのは、以前シスカと同じパーティに所属していたという剣士の女性だ。
「ああ、シスカにはあたしらもよく手を焼いててさ。いっつも料理とか洗濯とか頑張ってくれるのはいいんだけど、料理はいつも毒キノコ入りだし。あれでわざとじゃないのが逆に怖いっていうか。あたしもそれ食べて数日間、死線を彷徨ったし……」
「毒キノコ! あなた今、そう言いましたね!?」
「え? え、うん。何このひょろっとしたオッサン。……まぁ言ったけど。この街に滞在してる冒険者なら、シスカに毒殺されかかったヤツは大勢居るだろうし」
「ではせっかくなので傍聴席の皆さん! 彼女に毒殺されかけたことがある、という方は手を挙げていただけますか!?」
どうやらシスカを有罪にしたくて必死らしい。
傍聴席に向かってなりふり構わずそう叫ぶドストスに、俺は苦笑してしまう。
「ふっ、血迷ったなあの商会のオッサン。シスカがいくら壊滅的ドジっ娘でも、さすがにそんなに毒殺されかかった人間がいるワケ――」
振り返った俺は呼吸を止めた。
傍聴席に詰め寄った三十人ほどの人間のうち、二十を超える人間が手を挙げていたからだ。……ちょっと申し訳なさそうな表情で。
「……居たわね。被害者がこんなにたくさん」
「これは一種の才能かもしれませんね」
ニコが溜息を吐き、ヴェインは感心したように何度も頷いている。
傍聴席を眺め回し、満足げにドストスは自らのちょび髭を撫でた。
「これで分かったでしょう、裁判長。被告人は毒殺の達人です。現場に落ちていた瓶には毒が入っていた痕跡もあったことから、彼女がダイナン氏の殺害を計画したのは明らかです。
ダイナン氏は立派な君子であらせられるが、上級貴族という立場上、貧民からの恨みを買ってしまうのは致し方ないですからね」
「…………」
すべてを諦めたように、シスカがゆっくりと肩を落とす。
その瞳のふちには静かに涙が溜まっている。しかし瞬きも忘れて立ち尽くす彼女の涙は、いつまでもその滑らかな頬を零れることはない。
誰も彼もが目を見開き、そんな美しい被告人の少女に見入っていた。
一瞬の沈黙を経て、再びドストスが勝ち誇ったように口を開く。
「さぁ、これにてこの裁判は閉廷。被告人は死刑に処し――」
「異議あり!」
俺はそこで、思いきりドストスの言葉を遮ってやった。
…………ここからが反撃だ。




