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24.俺が何とかしてやるよ

 

「死刑っ?」


 聞き慣れない単語に驚いて、思わずヤミは復唱してしまう。

 ――同時に「あ、しまった」と気づいて口元を抑えたが、時すでに遅し。


「……何だ? 今、部屋の外から声が……」

「(ずらかりますよ、ヤミ)」


 しかしヴェインはまったく慌てていない。

 どうするのかと思いきや、その筋肉質な腕がまっすぐ伸びてくる。


「(え?)」


 むんず、と腰を掴まれる。

 そして気がつけばヤミの身体は宙に浮いていた。

 正しくは、ヴェインの小脇に抱えられるという形で。


「(んぎゃ――)」


 叫びかけるヤミの口を、ヴェインが片手で塞ぐ。

 そのまま彼は音もなく、来た道を逆走し始めた。


「誰だっ! 誰かいるのか!?」


 今さらのように後ろから怒鳴り声がするが、もちろんそれでヴェインが立ち止まるわけもない。

 そうしてふたりは屋敷からの逃走に成功したのだった。


「あ、アナタ、私のことペットか何かだと思ってるでしょ……っ!」


 無事に脱出した後。

 途中で【隠蔽(ハイディング)】も解け、十字路の方角まで逃げてきたところでヴェインはようやくヤミを地面に下ろした。

 ……というか驚きすぎて、前髪の分け目はだいぶめちゃくちゃになっているが、口調や雰囲気はニコベースのそれである。


「そうですね。ほらあの、よく喋る小生意気なペット枠みたいな……」

「あっさり認めやがった!?」


 ニコが犬歯を剥き出しにして唸っても、ヴェインはどこ吹く風という顔つきだ。

 諦めたニコはヴェインの背中を通して、貴族街の方角を見遣る。

 ……どうやら追っ手はいないようだ。それにここまで逃げてくれば人通りが多いので、恐らく警備の者たちも、侵入者が誰なのかは見分けられないはず……


「あの……」

「っ!?」


 内心ほっとしていたところで突然声をかけられ、ニコはびくりと震える。

 貴族街の方からやって来たのか、冒険者らしき格好の二人の青年と一人の女性が、こちらを不安そうな表情で見つめていたからだ。


 ……まさか、ダイナンの屋敷からの追っ手?

 警戒するニコだったが、ヴェインは臆せず前に出ると、そんな三人に向かって声を掛ける。


「こんにちは。お見受けしたところ、あなた方はシスカ嬢のパーティメンバーではありませんか?」

「……っ!」


 彼らの顔色が一気に変わる。

 明らかに、図星を突かれた反応だった。


「私たちがダイナンの屋敷に侵入する前から、そちらの女性は【幻惑】で見張っていましたよね」

「え、気づいて……たんですか?」


 露出度の高く、動きやすそうな衣装の女性が、驚いたように肩を震わせる。


「ええ、最初から」


 ヴェインが眉も動かさず頷くと、三人はそれぞればつが悪そうな表情をする。


 ……なるほど。そういえばヴェインの行動には少し意外なところがあったのだ、とニコは思い出す。


 リスクが高いのに屋敷の前で【隠蔽(ハイディング)】を使ったのは、彼らの存在に気づいていたから。

 屋敷に不法侵入を目論む姿を、わざと見せつけたのだ。そうすることで、彼らから接触してくることを期待して。

 そして現在、ヴェインの思惑通りに状況が進んでいる。


「ここでは人目につきますので……」


 とヴェインが思慮深げに呟けば、パーティのリーダーらしい青年が仲間の顔を見回してから、控えめに提案する。


「……オレたちが借りている宿があります。よかったら、その部屋で」

「本当ですか? それはありがたい。ではニコ、お邪魔しましょう」


 薄く微笑んでいるヴェインの顔に引き攣った笑みを返しつつ、ニコは冷や汗を掻く。

 ……ド直球のマオとはまったく別ベクトル。この男、やっぱり策士だわ。



 +     +     +



『きゅーっ』


 きゅーきゅー鳴きながら勢いよく天井から降ってきた風雲精霊(シルフ)を、俺は胸元でキャッチする。


「お、お帰りシルフ。悪かったな、今日は頼み事ばっかりで」

『きゅ!』


 よしよしと頭を撫でてやると、風雲精霊(シルフ)は満足げに目を細めた。


 捕まっている俺とシスカは、自由な身動きができない。

 その代わりに俺が考えたのは、精霊を召喚し、俺の代わりに外のヴェインとニコに調査を依頼する――ということだった。


 そもそもこの世界に一時的に喚ばれた精霊は、この世界において対応する元素の集合体という仮初めの姿を得ているという。

 だから風属性の上級精霊である風雲精霊(シルフ)は、自由に物質を透過できるという特徴を持っている。その特徴を発揮してもらい、紙とペンの調達やメモの輸送なども、憲兵にバレずに行えたというわけだ。


 俺は風雲精霊(シルフ)がふわふわ毛の腕の中に抱えていたメモを受け取った。

 数枚のメモを折りたたみ、重ねてあったそれには何となく、文字が綴ってあるのが見える。精霊の姿が僅かに発光しているからだ。


 しかしこれではさすがに内容までは読み取れない。

 俺は数時間前、ヴェインたちへのメモを書いたときと同じように魔法を唱える。


「ライト!」


 初級光魔法【照光(ライト)】。

 その効果により俺の指先には小さく光が灯る。上の憲兵たちにバレないようかなり薄ボンヤリとした光源だが、これなら手元くらいは充分見える。

 頼んでいた通り、風雲精霊(シルフ)はヴェインからのメモを届けてくれたようだ。


『きゅ~っ』


 触媒の効果が切れたのか、そこで精霊が空気に溶けるようにして姿を消す。

 俺はそれをしばし見送ってから、メモへと目を落とした。


「えーと、なになに……ふむふむ……」


 ヴェインらしいというべきか、洗練された書体で書かれた文字を指さししつつ、目で追っていく。

 そこに書かれていた内容は、ほぼ俺が期待した通りのものであり、それ以上の情報も記されていた。


「でも……」


 それでも、まだ、足りない点がある。


「ま、マオさんは何だか……すごいですね」

「ん? 何が?」


 考え込んでいるとシスカが話しかけてきたので、あぐらを掻いていた俺は顔をそちらに向ける。


「だってあたし、初めて見ました。上級精霊とか……それに触媒もなく、召喚しちゃうなんて」

「ああ、まぁ……ちょっと召喚魔法が得意なだけだ」

「でもふつうの魔法だって、詠唱もなく使えちゃってて」

「うーん……それもまぁ、ちょっと得意なんだ。たぶん」


 両親やニコに散々いろんなことを言われたので、それが異質なことは俺も理解しているつもりだ。

 しかしシスカはそこで、ふぅと物憂げな溜息を吐いた。


「あたし、何にも出来ないから……羨ましいです、マオさんのこと」

「羨ましい? 俺が?」

「だって素敵な仲間の方たちも、いらっしゃるって。あたしは何の取り柄もない人間だから……魔法だってぜんぜん使えないし……」

「魔法」


 俺はその呟きを、何気なく復唱する。

 あ。そういえばひとつ、まだ確認していないことがあった。


「シスカ。お前の職業って何なんだ?」

「職業ですか?」


 話の流れをぶった切るような質問にシスカは少々面食らったようだが、素直に答えてくれた。


「あたし、天職は【武闘家】だったんです。でも拳で戦うなんて、とてもじゃないけど怖くて出来ないって思って。だから登録は【雑用係】ですね」

「ざ、雑用係……そういう職業もあるのか」

「ろくな才能のない人のために、従者みたいな形式で与えられた最弱の職業ですから……知らないのも無理ないです」

「でもそれって危険じゃないか? クエストとかにはついていくってことだろ?」


 ええ、とシスカが首肯する。


「それで前は、仲間用のポーションを運ぶ役を頼まれていたんです。でも前はそれも全部落としちゃって。しかも魔物の攻撃も、かすり傷なんですが喰らっちゃって」

「ええっ? 大丈夫だったのか?」

「えへへ……ぜんぜん平気です。あたし、()()()()()()()()()()んですが、怪我はすぐ治るので――」

「……んッ?」


 回復魔法の効きが悪い?

 俺は思わず身を乗り出した。


「それは――それってどういうことだ? どれくらい?」

「ど、どれくらいって……えっと。子どもの頃……一度、事故で両足を折ったことがあったんです。

 そのとき、父親が医者を呼んでくれたんですが、何度回復魔法を使ってもらっても骨がくっつかなくて……」

「…………」

「で、でも自力で一週間くらいで治って歩けるようになりましたからっ! 元気ですっ!」

「めちゃくちゃ高速だな……」


 それが本当ならシスカはかなり丈夫な身体の持ち主らしい。

 呆気にとられつつ、俺は質問を重ねる。


「だとしたら、回復魔法以外はどうだ? つまり――攻撃魔法ってことなんだけど」

「攻撃魔法、ですか……?」


 シスカが不安そうな吐息を零す。


「えと、ぶつけられたことがないので、分からないですけど……」


 ……そりゃそうだな。

 冒険者稼業をしていれば体験としては珍しくない部類なのだが、シスカの立場的には、あまり前線に出る機会もなかったのだろう。

 だからって俺が実験で、今からシスカに何かしらの魔法をぶつけてみる――なんて提案は、あまりに非人道的なので出来ない。もう二度と話してくれなくなるかもだし。


 だがそこで「あ」とシスカが呟いた。


「い、一度だけありました。魔物に襲われたときに、ポート……仲間の術士が炎魔法を放ったら、火球があたしの頭に当たっちゃって」

「思った以上にデンジャラスな目に遭いまくってるな!?」

「え、えへへっ。そうですかねっ?」


 褒めてない褒めてない!


「そういえばそのときは、髪の一部が焦げちゃいましたけど、ちょっと熱かっただけでした」


 …………なるほど。


 推理と呼んでいい精度かは微妙だが。

 シスカの話、それにヴェインからもたらされた情報を加味して考えれば、自然とそれらしいものは頭に浮かぶ。

 俺はその内容に誤りがないのを確信するため、シスカに呼び掛けた。


「シスカ、今までの話をちょっと確認してもいいか?」

「は、はい! 大丈夫ですっ」


 どうやら姿勢を正したらしく、暗闇の奥から軽い衣擦れのような音がした。


「まず、シスカ。お前は仲間に頼まれて、七日前の朝、川で洗濯をしていた」

「はい」

「その場所は、()()()()()()()()()()()()()。そうだな?」

「はい。クエストを終えた皆さんと、そこで合流する手筈だったので」

「よし、じゃあ次だ。以前、お前は仲間と共に森に入り、そこで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は、はい……幸い魔物は逃げていったので、大きな被害はなかったんですが……えっと。でも、それが今回のことに何か関係が?」

「たぶんな。それとあと一つ。お前は恐らく、()()()()()()()()()()だ」

「……うん。おそらく、ですけど」


 俺は大きく頷く。

 ヴェインの調査内容と、俺がシスカから聞き取った情報を照らし合わせれば――自ずと、隠されていた真相が見えてくる。

 これなら、きっとこの劣勢を覆せる。

 シスカが放り込まれた不利すぎる現状を、どうにか打開できるはずだ。


「……さっきも聞いたけど。明日、裁判があるんだよな?」


 シスカは数秒の沈黙を挟み、小さな声で「はい」と答えた。


「あたしの処遇を決定する裁判を開くと、憲兵の方にそう言われました。関係者だけを取りそろえて行う、簡易的なものらしいですけど」


 また、少しの沈黙を経てから、


「そこできっと、あたし、島流しとか……小指を詰めさせられたりとか……そういう目に遭うんだと思います。考え出すと情けないですが、泣きそうです。けっこう泣きそうですっ」

「発想がだいぶ怖いけど……相手が貴族だと、有り得ない話じゃないかもしれないな」


 泣きそう、という言葉通りに。

 否、すでにシスカの声は大きく震え、不安定なものになっていた。

 時折、控えめに鼻を啜る音もきこえる。どうやらかなり泣き虫らしいこの少女は、今も牢屋の隅で、膝を抱えて涙を流しているのだろう。


「何とかするよ」

「え……?」


 思わず呟く。


「俺が何とかしてやる。何とかならなかったとしても――そのときは責任持って、シスカを抱えて逃げてやるよ」

「……逃げるってどこに?」


 埃っぽい牢屋の中に寝転がりつつ、のんびり答える。

 気恥ずかしかったので、シスカには背中を向ける形で。


「ガル魔国かな。俺もガル魔国に行きたいと思ってたし、ちょうどいいよ」

「……そこは世界の果てまで、とかじゃないんですか?」


 シスカはちょっと笑ったらしい。声の調子が柔らかかった。


「世界の果てなんて行ったことないからな。まぁ、必要ならそれでもいいけど」

「ちょ、ちょっとテキトーですね? でも……うれしい、です」


 俺はどきりとした。

 こつん、と固い爪先が、鉄格子を軽く小突いたような音が響いたからだ。

 空っぽの牢屋を間に挟んで、シスカはどうやら、俺の方を見て寝転んでいたらしい。


 ……俺はくるりと身体の向きを変えると、暗闇の中、そんなシスカに向き合った。


「だから心配しなくていい。明日に備えて、今日はもう寝たほうがいいぜ」

「…………はい……おやすみ、……なさい、マオさん」


 この一週間、おそらくはほとんど寝ていなかったのだろう。

 やがて、そう時間も空けず、微かな寝息がきこえてきたのだった。



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